49 / 54
第4章
49 もう一度、愛を誓いたい ※イーザック
――もう一度、愛を誓いたい。
できることなら、やり直したい。
だが、きっとそれは難しい。
難しいとわかっているのに、俺はレフィカが王宮へ戻ることを望んでいる。
椅子の肘置きに肘をつき、ため息をついた。
「最近の陛下の表情は暗いですなぁ……」
「やはり、メリア様のことが?」
「いやいや! 新しい恋でしょう!」
「妻に恋。なにやら、若い頃を思い出して、胸がキュンッとなりますな」
来客の予定はなく、執務室に大臣を呼んだのだが、少し考えるようなそぶりをしただけで、恋がどうのと騒ぎだす。
大臣たちは新しい妃か、レフィカを連れ戻すことを望んでいた。
「レフィカ妃をいつ呼び戻しますか?」
「このまま、ジグルズ様の元に置いておくわけにはいきますまい」
「……わかっている」
大臣たちがなにか言っているようだが、俺はメリアについても、気になっている。
「メリアはどうしている? 罪を認め、反省しているのか?」
「それが、陛下に会わせろの一点張りでして……」
「食事は?」
「しっかり召し上がっております」
メリアは俺が思っていたより、ずっと強い女だった。
「そうか……」
しかも、俺が浮気をしたから悪いのだと主張し、すべて俺に責任があると言い続けている。
メリアよりも暗殺者を雇ったベルタのほうが、罪の重さに怯え、反省しているくらいだ。
ベルタは正直に、レフィカの命を狙ったことを認め、兄上を刺すつもりはなかったと言っている。
「メリア・リースフェルトは処刑でしょう。ジグルズ様が危うく命を落とすところだったと聞いております」
「ジグルズ様は王の兄君。王族に刃を向けるなど、とんでもないことですぞ」
さっきまで、恋だの妻だの言っていた大臣たちだが、メリアの処罰に関しては譲らない。
レフィカと兄上だけでなく、俺も危険にさらされた。
許されることではない。
「陛下。リースフェルト伯爵家の処罰はいかがされますか?」
リースフェルト伯爵家は、王家に忠誠を誓ってきた家柄だ。
父親の伯爵は田舎の屋敷で、静かな暮らしを望んでいるという。
「国外追放までしなくていい。たしかにメリアがレフィカの命を狙った責任の一端は、俺にあるだろう。爵位と領地を没収し終わらせる」
「承知しました」
メリアはこのままだと処刑になる。
――だが、メリアを妻に迎えておきながら、愛せなかった俺が悪い。
俺が誰を愛しているのか、気づいてしまった。
それは――
「陛下。レフィカ妃がいらっしゃいました」
「は……? レフィカが……?」
今、レフィカのことを考えたばかりだ。
タイミングの良さに驚き、顔を上げた。
――もしや、運命?
侍従が扉の前から動かず、困惑した様子で、もごもご言っている。
「いえ、その……来られたのですが……」
「どうした? レフィカが来たのだろう? レフィカは俺に用事があるのではないのか?」
「陛下にレフィカ妃から歩み寄るとは、素晴らしい!」
「これは幸先がいいですぞ」
大臣たちもレフィカが戻ったと聞き、大喜びだった。
だが、侍従は微妙な顔をしていた。
「レフィカ妃はジグルズ様を伴い、お二人は陛下に謁見を求めております」
――なぜ、兄上と一緒に?
一緒に来たと聞いて、俺の前の前で、二人が仲良く会話をする姿を思い浮かべ、それを見たくないと思った。
レフィカは自分をかばい、命がけで助けた兄上を信頼しているだろう――きっと俺よりも。
「ジグルズ様の傷が癒えたお礼でしょう」
「我々は席をはずしたほうがよさそうですな」
大臣たちは兄上が、レフィカをかばって刺されたと、ベルタの話を聞いて知っている。
二人揃って、俺の元へ来た理由は、勘のいい人間ならわかる。
俺は大臣たちが出ていくのを黙って見送った。
大臣たちと入れ替りで執務室へ入ってきたのは、兄上とレフィカだった。
兄上は元気そうで、いつも通りの笑顔を浮かべている。
レフィカは部屋に入るなり、俺にお辞儀をした。
「イーザック様、お久しぶりです。リュザール王国行きの許可をいただきまして、ありがとうございます」
「いや、それは別に……リュザール王国に兄上を助けてもらった恩があったからな」
「リュザール王家には、お礼を申し上げました」
「俺からも改めて礼を言おう」
――違う! 違うんだ! 俺が聞きたいのは、リュザール王家の話じゃない!
兄上となぜ二人で来たか、その理由を知りたい。
いや、俺は聞かなくてもわかる。
わかるから、俺は二人に会いたくなかったのだ。
「イーザック。お前も医師と薬を山ほど送ってくれたそうだな」
「いえ……」
「今回はカリムを紹介できなくて残念だった。近いうちに紹介を……」
「兄上はリュザール王国の話をするために、王宮へ来たわけではないはずだ」
我慢できずに、兄上の言葉を遮った。
「王宮へ来ないと決めていた兄上が、ここへやってくるほどの用事とは、いったいなんですか?」
兄上は父上から疎まれていたのもあったが、俺や母上に気遣い、滅多に顔を出さなかった。
幼い頃の兄上は、父上から可愛がられていた気がする――俺はもうその理由がわかる。
兄上の琥珀色の瞳を見た。
あの赤く染まった瞳が、父上が兄上を憎んだ理由だ。
――兄上は俺になんと言うのだろう。レフィカを妻にするために、王になるつもりか?
兄上は王の器だと思う。
レフィカのために、グランツエルデ王となる覚悟ができたと、俺に告げに来たのかもしれない。
「レフィカのことで来た」
――やはりそうだ。
兄上はレフィカを妻にするため、俺から王位を奪いに来たのだ。
「俺は譲らない!」
「イーザック?」
「兄上は卑怯だ。俺が王でなくなったら、なんの価値もない人間だとわかっているだろう!?」
「価値がない? いや、そんなこと思ってないぞ」
レフィカが驚き、俺を見ていた。
「イーザック様が王でしょう?」
「そうだ。今のところはな!」
「いえ、この先もですけど……」
レフィカは兄上の味方というわけか。
一時的にごまかしても無駄だ。
俺は兄上の思惑をわかっている!
「レフィカ。そもそもお前がシャルク・ホジャにいるから、俺が迎えに行ったんだぞ! なぜ、シャルク・ホジャにいる!」
「なぜって……? イーザック様が許可してくださいましたよね?」
「そうだったか? いや、そうだったな……」
すっかり忘れていたが、レフィカがシャルク・ホジャへ行きたいと言って、許可を出したのは俺だ。
兄上のところに滞在する許可を出したのも俺。
――なにをしてるんだ! 過去の俺は!
「イーザック。お前が王として即位してるのに、俺が王になるわけがないだろう?」
呆れた顔をして、兄上は俺に言った。
「すでに、お前は俺の瞳を見ているはずだ」
「見ましたが……。もしや、あれが王の力ですか?」
「ああ。忌まわしい力だ。ドーヴハルク王と【契約】したお前ならわかると思うが、王の力は犠牲を必要とする。王の力を継承させるため、母は父に殺された」
「王の妻の命が代償となるということですか……?」
「そうだ」
自分の母は健在だが、殺されることを想像しただけで、めまいが起きそうだった。
兄上の苦悩も父上の思惑も、俺はまったく知らず、ぬくぬくと育ってきたのだと知った。
「イーザック、お前が王となった今、王の力を持たないことで、困ったことは一度もないはずだ。だから、俺たちの代で、王の力は終わりにしよう」
「兄上……」
兄上はどんな思いで、母の死を見ていたのだろう。
俺は両親に可愛がられ、安全な場所にいた時、兄上は戦場にいた。
王となってからは、大臣たちに守られてきた。
グランツエルデ王家の一番暗い部分をなにも知らずにいたのだ。
「……兄上の決定が正しいかと」
兄上はうなずいた。
「それから、レフィカの【契約】を無効にさせたいと思っている」
「レフィカの【契約】を無効に!? それはできない……! ドーヴハルク王国との同盟が無効になる!」
「イーザック。友となれば、【契約】はいらない。隣国のリュザール王国とは友好関係を築いている」
兄上は最初からドーヴハルク王国との【契約】による同盟を拒んでいた。
その理由は、王の力の犠牲となる王女たちに、殺された母を重ねていたからなのか――
「同盟は【契約】がなくても結べる」
兄上はリュザール王家からもらったのか、青い宝石を身につけていた。
青は聖なる色で、リュザール王国では重要な意味を持つ。
「お前がドーヴハルク王と結んだ【契約】の五つ目を教えて欲しい」
それは、俺の元からレフィカが離れていくことを意味していた。
やっと自分の気持ちを自覚したのに、俺はまだレフィカに『愛している』と告げていない。
「父から四つしか教えてもらっていないんです。イーザック様、【契約】の五つ目を教えてください!」
「レフィカに五つ目の【契約】は教えられない」
兄上の目もレフィカの目も、俺は見れなかった。
きっとレフィカは、俺に失望しているだろう。
だが、俺はずるいと言われても、レフィカを手放したくない。
【契約】があれば、レフィカは俺の妻のままでいてくれる。
「イーザック様……どうして……」
レフィカは落胆していた。
「王の仕事がある。悪いが、二人とも部屋から出ていってくれ」
部屋から追い出そうと、椅子から立ち上がり、扉を開けた――開けた瞬間、侍従が飛び込んできた。
「陛下っ! 陛下~!」
まさか扉が開くとは思っていなかったらしく、小太りな侍従が、俺に激突した。
「ひっ! 陛下っ! し、失礼しました!」
ぽよんと音をたて。侍従はボールのように跳ね返り、廊下の床に尻餅をついた。
「大丈夫か? そんな慌ててなにがあった?」
侍従の手には、白い紙が握られている。
その白い紙にドーヴハルク王家の紋章が入っているのが見えた。
「ドーヴハルク王家からのものか?」
「さ、左様でござますっ! 親書が届きました! ドーヴハルク王がレフィカ様の様子をうかがいに、我が国に訪れたいそうです」
――ドーヴハルク王がここへ来る。
ドーヴハルク王は彫刻のような顔立ちで、若い頃は相当の美貌の持ち主だったのではないかと思われる。
長い銀髪、冷酷な青い目、耐え抜かれた体には無駄な脂がなく、いるだけで威圧感がある。
大勢の王子の中で生き残り、王位を手にした男だ。
外見からして、ただ者ではない雰囲気を漂わせている。
「お父様がいらっしゃる……」
「ドーヴハルク王か」
レフィカと兄上もまた、ドーヴハルク王の訪問に表情を曇らせた。
「ドーヴハルク王国とは同盟を結んでいる。断るわけにはいかない」
ドーヴハルク王は、俺とレフィカの仲を探るためにやってくるのだろう。
自分の血を引く子をグランツエルデ王にしたいと、野心家のドーヴハルク王は考えている。
もし、俺とレフィカが不仲だとわかったら、レフィカはどうなるのだろうか。
ドーヴハルク王が来ると聞き、レフィカは気持ちが沈んだようで、青い目を悲しげに伏せていた。
その顔を見て、自分のことのように胸が痛んだ。
ドーヴハルク王に逆らえば、【契約】を持レフィカは死ぬかもしれない。
――レフィカ、俺たちは別れられないと、わかっているだろう?
重い空気が流れ、正しいはずの自分の言葉。
二人の前で、その言葉を口にすることができなかった。
できることなら、やり直したい。
だが、きっとそれは難しい。
難しいとわかっているのに、俺はレフィカが王宮へ戻ることを望んでいる。
椅子の肘置きに肘をつき、ため息をついた。
「最近の陛下の表情は暗いですなぁ……」
「やはり、メリア様のことが?」
「いやいや! 新しい恋でしょう!」
「妻に恋。なにやら、若い頃を思い出して、胸がキュンッとなりますな」
来客の予定はなく、執務室に大臣を呼んだのだが、少し考えるようなそぶりをしただけで、恋がどうのと騒ぎだす。
大臣たちは新しい妃か、レフィカを連れ戻すことを望んでいた。
「レフィカ妃をいつ呼び戻しますか?」
「このまま、ジグルズ様の元に置いておくわけにはいきますまい」
「……わかっている」
大臣たちがなにか言っているようだが、俺はメリアについても、気になっている。
「メリアはどうしている? 罪を認め、反省しているのか?」
「それが、陛下に会わせろの一点張りでして……」
「食事は?」
「しっかり召し上がっております」
メリアは俺が思っていたより、ずっと強い女だった。
「そうか……」
しかも、俺が浮気をしたから悪いのだと主張し、すべて俺に責任があると言い続けている。
メリアよりも暗殺者を雇ったベルタのほうが、罪の重さに怯え、反省しているくらいだ。
ベルタは正直に、レフィカの命を狙ったことを認め、兄上を刺すつもりはなかったと言っている。
「メリア・リースフェルトは処刑でしょう。ジグルズ様が危うく命を落とすところだったと聞いております」
「ジグルズ様は王の兄君。王族に刃を向けるなど、とんでもないことですぞ」
さっきまで、恋だの妻だの言っていた大臣たちだが、メリアの処罰に関しては譲らない。
レフィカと兄上だけでなく、俺も危険にさらされた。
許されることではない。
「陛下。リースフェルト伯爵家の処罰はいかがされますか?」
リースフェルト伯爵家は、王家に忠誠を誓ってきた家柄だ。
父親の伯爵は田舎の屋敷で、静かな暮らしを望んでいるという。
「国外追放までしなくていい。たしかにメリアがレフィカの命を狙った責任の一端は、俺にあるだろう。爵位と領地を没収し終わらせる」
「承知しました」
メリアはこのままだと処刑になる。
――だが、メリアを妻に迎えておきながら、愛せなかった俺が悪い。
俺が誰を愛しているのか、気づいてしまった。
それは――
「陛下。レフィカ妃がいらっしゃいました」
「は……? レフィカが……?」
今、レフィカのことを考えたばかりだ。
タイミングの良さに驚き、顔を上げた。
――もしや、運命?
侍従が扉の前から動かず、困惑した様子で、もごもご言っている。
「いえ、その……来られたのですが……」
「どうした? レフィカが来たのだろう? レフィカは俺に用事があるのではないのか?」
「陛下にレフィカ妃から歩み寄るとは、素晴らしい!」
「これは幸先がいいですぞ」
大臣たちもレフィカが戻ったと聞き、大喜びだった。
だが、侍従は微妙な顔をしていた。
「レフィカ妃はジグルズ様を伴い、お二人は陛下に謁見を求めております」
――なぜ、兄上と一緒に?
一緒に来たと聞いて、俺の前の前で、二人が仲良く会話をする姿を思い浮かべ、それを見たくないと思った。
レフィカは自分をかばい、命がけで助けた兄上を信頼しているだろう――きっと俺よりも。
「ジグルズ様の傷が癒えたお礼でしょう」
「我々は席をはずしたほうがよさそうですな」
大臣たちは兄上が、レフィカをかばって刺されたと、ベルタの話を聞いて知っている。
二人揃って、俺の元へ来た理由は、勘のいい人間ならわかる。
俺は大臣たちが出ていくのを黙って見送った。
大臣たちと入れ替りで執務室へ入ってきたのは、兄上とレフィカだった。
兄上は元気そうで、いつも通りの笑顔を浮かべている。
レフィカは部屋に入るなり、俺にお辞儀をした。
「イーザック様、お久しぶりです。リュザール王国行きの許可をいただきまして、ありがとうございます」
「いや、それは別に……リュザール王国に兄上を助けてもらった恩があったからな」
「リュザール王家には、お礼を申し上げました」
「俺からも改めて礼を言おう」
――違う! 違うんだ! 俺が聞きたいのは、リュザール王家の話じゃない!
兄上となぜ二人で来たか、その理由を知りたい。
いや、俺は聞かなくてもわかる。
わかるから、俺は二人に会いたくなかったのだ。
「イーザック。お前も医師と薬を山ほど送ってくれたそうだな」
「いえ……」
「今回はカリムを紹介できなくて残念だった。近いうちに紹介を……」
「兄上はリュザール王国の話をするために、王宮へ来たわけではないはずだ」
我慢できずに、兄上の言葉を遮った。
「王宮へ来ないと決めていた兄上が、ここへやってくるほどの用事とは、いったいなんですか?」
兄上は父上から疎まれていたのもあったが、俺や母上に気遣い、滅多に顔を出さなかった。
幼い頃の兄上は、父上から可愛がられていた気がする――俺はもうその理由がわかる。
兄上の琥珀色の瞳を見た。
あの赤く染まった瞳が、父上が兄上を憎んだ理由だ。
――兄上は俺になんと言うのだろう。レフィカを妻にするために、王になるつもりか?
兄上は王の器だと思う。
レフィカのために、グランツエルデ王となる覚悟ができたと、俺に告げに来たのかもしれない。
「レフィカのことで来た」
――やはりそうだ。
兄上はレフィカを妻にするため、俺から王位を奪いに来たのだ。
「俺は譲らない!」
「イーザック?」
「兄上は卑怯だ。俺が王でなくなったら、なんの価値もない人間だとわかっているだろう!?」
「価値がない? いや、そんなこと思ってないぞ」
レフィカが驚き、俺を見ていた。
「イーザック様が王でしょう?」
「そうだ。今のところはな!」
「いえ、この先もですけど……」
レフィカは兄上の味方というわけか。
一時的にごまかしても無駄だ。
俺は兄上の思惑をわかっている!
「レフィカ。そもそもお前がシャルク・ホジャにいるから、俺が迎えに行ったんだぞ! なぜ、シャルク・ホジャにいる!」
「なぜって……? イーザック様が許可してくださいましたよね?」
「そうだったか? いや、そうだったな……」
すっかり忘れていたが、レフィカがシャルク・ホジャへ行きたいと言って、許可を出したのは俺だ。
兄上のところに滞在する許可を出したのも俺。
――なにをしてるんだ! 過去の俺は!
「イーザック。お前が王として即位してるのに、俺が王になるわけがないだろう?」
呆れた顔をして、兄上は俺に言った。
「すでに、お前は俺の瞳を見ているはずだ」
「見ましたが……。もしや、あれが王の力ですか?」
「ああ。忌まわしい力だ。ドーヴハルク王と【契約】したお前ならわかると思うが、王の力は犠牲を必要とする。王の力を継承させるため、母は父に殺された」
「王の妻の命が代償となるということですか……?」
「そうだ」
自分の母は健在だが、殺されることを想像しただけで、めまいが起きそうだった。
兄上の苦悩も父上の思惑も、俺はまったく知らず、ぬくぬくと育ってきたのだと知った。
「イーザック、お前が王となった今、王の力を持たないことで、困ったことは一度もないはずだ。だから、俺たちの代で、王の力は終わりにしよう」
「兄上……」
兄上はどんな思いで、母の死を見ていたのだろう。
俺は両親に可愛がられ、安全な場所にいた時、兄上は戦場にいた。
王となってからは、大臣たちに守られてきた。
グランツエルデ王家の一番暗い部分をなにも知らずにいたのだ。
「……兄上の決定が正しいかと」
兄上はうなずいた。
「それから、レフィカの【契約】を無効にさせたいと思っている」
「レフィカの【契約】を無効に!? それはできない……! ドーヴハルク王国との同盟が無効になる!」
「イーザック。友となれば、【契約】はいらない。隣国のリュザール王国とは友好関係を築いている」
兄上は最初からドーヴハルク王国との【契約】による同盟を拒んでいた。
その理由は、王の力の犠牲となる王女たちに、殺された母を重ねていたからなのか――
「同盟は【契約】がなくても結べる」
兄上はリュザール王家からもらったのか、青い宝石を身につけていた。
青は聖なる色で、リュザール王国では重要な意味を持つ。
「お前がドーヴハルク王と結んだ【契約】の五つ目を教えて欲しい」
それは、俺の元からレフィカが離れていくことを意味していた。
やっと自分の気持ちを自覚したのに、俺はまだレフィカに『愛している』と告げていない。
「父から四つしか教えてもらっていないんです。イーザック様、【契約】の五つ目を教えてください!」
「レフィカに五つ目の【契約】は教えられない」
兄上の目もレフィカの目も、俺は見れなかった。
きっとレフィカは、俺に失望しているだろう。
だが、俺はずるいと言われても、レフィカを手放したくない。
【契約】があれば、レフィカは俺の妻のままでいてくれる。
「イーザック様……どうして……」
レフィカは落胆していた。
「王の仕事がある。悪いが、二人とも部屋から出ていってくれ」
部屋から追い出そうと、椅子から立ち上がり、扉を開けた――開けた瞬間、侍従が飛び込んできた。
「陛下っ! 陛下~!」
まさか扉が開くとは思っていなかったらしく、小太りな侍従が、俺に激突した。
「ひっ! 陛下っ! し、失礼しました!」
ぽよんと音をたて。侍従はボールのように跳ね返り、廊下の床に尻餅をついた。
「大丈夫か? そんな慌ててなにがあった?」
侍従の手には、白い紙が握られている。
その白い紙にドーヴハルク王家の紋章が入っているのが見えた。
「ドーヴハルク王家からのものか?」
「さ、左様でござますっ! 親書が届きました! ドーヴハルク王がレフィカ様の様子をうかがいに、我が国に訪れたいそうです」
――ドーヴハルク王がここへ来る。
ドーヴハルク王は彫刻のような顔立ちで、若い頃は相当の美貌の持ち主だったのではないかと思われる。
長い銀髪、冷酷な青い目、耐え抜かれた体には無駄な脂がなく、いるだけで威圧感がある。
大勢の王子の中で生き残り、王位を手にした男だ。
外見からして、ただ者ではない雰囲気を漂わせている。
「お父様がいらっしゃる……」
「ドーヴハルク王か」
レフィカと兄上もまた、ドーヴハルク王の訪問に表情を曇らせた。
「ドーヴハルク王国とは同盟を結んでいる。断るわけにはいかない」
ドーヴハルク王は、俺とレフィカの仲を探るためにやってくるのだろう。
自分の血を引く子をグランツエルデ王にしたいと、野心家のドーヴハルク王は考えている。
もし、俺とレフィカが不仲だとわかったら、レフィカはどうなるのだろうか。
ドーヴハルク王が来ると聞き、レフィカは気持ちが沈んだようで、青い目を悲しげに伏せていた。
その顔を見て、自分のことのように胸が痛んだ。
ドーヴハルク王に逆らえば、【契約】を持レフィカは死ぬかもしれない。
――レフィカ、俺たちは別れられないと、わかっているだろう?
重い空気が流れ、正しいはずの自分の言葉。
二人の前で、その言葉を口にすることができなかった。
あなたにおすすめの小説
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
文句を言わない婚約者は、俺の愛する幼馴染みを許していなかった【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
幼馴染を優先しても、婚約者アウローラは何も言わない。だから、これからも幼馴染みとイチャイチャできる──
侯爵令息トリスタンは、そんな甘い幻想を信じていた。
だが婿入りした瞬間、彼の“軽んじた態度”はすべて清算される。
アウローラは冷徹に、トリスタンの傲慢と欲望を1つずつ暴き、労働と屈辱を与える。
そして最後に残ったのは、誰にも必要とされない現実だけ。
「どうして……俺は、こんなにも愚かだったんだ」
これは愛を勘違いし、身分を過信し、自分の価値を見誤った男の終焉を描くダークドラマ。
⚠️ 本作は AI の生成した文章を一部に使っています。過激ざまぁタグあります。
4/1「エステルに対する殺意」の内容を一部変更しました。
白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。
けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。
それでも旦那様は優しかった。
冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。
だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。
そんなある日、彼女は知ってしまう。
旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。
彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。
都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る
静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。
すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。
感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく
「離縁状の印が乾く前に、王太子殿下から花束が届きました」〜五年間「置物」と呼ばれた侯爵夫人、夫が青ざめるのは王家との縁が切れてからでした〜
まさき
恋愛
侯爵夫人として過ごした五年間、夫に名前を呼ばれたことが一度もなかった。
愛人を夜会に連れてきた翌朝、私は離縁状を置いて屋敷を出た。
夫は「すぐ戻る」と思っていたらしい。
でも届いたのは、王太子殿下からの白薔薇だった。
「五年、待ちすぎました。今度こそ私の隣に」
幼馴染の殿下は、いつも私を「アメリア」と呼んでくれた。
ただそれだけで、五年分の何かが、ほどけていった。
夫が全てを失うのはこれからの話。
私が本当の笑顔を取り戻すのも、これからの話。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました
ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。
けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。
やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。
――もう、この結婚には見切りをつけよう。
夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。
身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。
一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。
幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。
夫は私を愛していないそうなので、遠慮なく離婚します。今さら引き止められても遅いです
藤原遊
恋愛
王妃付き護衛騎士である夫に、「お前を愛したことはない」と告げられた。
理由は単純。
愛などなくても、仕事に支障はないからだという。
──そうですか。
それなら、こちらも遠慮する必要はありませんね。
王妃の機嫌、侍女たちとの関係、贈り物の選定。
夫が「当然のように」こなしていたそれらは、すべて私が整えていたもの。
離婚後、少しずつ歯車は狂い始める。
気づいたときにはもう遅い。
積み上げてきた信用は、静かに崩れていく。
一方で私は、王妃のもとへ。
今さら引き止められても、遅いのです。
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。