さようなら、お別れしましょう

椿蛍

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第4章

49 もう一度、愛を誓いたい ※イーザック

 ――もう一度、愛を誓いたい。

 できることなら、やり直したい。
 だが、きっとそれは難しい。
 難しいとわかっているのに、俺はレフィカが王宮へ戻ることを望んでいる。
 椅子の肘置きに肘をつき、ため息をついた。

「最近の陛下の表情は暗いですなぁ……」
「やはり、メリア様のことが?」
「いやいや! 新しい恋でしょう!」
「妻に恋。なにやら、若い頃を思い出して、胸がキュンッとなりますな」

 来客の予定はなく、執務室に大臣を呼んだのだが、少し考えるようなそぶりをしただけで、恋がどうのと騒ぎだす。
 大臣たちは新しい妃か、レフィカを連れ戻すことを望んでいた。

「レフィカ妃をいつ呼び戻しますか?」
「このまま、ジグルズ様の元に置いておくわけにはいきますまい」
「……わかっている」

 大臣たちがなにか言っているようだが、俺はメリアについても、気になっている。

「メリアはどうしている? 罪を認め、反省しているのか?」
「それが、陛下に会わせろの一点張りでして……」
「食事は?」
「しっかり召し上がっております」

 メリアは俺が思っていたより、ずっと強い女だった。

「そうか……」

 しかも、俺が浮気をしたから悪いのだと主張し、すべて俺に責任があると言い続けている。
 メリアよりも暗殺者を雇ったベルタのほうが、罪の重さに怯え、反省しているくらいだ。
 ベルタは正直に、レフィカの命を狙ったことを認め、兄上を刺すつもりはなかったと言っている。

「メリア・リースフェルトは処刑でしょう。ジグルズ様が危うく命を落とすところだったと聞いております」
「ジグルズ様は王の兄君。王族に刃を向けるなど、とんでもないことですぞ」

 さっきまで、恋だの妻だの言っていた大臣たちだが、メリアの処罰に関しては譲らない。
 レフィカと兄上だけでなく、俺も危険にさらされた。
 許されることではない。 

「陛下。リースフェルト伯爵家の処罰はいかがされますか?」

 リースフェルト伯爵家は、王家に忠誠を誓ってきた家柄だ。
 父親の伯爵は田舎の屋敷で、静かな暮らしを望んでいるという。

「国外追放までしなくていい。たしかにメリアがレフィカの命を狙った責任の一端は、俺にあるだろう。爵位と領地を没収し終わらせる」
「承知しました」

 メリアはこのままだと処刑になる。
 
 ――だが、メリアを妻に迎えておきながら、愛せなかった俺が悪い。

 俺が誰を愛しているのか、気づいてしまった。
 それは――

「陛下。レフィカ妃がいらっしゃいました」
「は……? レフィカが……?」
 
 今、レフィカのことを考えたばかりだ。
 タイミングの良さに驚き、顔を上げた。

 ――もしや、運命?

 侍従が扉の前から動かず、困惑した様子で、もごもご言っている。

「いえ、その……来られたのですが……」
「どうした? レフィカが来たのだろう? レフィカは俺に用事があるのではないのか?」
「陛下にレフィカ妃から歩み寄るとは、素晴らしい!」
「これは幸先がいいですぞ」

 大臣たちもレフィカが戻ったと聞き、大喜びだった。
 だが、侍従は微妙な顔をしていた。

「レフィカ妃はジグルズ様を伴い、お二人は陛下に謁見を求めております」

 ――なぜ、兄上と一緒に?

 一緒に来たと聞いて、俺の前の前で、二人が仲良く会話をする姿を思い浮かべ、それを見たくないと思った。
 レフィカは自分をかばい、命がけで助けた兄上を信頼しているだろう――きっと俺よりも。

「ジグルズ様の傷が癒えたお礼でしょう」
「我々は席をはずしたほうがよさそうですな」

 大臣たちは兄上が、レフィカをかばって刺されたと、ベルタの話を聞いて知っている。
 二人揃って、俺の元へ来た理由は、勘のいい人間ならわかる。
 俺は大臣たちが出ていくのを黙って見送った。
 大臣たちと入れ替りで執務室へ入ってきたのは、兄上とレフィカだった。
 兄上は元気そうで、いつも通りの笑顔を浮かべている。
 レフィカは部屋に入るなり、俺にお辞儀をした。

「イーザック様、お久しぶりです。リュザール王国行きの許可をいただきまして、ありがとうございます」
「いや、それは別に……リュザール王国に兄上を助けてもらった恩があったからな」
「リュザール王家には、お礼を申し上げました」
「俺からも改めて礼を言おう」
 
 ――違う! 違うんだ! 俺が聞きたいのは、リュザール王家の話じゃない!

 兄上となぜ二人で来たか、その理由を知りたい。
 いや、俺は聞かなくてもわかる。
 わかるから、俺は二人に会いたくなかったのだ。

「イーザック。お前も医師と薬を山ほど送ってくれたそうだな」
「いえ……」
「今回はカリムを紹介できなくて残念だった。近いうちに紹介を……」
「兄上はリュザール王国の話をするために、王宮へ来たわけではないはずだ」
 
 我慢できずに、兄上の言葉を遮った。

「王宮へ来ないと決めていた兄上が、ここへやってくるほどの用事とは、いったいなんですか?」

 兄上は父上から疎まれていたのもあったが、俺や母上に気遣い、滅多に顔を出さなかった。
 幼い頃の兄上は、父上から可愛がられていた気がする――俺はもうその理由がわかる。
 兄上の琥珀色の瞳を見た。
 あの赤く染まった瞳が、父上が兄上を憎んだ理由だ。

 ――兄上は俺になんと言うのだろう。レフィカを妻にするために、王になるつもりか?
 
 兄上は王の器だと思う。
 レフィカのために、グランツエルデ王となる覚悟ができたと、俺に告げに来たのかもしれない。

「レフィカのことで来た」

 ――やはりそうだ。
 
 兄上はレフィカを妻にするため、俺から王位を奪いに来たのだ。

「俺は譲らない!」
「イーザック?」
「兄上は卑怯だ。俺が王でなくなったら、なんの価値もない人間だとわかっているだろう!?」
「価値がない? いや、そんなこと思ってないぞ」

 レフィカが驚き、俺を見ていた。

「イーザック様が王でしょう?」
「そうだ。今のところはな!」
「いえ、この先もですけど……」

 レフィカは兄上の味方というわけか。
 一時的にごまかしても無駄だ。
 俺は兄上の思惑をわかっている!

「レフィカ。そもそもお前がシャルク・ホジャにいるから、俺が迎えに行ったんだぞ! なぜ、シャルク・ホジャにいる!」
「なぜって……? イーザック様が許可してくださいましたよね?」
「そうだったか? いや、そうだったな……」
 
 すっかり忘れていたが、レフィカがシャルク・ホジャへ行きたいと言って、許可を出したのは俺だ。
 兄上のところに滞在する許可を出したのも俺。

 ――なにをしてるんだ! 過去の俺は!

「イーザック。お前が王として即位してるのに、俺が王になるわけがないだろう?」
 
 呆れた顔をして、兄上は俺に言った。
  
「すでに、お前は俺の瞳を見ているはずだ」
「見ましたが……。もしや、あれが王の力ですか?」
「ああ。忌まわしい力だ。ドーヴハルク王と【契約】したお前ならわかると思うが、王の力は犠牲を必要とする。王の力を継承させるため、母は父に殺された」
「王の妻の命が代償となるということですか……?」
「そうだ」
 
 自分の母は健在だが、殺されることを想像しただけで、めまいが起きそうだった。
 兄上の苦悩も父上の思惑も、俺はまったく知らず、ぬくぬくと育ってきたのだと知った。
 
「イーザック、お前が王となった今、王の力を持たないことで、困ったことは一度もないはずだ。だから、俺たちの代で、王の力は終わりにしよう」
「兄上……」

 兄上はどんな思いで、母の死を見ていたのだろう。
 俺は両親に可愛がられ、安全な場所にいた時、兄上は戦場にいた。
 王となってからは、大臣たちに守られてきた。
 グランツエルデ王家の一番暗い部分をなにも知らずにいたのだ。

「……兄上の決定が正しいかと」

 兄上はうなずいた。

「それから、レフィカの【契約】を無効にさせたいと思っている」
「レフィカの【契約】を無効に!? それはできない……! ドーヴハルク王国との同盟が無効になる!」
「イーザック。友となれば、【契約】はいらない。隣国のリュザール王国とは友好関係を築いている」

 兄上は最初からドーヴハルク王国との【契約】による同盟を拒んでいた。
 その理由は、王の力の犠牲となる王女たちに、殺された母を重ねていたからなのか――
 
「同盟は【契約】がなくても結べる」

 兄上はリュザール王家からもらったのか、青い宝石を身につけていた。
 青は聖なる色で、リュザール王国では重要な意味を持つ。

「お前がドーヴハルク王と結んだ【契約】の五つ目を教えて欲しい」

 それは、俺の元からレフィカが離れていくことを意味していた。
 やっと自分の気持ちを自覚したのに、俺はまだレフィカに『愛している』と告げていない。

「父から四つしか教えてもらっていないんです。イーザック様、【契約】の五つ目を教えてください!」 
「レフィカに五つ目の【契約】は教えられない」

 兄上の目もレフィカの目も、俺は見れなかった。 
 きっとレフィカは、俺に失望しているだろう。
 だが、俺はずるいと言われても、レフィカを手放したくない。
【契約】があれば、レフィカは俺の妻のままでいてくれる。

「イーザック様……どうして……」

 レフィカは落胆していた。

「王の仕事がある。悪いが、二人とも部屋から出ていってくれ」

 部屋から追い出そうと、椅子から立ち上がり、扉を開けた――開けた瞬間、侍従が飛び込んできた。

「陛下っ! 陛下~!」

 まさか扉が開くとは思っていなかったらしく、小太りな侍従が、俺に激突した。
  
「ひっ! 陛下っ! し、失礼しました!」

 ぽよんと音をたて。侍従はボールのように跳ね返り、廊下の床に尻餅をついた。


「大丈夫か? そんな慌ててなにがあった?」

 侍従の手には、白い紙が握られている。
 その白い紙にドーヴハルク王家の紋章が入っているのが見えた。

「ドーヴハルク王家からのものか?」
「さ、左様でござますっ! 親書が届きました! ドーヴハルク王がレフィカ様の様子をうかがいに、我が国に訪れたいそうです」

 ――ドーヴハルク王がここへ来る。

 ドーヴハルク王は彫刻のような顔立ちで、若い頃は相当の美貌の持ち主だったのではないかと思われる。
 長い銀髪、冷酷な青い目、耐え抜かれた体には無駄な脂がなく、いるだけで威圧感がある。
 大勢の王子の中で生き残り、王位を手にした男だ。
 外見からして、ただ者ではない雰囲気を漂わせている。

「お父様がいらっしゃる……」
「ドーヴハルク王か」

 レフィカと兄上もまた、ドーヴハルク王の訪問に表情を曇らせた。
 
「ドーヴハルク王国とは同盟を結んでいる。断るわけにはいかない」

 ドーヴハルク王は、俺とレフィカの仲を探るためにやってくるのだろう。
 自分の血を引く子をグランツエルデ王にしたいと、野心家のドーヴハルク王は考えている。
 もし、俺とレフィカが不仲だとわかったら、レフィカはどうなるのだろうか。
 ドーヴハルク王が来ると聞き、レフィカは気持ちが沈んだようで、青い目を悲しげに伏せていた。
 その顔を見て、自分のことのように胸が痛んだ。
 ドーヴハルク王に逆らえば、【契約】を持レフィカは死ぬかもしれない。

 ――レフィカ、俺たちは別れられないと、わかっているだろう?

 重い空気が流れ、正しいはずの自分の言葉。
 二人の前で、その言葉を口にすることができなかった。

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