さようなら、お別れしましょう

椿蛍

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第3章

41 姉を知る人(2)

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「死にかけたくせに起き上がれるとは、たいした精神力だ」
「うるさい。放っておいたら、お前がどんどん俺をこきおろすだろうが!」
「ほら、ジグルズは大丈夫だっただろう? 元気なものだ」

 はははっとカリム様は笑ったけど、私は笑えなかった。
 目覚めたジグルズ様を見て、泣いてしまった。

「なかなかジグルズ様が目覚めなくて、私は心配でした……」
「……レフィカ。心配かけて悪かった」
「いえ、私が一緒にいなければよかったと思って、後悔していました」
「俺は後悔していない」

 ジグルズ様はいつものように明るい笑みを浮かべた。
 うなされるほどの悪夢を見ていただろうに、ジグルズ様は弱音一つ吐かず、私たちを安心させるために笑う。

「だが、王の力について他言しないでほしい。王はイーザックだ。この国の王の力は、俺で終わりにする」

 ――犠牲の終わり。

 ジグルズ様の強い意思を感じた。

「新しい犠牲を出さないために、ジグルズ様は王位を捨てたんですね」
「そうだ。俺は最愛の人を殺したくない。殺してくれと乞われるのもごめんだ」

 苦々しい表情で言ったジグルズ様は、どこか遠くを見ていた。
 ジグルズ様のお母様がそうだったのか、心の痛みをこらえるように拳を握りしめた。

「リュザール王家はジグルズの決定を歓迎する。我らもまた王の力は必要ないものとして考えている」

 カリム様は厳かに言った。
 王の力を捨てる決断は、簡単にできるものではない。
 一度、力を失えば、王の力は戻ることがないのだ。
 それでも、リュザール王家もジグルズ様も、大切な人を殺さない選択をした。

 ――お父様もそんな考えを持ってくれていたら、どれだけ救われたか……

「カリム、イレーネ王女のことをレフィカに話したのか?」
「まだだ」

 カリム様は私を見て、はっきり言った。

「イレーネは生きている」
「……そう……そうですか! イレーネお姉様はやっぱり生きていらっしゃったんですね!」

 ――イレーネお姉様が生きている!

 イレーネお姉様が生きていたことが嬉しくて、涙がこぼれた。
 
「レフィカ、よかったな」
「はい!」

 わかっていたこととはいえ、イレーネお姉様を知るカリム様から教えてもらい、ホッとした。

「それで、イレーネお姉様は元気に暮らしているのでしょうか?」
「ああ。元気でいる。レフィカがグランツエルデ王国へ嫁いだと聞いて、ずっと心配していた」

 優しく賢いイレーネお姉様は遠くにいても、私をずっと見守ってくれていたのだ。

「俺はジグルズがいるから、心配ないと言ったんだが、嫁いだ相手がグランツエルデ王だったからな……」

 カリム様がちらりとジグルズ様を見た。
 ジグルズ様は『話していい』というように、カリム様にうなずく。

「イレーネが心配していたのは【契約】に関することだ。確認したいことがある。レフィカはすべての【契約】を知っているか?」
「いいえ、父から五つある【契約】のうち、四つを教えられて嫁ぎました」

 四つと聞いて、カリム様は表情を曇らせた。

「四つか……。【契約】は全部で五つある。イレーネが嫁いできた時、こちらはその【契約】をすべて知っている状態だった」
「でも、【契約】は王と王によって交わされると聞いています。王だけが内容を知っているのではなかったのですか?」
「リュザール王国は違う。父上は家族全員に教えた」
「家族全員に!?」

 リュザール王国は一夫多妻制であり、その子供を合わせると、なかなかの数になる。
 家族全員と簡単にカリム様は言ったけれど、すごい人数である。

「リュザール王国は一族の繋がりが強い。問題が起きた場合、一族全員で対処し解決する」
「リュザール王家はすごいぞ。王の力を最初に捨てたのはリュザール王家だ。彼らは血縁者の誰か一人でも犠牲になるのを良しとしなかった」
「ジグルズはしばらくリュザール王国に滞在していたから、よく知っている。ジグルズがいなかったら、我々はグランツエルデ王国をよく思わなかっただろう」
「カリムと俺は敵同士だったしな」

 昔を思い出したのか、ジグルズ様は懐かしそうに目を細めた。

「戦場でジグルズに追い詰められ、殺されるかと思ったら、酒を飲もうと誘われた」
「話のわかる人間相手に、わざわざ殺しあう必要はないだろう? 話し合いで解決できる相手には無駄な血を流さず、話し合いで解決するべきだ」
「父とジグルズを引き合わせ、リュザール王国とグランツエルデ王国は、ジグルズを通じて友好関係を築いた」
「どっちみち、俺はカリムを殺せなかった。リュザール王家は、家族の命を大事にする。カリムを殺していたら、友好関係は築けなかっただろう」

 ――グランツエルデ王国とリュザール王国は敵同士だったということ?

 そういえば、ゼリヤがジグルズ様が出会ったのは、戦場だと言っていたような気がする。
 王の力を捨てない国は、リュザール王国にとって、好ましくない国として認識されていたようだ。

「家族同士の繋がりが強いんですね」
「そうだ。それで、イレーネのことに関しても、家族全員でなんとかしようという話になった」
「家族全員でなんとかする……素敵ですね!」

 イレーネお姉様はとても嬉しかったに違いない。
 私はイレーネお姉様が大切にされて、自分のことのように嬉しかった。
 カリム様が微笑む。

「まあ、イレーネの【契約】を無効にするのは、それほど難しくなかった」
「そうだったんですか!?」
「父は五つ目の【契約】に保険をかけた。方法が見つからなかった場合、逆に【契約】を利用し、王女を自由にしようと決めた」
「【契約】を利用する……?」

【契約】を無効にできたお姉様には、五つ目に特別な内容が加えられたということだ。
 私とイレーネお姉様は、まったく状況が異なる。
 最初から救うために妻として迎えられたイレーネお姉様。
 同盟目的の政略結婚で嫁いだ私。
 興味のない人間を救おうと思うだろうか。
 イーザック様がリュザール王と同じような【契約】した可能性は低い。

「……イレーネお姉様の五つ目の【契約】内容を聞いてもよろしいですか?」
「ああ。それは……」

 カリム様が答えようとした時、部屋の扉を叩く音がした。

「レフィカ様。こちらにいらっしゃいますか?」

 その声はジェレンだった。
 イレーネお姉様は死んだことになっている。
 ジェレンにイレーネお姉様が生きていることを知られるわけにはいかない。
 カリム様は口を閉じ、私は平静を装った。

「ジェレン。ここにいるわ。ジグルズ様が目覚めたの。中へ入って」
「それは本当ですか!?」

 バンッと勢いよく扉が開き、ジェレンは興奮のあまり、早口で言った。

「本当にジグルズ様がお目覚めになったのですね! 皆様、喜びますわ。全員に知らせましょう!」
「待て。なにかレフィカに伝えにきたのだろう?」

 ジグルズ様が止めると、ジェレンは我に返った。
 
「も、申し訳ございません……。そうでした。先ほど、イーザック様が王都へ戻ると言って、お一人で出発されました」
「イーザック様が一人で戻られた?」

 一緒に戻る予定にしていたはずが、イーザック様は私を置いていった。
 あんな強く私に戻ろうと言っていたのにおかしい。
 そういえば、お屋敷に戻ってから、一言もイーザック様と話していない気がする。

「イーザックは犯人を捕らえ、処罰するつもりだろう」

 この事件の首謀者として、ベルタは捕らえられた。
 すでに彼女は罪人として王都へ送られている。
 だから、ジグルズ様が犯人と言ったのはベルタのことではない。
 私の命を狙ったのはメリアだと、誰もがわかっていた。  
 ベルタがメリアをどれだけかばっても、絶対に疑いは晴れない。
 なぜなら、侍女の給料で、大勢の暗殺者を雇えるわけがないからである。
 イーザック様であっても、かばいようがないくらい犯人は明らかだった――
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