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番外編【詩理】
籠の小鳥は恋を煩う(1)
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高校三年生の冬。
私は恋をした。
「詩理。こいつの名は遠堂だ」
私が遠堂に会ったのは今日が初めてじゃないことはお兄様も知っていたけれど、改めて紹介された。
彼を窓から見かけることは何度かあったけれど、口を利くことができる距離で会ったのは初めてだった。
たまたま私の運転手がぎっくり腰になり、急すぎて誰も代わりが見つからず、遠堂が臨時で二週間だけの運転手を任されたらしいと聞いていた。
「そうですか。よろしくお願いします」
遠堂は何も言わず、黙って一礼した。
「詩理、何も書かないのか」
机の上にあった真っ白な進路希望の用紙を見つけた天清お兄様がそれ見て悲しい顔をしていた。
私達に自分で決められる未来はない。
すべて新崎のトップであるお父様が決定権を持っている。
食べるものも着るものも父が稼いだお金だからと言われて―――その庇護下にある間は逆らうことは許さなかった。
私の家は確かに裕福だけど、それは自由と引き換えだった。
私だけじゃない。
お兄様も同じ。
「詩理。遠堂なら、少しのわがままを言っても許してくれる。やりたいことがあるなら、遠堂に頼め」
遠堂はお兄様には絶対服従。
幼い時から、お兄様は優秀で私達兄妹の中でも突出した能力を持っていた。
だから、お父様もお兄様だけはちゃんと名前で呼ぶ。
天清と。
私ともう一人の兄は娘、息子としか呼ばれない。
悲しいと思っていた時期もあったけれど、今はもうなにも思わない。
わがままなんて、なにを言えばいいのだろう。
それすらわからない。
真っ白な紙を眺め、それから遠堂に視線を移して、その無愛想な顔を見た。
目が合ってようやく遠堂は口を開いた。
「詩理さん。二週間、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
私と遠堂が会うのは14日間だけ。
たったそれだけが私に許された自由だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「詩理さん、あの方は彼氏?」
お嬢様学校とはいえ、幼稚舎から共に学んだ内部生が多い中でちょっとした変化にもすぐに気づかれてしまう。
案の定、私の運転手が変わったことを早々とその日のうちにめざとく見つけられてしまった。
「すごくかっこいいわよね」
「彼女いるの?」
「さあ。個人的なことまでは存じません。臨時の運転手ですから」
どうやら、遠堂はすごくモテるようだった。
なんとなく、面白くない気持ちのまま、迎えに来た車に乗り、静かにしていると何か向こうから気の利いたことでも話してくるだろうと期待していた。
それなのに―――
「着きましたよ」
新崎の家に着くまで一言も遠堂は話さなかった。
話した言葉は「おかえりなさい」と「着きましたよ」だけ。
「なっ、なんなのかしら……」
さすがの私も戸惑ってしまう。
いくらなんでも二言だけ?
しかもお兄様から頼まれてるはずよね?
私のことは重々よろしくって!
ぼすっと制服を着替えもしないで、ベッドのクッションに顔を埋めた。
「なんだか、悔しい……」
わけのわからない敗北感。
あの微動だにしない顔をちょっとは動揺させてみたい。
それはただの悔しさからだったけれど、私がなにかしたいと思えたのはこれが初めてのことだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝の車の中の会話は『おはようございます』だけ。
他になにか言うことはないのかしら?
せめて『今日は何をなさいますか?』とか……。
バックミラーにうつる遠堂の顔は無表情で学校の校門前に着くと、車を寄せてドアを開けた。
「どうぞ」
そ、それだけ?
むぅっーと遠堂を睨みつけた。
よろしいでしょう!
あの済ました顔に一矢報いてみせるわ!
私は半ば意地になっていた。
「遠堂。今日の帰り、買い物がしたいの。付き合ってくださいね」
「わかりました」
『なんだ、そんなことか』みたいな顔で私を見ていた。
口には出さなくても顔には出るのね……。
「みてなさい」
学校帰りに寄ったのはショッピングビル。
若い女性ばかりの服が売っているいわば、女性ばかりの場所!
女性が多い場所で待たされたら、さすがの遠堂も『早く帰りましょう』と泣き言を言うに違いないわ!
素知らぬ顔で服を選んでいるふりをした。
チラチラ遠堂の方をみていると―――
「彼女いるんですかー?」
「ずっとここにいるみたいですけど、よかったら一緒にお茶とか飲みません?」
女の人に囲まれていた。
えっ!?
あ、あれはもしや、噂のナンパとかいうもの?
店から出て、サッと遠堂のそばに行った。
「早く帰りましょう!遠堂!」
あ、あら?
私が帰りましょうって言ってどうするの!?
「はい」
遠堂はなんの変化もなく、短い返事だけをした。
苦い敗北だった―――
なぜ?
車の中でがっくりと肩を落とした。
なんだか、うまくいかない。
でも、ここで諦めるわけにはいかない……!
明日にはもっと話して見せる!
絶対に!
睨まれていると思ったのか、遠堂は私の方を見ていた。
ハッとしてバックミラーを見ると気合いが入りすぎて、怖い顔をした私がうつっていた―――
私は恋をした。
「詩理。こいつの名は遠堂だ」
私が遠堂に会ったのは今日が初めてじゃないことはお兄様も知っていたけれど、改めて紹介された。
彼を窓から見かけることは何度かあったけれど、口を利くことができる距離で会ったのは初めてだった。
たまたま私の運転手がぎっくり腰になり、急すぎて誰も代わりが見つからず、遠堂が臨時で二週間だけの運転手を任されたらしいと聞いていた。
「そうですか。よろしくお願いします」
遠堂は何も言わず、黙って一礼した。
「詩理、何も書かないのか」
机の上にあった真っ白な進路希望の用紙を見つけた天清お兄様がそれ見て悲しい顔をしていた。
私達に自分で決められる未来はない。
すべて新崎のトップであるお父様が決定権を持っている。
食べるものも着るものも父が稼いだお金だからと言われて―――その庇護下にある間は逆らうことは許さなかった。
私の家は確かに裕福だけど、それは自由と引き換えだった。
私だけじゃない。
お兄様も同じ。
「詩理。遠堂なら、少しのわがままを言っても許してくれる。やりたいことがあるなら、遠堂に頼め」
遠堂はお兄様には絶対服従。
幼い時から、お兄様は優秀で私達兄妹の中でも突出した能力を持っていた。
だから、お父様もお兄様だけはちゃんと名前で呼ぶ。
天清と。
私ともう一人の兄は娘、息子としか呼ばれない。
悲しいと思っていた時期もあったけれど、今はもうなにも思わない。
わがままなんて、なにを言えばいいのだろう。
それすらわからない。
真っ白な紙を眺め、それから遠堂に視線を移して、その無愛想な顔を見た。
目が合ってようやく遠堂は口を開いた。
「詩理さん。二週間、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
私と遠堂が会うのは14日間だけ。
たったそれだけが私に許された自由だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「詩理さん、あの方は彼氏?」
お嬢様学校とはいえ、幼稚舎から共に学んだ内部生が多い中でちょっとした変化にもすぐに気づかれてしまう。
案の定、私の運転手が変わったことを早々とその日のうちにめざとく見つけられてしまった。
「すごくかっこいいわよね」
「彼女いるの?」
「さあ。個人的なことまでは存じません。臨時の運転手ですから」
どうやら、遠堂はすごくモテるようだった。
なんとなく、面白くない気持ちのまま、迎えに来た車に乗り、静かにしていると何か向こうから気の利いたことでも話してくるだろうと期待していた。
それなのに―――
「着きましたよ」
新崎の家に着くまで一言も遠堂は話さなかった。
話した言葉は「おかえりなさい」と「着きましたよ」だけ。
「なっ、なんなのかしら……」
さすがの私も戸惑ってしまう。
いくらなんでも二言だけ?
しかもお兄様から頼まれてるはずよね?
私のことは重々よろしくって!
ぼすっと制服を着替えもしないで、ベッドのクッションに顔を埋めた。
「なんだか、悔しい……」
わけのわからない敗北感。
あの微動だにしない顔をちょっとは動揺させてみたい。
それはただの悔しさからだったけれど、私がなにかしたいと思えたのはこれが初めてのことだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝の車の中の会話は『おはようございます』だけ。
他になにか言うことはないのかしら?
せめて『今日は何をなさいますか?』とか……。
バックミラーにうつる遠堂の顔は無表情で学校の校門前に着くと、車を寄せてドアを開けた。
「どうぞ」
そ、それだけ?
むぅっーと遠堂を睨みつけた。
よろしいでしょう!
あの済ました顔に一矢報いてみせるわ!
私は半ば意地になっていた。
「遠堂。今日の帰り、買い物がしたいの。付き合ってくださいね」
「わかりました」
『なんだ、そんなことか』みたいな顔で私を見ていた。
口には出さなくても顔には出るのね……。
「みてなさい」
学校帰りに寄ったのはショッピングビル。
若い女性ばかりの服が売っているいわば、女性ばかりの場所!
女性が多い場所で待たされたら、さすがの遠堂も『早く帰りましょう』と泣き言を言うに違いないわ!
素知らぬ顔で服を選んでいるふりをした。
チラチラ遠堂の方をみていると―――
「彼女いるんですかー?」
「ずっとここにいるみたいですけど、よかったら一緒にお茶とか飲みません?」
女の人に囲まれていた。
えっ!?
あ、あれはもしや、噂のナンパとかいうもの?
店から出て、サッと遠堂のそばに行った。
「早く帰りましょう!遠堂!」
あ、あら?
私が帰りましょうって言ってどうするの!?
「はい」
遠堂はなんの変化もなく、短い返事だけをした。
苦い敗北だった―――
なぜ?
車の中でがっくりと肩を落とした。
なんだか、うまくいかない。
でも、ここで諦めるわけにはいかない……!
明日にはもっと話して見せる!
絶対に!
睨まれていると思ったのか、遠堂は私の方を見ていた。
ハッとしてバックミラーを見ると気合いが入りすぎて、怖い顔をした私がうつっていた―――
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