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21 あなたは私のもの ※クリスティナ視点
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――皇妃様はどんなドレスをお召しになるのかしら?
皇帝陛下にエスコートされた私が、招待客の前に登場して、ダンスを踊ることが決まった。
誰もが私を皇帝陛下の妻にふさわしいと思うはず。
――舞踏会の日が待ち遠しいわ!
茶色の髪に似合うピンク色の可憐なドレス。
きっと皇帝陛下も可愛いって思ってくれる。
「ああ、クリスティナ様。お待たせしてすみません」
「エルナンド様! 平気です。お忙しいのに、私が呼び出してしまったのですから、悪いのは私のほうですわ」
「クリスティナ様は優しいですね。遅れたお詫びにこれを」
エルナンド様は花を一輪、私に差し出した。
「女性に花を贈ると喜ばれると、騎士団の部下が言っていたのを思い出しまして。よろしければ、受け取っていただけますか?」
「嬉しいですわ! ありがとうございます」
――うふふ。私にしっかり【魅了】されてるわ。
皇帝陛下に近しいエルナンド様を【魅了】したのは正解だった。
近づきやすくなったし、皇宮内で限られた人しか知らない情報も手に入る。
「それで、クリスティナ様。私に相談したい件とは、いったいなんでしょう?」
「皇妃様がどんなドレスを仕立てたのか知りたいんです。皇妃様より、見劣りしてしまうんじゃないかって心配で……」
「クリスティナ様。大切なのはドレスではなく、振る舞いですよ」
――はあ……。エルナンド様は女心がわからない方なのね。
グラーティア神聖国の王女で、皇帝陛下の妃に望まれて嫁いだだけあって、皇妃様は気品があって美しい。
どちらかというと、私は可愛らしい部類。
ちょっと気を抜いたら、目立たなくなってしまう。
「女性にとって、身に付けるものは、とても大切ですの。皇妃様のドレスが気になるのは、当然のことですわ」
「すみません。あまり興味がなくて」
エルナンド様は申し訳なさそうな表情で謝った。
「私のドレスについて、皇帝陛下のご意見をうかがいたいわ」
「私以上に興味がないと思いますが……いや、そんなことないか」
「え?」
嬉しそうにエルナンド様は言った。
「さきほど皇帝陛下にお会いしたのですが、皇妃様のドレスを見に行くとおっしゃってました」
「皇帝陛下は皇妃様のドレスに興味があるんですか!?」
「皇妃様は皇帝陛下の妻ですし、当日のドレスが、どんなものなのか気になるのは、当たり前だと思いますよ?」
――そんなの絶対ありえない! 何年もかけて【魅了】魔法をかけてきたのよ? 皇妃様に今さら興味を示すなんて、なにが起きたの?
落ち着かなければ、エルナンド様におかしく思われる。
「そ、そうですわよね。皇妃様は妻ですもの……」
作り笑いを浮かべ、慌てて取り繕った。
きっと子供たちに会う口実に決まってる。
子供たちを【魅了】できなかったのは、大失敗だったと思う。
私が子供たちに好かれていれば、皇帝陛下は私を妻に考えてくれたはずだわ。
――残された時間はあと少し。このままで終わるものですか!
「エルナンド様」
「なんでしょう?」
「お願いがあるんです……」
胸の前に両手を組み、エルナンド様を見つめた。
「クリスティナ様?」
私と同化している魔女が魔法を構築し、【魅了】魔法を使った。
「お願いとは……?」
「皇帝陛下のお部屋の鍵をいただきたいのです」
「それは……」
エルナンド様は額をおさえた。
頭痛――これは完全に【魅了】されていない証拠で、エルナンド様はいいなりにならないように、しぶとく耐えていた。
「鍵をいただけませんか?」
繰り返しお願いしてみる。
「鍵……。鍵は渡せません。……なぜ、鍵が必要なのです?」
エルナンド様の目が鋭く私をにらんだ。
私を怪しんでいる証拠だ。
――危険だわ。【魅了】が完全に解けたら、エルナンド様を利用できなくなってしまう!
それらしい嘘をつき、ごまかすしかない。
「その……。皇帝陛下はお忙しい方ですから、私が作った栄養満点な食事を召し上がっていただこうと思いましたの」
「食事は厨房の仕事です。皇帝陛下の口に入るものに関しては、決められた人間しか関わることを許されてません」
エルナンド様の低い声に背筋が寒くなった。
これが、皇帝陛下の右腕であるエルナンド様の本性。
彼が持つ高い忠誠心によって、【魅了】の効果が打ち消されている。
「悲しいですわ。私はエルナンド様から信頼されてないのですね……」
「クリスティナ様。皇帝陛下の身を守るため、譲れないこともあるのです。ご理解いただきたい」
皇帝陛下のことになると、エルナンド様は態度が一変した。
「皇帝陛下は幼い時から、父親や兄上たちに命を狙われ、食事に毒を混入されるのは当たり前。今も暗殺者がやってくる」
「今も暗殺者が……」
殺伐とした空気が漂い、優しかったエルナンド様ではなくなった。
「皇帝陛下は、皇妃様と子供たちに被害が及ばないよう遠ざけているだけで、愛がないわけではありません」
エルナンド様は私が皇帝陛下を狙っているとわかって、釘をさしたのだと気づいた。
「誰よりも家族を必要としている方なのです。ですから、絶対に皇妃様と幸せになってほしいと心から願っております」
「そうですか……」
――私では幸せになれないというの?
皇妃様に皇帝陛下は何度も冷たくされ、傷ついたわ。
私のほうがいいに決まってる。
「時間はかかりましたが、ようやく夫婦らしくなってきたと思います」
エルナンド様は私に皇帝陛下を諦めてほしい。
私を邪魔者なんかにさせないわ。
「皇帝陛下は皇妃様をまだ愛してるの……」
激しい嫉妬心が生まれた。
今まで、周囲に愛されてきた私は、嫉妬心とは無縁だった。
そんな私が初めて嫉妬したのは皇妃様だけ。
「では、仕事がありますので失礼します」
忙しいエルナンド様は去っていった。
私の手にはエルナンド様からもらった花が一輪。
ぐしゃりと潰し、床に落とした。
それを靴底で踏み潰す。
『ユリアナ。どこまでも邪魔な女』
私の中に潜む魔女が表に出くる。
『私は【魅了の魔女】。なんの力も持たない女に負けるわけがないのよ』
花が可哀想だという気持ちより、早く皇妃様をどうにかしたいという気持ちのほうが勝った。
魔女は皇妃様の部屋へ向かう。
――ねえ、どうするの? 今、行っても皇帝陛下と皇妃様が仲良く話をしているだけで、みじめなだけよ。
『みじめ? 【魅了の魔女】と呼ばれる私が、あの弱々しい皇妃に負けるわけないわ』
すれ違う侍女や兵士を【魅了】し、咎められることなく、堂々と廊下を歩く。
高位の魔女と自称するだけあって、まるで息をするかのように魔法を使う。
容易く魅了される人々が可笑しいのか、くすくす笑っていた。
『ふふっ。クリスティナの人気のおかげで、【魅了】魔法にかかりやすくて助かるわ。誰も私を疑わない!』
頼もしいけど、魔女だとバレないか心配だった。
魔女は神殿に捕まったら、死ぬまで牢屋に閉じ込められると、聞いたことがある。
――あんまり派手に魔法を使わないで!
『うるさいわねぇ。ここに神官がいるならわかるけど、神官はいないのよ? 誰が私の正体を暴けるっていうの?』
高笑いをしながら、ノックもせずに皇妃様の部屋へ入った。
皇妃様の舞踏会用の靴をいくつも持った侍女と鉢合わせて、私の姿を見て驚いていた。
「まあ。クリスティナ様! 急な訪問はお控えください。王妃様は忙しくて、誰にもお会いできませ……」
パチンと指を鳴らし、侍女に【魅了】を使う。
「どうぞ。皇妃様はドレスを合わせております……」
侍女は私を部屋へ招き入れ、ふらふらと廊下へ出ていった。
部屋の中では、皇帝陛下と皇妃様、侍女たちがいた。
皇帝陛下のサファイアの瞳が皇妃様を見つめているのがわかり、カッとなった。
――許せないわ。許せない! 早く【魅了】してしまわないと!
私と魔女は狂ったように心の中で叫び、私たち二人分の声が重なった。
「クリスティナ!? どうして、私の部屋へ……?」
「皇妃様。とても素敵なドレスですね」
皇妃様のドレスは緑のドレスで、白いレースで飾られた平凡なもの。
私が仕立てたドレスよりも地味で、華やかさはない。
――これなら勝てそう。
「皇妃の部屋に入っていいと許可した覚えはない」
許可なく部屋に入った私を見て、皇帝陛下からお叱りを受けた。
私はすごくショックだったけど、【魅了の魔女】は動じない。
「私は皇妃様のお友達です。お友達のところへおしゃべりに来ただけですわ」
「私の友達!?」
「もしかして、お友達だと思っていたのは私だけですか? 仲良くさせていただいてたのに……」
傷ついたふりをして、目に涙を浮かべた。
「クリスティナ。私と友達だというのなら、突然、訪れるのはやめていただきたいの」
「お友達ではないということですか?」
「そうね。私の友達だったら、まず訪問時は連絡をすること。許可なく、私の部屋へ入らないこと。それから……」
――まだあるの!?
皇妃様のお説教をなぜか皇帝陛下まで真面目な態度で聞いている。
「今は自分のことより、アーレントとフィンセントの教育する時間を増やしたいのです」
「教育熱心だな」
「アーレントとフィンセントは、ルスキニア帝国の未来を背負っています。思いやりのあるしっかりした皇子に育てたいと思っています!」
皇妃様の顔は真剣そのもので、その言葉に嘘はないとわかる。
――こんな教育熱心な方だったかしら?
「皇妃様。神殿から手紙が届いております」
侍女がうやうやしく銀のトレイを差し出した。
神殿の紋章が入った封書を見て、正式なやり取りだとわかる。
「ありがとう。舞踏会の返事ね」
――まさか、舞踏会に神官を招待したっていうの!?
神官が来る――魔女を捕らえ殺す者。
恐怖で叫びそうになった。
「神官を舞踏会に神官を招いたのですか?」
「ええ。グラーティア神聖国では王族だけでなく、貴族たちも親しい神官にパーティーの招待状や手紙を送る習慣があるのよ」
「グラーティア神聖国は神殿との繋がりが深いからな」
今までになく【魅了の魔女】が動揺しているのがわかった。
「ルスキニア帝国では、神官をパーティーに招く習慣はありません!」
「神殿との関係を深めておいて、損はありませんわ」
――なんてこと。
舞踏会に神官が参加するなんて初めてのことだった。
これは完全な計算外。
「皇帝陛下……。舞踏会当日のエスコートのことで、ご相談がございますの。少しよろしいでしょうか」
「ああ。ちょうどいい。俺もそのことについて話があった」
エスコートの件を持ち出されたら、きっと皇妃様は気にするわ。
そう思っていたのに、侍女たちと話していて、こちらをまったく見ていない。
「皇妃様。パンケーキを明日から減らしてくださいね」
「えっ!? パンケーキを?」
「舞踏会までにウエストを絞りましょう!」
「そ、そんなっー! ウエストよりパンケーキ!」
「駄目です! キュッとしましょう、キュッと!」
――それどころではなさそう。
私と皇帝陛下の仲より、パンケーキを気にするなんて余裕ね。
皇帝陛下を止められなかったことを後悔するわよ。
そう思いながら、皇帝陛下と一緒に皇妃様の部屋から出る。
廊下に出た直後、私に言ったの言葉は衝撃なものだった。
「舞踏会当日だが、俺はユリアナのエスコートをする」
「私のエスコートをしてくださるはずじゃ……」
「エルナンドがやりたいそうだ」
――何度、あなたに【魅了】魔法を使ったか。
それでも私のものにならないのね。
父と兄を殺し、皇帝の地位についただけあって、すさまじい精神力。
普通の人間なら、完璧に【魅了】されていたはずだった。
『魔女との約束を破ったらどうなるか、思い知らせてやるわ』
魔力を重ね、魔法を構築していく――これが最後の【魅了】の魔法。
二度と私に逆らえない強力なもの。
「私との約束を破るなんてひどいですわ。私をエスコートしてくださいますよね?」
「……わかった。エルナンドには俺から伝えておく」
強力な【魅了】魔法を使ったはずなのに、皇帝陛下は険しい顔のままだった。
去っていく皇帝陛下の背中を眺め、その姿を見送った。
――私のことが好きでたまらないはずなのに、態度が冷たかったわ。本当に【魅了】魔法が効いてるの?
『当たり前よ。私の魔法を疑うの?』
疑ってなんていないわ――そう答えるつもりが、私の声は悲鳴に変わった。
「きゃあああ!」
魔力の刃が私の体を切り刻む。
誰かが皇帝陛下に守護魔法をかけてあったのだ。
さっきの【魅了】魔法は攻撃魔法として認識され、反撃される。
「いったい誰が、こんな魔法をかけたの!? 私の邪魔をしているのは誰よ!」
私は愛され令嬢クリスティナ。
なぜ私は血まみれになっているの?
うまくいっていたはずだったのに――私の恋は。
皇帝陛下にエスコートされた私が、招待客の前に登場して、ダンスを踊ることが決まった。
誰もが私を皇帝陛下の妻にふさわしいと思うはず。
――舞踏会の日が待ち遠しいわ!
茶色の髪に似合うピンク色の可憐なドレス。
きっと皇帝陛下も可愛いって思ってくれる。
「ああ、クリスティナ様。お待たせしてすみません」
「エルナンド様! 平気です。お忙しいのに、私が呼び出してしまったのですから、悪いのは私のほうですわ」
「クリスティナ様は優しいですね。遅れたお詫びにこれを」
エルナンド様は花を一輪、私に差し出した。
「女性に花を贈ると喜ばれると、騎士団の部下が言っていたのを思い出しまして。よろしければ、受け取っていただけますか?」
「嬉しいですわ! ありがとうございます」
――うふふ。私にしっかり【魅了】されてるわ。
皇帝陛下に近しいエルナンド様を【魅了】したのは正解だった。
近づきやすくなったし、皇宮内で限られた人しか知らない情報も手に入る。
「それで、クリスティナ様。私に相談したい件とは、いったいなんでしょう?」
「皇妃様がどんなドレスを仕立てたのか知りたいんです。皇妃様より、見劣りしてしまうんじゃないかって心配で……」
「クリスティナ様。大切なのはドレスではなく、振る舞いですよ」
――はあ……。エルナンド様は女心がわからない方なのね。
グラーティア神聖国の王女で、皇帝陛下の妃に望まれて嫁いだだけあって、皇妃様は気品があって美しい。
どちらかというと、私は可愛らしい部類。
ちょっと気を抜いたら、目立たなくなってしまう。
「女性にとって、身に付けるものは、とても大切ですの。皇妃様のドレスが気になるのは、当然のことですわ」
「すみません。あまり興味がなくて」
エルナンド様は申し訳なさそうな表情で謝った。
「私のドレスについて、皇帝陛下のご意見をうかがいたいわ」
「私以上に興味がないと思いますが……いや、そんなことないか」
「え?」
嬉しそうにエルナンド様は言った。
「さきほど皇帝陛下にお会いしたのですが、皇妃様のドレスを見に行くとおっしゃってました」
「皇帝陛下は皇妃様のドレスに興味があるんですか!?」
「皇妃様は皇帝陛下の妻ですし、当日のドレスが、どんなものなのか気になるのは、当たり前だと思いますよ?」
――そんなの絶対ありえない! 何年もかけて【魅了】魔法をかけてきたのよ? 皇妃様に今さら興味を示すなんて、なにが起きたの?
落ち着かなければ、エルナンド様におかしく思われる。
「そ、そうですわよね。皇妃様は妻ですもの……」
作り笑いを浮かべ、慌てて取り繕った。
きっと子供たちに会う口実に決まってる。
子供たちを【魅了】できなかったのは、大失敗だったと思う。
私が子供たちに好かれていれば、皇帝陛下は私を妻に考えてくれたはずだわ。
――残された時間はあと少し。このままで終わるものですか!
「エルナンド様」
「なんでしょう?」
「お願いがあるんです……」
胸の前に両手を組み、エルナンド様を見つめた。
「クリスティナ様?」
私と同化している魔女が魔法を構築し、【魅了】魔法を使った。
「お願いとは……?」
「皇帝陛下のお部屋の鍵をいただきたいのです」
「それは……」
エルナンド様は額をおさえた。
頭痛――これは完全に【魅了】されていない証拠で、エルナンド様はいいなりにならないように、しぶとく耐えていた。
「鍵をいただけませんか?」
繰り返しお願いしてみる。
「鍵……。鍵は渡せません。……なぜ、鍵が必要なのです?」
エルナンド様の目が鋭く私をにらんだ。
私を怪しんでいる証拠だ。
――危険だわ。【魅了】が完全に解けたら、エルナンド様を利用できなくなってしまう!
それらしい嘘をつき、ごまかすしかない。
「その……。皇帝陛下はお忙しい方ですから、私が作った栄養満点な食事を召し上がっていただこうと思いましたの」
「食事は厨房の仕事です。皇帝陛下の口に入るものに関しては、決められた人間しか関わることを許されてません」
エルナンド様の低い声に背筋が寒くなった。
これが、皇帝陛下の右腕であるエルナンド様の本性。
彼が持つ高い忠誠心によって、【魅了】の効果が打ち消されている。
「悲しいですわ。私はエルナンド様から信頼されてないのですね……」
「クリスティナ様。皇帝陛下の身を守るため、譲れないこともあるのです。ご理解いただきたい」
皇帝陛下のことになると、エルナンド様は態度が一変した。
「皇帝陛下は幼い時から、父親や兄上たちに命を狙われ、食事に毒を混入されるのは当たり前。今も暗殺者がやってくる」
「今も暗殺者が……」
殺伐とした空気が漂い、優しかったエルナンド様ではなくなった。
「皇帝陛下は、皇妃様と子供たちに被害が及ばないよう遠ざけているだけで、愛がないわけではありません」
エルナンド様は私が皇帝陛下を狙っているとわかって、釘をさしたのだと気づいた。
「誰よりも家族を必要としている方なのです。ですから、絶対に皇妃様と幸せになってほしいと心から願っております」
「そうですか……」
――私では幸せになれないというの?
皇妃様に皇帝陛下は何度も冷たくされ、傷ついたわ。
私のほうがいいに決まってる。
「時間はかかりましたが、ようやく夫婦らしくなってきたと思います」
エルナンド様は私に皇帝陛下を諦めてほしい。
私を邪魔者なんかにさせないわ。
「皇帝陛下は皇妃様をまだ愛してるの……」
激しい嫉妬心が生まれた。
今まで、周囲に愛されてきた私は、嫉妬心とは無縁だった。
そんな私が初めて嫉妬したのは皇妃様だけ。
「では、仕事がありますので失礼します」
忙しいエルナンド様は去っていった。
私の手にはエルナンド様からもらった花が一輪。
ぐしゃりと潰し、床に落とした。
それを靴底で踏み潰す。
『ユリアナ。どこまでも邪魔な女』
私の中に潜む魔女が表に出くる。
『私は【魅了の魔女】。なんの力も持たない女に負けるわけがないのよ』
花が可哀想だという気持ちより、早く皇妃様をどうにかしたいという気持ちのほうが勝った。
魔女は皇妃様の部屋へ向かう。
――ねえ、どうするの? 今、行っても皇帝陛下と皇妃様が仲良く話をしているだけで、みじめなだけよ。
『みじめ? 【魅了の魔女】と呼ばれる私が、あの弱々しい皇妃に負けるわけないわ』
すれ違う侍女や兵士を【魅了】し、咎められることなく、堂々と廊下を歩く。
高位の魔女と自称するだけあって、まるで息をするかのように魔法を使う。
容易く魅了される人々が可笑しいのか、くすくす笑っていた。
『ふふっ。クリスティナの人気のおかげで、【魅了】魔法にかかりやすくて助かるわ。誰も私を疑わない!』
頼もしいけど、魔女だとバレないか心配だった。
魔女は神殿に捕まったら、死ぬまで牢屋に閉じ込められると、聞いたことがある。
――あんまり派手に魔法を使わないで!
『うるさいわねぇ。ここに神官がいるならわかるけど、神官はいないのよ? 誰が私の正体を暴けるっていうの?』
高笑いをしながら、ノックもせずに皇妃様の部屋へ入った。
皇妃様の舞踏会用の靴をいくつも持った侍女と鉢合わせて、私の姿を見て驚いていた。
「まあ。クリスティナ様! 急な訪問はお控えください。王妃様は忙しくて、誰にもお会いできませ……」
パチンと指を鳴らし、侍女に【魅了】を使う。
「どうぞ。皇妃様はドレスを合わせております……」
侍女は私を部屋へ招き入れ、ふらふらと廊下へ出ていった。
部屋の中では、皇帝陛下と皇妃様、侍女たちがいた。
皇帝陛下のサファイアの瞳が皇妃様を見つめているのがわかり、カッとなった。
――許せないわ。許せない! 早く【魅了】してしまわないと!
私と魔女は狂ったように心の中で叫び、私たち二人分の声が重なった。
「クリスティナ!? どうして、私の部屋へ……?」
「皇妃様。とても素敵なドレスですね」
皇妃様のドレスは緑のドレスで、白いレースで飾られた平凡なもの。
私が仕立てたドレスよりも地味で、華やかさはない。
――これなら勝てそう。
「皇妃の部屋に入っていいと許可した覚えはない」
許可なく部屋に入った私を見て、皇帝陛下からお叱りを受けた。
私はすごくショックだったけど、【魅了の魔女】は動じない。
「私は皇妃様のお友達です。お友達のところへおしゃべりに来ただけですわ」
「私の友達!?」
「もしかして、お友達だと思っていたのは私だけですか? 仲良くさせていただいてたのに……」
傷ついたふりをして、目に涙を浮かべた。
「クリスティナ。私と友達だというのなら、突然、訪れるのはやめていただきたいの」
「お友達ではないということですか?」
「そうね。私の友達だったら、まず訪問時は連絡をすること。許可なく、私の部屋へ入らないこと。それから……」
――まだあるの!?
皇妃様のお説教をなぜか皇帝陛下まで真面目な態度で聞いている。
「今は自分のことより、アーレントとフィンセントの教育する時間を増やしたいのです」
「教育熱心だな」
「アーレントとフィンセントは、ルスキニア帝国の未来を背負っています。思いやりのあるしっかりした皇子に育てたいと思っています!」
皇妃様の顔は真剣そのもので、その言葉に嘘はないとわかる。
――こんな教育熱心な方だったかしら?
「皇妃様。神殿から手紙が届いております」
侍女がうやうやしく銀のトレイを差し出した。
神殿の紋章が入った封書を見て、正式なやり取りだとわかる。
「ありがとう。舞踏会の返事ね」
――まさか、舞踏会に神官を招待したっていうの!?
神官が来る――魔女を捕らえ殺す者。
恐怖で叫びそうになった。
「神官を舞踏会に神官を招いたのですか?」
「ええ。グラーティア神聖国では王族だけでなく、貴族たちも親しい神官にパーティーの招待状や手紙を送る習慣があるのよ」
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「ルスキニア帝国では、神官をパーティーに招く習慣はありません!」
「神殿との関係を深めておいて、損はありませんわ」
――なんてこと。
舞踏会に神官が参加するなんて初めてのことだった。
これは完全な計算外。
「皇帝陛下……。舞踏会当日のエスコートのことで、ご相談がございますの。少しよろしいでしょうか」
「ああ。ちょうどいい。俺もそのことについて話があった」
エスコートの件を持ち出されたら、きっと皇妃様は気にするわ。
そう思っていたのに、侍女たちと話していて、こちらをまったく見ていない。
「皇妃様。パンケーキを明日から減らしてくださいね」
「えっ!? パンケーキを?」
「舞踏会までにウエストを絞りましょう!」
「そ、そんなっー! ウエストよりパンケーキ!」
「駄目です! キュッとしましょう、キュッと!」
――それどころではなさそう。
私と皇帝陛下の仲より、パンケーキを気にするなんて余裕ね。
皇帝陛下を止められなかったことを後悔するわよ。
そう思いながら、皇帝陛下と一緒に皇妃様の部屋から出る。
廊下に出た直後、私に言ったの言葉は衝撃なものだった。
「舞踏会当日だが、俺はユリアナのエスコートをする」
「私のエスコートをしてくださるはずじゃ……」
「エルナンドがやりたいそうだ」
――何度、あなたに【魅了】魔法を使ったか。
それでも私のものにならないのね。
父と兄を殺し、皇帝の地位についただけあって、すさまじい精神力。
普通の人間なら、完璧に【魅了】されていたはずだった。
『魔女との約束を破ったらどうなるか、思い知らせてやるわ』
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二度と私に逆らえない強力なもの。
「私との約束を破るなんてひどいですわ。私をエスコートしてくださいますよね?」
「……わかった。エルナンドには俺から伝えておく」
強力な【魅了】魔法を使ったはずなのに、皇帝陛下は険しい顔のままだった。
去っていく皇帝陛下の背中を眺め、その姿を見送った。
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『当たり前よ。私の魔法を疑うの?』
疑ってなんていないわ――そう答えるつもりが、私の声は悲鳴に変わった。
「きゃあああ!」
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誰かが皇帝陛下に守護魔法をかけてあったのだ。
さっきの【魅了】魔法は攻撃魔法として認識され、反撃される。
「いったい誰が、こんな魔法をかけたの!? 私の邪魔をしているのは誰よ!」
私は愛され令嬢クリスティナ。
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うまくいっていたはずだったのに――私の恋は。
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そんなある日、隣国から王女であるルチア様が側妃として嫁いでくることを相談なしに伝えられる。
リリィは強引に話をしてくるレオナルドに嫌悪感を抱くようになる。追い打ちをかけるような出来事が起き、愛ではなく未来の皇后として国を守っていくことに自分の人生をかけることをしていく。
そのためにリリィが取った行動とは何なのか。
リリィの心が離れてしまったレオナルドはどうしていくのか。
2人の未来はいかに···
無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !
恋せよ恋
ファンタジー
富豪にして美食家、オラニエ侯爵家の長女ステファニー。
もっちり体型から「マシュマロ令嬢」と陰口を叩かれる彼女だが、
本人は今日もご機嫌に美味しいものを食べている。
――ただし、この令嬢、人のオーラが色で見える。
その力をひけらかすこともなく、ただ「気になるから」と忠告した結果、
不正商会が摘発され、運気が上がり、気づけば周囲には信奉者が増えていく。
十五歳で王妃に乞われ、王宮へ『なんでも顧問』として迎えられたステファニー。
美食を愛し、人を疑わず、誰にでも礼を尽くすその姿勢は、
いつの間にか貴族たちの心を掴み、王子たちまで惹きつけていく。
これは、
見た目はぽっちゃり、されど中身は只者ではないマシュマロ令嬢が、
無自覚のまま王宮を掌握していく、もっちり系・人たらし王宮譚。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
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