道端に落ちてた竜を拾ったら、ウチの家政夫になりました!

椿蛍

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8 【木苺】魔女の儀式!?

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「魔女だっー!」
「町にやって来るのがいつもより早いわね。買い忘れでもあったのかしら」
「ひええええっ! 今日は使い魔まで連れてるよっ!」
「強そうな使い魔だけど、新種のコウモリかな?」
「でも、綺麗な使い魔だね。宝石みたいだ」

 町に入ったなり、あっさり私が魔女と呼ばれていることがラウリにバレてしまった。
 よくよく考えると、こうなるのはわかっていたんだから、隠す必要はどこにもなかった。
 それにしても、使い魔なんてひどすぎる。
 でも、ラウリは私と違って、子竜の姿になっても褒められている。綺麗なんて、私は一言も言われたことがない。
 ラウリはなにを言われても町の人達の言葉を気かける様子はなく、堂々とした様子で飛んでいる。
 大通りの中央にある広い噴水のところまでやってくると、私の姿が目に入る。黒いフードを目深にかぶり、マント、肩のあたりには黒いコウモリのような子竜。

「魔女か」

 噴水に映った私と自分が並んだ姿を見、ぷっとラウリが笑ったような気がしたけど、きっと気のせい。

「この格好じゃ無理もない」

 ――気のせいじゃなかった。
 とぼっ……と歩く足取りがいつもより元気がなくなった。
 町の人達だけじゃなく、ラウリにまで魔女認定されてしまう現実。
 私のなにがいけないんだろう。
 しょんぼりしながら、湧き水が出る水汲み場までやって来ると木の籠から空のガラス瓶を取り出した。
 甘い木苺シロップを冷たい水で薄める。これは昼食のサンドイッチと一緒に飲むつもりで持ってきた木苺シロップ。ガラス瓶に水を注げば、鮮やかな赤色の木苺ジュースとなるのだ。

「ジュースか」
「そうです。町で人気のフルーツシロップ屋さんのシロップで冷たくて甘酸っぱいジュースになるんですよ。見てください。木苺色が綺麗でしょう?」
「ふーん。自分で作れそうだな」

 ラウリと話していると、町の子供達が怯えていることに気が付いた。

「あれ、血じゃないよね?」
「わ、わかんないよ……」
「僕達の血を抜かれるんじゃ……」
「魔女の儀式に使うのかな」

 私と目が合った瞬間、子供達は一目散に逃げ出した。自分達の血を私が搾り取るんじゃないかという疑いによって――それを眺めていたラウリが私に言った。

「だから、怪しすぎると言っただろう? 次からは花柄かチェック柄にでもするんだな」
「花柄やチェック柄のマントなんて、私のプリントドレスと柄がかぶるじゃないですか」
「怪しいと思われるより、趣味が悪いと思われた方がマシだぞ」
「……考えておきます」

 ラウリが言うことは正しいのかもしれない。
 本人は気づいてないだろうけど、おつかい竜の格好をしたラウリは可愛い感じで、怖い雰囲気はなかったから、なおさら説得力があった。
 ガラス瓶の縁ギリギリまで水を入れ終わると、木苺ジュースの瓶に蓋をした。
 この町には湧き水群が存在し、豊富な水がいつも湧き出ている。
 私がこの地域を選び工房を構えた理由のひとつに綺麗な水がたくさん使えるというのがあった。湧き水は森の池を透明にし、渇水の時期にも豊富な湧き水が町の用水路に流れ、池を満たす。
 石造りの水路は町の人達によって清掃され、草や苔は取り除かれて清らかな水質を保っていた。
 馬や牛、羊に山羊と動物達の水飲み場にも事欠かないし、小川では白鳥やアヒルが気持ち良さそうに浮かんでいるのを目にすることができる。

「綺麗な町だな」
「そうなんです。私が気に入るのも無理はないっていうか……」
「町はな」

 ラウリが言わんとしていることを察したけど、あえてそこは聞き流した。
 私の家にある物はゴミじゃなくて、コレクション品なのにわかってもらえない悲しみよ……
 趣味や価値観が違うとわかりあえないこともある。
 木苺ジュースを布に包み、籠に入れると湧き水近くに店を構える古着屋へと入った。

「古着屋か」
「ロク先生の服はラウリに小さいでしょう? 仕立てるとなると、時間もかかるし、着替えがなくて全裸でいられても困りますから」
「まあ、そうだが」

 古着屋の店先にまでドレスやチュニック、サンダル、靴、帽子やベルトがあふれている。これらは古着屋が王都で仕入れていて、裕福な商家のお下がりや貴族の家から出た古着が多く置かれていた。
 町では一番品質も評判もいい古着屋は客足が途絶えることはない。
 時々、異国の刺繍があしらわれたスカートや見事なレース織りなどの掘り出し物があって楽しい。

「いらっしゃいませ」
「ようこそ」

 古着屋の中へ入ると、メガネをかけた二人の店員が抑揚のない声で挨拶をする。
 この二人は古着屋の店員というよりは真贋を見極める鑑定士のような印象がある。
 愛想のない店員さん達だけど、これは誰に対しても同じ。だから、私は気にしていなかった。

「ラウリはどんな服が好きですか?」
「家政夫だからな。動きやすい服がいいだろう」

 チラッとラウリの姿を見る。
 彼にどんな服が似合うだろうと、思案しているとラウリが店内を一周し、戻って来た。
 そして、私が服を見立ててあげようとしたのをラウリはきっぱりと断ってきた。
 
「自分で選ぶ」
「私のセンスを疑っているんですか?」
「その黒マントの怪しげなスタイルを見て信用しろと言うほうが無茶だろう」

 ぐっと言葉に詰まり、反論できなかった。けれど、私が簡単に諦めると思ったら大間違い。
 ラウリが気に入るかもしれないと、手にしていた服や寝間着をチラチラと見せた。けれど、一考の余地なしとばかりに完全に無視されてしまった。
 私の手には可愛いクマちゃん柄の寝間着があったのに却下とはどういういことだろう。
 ラウリは手早く服を選び、器用に口にくわえたり、尻尾でぽんぽんと私に投げて寄越す。
 人の姿をしている私のほうが動きやすいはずなのに投げられる衣服や小物を受け取るので精一杯だった。

「毎度ありがとうございます」

 たくさん買ったけど、業務的な挨拶で終わった。でも、いつもと少し違うのは男物を大量に買った私を怪しむような目で店員さん達が見ていたことだった。
 まさか生け贄でも森の家にいるのでは、なんて勘違いされてしまった……?
 自分の評判が気になる年頃の私はドキドキしながら包まれた品物を受け取り、古着屋を出た。

「値切らなくてよかったのか?」
「えっ……ね、値切るなんて。私にそんな高度な会話術はできません……」

 値切ることができると知っていたけど、まだ一度もしたことがない。
 それに――

「魔女が使い魔を連れて買い物をしているぞ」
「使い魔を召喚したのか?」
「いや、森で密かに使い魔を育てていたのでは?」

 私が魔女ではないかという疑惑がさらに深まっている今、交渉というより脅しになりそうな気がしていた。
 のんびりしているヒマはない。
 買い物は服だけじゃなく、まだまだ買わなくてはいけないものがたくさんある。ラウリが家を出る前に書いてくれた買い物リストを眺めた。
  
「あとは小麦と野菜、バターと牛……牛っ? まさか、竜のエサになるとか?」
「そんなわけあるか。乳牛だ」
「却下です」
「食生活が向上するぞ」
「生き物を飼うのは竜だけで手一杯です」
「俺をペット扱いするな!」

 言い争いながら、大通りを歩いていると、ガラガラと馬車が走る音が聞こえた。その馬車の周りには護衛と思われる兵士達が数人いて、穏やかな町に相応しくない物騒な雰囲気を感じる。
 兵士達は怖い顔をして馬に乗り、馬上から周囲を警戒し、鋭い視線を走らせる。馬車の周りに誰も近寄らせない。
 先日、町に来た時に見かけた馬車で、貴族のお忍びではないかと、私が疑っていた立派な馬車だった。
 案の定そうだったらしく兵士の護衛が増えていた。その兵士達は昨日はなかった王家の紋章が入った旗を掲げている。
 王家の紋章があるということは馬車の中にいるのは王族で間違いない。
 地方の田舎町へ視察にやって来る王族は私が知り得る中でただ一人だけ。

「大仰な一団だな」
「それは仕方ないというか……」

 ラウリは私の顔を見た。なぜ、お前が馬車の中の人物をわかるんだという目だった。
 だって、この馬車に乗っているのは他でもない――
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