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ふう、とため息をついて部屋を見渡す。あらかた引っ越しの準備は出来たようだ。この少年は全寮制の高校に入り、実家を離れていた。三年ぶりともなる実家はどれだけ変わったのだろうと少々不安になりながらも、卒業式を終えた猶予期間内に荷造りを終わらせたのだ。これで後は業者に頼むだけ。
なのに何かを忘れているような気がしてたまらない。少年は机の引き出しを開ける。そこはもう荷物を運んだ状態で空っぽの――はずだった。そこには古ぼけた小さな本が入っている。恐る恐るそれを手にすると、ページをめくってみたが、そこに書かれているのはヴォイニッチ写本よろしく意味がわからない、日本語ですらない文字の羅列。所々挿絵が施してあるが何を意図したものかもわからない。そもそも片付けたはずの引き出しにこんなものがあるのがおかしいのだ。少年は背筋を凍らす。だがしかし、その本の魔力とでも言おうか、魅力に惹かれ鞄の中に仕舞い込んだ。解読できない、多分これからも解読はできないであろうその本に何故惹かれたのかは、事件が終わってからも理解できない事だった……。
少年は物心ついた時には両親よりも村にある教会で大半の時間を過ごしていた。少年――桜庭祐希は、特に特殊な家庭環境ではなかった。ただ、両親共に働きに出ていて、そのおかげで神父が祐希の面倒を見ていたのだ。教会と言ってもこの村にはキリスト教の教えが根強くあるわけではない。どちらかと言うと土着信仰が勝っていたと言えよう。なので教会とは名ばかりの建物でしかなかった。誰が礼拝に来るわけでもなく、懺悔するわけでもない空っぽな教会で神父とふたり過ごしていたのだ。聖書を読みたいとせがんだ時もあった。神父は苦笑しながら、子供用の聖書入門書を祐希少年に渡したものだ。そんなどこにでもあるようでどこにでもない光景。だが祐希にとっては懐かしの思い出だった。――神父が殺されるまでは。
――神父が殺された。それを知ったのは高校に入ってすぐだ。実家から地方紙のスクラップが送られてきたのだ。そこには凄惨な事件をより誇張するような見出し。死亡者名にはよく知っている、何度も呼んだことのある神父の名前……。未だに犯人は見つかっていない。胸に刺さった凶器から指紋のひとつも出なかったのだ。不可解な事件と言えばそうであろう。また、人もあまり寄り付かない教会での殺人。その動機は何だったのかも未だ判明していないのだ。
まさしく、犯人の背中すら見えない。そんな事件だった。
なのに何かを忘れているような気がしてたまらない。少年は机の引き出しを開ける。そこはもう荷物を運んだ状態で空っぽの――はずだった。そこには古ぼけた小さな本が入っている。恐る恐るそれを手にすると、ページをめくってみたが、そこに書かれているのはヴォイニッチ写本よろしく意味がわからない、日本語ですらない文字の羅列。所々挿絵が施してあるが何を意図したものかもわからない。そもそも片付けたはずの引き出しにこんなものがあるのがおかしいのだ。少年は背筋を凍らす。だがしかし、その本の魔力とでも言おうか、魅力に惹かれ鞄の中に仕舞い込んだ。解読できない、多分これからも解読はできないであろうその本に何故惹かれたのかは、事件が終わってからも理解できない事だった……。
少年は物心ついた時には両親よりも村にある教会で大半の時間を過ごしていた。少年――桜庭祐希は、特に特殊な家庭環境ではなかった。ただ、両親共に働きに出ていて、そのおかげで神父が祐希の面倒を見ていたのだ。教会と言ってもこの村にはキリスト教の教えが根強くあるわけではない。どちらかと言うと土着信仰が勝っていたと言えよう。なので教会とは名ばかりの建物でしかなかった。誰が礼拝に来るわけでもなく、懺悔するわけでもない空っぽな教会で神父とふたり過ごしていたのだ。聖書を読みたいとせがんだ時もあった。神父は苦笑しながら、子供用の聖書入門書を祐希少年に渡したものだ。そんなどこにでもあるようでどこにでもない光景。だが祐希にとっては懐かしの思い出だった。――神父が殺されるまでは。
――神父が殺された。それを知ったのは高校に入ってすぐだ。実家から地方紙のスクラップが送られてきたのだ。そこには凄惨な事件をより誇張するような見出し。死亡者名にはよく知っている、何度も呼んだことのある神父の名前……。未だに犯人は見つかっていない。胸に刺さった凶器から指紋のひとつも出なかったのだ。不可解な事件と言えばそうであろう。また、人もあまり寄り付かない教会での殺人。その動機は何だったのかも未だ判明していないのだ。
まさしく、犯人の背中すら見えない。そんな事件だった。
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