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その後 二人の物語

52.アランの一日店長

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 「い、いらっしゃ……いマセ」

「それでは聞こえませんよ? 練習したから大丈夫ですよ。緊張しすぎず皆さん、自信を持って言いましょうね」
「はい!」
 
 アラン様のお店のオープニング。
アラン様のお店だけど従業員の皆が慣れるまで、僕がお店の管理や従業員の接客などをお世話することにした。

 お店の金銭的な管理は、元アランの部下 キースさん。怪我のせいで騎士を辞めた所に、アランに誘われた。商家の三男25才と聞いた。優しそうな感じだ。
 彼は甘党で、アランの作るお菓子のファンだったそうだ。
今、アランとキースさんはケーキ等をガラスケースに並べている。

 人間の従業員のあとの二人は、孤児院出身の男の子の双子。社会に出るのは初めてで、基本的な常識を身につけてもらう。
  
 狼の獣人のファルさんは、飲み物担当。
王国に出稼ぎに来て、獣人というだけで捕まりそうな所をアランに助けられたそうだ。飲食の仕事を探していると言うので採用した。

 あとの獣人二人はうさぎの獣人さんと……。もう一人は秘密だそうだ。この二人はお仕事の経験があるということで、即戦力に。
 
 お店の外にはお客さんが並んでいる。
ご近所さんがお祝いに、お花の入ったカゴを贈ってくれたので店内に飾ってある。嬉しい。

 開店の時間になったので、扉を開けた。
「お待たせしました。英雄騎士 アランのお菓子のお店【猫の舌】開店しました!」
 僕がお客さんにご挨拶すると、わっ! っと賑やかに声があがり、拍手が聞こえた。

 末永く愛されるお店にしたいな。

「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ」
従業員の人達も、練習の成果で笑顔で接客できている。良かった。

「英雄騎士のアラン様がお作りになったの? まあ、美味しそう。アップルパイとレモンケーキを、テイクアウトでお願いします」
 あの方は貴族の御婦人かな? アランが接客している。
「……ありがとう御座います。今日中に、お召し上がり下さい」
「ひっ……!」
 
 ――顔が怖い。いつもより眉間のシワが深く、顔が強張っていた。アラン、緊張している。
側にいたキースさんが、アランのフォローをしていた。
「ありがとう御座いましたー!」
「ありがとう御座います」
 ……た、たぶん大丈夫だろう。
 
 入り口から入った真っすぐの場所は、持ち帰りのお菓子やケーキがガラスケースに入っている。
喫茶スペースは、その奥になっている。

 喫茶の方にもお客さんが入って、忙しくなってきた。僕もお手伝いをしたりした。
非番の騎士さん達がお手伝いに来てくれて、並ぶお客さんの列を整理してくれた。

 好評で忙しくしていたら、突然怒鳴り声が聞こえてきた。
「獣人のくせに、なんでここにいるんだよ!」
「あっ! やめて下さい……!」
うさぎの獣人のムウ君が、おじさんに腕を掴まれた。少し顔が赤い? こんな昼間から酔っているのか?

「ムウ君!」
僕がとめようと近づいて行く。
「お客さん。お店うちの従業員に乱暴はやめていただきたい」
「あっ!!」

 アランが、ムウ君の掴まれた腕をおじさんから離した。
 ギリ……と、おじさんの腕を少し強く握った。
「ああ! 悪かった、悪かった! 離してくれっ!」
パッと離すと、おじさんは床に座り込んだ。
 
「アラン様、この人は私達にお任せ下さい」
 サッと非番の騎士がやってきて、おじさんの両脇を抱えた。
「今度はお酒を飲んでないときに、ご来店をお待ちしておりますね」
 アランがおじさんに話しかけた。

「……悪かった。今度は飲まなかったときに来る。子供がクッキーを欲しがっていたんだ」
 ガクリと、うなだれたお客さんにアランは、5枚入りの猫の顔クッキーの袋を渡した。
「金はいい。今度はお子さんと来るといい」
そう言っておじさんの内ポケットに入れた。

「……ありがとう」
おじさんは反省して素直に、騎士さんに連れられて言った。
 店内からは歓声と拍手が起こった。
アランは歓声と拍手に驚き、照れてお店の奥に引っ込んでしまった。

「さすがアラン様ですね。オレ、殴ってやろうかと……」
「ファルさん、駄目ですよ」
狼の獣人のファルさんは、ちょっと血の気が多い。気をつけてもらわないと。

「すごいね! アラン様!」
「カッコいいね! アラン様!」
双子が目をキラキラさせて、僕に話しかけた。
「そうだね。カッコいいね」
 三人でニコニコ笑って、アランを褒めていた。

「ありがとう御座いました……」
涙目のうさぎの獣人 ムウ君はみんなに謝っていた。
「ムウ君は悪くないよ。酔って怒鳴った人が悪いから。でも次に飲まないで来てくれるって」
「はい」
僕はムウ君の肩を、ポンポンと叩いた。

 あとは特に揉め事もなく、順調に営業できた。

「お疲れ様でした――!」
用意したケーキ類や持ち帰りのお菓子など、完売した。

 アランはギクシャクしながらも、慣れるとふとした瞬間に笑顔が溢れてお客さんを魅力していた。
 好評で、良かった……。


 後片付けも終わりバレンシア公爵家に帰ってきた。
 
「アラン、疲れたでしょう? お疲れ様でした」
僕は夕食を食べ終わりお風呂にも入って、アランの部屋にお話しに来ていた。
「……ルカも、いつもより倍働いたから疲れただろう? 大丈夫か?」

 自分より僕の心配をしてくれる。
「大丈夫です。お屋敷に来てから、栄養のあるものをたくさん食べているので筋肉もつきました」
 寝間着の袖をまくって、力こぶを見せた。アランに比べると、全然無いけれど前よりマシになった。

「どうかな? うん。前より筋肉がついたな。良かった」
 力こぶにアランは触れた。アランの手のひらが僕の力こぶを覆う。
「もっと鍛えますね」
 本当に鍛えよう。

「あ! マッサージをすれば、アランは疲れが取れるし僕の筋肉も鍛えられるかも? マッサージをしますよ? アラン」
「え?」
 僕はアランの腕を引っ張り、ベッドへ寝かせた。

「うつ伏せになって下さいね!」
「ああ。分かった」
 ゴロンとひっくり返って、うつ伏せになってくれたアラン。

 ベッドに上って、アランの胴をまたぐ。
「あ、ごめんなさい!」
 背中が広いから、ペタンと背中にお尻をつけてアランの背中に座ってしまった。
 すぐに離れて膝立ちになった。

「じゃあ、肩から揉んでいきます!」
グッと力を入れて肩の辺りを揉んだ。
「……?」
硬い……。孤児院でおばあちゃんの肩を揉んであげたときと、まったく違う!

 指がツボに、まったく入って行かない……。え、筋肉鍛えすぎじゃない? それに無駄な脂肪が全然ない。
 すごい……。

 しばらくアランの背中を揉んでいたけど、指が痛くなってきた。おかしい。
「ルカ。指が痛くなってしまうから、もうやめよう」
「う……、はい」
 無理だった。

 アランの背中のたくさんの傷を見て、心が傷んだ。
こんなに傷だらけで……。痛かったのだろうな。
 そう思って、背中を撫でていた。

「ルカ、くすぐったい」
「あっ!」
 無意識に撫で回していたようだ。

「次は、ルカをマッサージしてやる」
「あれ?」
クルンと視界が回り、いつの間にかアランと僕の位置が代わって僕が仰向けになっていた。
 アランに見下されていた。

「ほら。うつ伏せになれ」
体術というのか、僕は簡単にアランの少しの力で体をうつ伏せにされた。
「え? え、どうやって……あっ!」
 軽い力だったけれど、アランは僕の体をマッサージし始めた。

「わっ、ん! あっ、効く~」
「騎士団では、騎士同士がマッサージをし合ったりするから皆、上手だ」
 なるほど……。とても気持ちが良い……。

 え……寝てしまいそう。
「このまま、寝てもいいぞ」
「ふぁい……」
 アランの指が的確に、ツボに入って気持ちが良い。

 僕は完全に、アランのマッサージに負けて寝てしまった。
 
 目が覚めたとき、アランの顔が近くにあって驚いた。
「お早う。寝顔を見ていた」
 アランの笑顔が眩しかった。
「あの……。寝相は大丈夫、でしたか?」
前科があるので心配で聞いてみた。

「それは、もう。堪能した」

 僕はアランに、どんな寝相か必死で聞いた。
アランは笑うばかりだった。
  
  
 
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