ZODIAC~十二宮学園~

団長

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DARKNESS ENCOUNTER

極東決戦編その15

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五月二十四日
補習授業をサボり中学校に向かって走り出した。高校と中学の間は結構な距離があるが、この時間は部活の関係上行き来している生徒が多いのである。襟を正して(第一ボタンを締めて)中学に乗り込む。まず、風璃の下駄箱を確認した。そこにローハーはなく、学校指定の運動靴が一足あった。
「まだ、いるみたいだがどうしたらいいだろうか。四階に行ってみるか。」
階段を上がり三年前に通っていたはずの教室にむかった。広い廊下に写生会の絵が飾ってあった。風璃の絵を探そうと思った。しかし、ひと際目を引く絵の前で足が止まった。そして、事態がより深刻であることを理解した。おそらく懐古園で写生したと思われる石垣と桜の絵であるが、石垣は灰色、木は茶色、桜はピンク色、空は青色しか使っていないのではないだろうか。肝心の白色と黒色を使っていない絵は一目でわかるほど目立っていた。ポスターではないのだから影が一切ないのはおかしい。水を使って濃さは調整しているがとても二十四色を使った絵ではない。芸術の先生に言うのが早いのだろうか。廊下の両端にきれいに並べられた内履きの中にひどく汚れたものがあった。近づくと放課後の教室の中で何がおこなわれているのか分かってしまうのが怖くなった。突然、教室内からジャージ姿の風璃が謎の液体まみれでトイレに走っていった。風璃がトイレに行っている間に教室に入ると三人の女子が爆笑しながら駄弁っていた。目つきの悪い高校生が入ってきて驚くのではないかと思ったが、彼女たちは関係なくお喋りを続けていた。会話の内容は聞くまでもなく胸糞の悪い事だった。風璃のロッカーを開けると、ぐちゃぐちゃになった教科書とノートが見つかった。中には誹謗中傷がびっしりと書かれていた。こいつを担任か副担任に持っていくべきではないだろうか。しかし、それでは何の解決にもならないことぐらい俺でもわかる。仕方がないので水無瀬家の力を借りよう。


五月二十五日
水無瀬水鳥にお願いをして全校で一斉のアンケート調査が始まった。アンケート内容は直接「いじめ」という単語は避けてもらってある。
一. 自分が今日までの生活で親からしてもらったことを述べよ。
二. 自分が今日までの生活で親にしてあげたことを述べよ。
三. 自分が今日までの生活で親以外から助けてもらったことを述べよ。
四. 自分が今日までの生活で親以外に助けてあげたことを述べよ。
流石の水無瀬家である。大抵の人は一.と三.が多いだろう。特に一.を書く量は二.より圧倒的に多い。二.に書くことを見つけることが難しいのではないだろうか。俺なんかは肩たたきと掃除しか思い浮かばない。自分は周りに何もしておらず「これから」時間をかけて返していかなくてはいけないのだろうか。とにかく自分は大切に育てられていることが分かり、喧嘩、争いや迷惑をかけることではなく周りの人と協調していかなければいけないことがわかる。このアンケートは無記名で回収される。無記名となっているが実際はまるわかりである。なぜなら、担任と副担任が字から誰のものであるか確認をして名前を付けてカウンセラーに送るからである。筆跡が分からない場合は水無瀬家が筆跡鑑定もするようにお願いをしてある。俺も書かないと怪しまれるので一応、書いておく。三.に何を書こうかと考えているとつい最近に誰かに助けてもらった記憶があるのだが思い出せない。高身長の煙草をよく吸う女性で長刀を肩に担いでいる銃刀法違反ギリギリの人である。とても大切な人のような記憶なのだが思い出せない。今週の日曜日から感じている違和感に襲われる。俺は本当にこの学校の生徒なのか?そんなあり得ない疑問まで思い浮かんでしまった。適当に書いて提出しよう。重要なのは風璃のことだ。
「水無瀬、ありがとう。これで収拾つけばいいのだけど。」
「風璃ちゃんのことになると、すごく頭がまわることに感心しました。」
「うん。キモいシスコンだと思われているよ。」
「三江がシスコンなのは昔からだからな。」
「思ったのだけど、出店について俺は裏方やるからハヤテと水無瀬は接客してほしい。二人はお似合いのカップルだけどファンが多いよ。」
こういうことは言ったもの勝ちである。ハヤテはかっこいいし、女子に人気者だ。水無瀬水鳥はミスコンで一位を二年連続で取っている。噂で聞いた話だが水無瀬水鳥の幸せファンクラブが存在するという。ハヤテという絶対的ポジションがいるために男どもは水無瀬水鳥の幸せを願っているだけという悲しいファンクラブである。というわけで出店は無事に執事&メイド体制で臨むことになった。キモオタの俺が提案するのだから間違いない。こういうことは得意である。


五月二十六日
ようやく週末だ。風璃の様子に変化があるか確かめたいが今日も運動靴登校である。駅に向かって一緒に走っていると走り方がぎこちない事に気付いた。右足をかばっているのだろうか。昨日の今日なので心配である。駅のホームに着くと確かめずにはいられなかった。
「風璃、ちょっとそこに座れ。」
「え?お兄、今日はちょっと・・・」
ホームのベンチに座らせて右足のソックスを脱がすと足裏は絆創膏がたくさんあった。
「は~。どうしたのだ?」
「・・・」
「言いたくなければいいけど、学校は楽しいか?」
「勿論だよ。中学受験してよかったよ。私立はお金が心配だったけど親父も母ちゃんも働いて捻出してくれているし!」
ちょっとテンションがおかしい気がする。
「明日の体験学習は何だ?」
「明日は生徒総会だから何にもないよ。」
何もないとはどういう意味にとればいいのだろうか。困ったな。直接聞きに行くしかないだろうか。その日、授業が終わるといつもの手で補習をサボり中学校の保健室に向かった。昨日のアンケートを確認してから考えることにしたが、そう簡単に見せてくれるだろうか。
「失礼します。あの高校三年一組の三江風翔です。三年の・・・。」
誰もいないのか返事がない。これはちょうどよいのではないか。カウンセラー兼保健師の先生は忙しいのだろう。ちょいと昨日のアンケートを拝見させていただこう。すると、隣の個室から聞き覚えのある声がした。間違いなく母さんの声だ。学校に来ていたのか。これは一気に片が付くかもしれないと期待した。聞き耳を立てて会話を聞いてみる。
「うちの娘のローハーが片方なくなって困っているの。値段も高いし。ずぶ濡れで帰ってきたこともありますし、先生はどうお考えですか?」
「昨日、おこなったアンケートです。お嬢さんの回答を見てください。四つ目の『自分が今日までの生活で親以外に助けてあげたことを述べよ。』ですがお母さまが想像していらっしゃる事態とは別の事態の可能性もあったため付け加えました。」
確かに、水無瀬水鳥には「いじめ」防止用にお願いした。自分を見つめなおすならば三番目と四番目の問いはいらないような気がしていた。
「いじめられているお兄さんを助けるために自分が身代わりになっていると答えています。」
「風翔の方がいじめられているのですか?」
ちょっと状況がつかめない。俺がいじめられている?よくわからない風璃の文章に驚愕した。
「いいえ。息子さんはいじめられていません。校舎も別で兄妹で一緒の校舎になったこともありませんので息子さんを助けているというのには無理があります。」
「では娘の身に何が起きているのでしょうか?」
「恐らく、強迫性障害か妄想性障害ではないかと思われます。」
「娘は全て自作自演でやっているのですか!」
声を荒げている。こっちも驚いていて言葉が出ない。写生会の絵を思い出すといじめられているにしては綺麗に飾ってあった。おかしいのは絵の方だ。よく考えるとあの絵は完成作品ではない気がしてきた。白色、黒色の影を加えるのは絵の完成の終盤である。完璧を目指して写実していたということか。
「強迫性障害になる人の特徴としては、内向的、自己反省が強い、自己批判が強い、用心深い、完璧を目指す、劣等感が大きいなどです。」
「先生は風璃がいじめられていない証拠があるのですか?」
「証拠はありません。ただ、クラスの担任と副担任からいじめられている証言や証拠は出てきていないと。お嬢さんが一人で雨の中グラウンドで立っていたり、自分のローハーを投げ捨てていたりするところを見たという生徒はいました。」
母さんは風璃の病気を受け入れられないのだろう。目に入れてもいたくなく可愛がって育てた娘が精神病の可能性があると知ればだれでも戸惑う。俺も戸惑っている。足の傷も自分でつけたものなのだろうか。風璃の身にいったい何が起きているのだろう。これまで重い病気にかかったことは一度もない。一度もない・・・。そうだったか?俺の右手が疼き、痛みが走った。また変な違和感に襲われた。風璃・・・
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