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第一幕
ep.2 理想 (2)
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城を囲む城壁の裏門付近へと辿り着き、ここまでずっと黙っていたルイーゼがため息を吐いた。びくりと大きく肩を揺らした少年の背を軽く叩いて、縛った両手を差し出すよう促し、手にした短剣で縄を切る。
「えっ……?」
少年が目を瞬かせる。ルイーゼは短剣を胸元にしまい、代わりにそこから小さなパンを取り出して、少年の手に握らせた。
「疑われたくなければ、あのような露店のそばを避けるか、せめて懐にしまっておくことを勧めます。最近あの辺りでは盗みが多く、店主たちは皆、普段よりも苛立っているようですので」
ゆっくりと言い聞かせるようにそう告げるルイーゼに、少年は首を傾げて、疑わないのかと聞いた。
ルイーゼは頷き、背後に立つ男の一人を視線で指す。背が高く体格の良い彼の鈍色の髪からは、やはり三角の耳が覗いていた。
「彼が、一部始終を観測していました。貴方もよくご存知でしょう。獣の耳を持つ者は、五感に優れます」
少年が苦々しげに顔を歪ませる。
ルイーゼにじっと視線を向けられ、獣人である騎士の男が小さく舌打ちした。
「ちっ……五感も鋭いが、力も強い。人間なんか、やろうと思えば簡単に引き裂ける。だからこそ、獣人が人間を傷付けることは重罪だ。首を刎ねられたくなけりゃ、力の使い方に気をつけろ」
余りに配慮の無い部下の言い振りに、ルイーゼがまたため息を吐く。少年の顔に浮かぶ表情を見て小さく被りを振った。
「扱いが不当であると、人間を恨んでおられますか」
静かな問いに、少年の顔が弾かれるように上がる。
「だって……あいつらいつも、僕たちを奴隷みたいに……! あんただって、僕らが劣った存在だって、魔力も持たない馬鹿だって思ってるんだろ……!」
少年はそう捲し立てて、憎々しげな表現で、獣の耳のついていないルイーゼの頭を見た。
ルイーゼはその場にしゃがみ、少年と真っ直ぐに視線を合わせる。
「失礼ながら、御両親は何処に?」
「死んだよ! 父さんは処刑されて、母さんは病気になって死んだ! 僕だって、言われた通りに働いたのに、それで貰えたお金がこのパン一個分で、あんな騒ぎになったからきっともう、雇ってくれるところもなくて……だって、僕が獣人で、馬鹿だから……!」
少年の頬を伝った大粒の雫を、ルイーゼの指先が掬った。
「獣人であるからと言って、人間よりも劣るというようなことはありません。ただ、秀でる能力の種類に違いがあるだけです」
そう告げて、ルイーゼが首だけで背後を振り返る。彼らが皆、何処となく視線を逸らしていることに、ふっと薄く口角を上げてみせた。
「私の部下は、皆優秀です。少し口が悪く、血の気が早い者が多いですが、腕力や五感に優れ、この国の平和のため共に剣を振るってもらっています」
あとは私の腕を抜いてもらえれば言うことはない、と大袈裟に肩を竦めながら続けると、男たちの間から舌打ちのようなものが漏れ聞こえた。
少年は少し戸惑ったような表情を浮かべている。ルイーゼはその手を下から掬うようにして取り、両手で包んだ。
「貴方の体術は実に見事でした。どなたかに習いましたか?」
「それは……母さんに……。母さん、病気になる前は、外で獣の肉を取ってたから……」
「そうですか。では、もし貴方にその気があるのであれば、クラウス殿下のお屋敷を尋ねられてみてください。ちょうど、屋敷の警護の者を探しておりました」
その申し出に、少年が目を瞬かせる。あまりこの国のことについて多くを学んでいない彼であっても、その名を知らぬはずはなかった。
「……お姉さんたち、何者? 騎士なのに獣人ばっかりで……それから、クラウス殿下って、軍司令の……?」
「これは失礼を致しました。申し遅れましたが、私たちは、クラウス・フォン・シュヴァルツ殿下にお仕えする近衛騎士です。シュヴァルツ王国近衛騎士団第十六小隊、ですが、巷では専ら『黒の騎士』と呼ばれているようです」
衣が黒いからでしょうか、と小さく首を傾げたルイーゼに、どう考えても蔑称だろうよ、と隊士たちの間から苛立ったような声が漏れた。
ルイーゼはその場に立ち上がり、胸に手を当てて一礼する。
「私は、第十六小隊の小隊長を務めさせていただいております、ルイーゼ・ヴァイスと申します。クラウス殿下の屋敷を訪れた際は、この名前をお出し下さい。屋敷の者が取り継いでくれるでしょう」
そう言い終えて、ルイーゼの頭が上がる。
少年が少し身を強張らせた。どうやら背後の彼らを束ねているらしい彼女には、真っ直ぐに見つめられると威圧感があったが、それでもどこか優しい目だと彼は思った。
「え、っと……僕……」
少年が言い淀んでいると、ルイーゼは軽く彼の頭を撫でてから、くるりと背を向けた。
「それでは、任務がありますので、私たちはこれで。市場を歩かれる際は、くれぐれもお気をつけて。尋問室で再会しないことを祈ります」
そこで、ようやく少年は彼女たちのことに思い当たる。黒の騎士とは、街では『死神集団』とも呼ばれている者たちのことだった。
軍司令であるクラウス直属の彼女らの仕事は、彼の身辺警護、そして捕縛者の尋問や処刑が主な任務とされている。漆黒の衣は、処刑人であることを示す色なのだと少年は今更気がついた。思わず半歩後ずさった彼の背には、冷たい汗が流れる。
震える手を持ち上げて、少年はふと、先程握られた手の感触を思い出す。女性にしては硬い皮膚と、少し目立つ指の関節、しかしその体温は死神というには温かかったように思う。
「あ、の……わぶっ⁈」
俯いていた顔を上げて、ルイーゼに何かを言おうとした少年の頭が上から無骨な手で抑えられる。小さな頭を代わる代わる雑に撫でた隊士たちは、ルイーゼの背に続いてこの場を立ち去って行った。
彼が目を瞬かせてようやく我に返った時、服の至るところに、食べ物や硬貨といったものが詰められていることに気がつく。
開かれた城砦の裏門から、その内側へと消えていく黒の集団に頭を一つ下げ、少年の足はクラウスの屋敷がある方角へと向けられた。
「えっ……?」
少年が目を瞬かせる。ルイーゼは短剣を胸元にしまい、代わりにそこから小さなパンを取り出して、少年の手に握らせた。
「疑われたくなければ、あのような露店のそばを避けるか、せめて懐にしまっておくことを勧めます。最近あの辺りでは盗みが多く、店主たちは皆、普段よりも苛立っているようですので」
ゆっくりと言い聞かせるようにそう告げるルイーゼに、少年は首を傾げて、疑わないのかと聞いた。
ルイーゼは頷き、背後に立つ男の一人を視線で指す。背が高く体格の良い彼の鈍色の髪からは、やはり三角の耳が覗いていた。
「彼が、一部始終を観測していました。貴方もよくご存知でしょう。獣の耳を持つ者は、五感に優れます」
少年が苦々しげに顔を歪ませる。
ルイーゼにじっと視線を向けられ、獣人である騎士の男が小さく舌打ちした。
「ちっ……五感も鋭いが、力も強い。人間なんか、やろうと思えば簡単に引き裂ける。だからこそ、獣人が人間を傷付けることは重罪だ。首を刎ねられたくなけりゃ、力の使い方に気をつけろ」
余りに配慮の無い部下の言い振りに、ルイーゼがまたため息を吐く。少年の顔に浮かぶ表情を見て小さく被りを振った。
「扱いが不当であると、人間を恨んでおられますか」
静かな問いに、少年の顔が弾かれるように上がる。
「だって……あいつらいつも、僕たちを奴隷みたいに……! あんただって、僕らが劣った存在だって、魔力も持たない馬鹿だって思ってるんだろ……!」
少年はそう捲し立てて、憎々しげな表現で、獣の耳のついていないルイーゼの頭を見た。
ルイーゼはその場にしゃがみ、少年と真っ直ぐに視線を合わせる。
「失礼ながら、御両親は何処に?」
「死んだよ! 父さんは処刑されて、母さんは病気になって死んだ! 僕だって、言われた通りに働いたのに、それで貰えたお金がこのパン一個分で、あんな騒ぎになったからきっともう、雇ってくれるところもなくて……だって、僕が獣人で、馬鹿だから……!」
少年の頬を伝った大粒の雫を、ルイーゼの指先が掬った。
「獣人であるからと言って、人間よりも劣るというようなことはありません。ただ、秀でる能力の種類に違いがあるだけです」
そう告げて、ルイーゼが首だけで背後を振り返る。彼らが皆、何処となく視線を逸らしていることに、ふっと薄く口角を上げてみせた。
「私の部下は、皆優秀です。少し口が悪く、血の気が早い者が多いですが、腕力や五感に優れ、この国の平和のため共に剣を振るってもらっています」
あとは私の腕を抜いてもらえれば言うことはない、と大袈裟に肩を竦めながら続けると、男たちの間から舌打ちのようなものが漏れ聞こえた。
少年は少し戸惑ったような表情を浮かべている。ルイーゼはその手を下から掬うようにして取り、両手で包んだ。
「貴方の体術は実に見事でした。どなたかに習いましたか?」
「それは……母さんに……。母さん、病気になる前は、外で獣の肉を取ってたから……」
「そうですか。では、もし貴方にその気があるのであれば、クラウス殿下のお屋敷を尋ねられてみてください。ちょうど、屋敷の警護の者を探しておりました」
その申し出に、少年が目を瞬かせる。あまりこの国のことについて多くを学んでいない彼であっても、その名を知らぬはずはなかった。
「……お姉さんたち、何者? 騎士なのに獣人ばっかりで……それから、クラウス殿下って、軍司令の……?」
「これは失礼を致しました。申し遅れましたが、私たちは、クラウス・フォン・シュヴァルツ殿下にお仕えする近衛騎士です。シュヴァルツ王国近衛騎士団第十六小隊、ですが、巷では専ら『黒の騎士』と呼ばれているようです」
衣が黒いからでしょうか、と小さく首を傾げたルイーゼに、どう考えても蔑称だろうよ、と隊士たちの間から苛立ったような声が漏れた。
ルイーゼはその場に立ち上がり、胸に手を当てて一礼する。
「私は、第十六小隊の小隊長を務めさせていただいております、ルイーゼ・ヴァイスと申します。クラウス殿下の屋敷を訪れた際は、この名前をお出し下さい。屋敷の者が取り継いでくれるでしょう」
そう言い終えて、ルイーゼの頭が上がる。
少年が少し身を強張らせた。どうやら背後の彼らを束ねているらしい彼女には、真っ直ぐに見つめられると威圧感があったが、それでもどこか優しい目だと彼は思った。
「え、っと……僕……」
少年が言い淀んでいると、ルイーゼは軽く彼の頭を撫でてから、くるりと背を向けた。
「それでは、任務がありますので、私たちはこれで。市場を歩かれる際は、くれぐれもお気をつけて。尋問室で再会しないことを祈ります」
そこで、ようやく少年は彼女たちのことに思い当たる。黒の騎士とは、街では『死神集団』とも呼ばれている者たちのことだった。
軍司令であるクラウス直属の彼女らの仕事は、彼の身辺警護、そして捕縛者の尋問や処刑が主な任務とされている。漆黒の衣は、処刑人であることを示す色なのだと少年は今更気がついた。思わず半歩後ずさった彼の背には、冷たい汗が流れる。
震える手を持ち上げて、少年はふと、先程握られた手の感触を思い出す。女性にしては硬い皮膚と、少し目立つ指の関節、しかしその体温は死神というには温かかったように思う。
「あ、の……わぶっ⁈」
俯いていた顔を上げて、ルイーゼに何かを言おうとした少年の頭が上から無骨な手で抑えられる。小さな頭を代わる代わる雑に撫でた隊士たちは、ルイーゼの背に続いてこの場を立ち去って行った。
彼が目を瞬かせてようやく我に返った時、服の至るところに、食べ物や硬貨といったものが詰められていることに気がつく。
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