【完結】災厄の少女はやがて死に戻りの魔女となる

宵乃凪

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第二幕

ep.9 試行の参 -ホーエンベルク公爵夫人- (3)

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 応接室へと戻ってきた公爵に、ルイーゼは前置きもそこそこに魔装具の開発について告げた。

 研究自体は把握していた公爵は、それでも少し驚いた様子を見せる。

 それで一体何が出来るのかと問う公爵に、ルイーゼは立ち上がって頭を下げた。

「私の魔力については、公爵はよくご存知の筈です。その力で……どうか私に奥方様の身を治癒させては頂けないでしょうか」

「それは……だがルイーゼ、お前の治癒は対象が限られると。イザベラはクラウス殿下のように、身体強化に適した能力は持っておらぬ」

「その為の魔装具です、公爵閣下。不躾な願いであることは重々承知しております。ですがどうか、私の恩義を信じては頂けないでしょうか。かような身の後ろ盾となってくださったこと、クラウス殿下に長年お力添えを頂いたこと、私は本当に――」

 顔を伏せたまま滔々と続けるルイーゼに、公爵はがたりと椅子を鳴らして立ち上がった。

「やめろやめろ、ルイーゼ。儂と貴公の仲だろう。今更貴公の忠義を疑ったりなどはせん。それにな、実は先程イザベラにも言われたのだ。貴公が何やら思い詰めた様子であると。それが妻の身を案じることとは、貴公らしいことよ」

 公爵の手がルイーゼの肩に置かれる。ルイーゼはようやく顔を上げて、そっとその手に触れた。

「ホーエンベルク公爵閣下……心より感謝致します。必ずや、お力になってみせます」

 うむ、と頷いてから、公爵はルイーゼの手の中にある装置を指差した。先程よりも少し真面目な表情で、公爵はルイーゼの目をまっすぐに見据える。

「だがルイーゼ、一つだけ問おう。貴公のその力は、貴公を傷付けてはおらぬか? 魔装具とやらについては、また改めて殿下と協議させてもらおう。故に、先にこれだけは聞いておく。妻の身を癒すことで、貴公の身に何かあれば、それを妻も儂もけして喜ばぬ」

「ありがとうございます。私の身には影響はございません。本当に、公爵と夫人は、私の知る限り最も人徳に溢れたお方です」

 そう言ってルイーゼが目を細めると、公爵はやはり少し居心地悪そうに笑った。





 恐らくは薬によって深く眠った様子の公爵夫人へ、ルイーゼが音を立てずに忍び寄る。

 背後に立つ公爵を振り向き、彼が頷いたことを確認してから、そっとイザベラの手を取る。先ほど触れた時にも思ったが、少し乾燥して冷たい指先は、生命の火が終わりかけているようだった。

 ルイーゼは目を閉じて、己の魔力とロズの力に集中する。

 すぐに、公爵夫人に触れた箇所が溶け合うような感覚があった。深層へと干渉し、やがて握った指先が少し温かくなったことを感じて、ルイーゼはそっとその手を寝台へと戻す。

 眠るイザベラの頬には僅かに朱が差し、肌艶すら良くなっているようだった。

「私に出来るのはここまでです。あとは治癒術師にお診せください」

 微かに纏う疲労を覆い隠し、ルイーゼが振り向く。

 ホーエンベルク公爵はその手を取り、彼女が屋敷を出るまで何度も繰り返し礼を言った。





 屋敷から城へと戻る馬車の中で、ルイーゼは疲労したようなため息を吐いた。

 ようやく一人になったとばかりに、赤い豆粒が姿を現す。

「いよいよ人間離れしてきたな。あれは治癒というより、もはや肉体の回帰に近い」

「もう少し難しいかと思いましたが、複雑な脳や記憶に干渉することに比べれば、案外簡単なものでしたね。駄目なら駄目で他に幾つか案はありましたが、死に戻る必要もなく僥倖でした」

 この件についてもグンターに相談しようと、ルイーゼのペンが手帳の上を走る。

 それを邪魔するように、赤い粒がひらりと視界に舞い込んだ。

「そんな反則技が使えるなら、もう達成したも同然だろ。それこそ死ぬ直前に毎回、クラウスを戻してやればいい」

 顔などは付いていないが、嫌な笑みを浮かべている気配を察して、ルイーゼは煩わしげに鼻先を飛ぶ粒を追い払った。

「それで済めば苦労はしませんよ。その場しのぎをしても意味がないと言いました。仮に肉体が不滅となったところで、暗殺の意思がなくならない限り、結局のところ終わりがありません」

 ルイーゼは少し重そうに頭を振る。

 試行の終わりが見えない以上、グンターに協力してもらい、魔装具の負荷を減らせるよう改良を重ねなければならないと、そのことも記録に加えた。


 やがて窓の外に城が近づいて来るのが見えた。

 そのうち一つの窓を眺めながら、ルイーゼはまたため息を吐く。

「それに、そのような手法、殿下はお許しになられませんよ。きっと『理に反する』とでも仰るはずです」

 断言するルイーゼに、ロズは訝しげに揺れた。

「ならなんであの女は治した」

「公爵の愛妻家は有名です。これで、公爵の協力は取り付けやすくなるはず。それに――」

 そこで言葉を一度切って、ルイーゼは馬車の窓から視線を逸らしてロズを振り返った。

 その口元には薄い笑みが浮かんでいる。

「もし今後、この手段が必要となった時、回帰させた肉体にどのような影響があるのか、把握しておく必要があります」

「いよいよ魔女殿らしいこって」

 揺れる馬車の音に重なるように、ロズの少し冷たい声がした。
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