19 / 58
第二幕
ep.9 試行の参 -ホーエンベルク公爵夫人- (3)
しおりを挟む応接室へと戻ってきた公爵に、ルイーゼは前置きもそこそこに魔装具の開発について告げた。
研究自体は把握していた公爵は、それでも少し驚いた様子を見せる。
それで一体何が出来るのかと問う公爵に、ルイーゼは立ち上がって頭を下げた。
「私の魔力については、公爵はよくご存知の筈です。その力で……どうか私に奥方様の身を治癒させては頂けないでしょうか」
「それは……だがルイーゼ、お前の治癒は対象が限られると。イザベラはクラウス殿下のように、身体強化に適した能力は持っておらぬ」
「その為の魔装具です、公爵閣下。不躾な願いであることは重々承知しております。ですがどうか、私の恩義を信じては頂けないでしょうか。かような身の後ろ盾となってくださったこと、クラウス殿下に長年お力添えを頂いたこと、私は本当に――」
顔を伏せたまま滔々と続けるルイーゼに、公爵はがたりと椅子を鳴らして立ち上がった。
「やめろやめろ、ルイーゼ。儂と貴公の仲だろう。今更貴公の忠義を疑ったりなどはせん。それにな、実は先程イザベラにも言われたのだ。貴公が何やら思い詰めた様子であると。それが妻の身を案じることとは、貴公らしいことよ」
公爵の手がルイーゼの肩に置かれる。ルイーゼはようやく顔を上げて、そっとその手に触れた。
「ホーエンベルク公爵閣下……心より感謝致します。必ずや、お力になってみせます」
うむ、と頷いてから、公爵はルイーゼの手の中にある装置を指差した。先程よりも少し真面目な表情で、公爵はルイーゼの目をまっすぐに見据える。
「だがルイーゼ、一つだけ問おう。貴公のその力は、貴公を傷付けてはおらぬか? 魔装具とやらについては、また改めて殿下と協議させてもらおう。故に、先にこれだけは聞いておく。妻の身を癒すことで、貴公の身に何かあれば、それを妻も儂もけして喜ばぬ」
「ありがとうございます。私の身には影響はございません。本当に、公爵と夫人は、私の知る限り最も人徳に溢れたお方です」
そう言ってルイーゼが目を細めると、公爵はやはり少し居心地悪そうに笑った。
◇
恐らくは薬によって深く眠った様子の公爵夫人へ、ルイーゼが音を立てずに忍び寄る。
背後に立つ公爵を振り向き、彼が頷いたことを確認してから、そっとイザベラの手を取る。先ほど触れた時にも思ったが、少し乾燥して冷たい指先は、生命の火が終わりかけているようだった。
ルイーゼは目を閉じて、己の魔力とロズの力に集中する。
すぐに、公爵夫人に触れた箇所が溶け合うような感覚があった。深層へと干渉し、やがて握った指先が少し温かくなったことを感じて、ルイーゼはそっとその手を寝台へと戻す。
眠るイザベラの頬には僅かに朱が差し、肌艶すら良くなっているようだった。
「私に出来るのはここまでです。あとは治癒術師にお診せください」
微かに纏う疲労を覆い隠し、ルイーゼが振り向く。
ホーエンベルク公爵はその手を取り、彼女が屋敷を出るまで何度も繰り返し礼を言った。
◇
屋敷から城へと戻る馬車の中で、ルイーゼは疲労したようなため息を吐いた。
ようやく一人になったとばかりに、赤い豆粒が姿を現す。
「いよいよ人間離れしてきたな。あれは治癒というより、もはや肉体の回帰に近い」
「もう少し難しいかと思いましたが、複雑な脳や記憶に干渉することに比べれば、案外簡単なものでしたね。駄目なら駄目で他に幾つか案はありましたが、死に戻る必要もなく僥倖でした」
この件についてもグンターに相談しようと、ルイーゼのペンが手帳の上を走る。
それを邪魔するように、赤い粒がひらりと視界に舞い込んだ。
「そんな反則技が使えるなら、もう達成したも同然だろ。それこそ死ぬ直前に毎回、クラウスを戻してやればいい」
顔などは付いていないが、嫌な笑みを浮かべている気配を察して、ルイーゼは煩わしげに鼻先を飛ぶ粒を追い払った。
「それで済めば苦労はしませんよ。その場しのぎをしても意味がないと言いました。仮に肉体が不滅となったところで、暗殺の意思がなくならない限り、結局のところ終わりがありません」
ルイーゼは少し重そうに頭を振る。
試行の終わりが見えない以上、グンターに協力してもらい、魔装具の負荷を減らせるよう改良を重ねなければならないと、そのことも記録に加えた。
やがて窓の外に城が近づいて来るのが見えた。
そのうち一つの窓を眺めながら、ルイーゼはまたため息を吐く。
「それに、そのような手法、高潔な殿下はお許しになられませんよ。きっと『理に反する』とでも仰るはずです」
断言するルイーゼに、ロズは訝しげに揺れた。
「ならなんであの女は治した」
「公爵の愛妻家は有名です。これで、公爵の協力は取り付けやすくなるはず。それに――」
そこで言葉を一度切って、ルイーゼは馬車の窓から視線を逸らしてロズを振り返った。
その口元には薄い笑みが浮かんでいる。
「もし今後、この手段が必要となった時、回帰させた肉体にどのような影響があるのか、把握しておく必要があります」
「いよいよ魔女殿らしいこって」
揺れる馬車の音に重なるように、ロズの少し冷たい声がした。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
愛する人は、貴方だけ
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。
天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。
公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。
平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。
やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
ベルガー子爵領結婚騒動記
文月黒
恋愛
その日、王都より遠く離れたベルガー子爵領は、俄かに浮き足立っていた。
何せ、ついに領民一同が待ち望んでいたベルガー子爵の結婚相手がやって来るのだ。
ちょっとだけ(当領比)特殊な領地の強面領主に嫁いで来たのは、王都の男爵家の末娘・マリア。
だが、花嫁は領主であるベルンハルトの顔を見るなり泣き出してしまった。
最悪な顔合わせをしてしまったベルンハルトとマリア。
慌てるベルンハルトの腹心の部下ヴォルフとマリアの侍女ローザ。
果たしてベルガー子爵領で彼らは幸せを掴めるのか。
ハピエン確定のサクッと読めるギャグ寄り恋愛ものです。
新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました
ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」
政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。
妻カレンの反応は——
「それ、契約不履行ですよね?」
「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」
泣き落としは通じない。
そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。
逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。
これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる