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第二幕
ep.12 試行の陸 -王国に巣食う闇- (2)
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「呼び立ててすまないな、ヴァイス卿。ああ、彼らのことは気にするな。私の護衛に当たらせているだけだ。この身に何かあっては、王国の政が立ち行かなくなるのでな」
入室して早々に滔々と投げかけられた嫌味に、顔色ひとつ変えることなく、ルイーゼは伏せていた顔を上げた。
対峙する細身の男の周囲には、鎧を纏った人間が四人ほど立っている。何度も見たことのあるそれらの顔へ視線を送ることもなく、ルイーゼは胸に手を当てた。
「私もこの国の騎士の端くれ。重々理解しております、宰相殿。まずは先の戦につき、宰相殿の兵に被害が出ず、何よりでございました」
「ああ、伏兵を見抜いたことには礼を言おう、ヴァイス卿。さすがは『戦神』クラウス殿下の牙といったところか」
恐れ入ります、とルイーゼは再び一礼し、また幾つか前置きを挟んでから、城砦の警護に関する書束を差し出した。
王族も住まうこの城の警護は、貴族諸侯の私兵団を含む王国軍と、近衛騎士団が持ち回りで行なっている。
簡単に内容を確認した上で、ルイーゼの指先が書面の一点を指す。
「以前にブラント侯爵の兵が担当していた西の門ですが、ここのところはレンツ侯爵が受け持たれているようですね。有事に備えて、一度我が隊を含む近衛騎士との合同訓練を願いたく存じます」
「ああ、クラウス殿下であればそう言うだろうな。検討しよう。して先日、ミュラー侯爵の兵を戦場で庇ったと聞いたが――」
宰相と話をしながら、ルイーゼはこの先の段取りを頭の中で組み立てる。
この男と室内で接触する機会があるのは、この半年を通してもほとんどこの時だけで、干渉するのならば護衛の騎士が少し邪魔だと思った。
(剣を抜いて、増援を呼ばれても面白くない。それに、極度の興奮下では尋問がやりにくいと、そのことは検証済みです)
やはり穏便に下がってもらおうと、ルイーゼは報告の口を止めないままにそう結論付ける。
やがて一通りの話を終えたところで、ルイーゼが、ところで、と徐に切り出した。
書面から少し上げるようにして、ちら、と伺った男の顔が訝しげに顰められる。
視線に含ませたものが伝わったことを確認してから、ルイーゼは僅かに目を細めて見せる。
「実は、折いって宰相殿にご相談したいことがございます」
「なんだ。この私の時間を割かねばならぬほどに有益な話なのだろうな?」
「はい。ですが……あまり人の耳に入れたくない話です。大変恐縮ではございますが、人払いをお願いしても宜しいでしょうか」
ルイーゼの視線が、宰相の後方に立つ男たちへと向けられた。
彼らの鋭い視線を意に介した風もなく、ルイーゼは再び宰相と目を合わせる。
宰相は少し苛立たしげにため息を吐いた。
「そのようなことが出来る筈があるまい。自分の立場を考えて物を言うがいい、『災厄』」
「ご意向は理解致します。ですが、その上で申し上げております。聡明な宰相殿であれば、この意味をご理解されるのではないですか?」
宰相が何も言い返さないことに、騎士の一部が怪訝な表情を浮かべる。
数秒の沈黙の後で、結局護衛の騎士たちは宰相の指示で下がらせられることになった。
◇
「して、何用だというのだ」
「はい。実は、件の装置が完成し、獣人に魔力を持たせることが実現致しました」
間をおかずに返された返答に、宰相は少し目を見開いてから眉を寄せる。
「何故にそれを私に告げる。貴様は殿下の為であれば手段を選ばない狂犬だと理解している」
先程までよりもずっと低い声で宰相が尋ねる。
ルイーゼの態度から、クラウスに関する何らかの情報だとは思ったが、こうも簡単に核心を吐くとは、本題は恐らくそこではないと彼は判断した。
ルイーゼが無言で懐から小さな塊を出し、執務机の上に置く。
扉を背にしていた宰相はその動作の意図を察し、少し考えてから椅子の方へと足を向けた。
宰相が席に着く前に、ルイーゼが机の前に立って、先程の問いに答える。
「先日、ミュラー侯爵より興味深いお話を聞かせて頂きました。曰く、保守派貴族の中でクラウス殿下をいよいよ殺傷せしめん動きがあると」
「それで、私がその首謀者だと?」
椅子に座りながら、宰相は問いを返す。机上に置かれた装置は、どうやらクラウスが長年目指していたらしい物だろうと彼は思った。
魔装具に触れる宰相の指に、ルイーゼの指先が微かに触れる。装置の作りについて簡単に説明しながら、並行して話を続けた。
「そのようなことまでは。しかし、宰相殿程のお立場であれば、諸侯の動きを把握されているのではと思った次第です」
ルイーゼの瞳が、男をじっと見据える。
宰相は魔装具に触れた手を離さないまま、ゆっくりと視線を上げた。
近い距離で真っ直ぐに目があってから、ルイーゼは静かに宣言する。
「私は、クラウス殿下のお命を第一に考えます。それをお守りできるのであれば、誰であろうと喜んでこの尻尾を振りましょう」
少しの沈黙の後で、宰相はため息を吐いた。
「して、内通の手土産が、主が長年追い求めた理想か」
「理想で命は救えません」
「面白い、だが、貴様を信用するには一手足らぬな。災厄の魔女が、一体何を企んでいる」
「申し上げました通り、私の望みはクラウス殿下のご存命です。宰相殿は、よくご存知の筈です。私のような『狭間の存在』がどのような末路を辿るのか」
ルイーゼの手が、魔装具ごと男の指先を包む。
その物言いに、宰相は初めて動揺を見せた。小さく肩を揺らし、これまでより一層低い声で問う。
「貴様……何を知っている」
「宰相殿が、亡き王妃様と幼き頃は親しくされていた仲だと」
「……何故、それを」
宰相が目を見開き、ルイーゼを見上げる。
ルイーゼの赤い双眸は、どこか楽しそうに細められていた。
「『宰相殿を最もよく知る方』よりお話し頂けました。さあ宰相殿、今度こそお聞かせ願いたい。殿下の暗殺を策謀されましたか? その為に、我が隊の隊士たちに、私の出自を吹き込みましたか?」
魔装具と宰相の手を握る力を強めながら、ルイーゼがゆっくりと言い聞かせるように問う。
ぼんやりとした顔でルイーゼの目を見ながら、宰相の首が小さく横に振られた。
「そのようなことは……するはずが、ない……」
「何故ですか? 私が人間と獣人の両方の血を引く者であるということは、本当に限られた者しか知り得ない情報です。それこそ、知った者は王妃様のように消されてしまう。違いますか?」
「キャス、リン……そうだ、彼女は、殺された……キャスリ、ン……」
前王妃の名を呟くように呼びながら、宰相の顔が次第に伏せられていく。
「そうだ……もう二度と、あのようなことは……キャスリン……君と同じ存在が、また、城内に……今度こそ……」
ぶつぶつと呟いていた宰相の顔が勢いよく上がる。
血走った目は少しも焦点が合ってはいなかった。
「私は混血の出自を吹聴したりはせぬ……! もう二度と……キャスリン……!」
そう虚空に向かって喉奥から絞り出すように叫び、またがくりと男の首は深く項垂れた。
開かれた口からは涎と共に、意味を失った呟きが断片的に零れ出る。
身を屈めてその表情を確認して、ルイーゼはため息を吐いた。もはやこれ以上の尋問が意味を為さないことは明白だった。
「……三度繰り返して、いずれも同じことを。宰相殿が王妃様への悔念から、私の出自を頑なに隠したがっているということは、事実と見て間違いなさそうですね」
疲れたようにルイーゼが言う。なかなかその身に触れさせてくれないことで、干渉にはかなりの労力を要した。
「……」
少し考えて、ルイーゼは結論に辿り着く。
無言で腰から剣を抜き、自らの首に当てると、宰相の執務室には血飛沫が迸った。
入室して早々に滔々と投げかけられた嫌味に、顔色ひとつ変えることなく、ルイーゼは伏せていた顔を上げた。
対峙する細身の男の周囲には、鎧を纏った人間が四人ほど立っている。何度も見たことのあるそれらの顔へ視線を送ることもなく、ルイーゼは胸に手を当てた。
「私もこの国の騎士の端くれ。重々理解しております、宰相殿。まずは先の戦につき、宰相殿の兵に被害が出ず、何よりでございました」
「ああ、伏兵を見抜いたことには礼を言おう、ヴァイス卿。さすがは『戦神』クラウス殿下の牙といったところか」
恐れ入ります、とルイーゼは再び一礼し、また幾つか前置きを挟んでから、城砦の警護に関する書束を差し出した。
王族も住まうこの城の警護は、貴族諸侯の私兵団を含む王国軍と、近衛騎士団が持ち回りで行なっている。
簡単に内容を確認した上で、ルイーゼの指先が書面の一点を指す。
「以前にブラント侯爵の兵が担当していた西の門ですが、ここのところはレンツ侯爵が受け持たれているようですね。有事に備えて、一度我が隊を含む近衛騎士との合同訓練を願いたく存じます」
「ああ、クラウス殿下であればそう言うだろうな。検討しよう。して先日、ミュラー侯爵の兵を戦場で庇ったと聞いたが――」
宰相と話をしながら、ルイーゼはこの先の段取りを頭の中で組み立てる。
この男と室内で接触する機会があるのは、この半年を通してもほとんどこの時だけで、干渉するのならば護衛の騎士が少し邪魔だと思った。
(剣を抜いて、増援を呼ばれても面白くない。それに、極度の興奮下では尋問がやりにくいと、そのことは検証済みです)
やはり穏便に下がってもらおうと、ルイーゼは報告の口を止めないままにそう結論付ける。
やがて一通りの話を終えたところで、ルイーゼが、ところで、と徐に切り出した。
書面から少し上げるようにして、ちら、と伺った男の顔が訝しげに顰められる。
視線に含ませたものが伝わったことを確認してから、ルイーゼは僅かに目を細めて見せる。
「実は、折いって宰相殿にご相談したいことがございます」
「なんだ。この私の時間を割かねばならぬほどに有益な話なのだろうな?」
「はい。ですが……あまり人の耳に入れたくない話です。大変恐縮ではございますが、人払いをお願いしても宜しいでしょうか」
ルイーゼの視線が、宰相の後方に立つ男たちへと向けられた。
彼らの鋭い視線を意に介した風もなく、ルイーゼは再び宰相と目を合わせる。
宰相は少し苛立たしげにため息を吐いた。
「そのようなことが出来る筈があるまい。自分の立場を考えて物を言うがいい、『災厄』」
「ご意向は理解致します。ですが、その上で申し上げております。聡明な宰相殿であれば、この意味をご理解されるのではないですか?」
宰相が何も言い返さないことに、騎士の一部が怪訝な表情を浮かべる。
数秒の沈黙の後で、結局護衛の騎士たちは宰相の指示で下がらせられることになった。
◇
「して、何用だというのだ」
「はい。実は、件の装置が完成し、獣人に魔力を持たせることが実現致しました」
間をおかずに返された返答に、宰相は少し目を見開いてから眉を寄せる。
「何故にそれを私に告げる。貴様は殿下の為であれば手段を選ばない狂犬だと理解している」
先程までよりもずっと低い声で宰相が尋ねる。
ルイーゼの態度から、クラウスに関する何らかの情報だとは思ったが、こうも簡単に核心を吐くとは、本題は恐らくそこではないと彼は判断した。
ルイーゼが無言で懐から小さな塊を出し、執務机の上に置く。
扉を背にしていた宰相はその動作の意図を察し、少し考えてから椅子の方へと足を向けた。
宰相が席に着く前に、ルイーゼが机の前に立って、先程の問いに答える。
「先日、ミュラー侯爵より興味深いお話を聞かせて頂きました。曰く、保守派貴族の中でクラウス殿下をいよいよ殺傷せしめん動きがあると」
「それで、私がその首謀者だと?」
椅子に座りながら、宰相は問いを返す。机上に置かれた装置は、どうやらクラウスが長年目指していたらしい物だろうと彼は思った。
魔装具に触れる宰相の指に、ルイーゼの指先が微かに触れる。装置の作りについて簡単に説明しながら、並行して話を続けた。
「そのようなことまでは。しかし、宰相殿程のお立場であれば、諸侯の動きを把握されているのではと思った次第です」
ルイーゼの瞳が、男をじっと見据える。
宰相は魔装具に触れた手を離さないまま、ゆっくりと視線を上げた。
近い距離で真っ直ぐに目があってから、ルイーゼは静かに宣言する。
「私は、クラウス殿下のお命を第一に考えます。それをお守りできるのであれば、誰であろうと喜んでこの尻尾を振りましょう」
少しの沈黙の後で、宰相はため息を吐いた。
「して、内通の手土産が、主が長年追い求めた理想か」
「理想で命は救えません」
「面白い、だが、貴様を信用するには一手足らぬな。災厄の魔女が、一体何を企んでいる」
「申し上げました通り、私の望みはクラウス殿下のご存命です。宰相殿は、よくご存知の筈です。私のような『狭間の存在』がどのような末路を辿るのか」
ルイーゼの手が、魔装具ごと男の指先を包む。
その物言いに、宰相は初めて動揺を見せた。小さく肩を揺らし、これまでより一層低い声で問う。
「貴様……何を知っている」
「宰相殿が、亡き王妃様と幼き頃は親しくされていた仲だと」
「……何故、それを」
宰相が目を見開き、ルイーゼを見上げる。
ルイーゼの赤い双眸は、どこか楽しそうに細められていた。
「『宰相殿を最もよく知る方』よりお話し頂けました。さあ宰相殿、今度こそお聞かせ願いたい。殿下の暗殺を策謀されましたか? その為に、我が隊の隊士たちに、私の出自を吹き込みましたか?」
魔装具と宰相の手を握る力を強めながら、ルイーゼがゆっくりと言い聞かせるように問う。
ぼんやりとした顔でルイーゼの目を見ながら、宰相の首が小さく横に振られた。
「そのようなことは……するはずが、ない……」
「何故ですか? 私が人間と獣人の両方の血を引く者であるということは、本当に限られた者しか知り得ない情報です。それこそ、知った者は王妃様のように消されてしまう。違いますか?」
「キャス、リン……そうだ、彼女は、殺された……キャスリ、ン……」
前王妃の名を呟くように呼びながら、宰相の顔が次第に伏せられていく。
「そうだ……もう二度と、あのようなことは……キャスリン……君と同じ存在が、また、城内に……今度こそ……」
ぶつぶつと呟いていた宰相の顔が勢いよく上がる。
血走った目は少しも焦点が合ってはいなかった。
「私は混血の出自を吹聴したりはせぬ……! もう二度と……キャスリン……!」
そう虚空に向かって喉奥から絞り出すように叫び、またがくりと男の首は深く項垂れた。
開かれた口からは涎と共に、意味を失った呟きが断片的に零れ出る。
身を屈めてその表情を確認して、ルイーゼはため息を吐いた。もはやこれ以上の尋問が意味を為さないことは明白だった。
「……三度繰り返して、いずれも同じことを。宰相殿が王妃様への悔念から、私の出自を頑なに隠したがっているということは、事実と見て間違いなさそうですね」
疲れたようにルイーゼが言う。なかなかその身に触れさせてくれないことで、干渉にはかなりの労力を要した。
「……」
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