【完結】災厄の少女はやがて死に戻りの魔女となる

宵乃凪

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第三幕

ep.18 戦神の加護 (2)

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 クラウスの手が重い扉を開くと、広間に集まっていた貴族たちは一斉に振り向いた。

 無言のまま鋭い視線を向ける諸侯に対し、クラウスは足を止めないまま短く問う。

「王の容体は」

「芳しくありませんな。治癒術師曰く、精神面によるものとのこと。気を持ち直して貰わぬことには治療のしようもありませぬ」

 宰相の答えに、クラウスはそうか、とまた端的に返答した。


 クラウスが席につくや否や、ばんと強く机が叩かれる音がする。

 深い髭を携えた男が、少し苛立たしげに半分立ち上がり掛けていた。

「殿下! あの屍兵どもの侵攻は、今期に入ってもう四度目ですぞ! いい加減にこちらから攻め込む頃合いではないのですか!」

「ブラント侯爵、落ち着かれよ。魔女の屍兵は『不死』である上に、その全容も見えてはおらぬ。加えてもし、こちらの兵を操られたならば、それこそ手の施しようがない」

「僭越ながら、ホーエンベルク公爵閣下の仰ることも理があるかと。魔女は死者を操るだけでなく、隣国から流れてきた民の噂によると、生きた者の思想すらを支配下に置くと言います」

「それでミュラー侯爵、貴公はまさかそのような妄言を信じているのではあるまいな」

「私の兵はブラント侯爵の兵たちと比べると確かに非力揃いではありますが、しかし管轄する商工会を含め、市井の情報を収集することには長けていると自負しております。先日グンター卿とも話させて頂いたが、全くの与太話とは言い難い状況です」

 ミュラー侯爵の返答に、ブラント侯爵は強く眉を寄せ、やはり苛立ったように再び席についた。


 この場に集まった貴族諸侯の間からざわめきが漏れる。

 最大の脅威である隣国の『魔女』は、数年前にこの国を訪れて城下を炎で覆い、神聖な墓地を荒らして眠る死者を跋扈させた挙句に、今年に入ってからはもう七度も屍兵に王国領地へと侵攻させていた。

 クラウスが指先で軽く机を叩くと、室内は再び水を打ったように静まり返った。

 続けて今回の侵攻による被害と、屍兵を相手取る方法について報告する。

「――先日グンターより報告があったように、やはり魔女は何らかの魔力を用いて対象の脳に影響を与えている可能性が高い。屍兵の身から完全に脳部分を切り離してやったところ、肉体は動きを止めた。ただし、損傷程度では効果がない。現に、腐敗し始めた屍体すらも、他の屍兵と変わらぬ動きを見せた」

「以前に聞いた、隣国から離れれば動きが鈍くなる、という点については」

 宰相からの問いに、クラウスは首を横に振る。

「何体かを王国領土内へと引き込んだが、前回と違って動作に変わりはなかった。魔女の力が強まっているか、もしくは――」

「術の行使者が近い場所に在った、とも考えられるな」

 クラウスの言葉を引き継いだのは、今し方部屋へと入ってきたグンターだった。

 彼は白くなり始めた頭を掻きながら足早に進み、机の上へとばさりと分厚い紙束を投げるように置く。

 魔女や、死者を操るという魔力に関する研究報告書を手早く確認し、クラウスがグンターへと視線を戻した。

「グンター、魔装具の研究は」

「また障壁に当たった。試作といえど人間の脳には確かに影響を及ぼすというのに、やはり人間と獣人では何らかの作りが異なるのか……生きた脳をそれぞれ二つ、三つ程覗くことができれば、少しは役立つと思うがな」

 嘆息混じりにグンターがそう答え、諸侯の間からは何を言うのか、といった困惑の声が漏れ聞こえた。

 クラウスの冷たい視線が彼の目を真っ直ぐに射抜く。

「ならぬ。そのようなことをせずともお前ならば辿り着くはずだ。次に、捕らえた屍兵については」

「研究所に運ばれた時点でただの屍体だ。それ以上でも以下でもない。戦場で動いている個体の脳を暴けば何かが得られるかも知らんがな。まあ望みは薄いだろう。そもそも魔力というものは手に取れるものでも目に見えるものでもない。それにより起こった事象が全てだ。動いた屍体があるというのならば、それは死者を操作する力であり、意志を奪われたものがおるというのであれば、生者の思考にすら干渉するのだろうよ。実に興味深い力ではあるが、そもそもそれが単なる魔力に属するものであるのか、もしくは魔装具のように力を増強する何かしらを使っておるのか――」

 ぶつぶつと考察を続けるグンターのことを、嫌悪感を顕に一瞥してから、諸侯のうち一人の男が立ち上がる。

 他の侯爵と同じく身なりが良く、爬虫類を思わせる鋭い目つきの男だった。

「……クラウス殿下、魔装具の研究というのは、まだ獣人に魔力を持たせるなどという夢幻を追っていらっしゃるのですか。重ね重ね申すが、奴らにそのようなものは必要ない。殿下が近衛に獣人を置くのは結構、だがしかし、国軍にまで招き入れるというのは、どれだけ王国の歴史を汚せば気が済まれるか」

 苦言に対してクラウスが返答するより前に、隣に座る髭の大男がその腕を軽く引いた。

「やめろ、レンツ侯。貴公の獣人嫌いは理解する。だが、先日の報告にもあったろう。魔女の力は魔力そのものを司り得る。仮に戦場で魔力を封じられたとして、生まれ持った身体能力のみで戦うことのできる獣人は、この先の戦いにおいて恐らくは重要となる」

「ふん、ブラント侯、聞いたぞ。先日、御令嬢が馬車の事故に遭いそうになったところを、何でも獣人の騎士に助けられたそうではないか。汚れた魂に命を救われるとは、その上獣人どもの肩を持とうとするとは……この国の侯爵として、恥を知れ」

 怒りから絞り出すような低い声に、席に座る数人の貴族諸侯が複雑そうな表情で頷いている。

 彼らの視線を集めるブラント侯爵は、数秒の沈黙の後にため息を吐いた。

「……好きに言うがよい。儂も、そのようなことで奴らの魂が浄化されたものとは思わん。しかし今は、この国を守ることが先決だ。獣人の問題は、魔女討伐の後で考えれば良いだろう」

「それが問題だというのだ、ブラント侯。分からぬか。自らの手で国を救ったなどという偽りの勲功を与えてみろ。次は奴らがこの国を根底から揺るがしにくるぞ。まさか貴公は、奴らに爵位を与えるなどというふざけた案に賛同するのではあるまいな」

 レンツ侯爵の発言に、そうだ、という肯定の声が複数上がる。

 いよいよ議会が決裂しかけた時、グンターが深いため息を吐いた。

「くだらん、全くもってくだらん。たまに登城すれば、相も変わらず人間がどうだの、爵位がどうだの。脳の出来が悪い愚物と話しておると、頭が痛くなるわ」

「何だと? グンター卿、子爵の身でありながらそのような暴言、まさか許されると思うてか」

「何故に愚物の許可を得ねばならん。全く、城内にもう一人、二人、まともな頭をした者が居れば、弟子としてこき使ってやったものを。……儂はもう行く。やらねばならんことが山積みだからな。この儂に無駄な時間を使わせるとは、魔女に操られそのまま被験体とでもなった方が幾らかこの国にとって役に立つ」

 そのようなことをぶつぶつと言いながら、グンターは非難の声を気に留めた風もなく、来た時と同様に足早に広間を出て行った。

 立ち上がりかけていたレンツ侯爵は、顔を赤く染めて再び椅子へと座る。

 まだ何かを言いたそうにしていたが、その辺りにしておくようにと、宰相から釘を刺された為だった。


 再び静かになった貴族諸侯を一度見渡し、クラウスが魔女の侵攻に対する防衛策と、その為に必要な指示を与えていく。

 先程まで獣人の扱いやグンターの研究に対して反発していた諸侯も、それについては口を挟むことなく、ただ静かに議会は進んだ。

「――最後に、北東の森方面の防衛だが、私と近衛が行く。ミュラー侯爵、貴公の兵を借り受けたい」

「はっ、承知致しました、クラウス殿下。兵に申し伝えます」

 ミュラー侯爵がそう言って一礼し、向かいに座るホーエンベルク公爵が少し眉を寄せた。

「クラウス殿下、昨日この国に亡命してきた商人の情報によれば、次に侵攻が予期されるのは南の沼地方面ではないのですか? 時期からしても、北方から侵入してくるとは考えづらい」

「ああ。だが、次は北だ。この場での詳細は割愛するが、異論がある者はあるか?」

 クラウスの視線が再び貴族諸侯の顔を巡る。皆黙り、誰一人として反論する者はなかった。

 シンとした室内で、宰相が小さく首を横に振る。

「まさかありませぬ。これまでの侵攻を全て退けてきた『戦神』の指示であれば、皆素直に聞き入れることでしょう」

 それが獣人に関するものであってもだ、と宰相はレンツ侯爵の方を見ながら続けた。


 さらに幾つかのことを話し合い、議会は終結する。

 クラウスは足早に広間を後にし、他の貴族諸侯もばらばらと続いて、後には宰相と保守派の貴族数人のみが残された。

「……宰相殿、まさか殿下はこのまま、獣人への融和策すら強行的に推し進めるつもりではないでしょうな」

 酷く苛立たしげなレンツ侯爵の問いに、宰相は嘆息混じりに首を横に振る。

「そのようなことをさせるつもりは毛頭無いが、だがブラント侯爵の言うように、この戦場下においては奴らの力すら必要となることは事実だ。貴公もこの国の侯爵であれば、今は矛を納めよ」

「ですが……分かりました、宰相殿。……奴らにはせいぜい、この国の為に屍の防壁となって欲しいものです」

 最後に低く絞り出すような声で、レンツ侯爵は憎々しげにそう告げた。
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