【完結】混血の狼少女は厳格な騎士団長に溺愛される

宵乃凪

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二章

レオネルという男

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 ユーフォリアが騎士団に復隊してから、二週間が経った。先の件は、不測により出現した魔獣によって一隊員が負傷したが、その場で討伐は完了した、といった内容で処理された。
 小隊の隊士たちも、彼女の怪我や体調を心配する素振りを見せたものの、それ以上踏み込んでくる様子もない。ユーフォリアは、今し方討伐対象の魔獣を殺めた剣を振り下ろしながら、小隊長の男の背をちらと伺った。あの日、自分を屋敷へと戻らせ、その場を誤魔化し、アルベルトに事情を話して彼女のもとへと寄越したらしい彼は、やはり何を聞いてくるでもなく、ユーフォリアは以前と特に変わらない日々を送っていた。

「よし、終わったな。帰投までの間に、念の為この辺りの哨戒を済ませておくぞ。この間のようなことも起こり得る。散開後も必ず複数人で、何かあれば即座に連絡を上げろ」
 レオネルの指示で、隊士たちが数人ずつに分かれて周囲に散らばっていく。先日の魔獣は、元来の生息域はここからずっと離れている筈であり、恐らくは繁殖期に餌を取り逃がして焦っていたのだろうとユーフォリアは推察していた。今日はさほど天候も悪くなく、周囲に嫌な気配もしない。あのようなことは起きないはずだが、それでも二の舞とならないようにしなければ、と気を入れ直した。
「ユーフォリア、俺たちは南を当たるぞ。傷はもう大事ないな?」
「はい、小隊長。問題ありません」
 今日は他の小隊が幾つか同行しているため、ユーフォリアは普段よりも少しだけ低い声でそう答える。レオネルは微かな笑い声を漏らした。
「もう全員散開した。肩の力を抜いてからついて来い」
 ユーフォリアは小さく首を振ってから、レオネルの背を追うようにして、天辺を少し過ぎた太陽の方角へと駆け足で向かった。

 平原の南には、背の高い木々が立ち並ぶ森があった。鬱蒼とした空間には、陽の光も届ききらないのか、少しひんやりとした空気が流れ、足元には苔のようなものが生えている。足を滑らせないようにレオネルの後に続きながら、ユーフォリアは怪訝な表情を浮かべた。周囲に魔獣や他に脅威となりそうな気配は感じられないことや、あまり離れると良くないのではないかといったことを伝えてみたが、男の足は止まることはない。ただ無言で木々を掻き分けて進むレオネルに付いて、ユーフォリアもやがて口を閉じ、薄暗い森には枝や草が擦れる音だけが響いた。
 不意に、少し開けた空間に出た。昔に折れたのであろう大木が切り株となり、その上にも苔や、新しい若木が芽吹いている。
「座るか?」
 正面を向いたまま掛けられた軽い問いに、ユーフォリアは首を横に振った。
「服が汚れる。こういう汚れは落ちにくいって、グレアに教わった」
「グレア殿か、アルベルト騎士団長閣下に古くから仕えていらっしゃる方だ。知っている人間はその名前だけで背景を推察する。屋敷の外で余計なことを喋るな」
 低い声でそう言いながら、レオネルが振り返る。同時に持ち上げられた剣の切先が、真っ直ぐにユーフォリアの喉元へと向けられた。
「お前は、アルベルト騎士団長閣下に、危害を与えるものか」
 そう問うレオネルの顔を無言で見返しながら、ユーフォリアはふと、アルベルトと初めて邂逅したあの城砦の夜を思い出した。そういえば最初はその目的で差し向けられたのだったと、何処か遠く、他人の記憶を見るかのように考える。ぼんやりとしていた視界に、光が動いた。少しだけ近付いた切先に、どうやら回答を待たれているのだと気がついて、ユーフォリアは首を横に振った。
「前はそうだった、けど今は違う」
「それは何故だ」
 即座に返された問いに、ユーフォリアは少し首を傾げる。何故か、と聞かれると、はっきりとした回答は作成できそうになかった。あの夜、アルベルトによって屋敷へと引き入れられ、自分に苦痛をもたらさない人間たちの中で、体験したことのない不可思議な生活を送り、そして漠然と何かをしたいような気になった。少しの間考えて、ユーフォリアはひとまず現在の目的を告げる。
「それは分からない、けど今は騎士になって、副団長にならないといけない」
「それは何故だ」
 再び同じ問いが繰り返される。ユーフォリアはまたしばらく悩んで、先程よりも端的に答えた。
「騎士団長に一番近いところだから」
「それは何故だ。何故お前は、騎士団長閣下に近く在らねばならない」
「? 分からない」
「ならば考えてこの場で答えを出せ。上官命令だ。俺が納得できるものでなければ、王国騎士団に害なす者として斬り捨てる」
 レオネルの足が一歩進み、剣先がまたこちらへと近付く。三度繰り返された問いに、ユーフォリアは眉を寄せた。何故近くに在りたいのか、それは自分がアルベルトの顔をいつでも見ていたいからだったが、その問いへの正しい答えでは無いような気がした。剣に反射する光が思考の邪魔だと、瞼を下ろして視界を遮断する。しばらく考えても答えは現れなかったが、やがて思い浮かんだ表情に、ユーフォリアは瞼を持ち上げた。
「アルベルトに、笑っててほしい」
 ただそれだけが返されたことに、レオネルは数秒黙った後で深いため息を吐く。
「……アルベルト騎士団長閣下だ。頼むから油断するな、お前は」
 もう一つ嘆息してから、レオネルは剣を腰へと納めた。次いで頭上を見上げ、木々の隙間から太陽の位置を確認し、残りは戻りながら話すと言って来た道を引き返し始める。
「こないだのこと、閣下にはしこたま叱られただろ」
 倒木を跨ぎながら呆れ混じりに投げ掛けられた問いのようなものに、ユーフォリアは同じくそれを跨いでから答えた。
「あまり分からなかったけど、怒ってるとは言ってた」
「当たり前だ、馬鹿。無謀なことしやがって、隊長任されてる俺の身にもなれよ」
 小さな水溜りを軽く飛び越え、ユーフォリアが足を止める。やはり先の判断と行動が、騎士団にとっての不利益になったのだろうとレオネルの回答から読み取れた。怪訝な表情で振り返る男の顔をじっと見ながら、ユーフォリアは少し困ったように首を傾げる。
「レオネル、私、アルベルトにずっと迷惑かけてると思う?」
「今更だろ、元々寝る間も惜しんで改革に励んでいらっしゃる方だぞ。それでなくともお忙しいのに、しかも何とか隙見つけて足引いてやろうって貴族も多い中で、致命傷になるような脛の傷抱え込んで、こればかりは正気じゃないとさえ思った」
 レオネルが顎で前方を指し示した。足を止めるな、の意だと理解して、ユーフォリアは再び彼の背について歩き始める。無言で二十歩程進んだところで、歩みを緩めないままレオネルが話を続けた。
「それでもあの方はお前を引き取るって決めたんだよ。自分や周囲の危険承知で、万が一の時にも王国騎士団って組織は失われないよう何重にも手を打って。長年ずっと一人で抱え込まれ続けてた閣下が、団長補佐なんて立場を容認されたのも、ご自身に何かあった時のためだろ。初めから、覚悟されてんだよ」
 覚悟、とユーフォリアが、呟くように復唱する。この数ヶ月を経て、王国騎士団という組織が国や市井にとって必要であり、そして何よりもアルベルトがそれを大切にしていることは理解できるようになってきた気がする。それを自分の失態で彼から失わせてしまうことは、とても良くないことだと思った。
 やがて森の出口が見え始めた。遠く平原に隊士たちが集まりかけているのを一瞥して、レオネルがため息を吐く。
「……とはいえ、お前を騎士にして、しかも副団長候補にまでするのは、正直どうかと思うけどな」
「レオネル、私、副団長やらない方が、アルベルトは助かる?」
 小隊のもとへと向かおうとする男の服の裾を引いて、最後にそれだけ尋ねると、レオネルは呆れたような表情で振り返った。
「お前の意思を尊重するって、閣下が決められたんだろ。やるからには、お前も腹から覚悟決めろ。こないだみたいなつまらねぇミスしたら、閣下の前に俺がしこたま叱りつけてやるから覚えとけよ」
 懲罰書は苦手だろ、と揶揄われ、ユーフォリアはあの難しい文字を無数に連ねなければならない書面を思い浮かべる。初めの頃に訓練場の剣を叩き割り、半日机に向かわされたおかげでその日は剣を振りに戻れなかったことを思い出して、不機嫌そうに眉を寄せた。
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