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第3章 日常変貌〈チェンジワールド〉

制裁

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「ハア……ハア……5メートル動かすだけでも……めっちゃキツイ。でもこれで……」
 マサムネからアースボールを先取したコウが、息を切らしながらニヤリと笑う。

 座標変更テレポート
 コウが使うことの出来る移動魔法の最高レベル。
 もっともコウの力では、1度に移動できる距離は5メートルが限界。
 しかも1回の発動で100メートルを全力疾走するくらい疲れる。
 どう考えてもワリに合わない。

 それでも……

「『転移トランサ』! 『転移トランサ』! 『転移トランサ』!」
 コウは右手の三角プリズムに意識を集中しながら発動を続ける。
 そのたびにコウとアースボールの位置がランダムに瞬間移動しながら、敵陣のゴールに近づいて行った。
 
 マサムネがどんなに優秀でも。
 アースボールの特性を考えれば、コウからボールを奪うにはボールへの接近と魔法の発動が必要だった。
 その隙さえ与えなければ……!
 コウは地面のボールに手を触れながら、ひたすら転移を繰り返す。
 ゴールはもう目前だ。

  #

「ムチャクチャだ、戒城くん……!」
 体力の限界のかえりみない無謀なコウの作戦に、マサムネが呆れて声を上げる。
 なんでそこまでして……?

 いずれにしてもアースボールを取り戻すのはもう無理だ。
 残るのは、式白ナユタが隠し持ったスカイボール。
 そしてソーマの手にあるミドルボール。

「御崎くん……嵐堂さん……」
 マサムネは前方のソーマと後方のユナを見回しながら、一瞬迷う。
 正直、試合の勝敗など、どうでもいい・・・・・・
 どちらをフォローしたほうが、より効果的・・・だろう?

 だが、その時だ。

「マサムネくん! いま!」
 背中から、ユナの呼ぶ声が聞こえた。

  #

「『感覚拡大センサー!』」
 ユナは銀色の音叉を振りながら、そう唱えていた。

 ユナの視覚が、聴覚が、嗅覚が。
 鋭敏に研ぎ澄まされていくのを感じる。

 ユナの感覚が、まるで校庭全体に拡大してゆくみたいだった。
 微かな物音も、あたりに舞うホコリや砂粒の1つ1つまで。
 今のユナには、全て。
 見分けることが出来る。
 聞き分けることが出来る。

 そして……。

「アレだ!」
 拡大された感覚で、ユナは見つけた。

 校庭にうごめく薔薇の幻に紛れて。
 ナユタの操る本物の絡み蔓テンドリラと、蔓に運ばれてゆくスカイボールの物音を!

「『花火スパークス』!」
 ユナはボールに意識を集中した。
 音叉を振ってそう唱えた。

 パチンッ! パチンッ!

 そしてうごめく薔薇の中で。
 スカイボールの周囲では異変が起きていな。
 
 赤、青、オレンジ……。
 無数の花火が、ボールのまわりで瞬きはじめた。

 ユナの発動させた標識魔法がスカイボールの位置をみなに知らせた。

「マサムネくん! いま!」
「あれが……ボールの位置!」
 ユナの合図に気づいたマサムネが、花火に向かって駆けていく。
 
「『冷凍コールド』!」
 右手のグローブを花火にかざしながら、マサムネは唱えた。

 ピシン……ピシン……
 何かが軋むような音がした。

 マサムネが捉えたナユタの絡み蔓テンドリラがみるみるうちに凍りついて……砕けてゆく!
 攻撃魔法の術者への直接使用は禁じられている。
 だが、術者の魔法を無効化するためなら……!

「やったよ。嵐堂さん!」
 マサムネがユナに、そう言い終わるか終わらないかの内に……。

 ビュウウウッ!
 ユナの風魔法が、スカイボールを校庭のはるか上方に舞い上げていた。

  #

「クッ……! やるじゃん委員長……!」
 ユナからボールを奪われたナユタが、悔しそうに小さくうめく。

 いったんユナの風魔法にボールを取られてしまったら、もうナユタの力では取り返すことは出来なかった。
 コウの先取したアースボールは、すでに敵陣のサークルにゴールしていた。
 スカイボールを自陣こっちに叩き込まれたとして、状況は1対1……。

 その時だ。
 
「ナユ。やれ!」
 背中からキリトの声が聞こえる。

「ぅん……」
 ナユタは幽かに笑って、小さくうなずく。

「『幻影変容トランスミラージュ』……!」
 右手の指輪に意識を集中させて、自分の幻に手を加える・・・・・

  #

「これは……霧……!?」
 ソーマはあたりに起こった異変に気づいて、戸惑いの声を上げた。
 校庭を覆ったうごめく薔薇の蔓が、灰色の霧へと変わっていく。
 ナユタの幻が変化して、ソーマとキリトの姿を覆っていく。

 チームのメンバーや教師の羽柴の視界から。
 ソーマたちの姿を隠していく!

「へへ。ハッシーの邪魔がウザいんでな。これで思い切り潰せるぜ……てめーをよぉ!」
「…………!?」
 キリトが残忍な笑みを浮かべながら、ミドルボールを持ったソーマに迫って来た。

 ソーマは呆れて声も出なかった。
 こいつは最初から、試合の勝敗なんかどうでもよかったのだ。
 ただソーマを痛めつける・・・・・ためだけに。
 彼女のナユタにルール違反までさせて、こんな仕掛けを……!

 ブウゥンン……ッ

 キリトの右手にはめた指輪が、にぶい音を上げていた。
 
「わっ! わっ!」
 キリトがソーマに掴みかかって来た。
 足の速さで、どうにかキリトをやりすごそうとするソーマだったが……。

 ドガッ!
 
 キリトの不意打ち。
 放たれた蹴り。
 スニーカーの靴先が、ソーマのすねを蹴り上げていた。

「ぐううっ!」
 よろけるソーマ。
 でも、ボールは放していない。

 ガッ!
 ガッ!
 ガッ!

 キリトの拳。
 重量制御ウェイトコントロールで小さな鉄球ほどの重さになった拳が、ソーマのミゾオチにめり込む。
 何度も、何度も、何度も。

「うっぐっぐっ!」
 体をかがめて苦痛に呻くソーマ。
 でも、ボールは放していない。

「ったく。ちょっと出来る・・・ようになったくらいでチョーシに乗りやがって、このクズ……!」
 ソーマより2回りも体格のいいキリトが、ソーマの襟首をつかみ上げる。
 ソーマの顏に鼻先を寄せて、侮蔑の言葉を吐き捨てる。

 反撃できないソーマ。
 でも、右わきに抱えたボールは、絶対に放していなかった。

「やめろキリト……。これは試合だ。喧嘩じゃないんだ……」
「ハー!? あたりめーだろ御崎。これは喧嘩・・なんかじゃねー。一方的な制裁・・だ!」
 小さな声で苦しげにそう呟くソーマを、キリトは嘲笑った。

「やめてくれ。これ以上つづけたら、俺はもう耐えられない……」
「ハン! なに今さら泣き言ぬかしてんだよ! このままツブれちまえよ!」
 
「本当に……続けるのか……!?」
「ああ続けるのさ。一方的な制裁・・をよぉー!」
 キリトは、ソーマの言葉を聞くつもりは無いみたいだった。

 ブウゥンン……ッ

 キリトの右の拳が、再びうなりを上げた。
 鉄球みたいにチューンされた拳が、ソーマのミゾオチにめり込む……!
 と思った、その時だった。

 バチンッ!

「うおあああああっ!」
 何かがハジける音がした。
 凄まじい衝撃がキリトの右手に走った。
 
 キリトの体が、5メートル近くソーマの体からフっ飛ばされた。
 ソーマの体がキリトの視界から霧の中に消えた。

「クソッ! な、何が……!?」
 慌てて起き上がって、あたりを見回すキリト。
 霧に紛れて、ソーマの姿が見えない。

 ……その時だった。

「だったら、選手交代だ……!」
 霧の中から、鈴を振るように澄んだ少女の声が聞こえた。

「……誰だ……!?」
「おまえ。このわたしの体にサンザン好きホーダイやってくれたな! ブタみたいに泣き叫んで命乞いしながら挽肉ミンチになる準備は出来ているな……?」
 聞き覚えのない声に戸惑うキリトに、少女はそう話しかけて来た。

 ユラン……。
 そして、霧の向こうから。

 キリトの前にその少女が姿を現した。

 黒鳥のような衣。
 背中から生えた透明な翅。
 銀色に輝く髪。

 まるで雪の様な白い肌。
 ばら色に染まった頬。

 桜色の唇を歪めながら。
 紅玉ルビーみたいな真っ赤な瞳でキリトをにらんだルシオンの姿だった。



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