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第3章 日常変貌〈チェンジワールド〉

お仕置きタイム

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「コレを取り合うだけのゲームじゃなかったのか? なぜわたしの体にこんな事をする?」
「な……なに言ってんだ? 誰だお前……」
 不思議な少女が、右手の指先でミドルボールをクルクル回しながらキリトの方に歩いてきた。
 会ったこともない少女の言葉に、キリトは戸惑った。

 紅玉ルビーみたいな少女の瞳が、キリトをにらみつけている。
 サラサラ流れる銀色の髪。
 外国人だろうか。
 
 服装も学校の運動着とは全然違う。
 黒鳥みたいな少女の服装。
 外部からの侵入者だろうか。
 というか、こんな服装は街の中だって色々おかしすぎる。

 なぜ少女がミドルボールを持っているのか。
 御崎ソーマは、どこに隠れているのだろう。
 見つけてもう2、3発かまさないと、キリトは気が済まなかった。
 
「ヘンなやつだな……どけよ!」
 キリトはイライラした声で、目の前に立つ少女を手を振った。
 だがその手に……。

 ガシリ。

 少女の左手がキリトの手首をつかみ止めていた。

「ぐあああっ!」
 キリトはうめいた。

 さわれば折れてしまいそうな、か細い少女の手。
 それがギリギリと、もの凄い力でキリトの手首を締め上げてくる!

「放せ……放せ! クソ!」
魔素エメリオに干渉して自分の拳を重量化しているのか? なかなか面白いことをするなぁ。どれどれ……?」
 少女につかまれて身動きの取れないキリト。

 キリトの手をジロジロ眺めまわしながら、少女が首をかしげていた。
 そして右手に持ったスカイボールを、空中にポンと放り上げる。

「てめえっ! ふざけやガッ……!!」
 キリトが顔を真っ赤にしながら、自由な方の手で少女につかみかかろうとした。
 だが、その時だった。

 ドガッ!

 キリトの息が止まった。
 吐くことも、吸うこともできない。
 もの凄い衝撃が、キリトのミゾオチに叩き込まれていた。
 それは少女の右の拳だった。

「グバアアアアア……!」
 口からゲロを吐きながら、フっ飛ばされるキリトの体。
 空中で2回……3回転。

 校庭に吐しゃ物をまき散らしながら、キリトの体が地面に叩きつけられた。

「お。できたできた。初めてにしては上手く行ったな……」
 空中に放り投げたボールを右手で受け止めながら、少女は無邪気な声で笑っていた。

 ブウゥゥゥン……
 少女の右拳が、鈍い音を上げていた。
 
 重量制御ウェイトコントロール
 キリトが自分の拳に仕込んだものと、同じ魔法だった。

「グ……ガ……ガ……ふざけやがって!」
 どうにか地面から起き上がったキリトは、ものすごい顔で少女をにらんだ。

 女にここまでコケにされるのは初めてだった。
 いや。どんなヤツだって……キリトにここまでの事をした奴は、今までいない。

 こいつが誰だか知らないが、絶対に許さない。
 ジワジワいたぶって、泣き叫んでキリトに命乞いするまでは……!

「『切り裂けリップ イット』!」
 キリトは右手の指輪を少女にかざして、そう唱えた。

 ゴオオオオ……
 少女の周りに風が巻く。

 そして。
 ビシュンッ!
 ビシュンッ!

 風を切るような甲高い音。
 と同時に、少女の体に異変が起こった。
 少女の銀色の髪の毛が、黒鳥のような衣服が、見えない何かに切り裂かれて風に散っていく。

「へっ! このまま切り刻まれたくなかったら、その場にひざまずけ!」
 キリトはニタリと笑って少女にそう言った。

 鎌鼬カマイタチ
 風魔法の凶悪な応用技。

 つむじ風で発生させた真空の刃で、相手の肉体を切り裂く攻撃魔法。
 人体を切断するほどの力はないが、顔や手に一生残るくらいの傷をつけるのは簡単だった。

 だが……

「ほう……その風でわたしの体を切り刻むつもりか? ……にしては、ちょっと弱っちすぎないか?」
「な……!?」
 少女が、何事もなかったようにスタスタとキリトに近づいてくる。
 キリトは一瞬動揺する。
 だが……。
 
 胸の中にわき上がってくるサディスティックな興奮に、キリトは震えた。

 いいだろう。
 服や髪をちょっと切って脅すだけのつもりだったのに。
 予定変更だ。

 女を傷つけるのは初めてだが、全部コイツのせいだ。
 キリトに逆らった、コイツ・・・が悪い……!

 キリトは、魔法の照準を少女の顏に合わせた。

 ビシュンッ!
 つむじ風の刃が、少女の美しい顔を切り裂く……と思った、だがその時だった。

「な……!?」
 キリトは戸惑いの声を上げた。

 ユラン。
 少女の体が、キリトの視界から消えていた。
 いや……浮いて・・・いた。
 キリトは自分の右手にふれる微かな感触に気づいた。

「おわあっ」
 キリトは悲鳴を上げた。
 少女に向かって向けられていたはずの自分の右手に、何か・・が乗っていた。
 それはしなやかな、少女の足だった。

「ふーん。この力は軽く・・もできるのか……」
 まるで羽毛の様に体重の消えた自分の体を見まわして、キリトの手の上で少女はニヤリと笑う。

「お前。わたしの顔に傷をつけようとしたな?」
「う……あ……あ……」
 少女の真っ赤な瞳が、蔑みの光でキリトを見下ろした。
 次の瞬間。

 ドガッ!

 キリトの鼻先に、何かが炸裂した。
 キリトの手からフワリと舞い上がった少女の体。
 その体から放たれた回し蹴りの足先が、今度は鉄球のような重さに変化してキリトの顔面にめりこんでいたのだ!

「ドブチャアァアアアアアアッ!!」
 鼻血を噴き上げながら校庭に転がるキリトの体。
 そして少女の姿が、フワリと霧の中に消えた。

「ううううう……」
 止まらない鼻字を右手で押さえながら、どうにか校庭から起き上がるキリト。
 慌ててあたりを見回すが、少女の姿がどこにも見えない。
 霧の中に、隠れてしまった。

 そして……。

「女の顔に手を出すなんて、サイテーなヤツだなあ……でも『切り裂く』ってアイデアは気にいったぞ……」
「……どこだ!」
 霧の中から、少女の声が響いてきた。

 キリトは怒りに歪んだ顏であたりを探る。
 だが少女は見当たらない。
 その声は背中から聞こえてくるようにも、前から聞こえて来るようにも思えた。

 その時だった。

 ビシュンッ!
 キリトの足先を、何かが掠めた。

「…………!」
 慌てて足元を見るキリト。
 校庭の土が、何か鋭い刃物みたいなモノでえぐられている。

 続いて。
 ビシュンッ!
 ビシュンッ!
 ビシュンッ!

っ……!」
 左手に走った激痛。
 キリトは自分の手を見る。
 手の甲がカミソリに切り裂かれたみたいに、パックリ切れて血が滲んでいた。

「ヒッ……!」
 キリトはようやく、少女の言葉の意味がわかった。
 さっきのキリトと同じことを、少女はしているのだ。

 キリトの見えない場所から、キリトを狙い撃ちにして。
 旋風の鎌鼬カマイタチで、キリトの体を切り裂こうとしている!

「うあああああああ!」
 キリトは情けない悲鳴を上げて、その場から駆け出した。
 少しでもアイツから離れなければ。
 ……逃げなければ!

「ほーれ、ほーれほーれ……! ドコまで逃げるんだ? お前の口からブタみたいな命乞いの悲鳴が出て来るまで、あとドレくらい切り取れば・・・・・いいのかなぁ?」
 霧の中から聞こえて来る、嘲笑うような少女の声。

 ビシュンッ!
 キリトの運動着の袖が切り裂かれて宙に舞う。

 ビシュンッ!
 キリトの耳元を風が掠める。
 モミアゲの片方がチリチリ風に散る。

 ビシュンッ!
 キリトの足元を風が掠める。
 スニーカーの先端が切り飛ばされて、キリトは思い切り校庭にコケた。

「うぅうぅうぅ……!」
 キリトは恐怖で、その場から立つことが出来なかった。

 そして。
 ユラリ。
 霧の向こうから、何かが近づいてくると……。

「いない、いない……バアアッ!」
「ヒィイイイイイイッ!」
 霧から飛び出してきた少女の姿に、キリトは情けない声を上げて土下座をした。

 ゴッ!
 キリトの頭の上に、何かがぶつかる。
 それは少女の足先だった。

「わるかった! 許してくれ! もうあんな事しない! だから……」
「もう音をあげるのか? 情けない奴だなあ。ツマラン、死ね!」
 足蹴にされながら必死に謝るキリトに、少女の無情な声。

 キリトの視界の端で、チカチカ何かが瞬いていた。
 それは霧の中を漂う、無数の緑色の光だった。
 その時だった。

「もういい! やめろルシオン! …………うわなにをするやめrくぁwせdrftgyふじこlp」
 わけのわからない少女の悲鳴。

 と同時に、少女の足先がキリトの頭から離れる。
 のけぞるような姿勢で、少女の姿が霧の中に消えた。

「ヒッ……!」
 そのまま数秒、キリトは恐怖で動けなかった。
 少女の気配が感じられなくなってから10秒……20秒……。

 静かになったあたりの気配に、キリトがようやく地面から頭を上げると……!

「キリト! 大丈夫キリト!?」
 不安そうな声を上げながら、キリトに駆け寄ってくる者がいた。

 式白ナユタ。
 キリトの彼女。
 校庭をおおっていたナユタの霧の幻は、今はすっかり晴れていた。
 
「何やってるんだよナユタ? いきなり霧でまわりを見えなくするなんて……勝敗もなにもわからなくなるだろ? キリトはいきなりいなくなるしさ……」
 そう言ってキリトとナユタに近づいて来るのは、霧の中で見失っていた、御崎ソーマだった。
 ソーマのミドルボールは、キリト側のサークルにゴールしていた。

 2対1.
 ソーマのチームの勝利だった。

「大丈夫か? 服、切れてるぞ? 怪我してるのか?」
「……ヒッ!?」
 キリトに向かって、心配そうに手を差し出すソーマ。
 ソーマの笑顔に得体の知れない恐怖を感じて、キリトは体をビクッとさせた。

「ソーマくん! やったのソーマくん!」
「御崎くん……ゴールできたのか?」
 コートの向こうから、ユナとマサムネがこっちに向かってくる。

「あークソ。あんなに頑張ったのに……でもやったな、ソーマ!」
 ソーマ側のゴールでは、体力を使い果たしたコウがソーマを見ながら、グッと親指を立てていた。

  #

「今日はなんだか、色々あったねソーマくん!」
「うん……ユナも巻き込んじゃってゴメンな……」
「気にすることないって! それにソーマくん……なんだか急に……カッコ良かった」
 帰り道。

 ソーマがユナは並んで、学校からの下り坂を歩いていた。
 山並に暮れかかる夕日が、学校とあたりの景色を茜色に染め上げている。
 
「ソーマくん。約束どおり今日から夕食はわたしが……」
「あ、ありがとうユナ……」
 顔を赤らめながらソーマの方を向くユナ。
 ソーマもモジモジしながらユナに答える。

「でもユナ、今日はいい。寄る場所があるんだ……」
「そうか、今日はリンネさんの……」
 ソーマの言葉に、ユナはハッとして顔を上げた。

 今日は火曜日。
 週に1度。
 入院している姉のリンネに、ソーマが会いに行く日だった。


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