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第6章 分離魔法〈ディバイドマジカ〉
ユナのハンバーグ
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「えー繰り返しお伝えします。政府は本日15時ころ発生した御珠市の集団暴動事件を、国内では8件目となる『怪物災害』であると発表しました。現在確認されている死亡者は112人。警察と消防では現在も救助活動と、死亡者の身元照合を急いでいるとのことです。繰り返します……」
消防隊員や警官が慌ただしく駆け回る現場を前に、TVTの大橋アナウンサーが険しい顔で報道を続けている。
あたりはすっかり日が暮れていた。
恐ろしい災害に見舞われた地元のショッピングセンター『クロスガーデン御珠』では、現在も消防による懸命の救助作業が続いていた。
「怪物災害……! 俺たちの街で……!」
リビングのテレビに映し出されている見慣れた街並みを見つめながら、ソーマの声は震えていた。
クロスガーデンの戦いから3時間が経過していた。
ゴーレムとガーゴイルを殲滅し、リュトムスの恐ろしい襲撃をどうにか退けたルシオン。
戦いのあと、ルシオンはその体をソーマの姿を戻して、人目を避けながら自宅に帰りついたのだ。
「くそっ!」
ソーマは唇を噛みしめる。
あのゴーレムたちは、あきらかにソーマを……いやルシオンを誘い出すための罠だった。
そんなものに周りの市民を巻き込んで、多くの人に傷を負わせてしまった。
そして……。
112人!
テレビに映し出されるテロップの数字の恐ろしさに、ソーマはゾッとする。
フードコートに閉じ込められていた人たち。
男も、女も、子供も若者も老人も……。
あの少女……プリエルの蛇に殺された人たちの数!
「この事件を受けて政府は、かねてから検討を進めていた対怪物用鎮圧装備、通称『殲魔装備』の警察への配備を、年内に前倒しする方針を固めました。この件に関しまして、怪物災害対策の専門家で魔法安全基盤研究所所長である氷室カネミツさんにお話を伺いたいと思います。氷室さん……」
大橋アナがそう告げると、防災服を着こんで現場に指示を出している1人の男にマイクを向けた。
「アイツは……!」
テレビに映し出されたその男の顔を見て、ソーマは驚きの声を上げた。
綺麗に撫でつけた半白の髪。
自分に向けられたカメラを見据えた鋭い目つき。
2日前のあの夜、御魂山で出会ったあの男。
そして今日の戦いの跡、クロスガーデンにヘリから降り立ちマサムネに駈け寄った、あの男だった。
氷室カネミツ……『氷室』!
ソーマは頭がクラクラする。
あの男はマサムネの家族……たぶん父親。
御魂山で剣を持ち去り、ソーマたちを射殺しようとあの男が……
クラスメートのマサムネの、父親だったなんて!
そして……ソーマは戦いの終わったクロスガーデンの光景を思い出して頭を振る。
ルシオンの目を通じて見たモノが、まだハッキリ信じられない。
クロスガーデンで怪物を迎え撃ったコンバットスーツを着込んだ謎の兵士たち。
そのリーダー格の男は、氷室マサムネ本人だったのだ。
マサムネ……ソーマと同じ、まだ中学生のアイツが。
なんであんな場所で、あんなことを……。
コゼットの雷撃に打たれたマサムネは、もう目覚めただろうか。
それとも、まだ傷ついたまま眠っているのだろうか。
急に近づいて来たヘリコプターのせいで、マサムネのその後の安否は全くわからない。
「はい。今回の事件に関しても『殲魔装備』の有用性と安全性に関しては満足の行く結果が確認できました。魔法安全基盤研究所が初めて現場に投入した実験部隊の活躍で、多くの怪物を確実に駆除することに成功しています。現場への到着がもう少し早ければ、あのような結果には……!」
あの男……氷室カネミツが、悲痛な表情で大橋アナのインタビューに答えている。
あのような結果……。
フードコートの虐殺のことだ!
ソーマは、胸がムカムカして胃がひっくりかえりそうだった。
アイツは……氷室カネミツはどこまで、何をごまかしているのだろう!
マサムネの率いていた兵士たちは、彼の研究所の実験部隊だという。
だが同時に、カネミツは異界の者たちとも通じていた。
あの黒衣の女と。竜に乗ったリザードマンと。
ルシオンたちから剣を奪った。
そして、今日になって急に街中に現れた怪物たち。
示し合わせたように現場に投入された実験部隊。
あの怪物たちを街中に放りこんだのも……。
あの虐殺も……。
全部、あの男が仕組んだものでないと、どうしてわかる!
「くそっ! 調べないと、調べないと……!」
ソーマはイライラしながら、リビングを歩き回る。
魔法安全基盤研究所……。
ネットとかニュースとかでたまに目にする言葉だが、どんな所なのか気にした事もなかった。
その研究所の『所長』……氷室カネミツは何者なんだ。
いったい何のために、あんなことをする!
スマホがないと、何も調べられない。
家のノートパソコンは、父親タイガのプライベート品だし、そもそもいま家にはない。
「スマホ……買うか借りるかしないと……」
2日前のあの夜、ルシオンとの合体の時に消滅してしまったソーマのスマホ。
ソーマがうらめしげにそう呟きながら、ソファーに乱暴に腰かけた、その時だった。
ピンポーン……
玄関のチャイムの音がした。
「誰だ……?」
ソーマはソファーから立ち上がって、玄関先を向いた。
ソーマがのぞいたドアホンのモニターには、心配そうな幼馴染の顏が映っていた。
ナナオのいる圧勝軒からの帰り際に別れたきりの、嵐堂ユナの顏だった。
「ユナ……!」
ソーマは玄関のドアを開けた。
#
「ソーマくん、どうしちゃったの? 急にどこかに行っちゃってさ。RINEもつながらないしさ。心配したんだから……」
「ハハ、悪い。ちょっと忘れもの思い出してさ……それにスマホは今、どっかにやっちゃって」
リビングのソファーに腰かけて、ユナはジトッとした目でソーマを見つめながら彼を問いただす。
ソーマはちょっとオロオロしながら、ユナに言い訳した。
帰り道で、急にいなくなってしまったのだ。
スマホももう、まる2日つながらない。
ユナが妙に思うのも無理はないだろう。
家に帰って来たソーマの気配に気づいて、顔を見に来たらしい。
「そう。早く連絡つくようにしないとね……ところでソーマくん、晩ごはんは?」
「え? いやマダだけど……」
「だと思った。家から色々持って来たんだ。簡単だけどカップ麺よりいいでしょ?」
ソーマの言葉を待っていたように、ユナはニッコリ笑って右手にかけたトートバッグを見た。
「あ、ああ悪いユナ……」
ソーマは頭をかきながらユナに礼を言う。
バッグの中には、ユナが家から持って来た夕食がいくつものタッパーに小分けされて入っていた。
#
「はい。できたよソーマくん」
「うん。いただきます……」
キッチンのテーブルには、ユナがタッパーからお皿にあけた手料理が広がっていた。
デミグラスソースのハンバーグ。
マカロニサラダとニンジンのソテー。
キャベツの千切り。
レンジで温め直したごはん……。
テーブルについたソーマが手を合わせてから、ユナの料理を口に運んでいった。
……美味い。
ハンバーグの肉汁が、口の中に溢れる。
キャベツがシャキシャキして口の中ではじける。
ニンジンの甘さ。マカロニのまったり感。
全部が全部、温かいごはんをバクバク食べさせるインセンティブだ!
ユナの手作りだろうか、いや……彼女の母さんかも。
どっちにしても、久しぶりに口にする気がする。
手作りの、あたたかい夕食は。
いつもなら、ルシオンが感激して大騒ぎするところだが、今夜は違うみたいだった。
「ルシオン……おいルシオン」
ソーマは試しに、小声でルシオンに呼びかける。
(……くかー。くかー……)
ソーマの中から、ルシオンの寝息。
まだ寝ているみたいだった。
クロスガーデンの戦いで傷つき、疲れ果てたのだろう。
人目を避けてソーマが家に帰り着いてから、ルシオンは泥のように眠ったまま。
ずっと目を覚ます様子がない。
そう言えば……。
ソーマはハンバーグを頬張りながらあたりを見回す。
家に帰り着いた時にはソーマの周りを飛び回っていたコゼットも見えない。
小さなチョウに姿を変えたままフラッとどこかに消えたきり、まだ戻ってきていない。
ユナが来るまで、ソーマは久しぶりにガランとした家でずっと1人だった。
クロスガーデンの戦いで、ソーマもまた疲れ切っていた。
リュトムスに切り裂かれた肩の傷はもう塞がっていた。
肩口に、薄っすら跡が残っているくらいだ。
だが疲れの方は全然取れなかった。
全身だるくて、鉛みたいに重い体をソファーにあずけたまま。
ソーマはテレビのニュースをイライラしながら眺めているしかなかった。
そんな時にやって来たユナ。
持ってきてくれた暖かい手料理。
1口食べるたびに、疲れが消えて体から力が湧いてくるみたいに感じた。
体だけでなく、気持ちの重さまで消えていく気がした。
料理って、ありがたい。
ごはんって、偉い。
いや……ありがたいのは、ユナかな。
偉いのも、ユナかもな……。
「ん? どうしたのソーマくん? なんか変だった、ハンバーグ?」
「いや、なんでもない。すごく……美味しいです……」
ソーマの様子に不思議そうに首をかしげるユナ。
ソーマは消え入りそうな小さい声で、ユナにそう答えた。
「ごちそうさまでした………」
「はい。よく食べました」
食卓に広がった料理を全部きれいに食べ終わったソーマが、ユナに頭を下げた。
ユナはソーマを見て、満足そうにニッコリ笑った。
#
「ユナ、大丈夫か? もう夜だし、家のひと心配してるんじゃ……」
「大丈夫だよ。パパは出張だし、ママは親戚の用事で今日は長野だから」
「そ、そうか。ならいいんだけどさ……」
夕食の片づけが終わって。
ユナの門限を気にするソーマに、彼女はアッサリそう答えた。
リビングのソファーに腰かけて、ユナはテレビのリモコンをぽちぽちザッピングしている。
ユナの隣に腰かけて、テレビの画面をソーマは見つめる。
切り替わっていくチャンネルのどの放送局も、今日の昼過ぎに起きたあの事件のニュースばかりだった。
「御珠駅のすぐそばで、あんなことが……怖いねソーマくん」
「ああユナ。でももう大丈夫さ。世界的に見ても怪物災害なんて滅多に起きないんだから……」
テレビのニュースに不安そうに顔を曇らせるユナ。
ソーマは首をふりふり、ユナにそう答える。
ソーマの心を、再び重苦しい何かが覆っていった。
確率的にはそうかもしれない。
年に数件。
飛行機事故よりもずっと低い。
交通事故に10回連続で出くわすより、さらに低いかもしれない。
だがソーマは、自分の言っている言葉のウソくささが分かっていた。
あの怪物たちは、ルシオンを狙って、誰かが意図的に呼び寄せたのだ。
今後も同じ事が起きないなんて、誰にも言い切れない。
早くなんとかしないと。なんとかしないと……!
ソーマは右手にギュッと力を込めて、心の中でそう叫んでいた。
その時だった。
「ちょっと、ソーマくん。痛い……」
「え?」
少し困ったようなユナの声に、ソーマは我に返った。
ソーマの右手がいつのまにか、ユナの左手をギュッと握りしめていたのだ。
「わっ!」
ソーマはオロオロしながら、ユナの手を放す。
「ごめん! ちょっと考えごとしてて! き……気づかなかった!」
「ううん。いいよソーマくん。それよりさ……」
慌てて言い訳するソーマに、ユナは頬を赤らめながら首を振った。
「え、それより?」
「わたしにも、よく見せて。ソーマくんのマテリア……」
首をかしげるソーマの顔をまっすぐ見つめて、ユナはそう言った。
#
「これが、ソーマくんのマテリア。綺麗だね……」
ソーマが胸ポケットから取り出した小さな銀色の十字架を手にして、ユナは微笑む。
机の中にずっとにしまっていた、銀色の十字架。
夢の中でリンネから渡された、不思議な記憶がソーマの頭をかすめる。
「あれ、でもソーマくんのお家って……Christian?」
「いや、違うけど……これ、死んだ母さんの形見なんだって。それで姉さんから俺が……貰ったんだ……」
ユナの言葉に、ソーマは首を振ってそう答えた。
ソーマには、母親の記憶が無い。
父親も、母の話はほとんどしない。
母の事を覚えているリンネは、それでもポツリポツリ、ソーマに昔の母の記憶を話してくれたものだったが。
「そうか、なんだかいいね。リンネさんの十字架。そしてソーマくんの十字架なんだ……」
ユナが何か感じ入ったようにそう声を上げて、ソーマの手に十字架を返した。
ソーマの掌にマテリアを置きながら。
ユナの指先が、ソーマの手をキュッと握った。
「ユナ……!?」
ソーマは戸惑いの声を上げた。
ユナの真っ黒な瞳が。
薔薇色に染まった頬が。
少しはにかんだ顏が。
ソーマのすぐ、目の前にきていた。
消防隊員や警官が慌ただしく駆け回る現場を前に、TVTの大橋アナウンサーが険しい顔で報道を続けている。
あたりはすっかり日が暮れていた。
恐ろしい災害に見舞われた地元のショッピングセンター『クロスガーデン御珠』では、現在も消防による懸命の救助作業が続いていた。
「怪物災害……! 俺たちの街で……!」
リビングのテレビに映し出されている見慣れた街並みを見つめながら、ソーマの声は震えていた。
クロスガーデンの戦いから3時間が経過していた。
ゴーレムとガーゴイルを殲滅し、リュトムスの恐ろしい襲撃をどうにか退けたルシオン。
戦いのあと、ルシオンはその体をソーマの姿を戻して、人目を避けながら自宅に帰りついたのだ。
「くそっ!」
ソーマは唇を噛みしめる。
あのゴーレムたちは、あきらかにソーマを……いやルシオンを誘い出すための罠だった。
そんなものに周りの市民を巻き込んで、多くの人に傷を負わせてしまった。
そして……。
112人!
テレビに映し出されるテロップの数字の恐ろしさに、ソーマはゾッとする。
フードコートに閉じ込められていた人たち。
男も、女も、子供も若者も老人も……。
あの少女……プリエルの蛇に殺された人たちの数!
「この事件を受けて政府は、かねてから検討を進めていた対怪物用鎮圧装備、通称『殲魔装備』の警察への配備を、年内に前倒しする方針を固めました。この件に関しまして、怪物災害対策の専門家で魔法安全基盤研究所所長である氷室カネミツさんにお話を伺いたいと思います。氷室さん……」
大橋アナがそう告げると、防災服を着こんで現場に指示を出している1人の男にマイクを向けた。
「アイツは……!」
テレビに映し出されたその男の顔を見て、ソーマは驚きの声を上げた。
綺麗に撫でつけた半白の髪。
自分に向けられたカメラを見据えた鋭い目つき。
2日前のあの夜、御魂山で出会ったあの男。
そして今日の戦いの跡、クロスガーデンにヘリから降り立ちマサムネに駈け寄った、あの男だった。
氷室カネミツ……『氷室』!
ソーマは頭がクラクラする。
あの男はマサムネの家族……たぶん父親。
御魂山で剣を持ち去り、ソーマたちを射殺しようとあの男が……
クラスメートのマサムネの、父親だったなんて!
そして……ソーマは戦いの終わったクロスガーデンの光景を思い出して頭を振る。
ルシオンの目を通じて見たモノが、まだハッキリ信じられない。
クロスガーデンで怪物を迎え撃ったコンバットスーツを着込んだ謎の兵士たち。
そのリーダー格の男は、氷室マサムネ本人だったのだ。
マサムネ……ソーマと同じ、まだ中学生のアイツが。
なんであんな場所で、あんなことを……。
コゼットの雷撃に打たれたマサムネは、もう目覚めただろうか。
それとも、まだ傷ついたまま眠っているのだろうか。
急に近づいて来たヘリコプターのせいで、マサムネのその後の安否は全くわからない。
「はい。今回の事件に関しても『殲魔装備』の有用性と安全性に関しては満足の行く結果が確認できました。魔法安全基盤研究所が初めて現場に投入した実験部隊の活躍で、多くの怪物を確実に駆除することに成功しています。現場への到着がもう少し早ければ、あのような結果には……!」
あの男……氷室カネミツが、悲痛な表情で大橋アナのインタビューに答えている。
あのような結果……。
フードコートの虐殺のことだ!
ソーマは、胸がムカムカして胃がひっくりかえりそうだった。
アイツは……氷室カネミツはどこまで、何をごまかしているのだろう!
マサムネの率いていた兵士たちは、彼の研究所の実験部隊だという。
だが同時に、カネミツは異界の者たちとも通じていた。
あの黒衣の女と。竜に乗ったリザードマンと。
ルシオンたちから剣を奪った。
そして、今日になって急に街中に現れた怪物たち。
示し合わせたように現場に投入された実験部隊。
あの怪物たちを街中に放りこんだのも……。
あの虐殺も……。
全部、あの男が仕組んだものでないと、どうしてわかる!
「くそっ! 調べないと、調べないと……!」
ソーマはイライラしながら、リビングを歩き回る。
魔法安全基盤研究所……。
ネットとかニュースとかでたまに目にする言葉だが、どんな所なのか気にした事もなかった。
その研究所の『所長』……氷室カネミツは何者なんだ。
いったい何のために、あんなことをする!
スマホがないと、何も調べられない。
家のノートパソコンは、父親タイガのプライベート品だし、そもそもいま家にはない。
「スマホ……買うか借りるかしないと……」
2日前のあの夜、ルシオンとの合体の時に消滅してしまったソーマのスマホ。
ソーマがうらめしげにそう呟きながら、ソファーに乱暴に腰かけた、その時だった。
ピンポーン……
玄関のチャイムの音がした。
「誰だ……?」
ソーマはソファーから立ち上がって、玄関先を向いた。
ソーマがのぞいたドアホンのモニターには、心配そうな幼馴染の顏が映っていた。
ナナオのいる圧勝軒からの帰り際に別れたきりの、嵐堂ユナの顏だった。
「ユナ……!」
ソーマは玄関のドアを開けた。
#
「ソーマくん、どうしちゃったの? 急にどこかに行っちゃってさ。RINEもつながらないしさ。心配したんだから……」
「ハハ、悪い。ちょっと忘れもの思い出してさ……それにスマホは今、どっかにやっちゃって」
リビングのソファーに腰かけて、ユナはジトッとした目でソーマを見つめながら彼を問いただす。
ソーマはちょっとオロオロしながら、ユナに言い訳した。
帰り道で、急にいなくなってしまったのだ。
スマホももう、まる2日つながらない。
ユナが妙に思うのも無理はないだろう。
家に帰って来たソーマの気配に気づいて、顔を見に来たらしい。
「そう。早く連絡つくようにしないとね……ところでソーマくん、晩ごはんは?」
「え? いやマダだけど……」
「だと思った。家から色々持って来たんだ。簡単だけどカップ麺よりいいでしょ?」
ソーマの言葉を待っていたように、ユナはニッコリ笑って右手にかけたトートバッグを見た。
「あ、ああ悪いユナ……」
ソーマは頭をかきながらユナに礼を言う。
バッグの中には、ユナが家から持って来た夕食がいくつものタッパーに小分けされて入っていた。
#
「はい。できたよソーマくん」
「うん。いただきます……」
キッチンのテーブルには、ユナがタッパーからお皿にあけた手料理が広がっていた。
デミグラスソースのハンバーグ。
マカロニサラダとニンジンのソテー。
キャベツの千切り。
レンジで温め直したごはん……。
テーブルについたソーマが手を合わせてから、ユナの料理を口に運んでいった。
……美味い。
ハンバーグの肉汁が、口の中に溢れる。
キャベツがシャキシャキして口の中ではじける。
ニンジンの甘さ。マカロニのまったり感。
全部が全部、温かいごはんをバクバク食べさせるインセンティブだ!
ユナの手作りだろうか、いや……彼女の母さんかも。
どっちにしても、久しぶりに口にする気がする。
手作りの、あたたかい夕食は。
いつもなら、ルシオンが感激して大騒ぎするところだが、今夜は違うみたいだった。
「ルシオン……おいルシオン」
ソーマは試しに、小声でルシオンに呼びかける。
(……くかー。くかー……)
ソーマの中から、ルシオンの寝息。
まだ寝ているみたいだった。
クロスガーデンの戦いで傷つき、疲れ果てたのだろう。
人目を避けてソーマが家に帰り着いてから、ルシオンは泥のように眠ったまま。
ずっと目を覚ます様子がない。
そう言えば……。
ソーマはハンバーグを頬張りながらあたりを見回す。
家に帰り着いた時にはソーマの周りを飛び回っていたコゼットも見えない。
小さなチョウに姿を変えたままフラッとどこかに消えたきり、まだ戻ってきていない。
ユナが来るまで、ソーマは久しぶりにガランとした家でずっと1人だった。
クロスガーデンの戦いで、ソーマもまた疲れ切っていた。
リュトムスに切り裂かれた肩の傷はもう塞がっていた。
肩口に、薄っすら跡が残っているくらいだ。
だが疲れの方は全然取れなかった。
全身だるくて、鉛みたいに重い体をソファーにあずけたまま。
ソーマはテレビのニュースをイライラしながら眺めているしかなかった。
そんな時にやって来たユナ。
持ってきてくれた暖かい手料理。
1口食べるたびに、疲れが消えて体から力が湧いてくるみたいに感じた。
体だけでなく、気持ちの重さまで消えていく気がした。
料理って、ありがたい。
ごはんって、偉い。
いや……ありがたいのは、ユナかな。
偉いのも、ユナかもな……。
「ん? どうしたのソーマくん? なんか変だった、ハンバーグ?」
「いや、なんでもない。すごく……美味しいです……」
ソーマの様子に不思議そうに首をかしげるユナ。
ソーマは消え入りそうな小さい声で、ユナにそう答えた。
「ごちそうさまでした………」
「はい。よく食べました」
食卓に広がった料理を全部きれいに食べ終わったソーマが、ユナに頭を下げた。
ユナはソーマを見て、満足そうにニッコリ笑った。
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「ユナ、大丈夫か? もう夜だし、家のひと心配してるんじゃ……」
「大丈夫だよ。パパは出張だし、ママは親戚の用事で今日は長野だから」
「そ、そうか。ならいいんだけどさ……」
夕食の片づけが終わって。
ユナの門限を気にするソーマに、彼女はアッサリそう答えた。
リビングのソファーに腰かけて、ユナはテレビのリモコンをぽちぽちザッピングしている。
ユナの隣に腰かけて、テレビの画面をソーマは見つめる。
切り替わっていくチャンネルのどの放送局も、今日の昼過ぎに起きたあの事件のニュースばかりだった。
「御珠駅のすぐそばで、あんなことが……怖いねソーマくん」
「ああユナ。でももう大丈夫さ。世界的に見ても怪物災害なんて滅多に起きないんだから……」
テレビのニュースに不安そうに顔を曇らせるユナ。
ソーマは首をふりふり、ユナにそう答える。
ソーマの心を、再び重苦しい何かが覆っていった。
確率的にはそうかもしれない。
年に数件。
飛行機事故よりもずっと低い。
交通事故に10回連続で出くわすより、さらに低いかもしれない。
だがソーマは、自分の言っている言葉のウソくささが分かっていた。
あの怪物たちは、ルシオンを狙って、誰かが意図的に呼び寄せたのだ。
今後も同じ事が起きないなんて、誰にも言い切れない。
早くなんとかしないと。なんとかしないと……!
ソーマは右手にギュッと力を込めて、心の中でそう叫んでいた。
その時だった。
「ちょっと、ソーマくん。痛い……」
「え?」
少し困ったようなユナの声に、ソーマは我に返った。
ソーマの右手がいつのまにか、ユナの左手をギュッと握りしめていたのだ。
「わっ!」
ソーマはオロオロしながら、ユナの手を放す。
「ごめん! ちょっと考えごとしてて! き……気づかなかった!」
「ううん。いいよソーマくん。それよりさ……」
慌てて言い訳するソーマに、ユナは頬を赤らめながら首を振った。
「え、それより?」
「わたしにも、よく見せて。ソーマくんのマテリア……」
首をかしげるソーマの顔をまっすぐ見つめて、ユナはそう言った。
#
「これが、ソーマくんのマテリア。綺麗だね……」
ソーマが胸ポケットから取り出した小さな銀色の十字架を手にして、ユナは微笑む。
机の中にずっとにしまっていた、銀色の十字架。
夢の中でリンネから渡された、不思議な記憶がソーマの頭をかすめる。
「あれ、でもソーマくんのお家って……Christian?」
「いや、違うけど……これ、死んだ母さんの形見なんだって。それで姉さんから俺が……貰ったんだ……」
ユナの言葉に、ソーマは首を振ってそう答えた。
ソーマには、母親の記憶が無い。
父親も、母の話はほとんどしない。
母の事を覚えているリンネは、それでもポツリポツリ、ソーマに昔の母の記憶を話してくれたものだったが。
「そうか、なんだかいいね。リンネさんの十字架。そしてソーマくんの十字架なんだ……」
ユナが何か感じ入ったようにそう声を上げて、ソーマの手に十字架を返した。
ソーマの掌にマテリアを置きながら。
ユナの指先が、ソーマの手をキュッと握った。
「ユナ……!?」
ソーマは戸惑いの声を上げた。
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