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第10章 精鋭殲魔〈セレクテッド〉
決戦スカイタワー
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「アンカラゴンの旦那……なんてこった……」
卵の殻を破って中から顔を出した奇妙な生き物を見て、チャラオが頭を抱えた。
全身を包んだ真っ黒のフワフワした産毛。
金色をしたつぶらな目。
背中でパタパタしているのは、コウモリのような小さな翅。
ソイツは大型犬くらいの大きさの、ニワトリとトカゲの合いの子みたいな、おかしな姿をしていた。
「みょーみょー……」
「なんだコイツ……か、かわえー!」
つぶらな瞳でコウを見つめてネコみたいな鳴き声をあげる生き物。
コウの顔がゆるむ。
だが……
「チャラオさん。でもコレ、ナナオとなんの関係が?」
「うううう……まさか揺卵期に被っちまうなんて……」
チャラオの方を向いて首をかしげるコウ。
チャラオの姿をしたグリザルドも、困った顔をしてうめいていた。
グリザルドは知らなかったのだ。
深幻想界最強の黒竜アンカラゴンの体が、およそ1000年に一度繰り返すという『揺卵期』からの再生。
それこそが彼ら古竜が深幻想界創成の時代から自分の強大な肉体を保つことの出来る理由だった。
人間の世界でも、ある種のクラゲが自分の体を成体からポリプ期まで退行させてから再び成長することで、不老不死の体を保つことはよく知られている。
そして、黒竜の体におこっていた変化もまさにそれと同じものだったのだ。
自分の肉体を卵まで戻してから再成長させることで、無限に等しい寿命を保つ……!
グリザルドも話には聞いたことがあったが……
まさか、現在がその時期だったなんて!
「ハー、もうダメだ……深幻想界最強の黒竜も、肝心な時にそんなナリじゃあ話にならねぇ……まったく使えねぇ」
「みょー! みょー!」
「アン……?」
心底残念そうな顏で、ため息をついて首を振るチャラオ。
そのチャラオの足元から彼を見上げて、幼竜になったアンカラゴンが何か抗議するみたいな鳴き声を上げた。
「いやあ、『大丈夫だ、任せとけ』って、そんなこと言ってもアンタ……」
「チャラオさん……コイツの言ってること、わかるの?」
幼竜の鳴き声に、いぶかしげにそう答えるチャラオ。
コウも興味シンシンな様子で、チャラオと竜を見つめる。
だがその時。
「みょー! みょー! みょー!」
「いや、でも『ドラゴン舐めるな』って言われても、そのナリじゃねぇ……っっって!?」
「おわあっ!」
竜の声に、残念そうに答えたチャラオの声が、途中で驚きの声に変った。
コウもまた幼竜に起きている変化に悲鳴を上げた。
ムクムクムク……みるみるうちに。
チャラオとコウの目の前で。
大型犬ぐらいだったアンカラゴンの体が、急速に育っていった。
#
「ほら教授。あと少しで到着ですわ!」
「ご苦労でしたミス・レモン。やれやれ、ムクス・ナナオのワガママで、とんだ夜更けのドライブだ……」
夜道を疾走する黒塗りのミニバン。
運転席のレモンの声に、隣に座ったベクター教授が残念そうに首を振った。
「あ……あれは……!」
後部座席では、両手と両足を拘束されたナナオが、フロントガラスの向こうの景色に驚きの声を上げていた。
屋敷からナナオを連れ出した教授とレモンが、ミニバンに乗って向かっている目的地。
それは、閑静な住宅地を断ち割るようにニュッと夜空にそそりたった、高さ200メートル近い円筒形をした無骨な鉄塔。
きらびやかな紫色にライトアップされたソレは御珠地区西端部に建造された、多目的電波塔だった。
「ククク……そうだよムクス・ナナオ、あそこが私たちの施設だ。君にも馴染みの建物だろう? 『スカイタワー御珠』だ……」
後部座席のナナオの方を振り返って。
ベクター教授は酷薄な顏で笑った。
「君の魂を消去するには、あの屋敷では設備が足りなくてね。こっちまで移動する必要があったんだ。もう何年も前に、この施設は私の組織が会社ごと買い取っていてね……私の未来のために様々な改修を加えてあるんだ……」
「そんな……スカイタワー御珠が悪の組織に……!?」
得意げにナナオに講釈をたれる教授に、ナナオは絶望の声を上げる。
小さいころから慣れ親しんでいた、あのスカイタワーが……
ベクター教授たちみたいな犯罪組織に、乗っ取られていたというのだ!
「あの『タワー』には、多目的電波塔としての機能に加えて、大気中から蓄魔した魔素を一気に魔遺物に注ぎ込む力を持たせてある。君の肉体の魂を瞬時に消し去り、私の魂をインストールするだけの力をね。まったく愚かな選択をしたなぁムクス・ナナオ。この私との取引に応じていれば、新しい人生を楽しめたというのに……」
刻々と近づいてくるスカイタワーを見つめながら。
教授は冷たい声で、ナナオに向かってそう囁いた。
その時だった。
「教授……アレは……!?」
「うん、どうしたミス・レモン?」
運転席でハンドルを握ったレモンが上げたけげんな声。
教授もフロントガラスに視線を戻して、ヘッドライトに切り裂かれた闇の向こうに目をこらした。
教授は夜道の向こうに立った、小さな人影に気づいた。
銀色の髪。
黒鳥のような衣からのびた、しなやかな手足。
雪のような肌。
そしてヘッドライトごしでもハッキリわかる。
真っ赤な瞳で教授とレモンを厳しくにらみつけた、美しい少女の顔。
それは夜道の真ん中でミニバンを待ち伏せていた、ルシオン・ゼクトの姿だった。
#
「むむ……あの魔族は……?」
「アイツ……やっぱり生きていた!」
疾走するミニバンのフロントガラスごしに、夜道に立ったルシオンの姿を認めて。
助手席の教授と、ハンドルを握ったレモンが忌々しげに声を上げた。
夜の森の空中戦で、レモンにとどめを刺される寸前にいきなり姿を消したルシオン。
背中の翅をレモンに切り裂かれて深手を負ったはずのルシオンが、真っ赤な瞳で教授とレモンをにらんでいた。
だが……
「出ますか、教授!」
「ああ、もういい、もういいミス・レモン。時間がもったいない」
厳しい声のレモンに、だが教授はめんどくさそうな顔でパタパタと右手を振った。
「魔族の処理は魔族に任せるとしよう。もしもしグルダンさん。こちらベクター、聞こえてますね?」
「あいよ、教授……」
教授が、右手にはめた腕時計型の通信端末に話しかけると、端末から野太い声がそう応える。
大鬼グロム・グルダンの声だった。
#
「来たぞソーマ。ヤッテやる!」
本当に、大丈夫なんだろうな、マサムネ……
迫りくる教授のミニバンを見据えて、猛り立つルシオン。
そのルシオンの中で、ソーマは不安げな声を漏らしていた。
大鬼グロムと、あの金髪の女。
そのどちらにも、ルシオンは全く歯が立たなかったのだ。
そんなルシオンに……囮になれと……!
もっともルシオンの方には、自分が囮だなんていう自覚は全くないみたいだった。
ポ。ポ。ポ。ポ……
ルシオンの指先に灯ってゆく緑色の燐光が、教授に向かって照準を定めていく……
#
「教授の向かう先は、間違いなくこのポイント、スカイタワー御珠だ。おそらくこの施設は教授の手の中。施設内の職員も教授の部下と見るべきだろう……」
「そんな……スカイタワーが!」
暗い廃アパートの一室で。
マサムネがソーマに、教授とナナオの行き先を告げる。
そしてマサムネたちの作戦の概要を……
「当初は教授の潜伏先さえ掴めれば、僕たち特殊殲魔部隊の力だけで教授の身柄を確保できる。そう考えていた。だが状況が変わった……」
「ナナオのことか……」
「そうだ。姫川くんの安全を最優先にした上で、確実に教授を捕らえなければならない。あの鎧の異界者と教授のボディガード、レモン・サウアー。教授が擁する、最も強力なこの2枚のカードを分断し、個別に排除する必要がある。そのためにも君たちの協力が必要なんだ、御崎くん……」
「お前たちがアイツを……ルシオンを囮にして鎧の異界者を倒す……出来るのかそんなこと!」
ソーマはいぶかし気に首をかしげる。
ルシオンの光撃も通用しなかった機甲鎧に……人間の魔法だけで太刀打ちできるのだろうか。
「出来るのさ御崎くん」
マサムネの眼鏡がキラリと光った。
「レモン・サウアーに敗れる直前に、ルシオンを救った彼女の能力。そして、此処でついさっきルシオンを叩きのめした彼女の能力。アレクシア・ユゴーの能力ならね……!」
#
ズドンッ!
「うあああああああっ!」
教授とレモンに向かって、ルシオンが自分の光矢を放とうとしたその寸前。
夜空から飛来した巨大な鉄の塊が、ルシオンの体をあたりに広がったキャベツ畑に吹っ飛ばしていた。
翅を切り裂かれて空を飛べないルシオンが、春キャベツをグチャグチャにしながら畑を転がる。
「へっ! ベクターの旦那に命令されたから、誰が来たのかと思えば……」
ヒィイイイインンンン……
手足から噴き上がった金色の光の奔流で空中に静止しながら。
ルシオンを吹っ飛ばした鉄の塊が、つまらなそうにそう言い放った。
機甲鎧を着込んだグロムの姿だ。
「インゼクトリアのダメ王女、ルシオン・ゼクトじゃねーか。オメーじゃ相手にならねえ!」
「うーうーうるさい! ダメって言うな!」
空中であざ笑うグルダンに、ルシオンは怒りの唸りを上げた。
すでに教授の乗ったミニバンは、ルシオンとグルダンのはるか向こう。
夜の闇の奥に消え去ってしまっている。
ルシオンは教授たちを逃がして……逆にグロムに捕捉された。
「フン。だがちょうどイイぜ。オメーの姉貴のイカレ王女……あいつに好き放題された上、とどめも刺せずにムカッ腹が立ってたんだ。代わりにぶっ殺してやるぜぇ……」
「あ、姉上が……とどめ……」
グロムの言葉に、ルシオンの体が一瞬かたまった。
機甲鎧に捕らわれて夜の森に消えたビーネス。
ルシオンの姉ビーネスは、まだ無事なのだろうか……!?
#
「教授の助手。レモン・サウアーは彼の護衛だ。教授との同行中に彼のもとを離れる可能性は極めて低い。ルシオンの待ち伏せに気づいたならば、まず襲ってくるのは鎧の異界者だ……」
路傍の物陰に身をひそめて。
こちらの方に接近してくる教授のミニバンに目をやりながら、氷室マサムネは小さく呟く。
「まとった鎧の剛性は極めて高く、装備した火器も強力。通常の魔法であの鎧を破壊することは困難だし、それほど強力な火器も僕たちは持っていない。でも……」
いつもはキリリと結ばれたマサムネの口元が、微かにほころんでいた。
#
くるぞルシオン! 打合せ通りにやれ!
「わ、わかっている……!」
自分の中のソーマの声に、ルシオンは小さくそう呟いていた。
「ゲヘヘ……さあ、どうやって痛めつけてやるかな……」
キャベツ畑に着地したグルダンが、下品な笑いを上げながらルシオンの方に近づいてくるのだ。
「ハン。まったく口だけは達者な大鬼だな……」
「あん、なんだと!?」
「鎧を着ていなきゃ何も出来ない臆病者の分際で。蚊トンボみたいに空を飛び回るくらいしか能のないノロマのくせして……」
迫りくる大鬼の巨体を見上げながら。
ルシオンは、思いっきりグロムをバカにしくさった顔でニヘッと笑った。
「ほれほれどうしたノロマの大鬼。もっと近くまできてよーく狙え。でないとこのわたしにはかすりもしないぞ……」
いいぞルシオン。
なるべく近くまで……正面まで引きつけろ!
精一杯の侮蔑の笑みを浮かべて。
ルシオンはグロムを挑発した。
でも……
ルシオンの中から彼女に呼びかけながら。
ソーマの心に不安がよぎる。
マサムネがソーマに伝えた作戦……
本当に、上手くいくのだろうか。
「フン。いーぜ、消してやるぜそのニヤついた面を……!」
ズシン……
ズシン……
ルシオンの正面に近づいて来た大鬼が、図太い右腕を構えて渾身の溜めをつくった。
ブンッ!
そして赤金色の装甲に覆われたグロムの拳が、ルシオンに向かって凄い勢いで殴り掛かる!
来るっ!
ルシオンとソーマの体が固まった。
あんな一撃をまともに食らったら……
いくら強靭なルシオンの体でも、ひとたまりもない。
だが、その時だった。
ガチャンッ!
「グアアアアアッ!」
大質量の金属がぶつかり合うような凄まじい轟音と共に。
大鬼の悲鳴が夜のキャベツ畑に響き渡った。
「う……あ……」
そして、とっさに目をつぶってしまっていたルシオンが恐る恐る目を開けると……
ルシオンの顔面にぶつかるはずだったグロムの拳が、その前腕ごと、空中で忽然と消え失せていた!
と同時に、悲鳴を上げたグロムの赤金色の胸部に激突して、機甲鎧の胸部装甲を打ち砕いていたのは……
グロムの放った、グロム自身の右拳だった!
「これが……!」
これがあいつの能力!
赤金色の装甲の破片をまき散らしながら畑をもんどりうつグロムを目の前にして。
ルシオンとソーマは、同時に驚きの声を上げていた。
ルシオンにも、ソーマにも、いまやハッキリと分かったのだ。
あの廃アパートの一室で、痩せぎすの暗い目をした少女、アレクシアがどうやって自分の排泄物でルシオンを辱めたのか。
どうやってルシオンを叩き伏せたのか、その秘密が!
#
「アレクシア・ユゴーの持つ能力は『空間断裂』だ。彼女は視認した任意のポイントに、彼女以外誰にも不可視な『面』を形成することが出来るんだ。そしてその『面』に接触した物体は、速度や慣性を保ったまま、同時に彼女が形成したもう1つの『面』を通じてその場に現出する。この能力を戦闘に用いるならば……」
「あ……え……なに言ってるんだマサムネ……」
氷室マサムネが、よろみない口調でアレクシアの能力をソーマに伝える。
だがソーマは目を白黒させるばかり。
マサムネが何を言っていのか、さっぱりわからない!
「つまりは……『毒を以て毒を制す』だよ、御崎くん」
マサムネが眼鏡を光らせてフッと笑った。
#
「そういうことだったのか!」
グロム自身の拳に砕かれた機甲鎧の飛び散る破片。
ルシオンも思わず納得してうなった。
誰にも破壊できない剛性を持った鎧ならば……
その鎧そのものの拳に破壊させてしまえばいい!
「クソが! 何をしやがった!」
グロムが怒りの呻きを上げた。
春キャベツをまき散らしながら畑から立ちあがって、ルシオンの頭部めがけてその両の巨腕を振り下ろす!
だが……
ガチャンッ!
「…………!?」
さっきと結果は同じだった。
ルシオンに振り下ろされたグロムの拳は空中で消失して……
そのままグロムの脳天に激突していた!
グロムの顔面を覆った機甲鎧の頭部装甲が、粉々に砕けた。
ズズン……
剥き出しになった大鬼の顏の目の……焦点が合っていなかった。
地響きを立てて、大鬼の巨体が再び前のめりに畑に倒れた。
卵の殻を破って中から顔を出した奇妙な生き物を見て、チャラオが頭を抱えた。
全身を包んだ真っ黒のフワフワした産毛。
金色をしたつぶらな目。
背中でパタパタしているのは、コウモリのような小さな翅。
ソイツは大型犬くらいの大きさの、ニワトリとトカゲの合いの子みたいな、おかしな姿をしていた。
「みょーみょー……」
「なんだコイツ……か、かわえー!」
つぶらな瞳でコウを見つめてネコみたいな鳴き声をあげる生き物。
コウの顔がゆるむ。
だが……
「チャラオさん。でもコレ、ナナオとなんの関係が?」
「うううう……まさか揺卵期に被っちまうなんて……」
チャラオの方を向いて首をかしげるコウ。
チャラオの姿をしたグリザルドも、困った顔をしてうめいていた。
グリザルドは知らなかったのだ。
深幻想界最強の黒竜アンカラゴンの体が、およそ1000年に一度繰り返すという『揺卵期』からの再生。
それこそが彼ら古竜が深幻想界創成の時代から自分の強大な肉体を保つことの出来る理由だった。
人間の世界でも、ある種のクラゲが自分の体を成体からポリプ期まで退行させてから再び成長することで、不老不死の体を保つことはよく知られている。
そして、黒竜の体におこっていた変化もまさにそれと同じものだったのだ。
自分の肉体を卵まで戻してから再成長させることで、無限に等しい寿命を保つ……!
グリザルドも話には聞いたことがあったが……
まさか、現在がその時期だったなんて!
「ハー、もうダメだ……深幻想界最強の黒竜も、肝心な時にそんなナリじゃあ話にならねぇ……まったく使えねぇ」
「みょー! みょー!」
「アン……?」
心底残念そうな顏で、ため息をついて首を振るチャラオ。
そのチャラオの足元から彼を見上げて、幼竜になったアンカラゴンが何か抗議するみたいな鳴き声を上げた。
「いやあ、『大丈夫だ、任せとけ』って、そんなこと言ってもアンタ……」
「チャラオさん……コイツの言ってること、わかるの?」
幼竜の鳴き声に、いぶかしげにそう答えるチャラオ。
コウも興味シンシンな様子で、チャラオと竜を見つめる。
だがその時。
「みょー! みょー! みょー!」
「いや、でも『ドラゴン舐めるな』って言われても、そのナリじゃねぇ……っっって!?」
「おわあっ!」
竜の声に、残念そうに答えたチャラオの声が、途中で驚きの声に変った。
コウもまた幼竜に起きている変化に悲鳴を上げた。
ムクムクムク……みるみるうちに。
チャラオとコウの目の前で。
大型犬ぐらいだったアンカラゴンの体が、急速に育っていった。
#
「ほら教授。あと少しで到着ですわ!」
「ご苦労でしたミス・レモン。やれやれ、ムクス・ナナオのワガママで、とんだ夜更けのドライブだ……」
夜道を疾走する黒塗りのミニバン。
運転席のレモンの声に、隣に座ったベクター教授が残念そうに首を振った。
「あ……あれは……!」
後部座席では、両手と両足を拘束されたナナオが、フロントガラスの向こうの景色に驚きの声を上げていた。
屋敷からナナオを連れ出した教授とレモンが、ミニバンに乗って向かっている目的地。
それは、閑静な住宅地を断ち割るようにニュッと夜空にそそりたった、高さ200メートル近い円筒形をした無骨な鉄塔。
きらびやかな紫色にライトアップされたソレは御珠地区西端部に建造された、多目的電波塔だった。
「ククク……そうだよムクス・ナナオ、あそこが私たちの施設だ。君にも馴染みの建物だろう? 『スカイタワー御珠』だ……」
後部座席のナナオの方を振り返って。
ベクター教授は酷薄な顏で笑った。
「君の魂を消去するには、あの屋敷では設備が足りなくてね。こっちまで移動する必要があったんだ。もう何年も前に、この施設は私の組織が会社ごと買い取っていてね……私の未来のために様々な改修を加えてあるんだ……」
「そんな……スカイタワー御珠が悪の組織に……!?」
得意げにナナオに講釈をたれる教授に、ナナオは絶望の声を上げる。
小さいころから慣れ親しんでいた、あのスカイタワーが……
ベクター教授たちみたいな犯罪組織に、乗っ取られていたというのだ!
「あの『タワー』には、多目的電波塔としての機能に加えて、大気中から蓄魔した魔素を一気に魔遺物に注ぎ込む力を持たせてある。君の肉体の魂を瞬時に消し去り、私の魂をインストールするだけの力をね。まったく愚かな選択をしたなぁムクス・ナナオ。この私との取引に応じていれば、新しい人生を楽しめたというのに……」
刻々と近づいてくるスカイタワーを見つめながら。
教授は冷たい声で、ナナオに向かってそう囁いた。
その時だった。
「教授……アレは……!?」
「うん、どうしたミス・レモン?」
運転席でハンドルを握ったレモンが上げたけげんな声。
教授もフロントガラスに視線を戻して、ヘッドライトに切り裂かれた闇の向こうに目をこらした。
教授は夜道の向こうに立った、小さな人影に気づいた。
銀色の髪。
黒鳥のような衣からのびた、しなやかな手足。
雪のような肌。
そしてヘッドライトごしでもハッキリわかる。
真っ赤な瞳で教授とレモンを厳しくにらみつけた、美しい少女の顔。
それは夜道の真ん中でミニバンを待ち伏せていた、ルシオン・ゼクトの姿だった。
#
「むむ……あの魔族は……?」
「アイツ……やっぱり生きていた!」
疾走するミニバンのフロントガラスごしに、夜道に立ったルシオンの姿を認めて。
助手席の教授と、ハンドルを握ったレモンが忌々しげに声を上げた。
夜の森の空中戦で、レモンにとどめを刺される寸前にいきなり姿を消したルシオン。
背中の翅をレモンに切り裂かれて深手を負ったはずのルシオンが、真っ赤な瞳で教授とレモンをにらんでいた。
だが……
「出ますか、教授!」
「ああ、もういい、もういいミス・レモン。時間がもったいない」
厳しい声のレモンに、だが教授はめんどくさそうな顔でパタパタと右手を振った。
「魔族の処理は魔族に任せるとしよう。もしもしグルダンさん。こちらベクター、聞こえてますね?」
「あいよ、教授……」
教授が、右手にはめた腕時計型の通信端末に話しかけると、端末から野太い声がそう応える。
大鬼グロム・グルダンの声だった。
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「来たぞソーマ。ヤッテやる!」
本当に、大丈夫なんだろうな、マサムネ……
迫りくる教授のミニバンを見据えて、猛り立つルシオン。
そのルシオンの中で、ソーマは不安げな声を漏らしていた。
大鬼グロムと、あの金髪の女。
そのどちらにも、ルシオンは全く歯が立たなかったのだ。
そんなルシオンに……囮になれと……!
もっともルシオンの方には、自分が囮だなんていう自覚は全くないみたいだった。
ポ。ポ。ポ。ポ……
ルシオンの指先に灯ってゆく緑色の燐光が、教授に向かって照準を定めていく……
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「教授の向かう先は、間違いなくこのポイント、スカイタワー御珠だ。おそらくこの施設は教授の手の中。施設内の職員も教授の部下と見るべきだろう……」
「そんな……スカイタワーが!」
暗い廃アパートの一室で。
マサムネがソーマに、教授とナナオの行き先を告げる。
そしてマサムネたちの作戦の概要を……
「当初は教授の潜伏先さえ掴めれば、僕たち特殊殲魔部隊の力だけで教授の身柄を確保できる。そう考えていた。だが状況が変わった……」
「ナナオのことか……」
「そうだ。姫川くんの安全を最優先にした上で、確実に教授を捕らえなければならない。あの鎧の異界者と教授のボディガード、レモン・サウアー。教授が擁する、最も強力なこの2枚のカードを分断し、個別に排除する必要がある。そのためにも君たちの協力が必要なんだ、御崎くん……」
「お前たちがアイツを……ルシオンを囮にして鎧の異界者を倒す……出来るのかそんなこと!」
ソーマはいぶかし気に首をかしげる。
ルシオンの光撃も通用しなかった機甲鎧に……人間の魔法だけで太刀打ちできるのだろうか。
「出来るのさ御崎くん」
マサムネの眼鏡がキラリと光った。
「レモン・サウアーに敗れる直前に、ルシオンを救った彼女の能力。そして、此処でついさっきルシオンを叩きのめした彼女の能力。アレクシア・ユゴーの能力ならね……!」
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ズドンッ!
「うあああああああっ!」
教授とレモンに向かって、ルシオンが自分の光矢を放とうとしたその寸前。
夜空から飛来した巨大な鉄の塊が、ルシオンの体をあたりに広がったキャベツ畑に吹っ飛ばしていた。
翅を切り裂かれて空を飛べないルシオンが、春キャベツをグチャグチャにしながら畑を転がる。
「へっ! ベクターの旦那に命令されたから、誰が来たのかと思えば……」
ヒィイイイインンンン……
手足から噴き上がった金色の光の奔流で空中に静止しながら。
ルシオンを吹っ飛ばした鉄の塊が、つまらなそうにそう言い放った。
機甲鎧を着込んだグロムの姿だ。
「インゼクトリアのダメ王女、ルシオン・ゼクトじゃねーか。オメーじゃ相手にならねえ!」
「うーうーうるさい! ダメって言うな!」
空中であざ笑うグルダンに、ルシオンは怒りの唸りを上げた。
すでに教授の乗ったミニバンは、ルシオンとグルダンのはるか向こう。
夜の闇の奥に消え去ってしまっている。
ルシオンは教授たちを逃がして……逆にグロムに捕捉された。
「フン。だがちょうどイイぜ。オメーの姉貴のイカレ王女……あいつに好き放題された上、とどめも刺せずにムカッ腹が立ってたんだ。代わりにぶっ殺してやるぜぇ……」
「あ、姉上が……とどめ……」
グロムの言葉に、ルシオンの体が一瞬かたまった。
機甲鎧に捕らわれて夜の森に消えたビーネス。
ルシオンの姉ビーネスは、まだ無事なのだろうか……!?
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「教授の助手。レモン・サウアーは彼の護衛だ。教授との同行中に彼のもとを離れる可能性は極めて低い。ルシオンの待ち伏せに気づいたならば、まず襲ってくるのは鎧の異界者だ……」
路傍の物陰に身をひそめて。
こちらの方に接近してくる教授のミニバンに目をやりながら、氷室マサムネは小さく呟く。
「まとった鎧の剛性は極めて高く、装備した火器も強力。通常の魔法であの鎧を破壊することは困難だし、それほど強力な火器も僕たちは持っていない。でも……」
いつもはキリリと結ばれたマサムネの口元が、微かにほころんでいた。
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くるぞルシオン! 打合せ通りにやれ!
「わ、わかっている……!」
自分の中のソーマの声に、ルシオンは小さくそう呟いていた。
「ゲヘヘ……さあ、どうやって痛めつけてやるかな……」
キャベツ畑に着地したグルダンが、下品な笑いを上げながらルシオンの方に近づいてくるのだ。
「ハン。まったく口だけは達者な大鬼だな……」
「あん、なんだと!?」
「鎧を着ていなきゃ何も出来ない臆病者の分際で。蚊トンボみたいに空を飛び回るくらいしか能のないノロマのくせして……」
迫りくる大鬼の巨体を見上げながら。
ルシオンは、思いっきりグロムをバカにしくさった顔でニヘッと笑った。
「ほれほれどうしたノロマの大鬼。もっと近くまできてよーく狙え。でないとこのわたしにはかすりもしないぞ……」
いいぞルシオン。
なるべく近くまで……正面まで引きつけろ!
精一杯の侮蔑の笑みを浮かべて。
ルシオンはグロムを挑発した。
でも……
ルシオンの中から彼女に呼びかけながら。
ソーマの心に不安がよぎる。
マサムネがソーマに伝えた作戦……
本当に、上手くいくのだろうか。
「フン。いーぜ、消してやるぜそのニヤついた面を……!」
ズシン……
ズシン……
ルシオンの正面に近づいて来た大鬼が、図太い右腕を構えて渾身の溜めをつくった。
ブンッ!
そして赤金色の装甲に覆われたグロムの拳が、ルシオンに向かって凄い勢いで殴り掛かる!
来るっ!
ルシオンとソーマの体が固まった。
あんな一撃をまともに食らったら……
いくら強靭なルシオンの体でも、ひとたまりもない。
だが、その時だった。
ガチャンッ!
「グアアアアアッ!」
大質量の金属がぶつかり合うような凄まじい轟音と共に。
大鬼の悲鳴が夜のキャベツ畑に響き渡った。
「う……あ……」
そして、とっさに目をつぶってしまっていたルシオンが恐る恐る目を開けると……
ルシオンの顔面にぶつかるはずだったグロムの拳が、その前腕ごと、空中で忽然と消え失せていた!
と同時に、悲鳴を上げたグロムの赤金色の胸部に激突して、機甲鎧の胸部装甲を打ち砕いていたのは……
グロムの放った、グロム自身の右拳だった!
「これが……!」
これがあいつの能力!
赤金色の装甲の破片をまき散らしながら畑をもんどりうつグロムを目の前にして。
ルシオンとソーマは、同時に驚きの声を上げていた。
ルシオンにも、ソーマにも、いまやハッキリと分かったのだ。
あの廃アパートの一室で、痩せぎすの暗い目をした少女、アレクシアがどうやって自分の排泄物でルシオンを辱めたのか。
どうやってルシオンを叩き伏せたのか、その秘密が!
#
「アレクシア・ユゴーの持つ能力は『空間断裂』だ。彼女は視認した任意のポイントに、彼女以外誰にも不可視な『面』を形成することが出来るんだ。そしてその『面』に接触した物体は、速度や慣性を保ったまま、同時に彼女が形成したもう1つの『面』を通じてその場に現出する。この能力を戦闘に用いるならば……」
「あ……え……なに言ってるんだマサムネ……」
氷室マサムネが、よろみない口調でアレクシアの能力をソーマに伝える。
だがソーマは目を白黒させるばかり。
マサムネが何を言っていのか、さっぱりわからない!
「つまりは……『毒を以て毒を制す』だよ、御崎くん」
マサムネが眼鏡を光らせてフッと笑った。
#
「そういうことだったのか!」
グロム自身の拳に砕かれた機甲鎧の飛び散る破片。
ルシオンも思わず納得してうなった。
誰にも破壊できない剛性を持った鎧ならば……
その鎧そのものの拳に破壊させてしまえばいい!
「クソが! 何をしやがった!」
グロムが怒りの呻きを上げた。
春キャベツをまき散らしながら畑から立ちあがって、ルシオンの頭部めがけてその両の巨腕を振り下ろす!
だが……
ガチャンッ!
「…………!?」
さっきと結果は同じだった。
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そのままグロムの脳天に激突していた!
グロムの顔面を覆った機甲鎧の頭部装甲が、粉々に砕けた。
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地響きを立てて、大鬼の巨体が再び前のめりに畑に倒れた。
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