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第10章 精鋭殲魔〈セレクテッド〉

スキルトランサー

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「や……やったのか!」
 これがアイツの……アレクシアの能力!

 キャベツ畑に転がって目を回している大鬼オーガーを見下ろして、ルシオンは額にたれた冷や汗を拭った。
 ルシオンの中のソーマも、ようやく安堵の息を漏らす。

 マサムネの部下……アレクシア・ユゴーの能力。
 『空間断裂ラプチャー』が、強固は機甲鎧マシンメイルに守られたグロム・グルダンを自滅に追い込んだのだ!

 それにしても……
 ルシオンもソーマも、自分の中に突然宿ったある感覚・・・・に、驚きを隠せない。

 今、キャベツ畑でグロムと対峙しているのはルシオン1人。
 周りには、誰の気配も感じない。
 もちろんマサムネも、アレクシアも。
 だが、そのアレクシアの能力をまるで自分のモノのように使いこなして。
 ルシオンは目の前の大鬼オーガーを倒してしまったのだ。

「あ……」
 そして次の瞬間。
 ルシオンとソーマは感じ取る。
 自分の中に宿った不思議な感覚が、急速に2人の元を離れて……どこかに消え去ってゆくのを……。

  #

「へへ……やったねアレク。まずは1匹排除デリート!」
「はしゃぐなミルメ! チッ! 気に入らねえな……」
 そのルシオンとソーマたちから、1キロは離れたスカイタワーの足元。
 『御珠六都科学館』の大きな丸屋根のてっぺんに腰かけて。
 虹色の瞳をキラキラ輝かせた見滝原ミルメが、はしゃいだ声を上げている。
 そして街灯の明かりも疎らな暗闇の中で、ミルメの虹色の目は、1キロ先のルシオンとグロムの姿をハッキリと視認していた。

「タイチョーの命令とはいえ、なんでこの俺がバケモノの助けなんか……それに!」
 そのミルメの隣で彼女の手をキュッと握りながら。
 目元までたれた暗灰色の前髪を夜風に揺らして、アレクシア・ユゴーが不機嫌そうにそう呻いていた。

「まだまだ山ほど仕事があんだろっ! 早く『視界』をタイチョーとシーシァたちに戻せ、ミルメ!」
「えへへ。ごめんごめん……わかったアレク!」
 アレクシアに右わきを小突かれたミルメが、ルシオンから視線・・をそらす。
 ミルメが次に向けた視線の先にあるのは……
 闇夜に紛れて教授を乗せたミニバンを待ち受ける、彼女たちの『隊長』……
 氷室マサムネの姿だった。

  #

 ――見滝原ミルメの能力は『千里眼クレアボヤンス』だ。自分の瞳と同期シンクロさせた相手の視界をおよそ半径10キロの範囲で……『ジャック』することが出来る。そして彼女のもう1つの能力、それが……
 
 体の中で薄れてゆく、アレクシア・ユゴーの能力を感じながら。
 ソーマは廃アパートでのマサムネの言葉を思い返す。

 ――『能力転移スキルトランス』だ。視界をジャックした相手に、肉体的に彼女と接触した者の能力を転移・・させることが出来る。レモン・サウアーとの戦いでルシオンを救ったのも彼女の能力だ。ルシオンにアレクシアの能力を転移させ、なかば強制的に『空間断裂ラプチャー』を発動。彼女の体を僕たちのもとまで移動させたんだ。だから……アレクシアのことを許してやってくれ。あいつは1度、君たち・・・の命を救っているんだ……

 本当に……そんなことが出来るなんて!
 ルシオンの中、ソーマは驚愕のうめきを漏らす。
 グロムの前に立ってさえ、マサムネの言葉をまだ信じ切れていなかったソーマだったが……
 実際に目の前で起こったのは、ソーマにもルシオンにも想像もできなかった、鮮やかとしか言いようがない完全勝利だった!

 あいつらはいったい……何者なんだ!?
 アレクシア・ユゴー。見滝原ミルメ。
 マサムネが言うところの『生体マテリア』。
 ソーマたち『第2世代セカンドジェネレーションズ』と呼ばれている世代の、さらに『次の段階ネクストステージ』……!?
 でもどうして、そんな連中がいきなりマサムネの元に……?
 この御珠の地に……?

「なにが……始まろうとしている?」
 ソーマは空の月に視線を移して戸惑いの声を上げる。
 マサムネに問いただしたいことは山積みだ。
 彼の所属する組織とは……そして彼が率いる『特殊殲滅部隊デモンバスターセレクテッド』の存在とは……!

 でも……
 ソーマは地上に視線を戻す。
 今はただ、やるべきことをやるしかない。
 ベクター教授に捕まっているという、親友のナナオの救出。
 それが、今のソーマには何よりも優先すべき使命だった。

 行こうルシオン、次のポイントに。
 こいつはもう、何もできないさ……

「ああ、わかったソーマ!」
 砕けた機甲鎧マシンメイルの破片を畑にまきちらしているグロムから踵を返して、ソーマとルシオンは次の目的地をにらむ。
 ルシオンもソーマも感じていた。
 このあたり一帯を漂う魔素エメリオが、ある一点・・の集中して、急速に凝縮されていくのを……
 この感じ……あの時・・・と同じだ!
 奪われたルーナマリカの剣が暴走を始めた、あの日の夜の記憶がよみがえる。

 そしてルシオンとソーマは走り出す。
 魔素エメリオの集中してゆく先。
 月光の下、その頂上部を不吉な紫色(明日は晴れ)に輝かせた『スカイタワー御珠』へと。

  #

「お待ちしておりました、ベクター教授。こんな夜更けにわざわざ教授の方からいらっしゃるなんて……」
「フム。ちょっとした手違いがあってね。急遽こちらの施設を使う・・ことにしたのだよ。それにしても……」
 スカイタワーの敷地内には、すでに教授の乗ったミニバンが到着していた。
 バンから降り立った教授とレモンを出迎えたのは、藍色の作業着に身をつつみ、自動小銃で武装した何人もの『株式会社御珠タワー』の職員たち……
 ベクター教授の息のかかった、犯罪組織の構成員たちだった。

「これはいったい、何の騒ぎだね……」
「まあ、こんなにネコちゃんたちが……」
 夜の駐車場を見まわして、教授とレモンは目を丸くした。

 ニャーニャーニャー……
 ニャーニャーニャー……
 ニャーニャーニャー……

 虎ネコ、三毛ネコ、黒ネコ、白ネコ……
 スカイタワーの駐車場一帯が、このあたりの野良ネコたちの盛大な集会場になっていたのだ。

「さあ、理由はなんとも……いつもはこんな事はないのですが。それよりも……」
 教授とレモンを案内しながら、職員も首をかしげていた。

魔素エメリオの集積状態は問題ありません教授。最上階の箱型蓄魔機器キュービクルに接続すれば、いつでも魔遺物レリックは発動可能です!」
「ふむ、結構結構……」
 職員の報告に満足げにうなずきながら。
 教授を乗せた電動車椅子は、施設内の鉄塔エレベーター向かって移動していく。

「さあ行くぞムクス・ナナオ。ちゃきちゃき歩きたまえ」
「ほら、さっさと歩きなさい!」
「くそっ! 放せ……放せ……!」
 手足を拘束されたナナオが、レモンの手で無理やりバンの後部座席から放っり出された。
 車椅子に乗ったベクター教授の先導で、タワーのエレベーターまで引きずられていくナナオの体。

「ミス・レモン。もう一方・・・・を……」
「はい、こちらです教授」
 教授が傍らまで歩いてきたレモンに何か指示を出すと。
 ナナオに繋いだ鎖を引きずったまま、レモンはタイトな黒スーツの胸ポケットから何かを取り出すと教授にそれを手渡した。

「フム。いよいよだな……」
 レモンから受け取った金色に輝くモノを見つめながら、教授は満足げにうなずいた。
 いま教授の手にあるのは、教授自身のジャケットの胸ポケットの内にある『アルティメスの髪飾り』とそっくり同じ形をした……
 小さな金色をした・・・・・髪飾りだった。

「もうすぐだ。何代にもわたって我がベクターの一族が求めて来た秘術を……ついにこの私が実現するのだ!」
 紫色に輝いたスカイタワーの頂上を見上げて、教授はほくそ笑んだ。

 『魂の座』は金と銀、2つの髪飾りで初めて完全な存在となる1つらなりの魔遺物レリックだったのだ。
 教授の祖先……魔術師の血筋ベクターの一族に代々伝わって来た金色の髪飾り。
 そして大英博物館から貸し出され、警備の手薄な御珠美術館から大鬼オーガーが奪い取った銀色の髪飾り。
 この2つを使うことで、ようやくベクター教授の悲願……永遠の命が彼のものになるのだ!

  #

 20年前に到来した、あの大暗黒エクリプス以来。
 教授が、魔術師の血筋だった彼の家に伝わる古文書の儀式にしたがって、深幻想界シンイマジア魔族イマジオンとの取引を続けて来たのは。
 機巧都市ウルヴェルクの魔王マシーネに命じられるがまま、彼女の『刻印』を刻んだ違法触媒イリーガルマテリアを大量に人間の世界に流通させ続けて来たのは。
 すべては今日のため、教授の究極の目的のためだった。

 違法触媒イリーガルマテリアの流通で得た莫大な資産を、惜しげもなく注ぎ込んで。
 この20年間、教授が研究してきたのは『魂の交換』のための魔術だった。
 徐々に衰え、老いさらばえてゆく今の・・の肉体を捨てて、若くて健康な被験者・・・の肉体に自分の魂を転送する!
 それこそがベクター教授が生涯をかけて追求してきた「永遠の命」を手に入れるための手段だった。
 
 だが教授の必死の研究もむなしく、実験は失敗の連続だった。
 世界中からさらって来た、あるいは金で買い取って来た何10人もの若い被験者たち。
 『魂の座』との高い同期シンクロ率をマークした、教授の魂の器候補たち。

 金色の髪飾りを通じて、彼らの魂を消去し、代わりに教授の魂をインストールする……
 だが実験はいつも失敗、失敗、失敗の連続!
 あとに残されるのは、魂を失って生きた屍になった……被験者の肉体だけだった。

「なぜだ……いったい何が足りない……!」
 教授は焦っていた。
 その頃すでに、教授の体は死病に侵されていた。
 あと半年も待たずに、教授の命も、生涯をかけた研究も、全て水の泡と消える……!

 ちょうどそんな頃……
 深幻想界シンイマジアでの取引相手・・・・である、魔王マシーネからもたらされた驚くべき事実……!

 ――『魂の座』は1つではありません。2つで全き道具なのです。
 ――これはかつて、このわたくしが貴方の一族に貸し与えた至宝です……貴方の一族の手を離れ人間の世に散った、もう一方の髪飾りを探し出すのです。
 ――そうすれば必ずや、貴方の望みも叶うでしょう……

 マシーネの言葉に、教授は震えた。
 永い年月の間に教授の一族から失われた古文書や秘術の知識……
 教授の研究に決定的に欠けていた、最後のピースが埋まろうとしていた。

 病に衰えた体に鞭打って、教授は飛ぶ。
 潜伏先だったイギリスのウェイクフィールド刑務所を離れて、極東の国日本へと。
 もう1つの『魂の座』と、マシーネのしもべ大鬼オーガーのグロムが待つ、御珠の地へと……。

  #

 そして今や、すべての部品ピースが教授の手の中にあった。
 金と銀、2つの『魂の座』。
 新たなる被験者、ナナオ・ヒメカワの肉体。
 この少年がこれまででも最高の同期シンクロ率をマークしているのも……ナナオ自身が自分の肉体に感じている、強烈な違和感と無関係ではないだろう。
 日本の地で、教授は自分の魂の器となる最高の部品ピースを手に入れたのだ。

 あとはもう……
 スカイタワーの最上階に備蓄した膨大な魔素エメリオ魔遺物レリックを発動させ、教授の魂をナナオの肉体に転移させるのみ!

「フクク……フククク!」
 自分でも気づかないうちに、教授の口から喜悦の声が漏れ出していた。
 だが、その時だった。

「うん……!?」
 目の前に近づいて来たスカイタワーのエレベーターのドアを見つめて。
 教授は何か、強烈な違和感を感じて首を傾げた。

 影……!
 いぶかる教授。
 閉ざされたエレベーターのドアのその隙間から……何か真っ黒でモヤモヤしたものが漏れ出していたのだ。

  #

「タイチョー! 教授がハンタのトコに着く・・まで……あと10……あと5メートル!」
「了解したミルメ。接触・・を開始しろ、ハンター・ハンター。シーシァ、僕たちも動くぞ!」
 耳もとに仕込んだ小型の受信機レシーバーからミルメの報告を受けて。
 闇に潜んだマサムネが、傍らにうずくまった少女……王シーシァに小さくそう号令した。

  #

「これは一体……!?」
 教授が、エレベーターのドアの隙間から漏れ出す黒いモヤモヤにいぶかしげな声を上げた、その時だった。
 
 ポーン……
 緊迫感のないベルの音が辺りに響いた。
 エレベーターの階数ランプが地上階を表示して、そのドアが教授とレモンの目の前でゆっくりと開いた……次の瞬間!

「うおおああああ……!?」
「きゃあああああ!」
 ベクター教授とレモンの悲鳴が同時に響いた。
 
 ズズズウウウウウゥ……
 まるでエレベーターの中で2人を待ち受けていたかのように。
 開いたドアから溢れかえり、流れ出したのは……漆黒のだった。
 
 触ることも、振り払うこともできない何の質感も温度もない……
 ただ、うごめく闇としか表現しようがない真っ黒なモノが、教授とレモンの全身を包んでいく!

「なんだ! 何も見えん……!」
「教授、教授、どこにいますの!?」
 闇が2人の視界を奪っていた。
 両手をパタパタさせて、自分の体を覆った「何か」を必死で振り払おうとする教授。
 だがそれも無駄な努力だった。

 もう教授もレモンも、いま自分がどこに立っているのかも全くわからない!
 その時だった。

「どう教授? 気に入ってくれたかなぁ、ボクの『暗黒領域ダークゾーン』は……」
「な……!?」
 教授とレモンの耳元に、ささやきかけるような幽かな声。
 教授にもレモンにも聞き覚えのない、なんだか眠たげな少女の声だった。

「貴様は……な、ななな……!」
 声の聞こえた辺りに手を伸ばして、相手を捕まえようとする教授だったが、その手は闇を掻くばかり。
 そして教授は、さらなる異変に気づく。
 教授の乗った車椅子が、その場からピクリとも動かなかった。
 まるで底なしの泥沼にはまったみたいに、教授の車椅子が、両足が、続いて腰が……闇の中のドロドロに沈み込んでゆく!

「う……おおおああああっ!」
「フン……。このまままで沈めちゃってもいいけど……またタイチョーに怒られるっしなー。いいや、仕事も終わったし今日は見逃してやるよ教授……」
 教授の上げた恐怖の叫びを楽しむように。
 眠たげな少女の声が、教授の耳元でそう囁いた、次の瞬間!

 ズズズウウウウウゥ……
 大波の引くような音と同時に、教授とレモンの視界が一気に晴れた・・・

「い、今のは……なんだ!?」
「教授! 教授!」
 戸惑いの声を上げる教授とレモン。
 2人が立っているのは、さっきまでと同じ、エレベーターの正面。
 開け放たれたホームドアの中はもう、もぬけの殻。
 水銀灯の明かりがチカチカ瞬く、何の変哲もないケージの中。

 教授とレモンを覆った闇は、一瞬にしてどこかに消えてしまっていた。
 だが、その時だった。

「大変です教授!」
「どうしたミス・レモン?」
 レモンの悲鳴に、教授が首をかしげると……

「あの子が……ヒメカワナナオが、どこにもいません……!」
 ナナオを繋いでいたはずの、切断された鎖を握りしめながら。
 レモンは青ざめた顔をしてそう呟いた。

「な……馬鹿な!?」
 慌てた教授もあたりを見回すが……
 さっきまでレモンが捕まえていたはずの教授の魂の器……
 姫川ナナオの姿が、どこにも見当たらない!

「しまった! これがアイツの目的か!」
 ベクター教授が顔を真っ赤にして、怒りの声を上げた。

「教授……?」「教授……?」
「タワーにが侵入しているぞ! この国の捜査機関か……? 見つけ出して一匹残らず始末しろ!」
 教授とレモンの悲鳴を聞いて、スカイタワーの職員たちが教授の元に駆けつけて来た。
 ベクター教授は、自動小銃で武装した職員……彼の部下たちを見回して、いまいましげにそう激をとばした。

「もしもしタイチョー。人質の……『姫川ナナオ』の身柄はコッチで確保したよー」
「よくやったハンター! そのまま制限時間・・・・いっぱいまで潜行・・しながら、全速力でその場から離脱するんだ……」
 右耳に仕込んだ受信機レシーバーから伝わってくる、眠そうな少女の声に。
 氷室マサムネはホッとしたように大きく息を吐きながら、少女にそう指示を出した。

「でもハンター、気をつけてくれ。くれぐれも制限時間を……3分間を過ぎるなんてことは……」
「ハハ。大丈夫だよタイチョー。タイチョーのトモダチを沈める・・・なんてヘマ、いくらこのボクでも、絶対にありえない……!」
「ああ、頼んだぞハンター……」
 眠そうな少女の声に、マサムネは少し不安げに顔を曇らせながら、そう念を押す。
 その時だった。

「いたぞ! あそこだ!」
「あんなガキどもが……日本の捜査機関!?」
「なんでもいい、殺せ、殺せ!」

 カッ!

 闇に潜んだマサムネと、その傍らのシーシァの姿を、投光器の強烈な明かりが照らし出した。
 スカイタワーの敷地内を駆けまわっていた職員たちが、マサムネたちの存在に気づいたらしい。

 タタタタッ!
 タタタタッ!
 タタタタッ!

 職員たちが武装した自動小銃の掃射音とともに、マサムネの周囲に土煙が舞った。
 子供に手心を加えるつもりは、まったく無いみたいだった。

「さあ、僕たちも仕事だシーシァ。ベクター教授を……やっつける・・・・・ぞ!」
「うん、わかったタイチョー!」
 夜のスカイタワーに向かって響いた凛としたマサムネの声に。
 王シーシァは、あどけない顔をほころばせてそう返事をした。



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