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第12章 妖傀儡師〈ツァーンラート〉

重力城潜行

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「この屋敷の地下室は……機巧都市ウルヴェルク増殖工場インダストリーの……搬送路ラインとつながっていたのか!」
「ああ、その通りさ。増殖工場インダストリーはマシーネ様の居る重力城グラヴィオンにも直結してる。街中から集めてきた女どもを、この部屋から重力城グラヴィオンまで届けるのさ……」
 ポーフの屋敷の地下室から広がった異様な光景……
 見渡す限り、大小無数の銀色の歯車の回転にあわせて流れてゆく巨大なベルトコンベアを見つめて、グリザルドは息を飲む。
 ルシオンに手足を撃ち抜かれた屋敷の主、ポーフ男爵も観念したように、肩を落としてそう答えた。
 屋敷の地下は、この巨大な機械都市が外部から採掘した資源を、都市の中央へと運ぶ搬送機関に直結していたのだ。

「この部屋……? あッ!」
 ポーフの言葉にあたりを見回したルシオンとグリザルドは目をみはる。
 負傷した小鬼ゴブリンに案内されたこの部屋は。
 暗い地下通路の扉の向こうに広がっていたこの部屋は、普通の部屋ではなかった。
 いまルシオンとグリザルドが立っているのは、半球ドーム状に寄り合わさった鉄柵に囲まれた円形の床のちょうど真ん中。
 2人がいるのは、まるで巨大な鳥かごの中だった。
 目の前を縦横無尽に行き来する巨大な搬送路ラインはその鳥かごの鉄柵の向こうに広がった景色だったのだ。

「へへ。そうだこの部屋を使って・・・・・・運ぶんだ。このリモコンで行き先を決めて、あとはこのスイッチを押すだけっと……」
「あ!」
「お前、いったい何してる!」
「みょーみょーみょー!」
 何かをブツブツ呟きながら、挙動不審なポーフ男爵にルシオンとグリザルドが気づいた。
 だが、その時にはもう遅かった。

「グハハハハ! もう遅いわマヌケ!」
 地下の景色に気を取られて、ルシオンとグリザルドが一瞬目を離したその隙に。
 ポーフの体は2人から1歩、2歩と退いて、すでにこの牢獄のような部屋の扉の外に立っていた。
 老小鬼ゴブリンがニヤニヤ笑いながら、いつの間にか手にしていたテレビのリモコンのようなモノのスイッチをポチリと押すと……

 ガラガラガラ。
 2人と1匹の目の前で、けたたましい音とともに鉄柵がスライドした。
 屋敷の地下通路の扉の前で開け放されていた、牢獄の出口が閉じたのだ。
 ルシオンとグリザルドとアンカラゴンは、巨大な鳥かごに閉じ込められていた。

「な……!? だましたなポーフ男爵!」
「フンッ! 頭を使ったと言ってもらおうか。まったく2人ともアホで助かったわい……」
 ルシオンは小鬼ゴブリンに向かって怒りの声をあげる。
 だが鉄柵の向こうでニヤニヤ笑うポーフの顔が、ルシオンたちから徐々に遠ざかっていく。

 ゴオン……ゴオン……
 ポーフが押したリモコンのスイッチに反応して。
 2人を閉じ込めた鳥かごそのものが、ベルトコンベアのラインに乗って、何処かに動き始めたのだ。

「グハハハ。じゃあなマヌケども。そのカゴの行き先は重力城グラヴィオンじゃない。コイツを使って増殖工場インダストリーの溶鉱炉に変えておいてやったからな。2人仲良く、溶けてなくなれ!」
 手の中のリモコンを見せびらかしながら、ポーフ男爵が遠ざかっていくルシオンとグリザルドに手を振って高笑いした。
 だが、その時だった。

「ふーむ。どうするグリザルド? 溶鉱炉というのは、ちょっとばかりマズくないか?」
「ああ。よくねえな王女。溶鉱炉はマズい、やめておいた方がいいぜ、ポーフ男爵!」
「みょーみょーみょー!」
 ルシオンは鳥かごのなかで、肩をすくめながらグリザルドを見上げていた。
 盗賊も、ため息をついてルシオンの言葉にそう答える。
 幼竜に戻ったアンカラゴンも、猫みたいな鳴き声をあげてしきりに相槌を打っていた。

「グハハハッ! いまさら命乞いか、ダメダメ、土下座しても絶対に許さんからな……って!?」
 ニヤニヤ笑いを浮かべたながら、右手をパタパタさせてグリザルドの言葉を一蹴したポーフ男爵が、だが次の瞬間には戸惑いの声を上げていた。

「なんだ……体が、体がっ!?」
 ポーフは悲鳴を上げた。
 小柄な体躯の小鬼ゴブリンの中でも、一際貧相な彼の体が……
 何かに引っ張られている……
 開け放された地下通路の扉から、得体の知れない強い力に引っ張られて、小鬼ゴブリンの体はルシオンたちを乗せたベルトコンベアの上に引きずり出されていた!

「どわー! なんじゃこりゃー!」
 遠ざかって行く巨大な鳥かごに引っ張られながら、ポーフは恐怖の叫びを上げた。
 自分の体を引きずっていく力の正体に小鬼ゴブリンは気づいた。
 ソレはいつの間にかポーフの服や靴の中に潜んでいた、チカチカと緑色に明滅する小さな光点たち……
 ルシオンがポーフの身の内に潜ませていた、彼女のホタルたちだった。

「まったく。妙なマネをしないように見張りを付けて・・・おいたら、案の定コレだ……」
「だから言っただろポーフ男爵。行き先が溶鉱炉ってのは、やめておいた方がいいぜー!」
「みょーみょーみょー!」
「た、助けてくれえええええーー!」
 鳥かごの中で、再びルシオンは肩をすくめていた。
 どうにかその場から逃れようとするポーフだったが、ルシオンに撃ち抜かれた足ではそれもかなわなかった。
 グリザルドの忠告の意味が身に染みたポーフの情けない悲鳴が、銀色の歯車を軋ませながら蠢いてゆく迷宮いっぱいに木霊していた。

  #

「くそっ! 行き先を、行き先を変更しなければ!」
 無数の歯車の回転とどもに流れていくラインの上で、ポーフ男爵が必死の表情で手元のリモコンを操作していた。
 屋敷の地下室に設置された『鳥かご』は、いったん動き出してしまうと、指定されたルートを一巡するまでもう止めることが出来ない。
 だが、まだこの段階ならば……ルートの変更だけならば、このリモコンを使えば……!
 一刻も早く、行き先を溶鉱炉から別のルートに!
 そう考えたポーフが、脇目もふらずにリモコンのレバーを操作していると……

「ほう、なるほど。ソレで行き先を変えることが出来るのか」
「どわーーーー!?」
 唐突に頭の上から聞こえてきた声に、ポーフは悲鳴を上げた。
 いつの間にか小鬼ゴブリンの目の前に立っていたのは、鳥かごに閉じ込められているはずのルシオンだった。

「なんでお前が! 閉じ込めたはずなのに!」
「あなどるなポーフ。あのくらいの柵だったら、わたしの光矢アローで簡単に破れるのだ!」
 ポーフが愕然として鳥かごの方に目をやれば、半球ドーム状に寄り合わされた鉄柵の一部が、ゴッソリと欠け落ちている。
 ルシオンのホタルから放たれた光矢アローが、柵を焼き切っていたのだ。

「いったいお前は……なんなんだ、ただの猫人ミアウじゃあ……アッ!」
「どれどれ、この一番上の『グラヴィオン』ってのが行き先だな?」
「わー! 何をするやめろーーー!」
 あまりの事に固まって動けないポーフの手から、ルシオンがリモコンを取り上げていた。
 リモコンの一番上段に設定された重力城グラヴィオンのマークに、ルシオンはレバーを引き上げた。

 ゴオオオン……
 金属の擦り合わさる鈍い音があたりに響いた。
 鳥かごの行き先が……これで変わったのだろうか。

「よし、お前もかごに乗れ、一緒に来るんだ。重力城グラヴィオンで何かあった時の……いわゆる『人質』ってヤツだ」
「人質だって……? 何を言っている。騎士長程度の身分のこのわしが、あんな城に入ってみろ……!」
 悪い顔をしてポーフに手を差しのべるルシオン。
 だがルシオンの言葉に反応して、小鬼ゴブリンの顔は恐怖で引きつっていた。

「い……イヤだああああ! 死にたくない! 死にたくない!」
「あ、待て!」
 ルシオンの手を振り払って、小さな体をゴロゴロ転がしながら、必死でその場から逃げようとするポーフ。
 だが、その時だった。

 ギイイイイ……
 軋んだ音を上げながら、ルシオンたちを乗せたベルトコンベアのラインが、大きく右側にそれた。

「うおわっ! ポーフ!」
 なんとかラインの上に踏みとどまったルシオンだが、ポーフの方はそうはいかなかった。
 勢い余ったポーフの体が、ラインの下で回転する、大小無数の銀色の歯車の回転に巻き込まれた!

「ギャアアアアアッ! ウギュッ……」
 小鬼ゴブリンの恐ろしい絶叫があたりに木霊して、そしてすぐに途絶えた。

「うぐぐぐ……なんてことだ……」
 軋んだ音をたてながら、何事もなかったように流れていくラインの上で。
 ルシオンはポーフから取り上げたリモコンを見つめて、呆然とそう呟いていた。

  #

「はー、ポーフ男爵。機巧都市ウルヴェルク中から女をさらって魔王への供物にしていた大悪党も……目の前であんな死に方をされちゃあ、まったくメシがマズくなるぜ……」
 ラインに沿って流れていく鳥かごの床に腰かけて。
 自分のバッグから取り出した干し肉をゲンナリした顔でかじりながら、グリザルドがそう言ってため息をついていた。

「あのな、グリザルド。1つ訊きたいことがあるのだ。いまさら何って感じなのかも知れんが……」
「ん? なんだよ王女?」
 盗賊からわけてもらった干し肉をかじりながら、ルシオンがモジモジした様子で、何かを訊きたがっていた。

「ポーフ男爵の『ダンシャク』ってどういう意味だ? 『じゃがバター』に使うイモのことか?」
「なんだよ、知らなかったのか王女? まあ、インゼクトリアで生まれ育ったなら無理もねえか……」
 真面目な顔でグリザルドにそう尋ねるルシオンに、盗賊は肩をすくめた。

 そういえば……そうだよな?
 ルシオンの中のソーマもまた、何かに気づいて首をかしげる。
 異世界である深幻想界シンイマジアでどうして……人間世界の『爵位』が使われているのだろう。

「男爵ってのは爵位シャクイの1つなんだ。大した意味はねえよ。魔王マシーネが人間の世界に伝わってる風習の1つを気に入って、機巧都市ウルヴェルクに持ち込んだってだけの話だ……」
「マシーネが、この世界に? 人間の世界のことを?」
 盗賊の言葉の意味がよく飲みこめず、ルシオンは微妙な表情だった。

「ああそうさ。20年前の邪神戦争よりもずいぶん前から、マシーネは人間の世界に興味があったんだ。なぜだかわかるか?」
「さあ……? そんな話は、父上からもコゼットからも……?」
 グリザルドの言葉に、ルシオンはキョトンとした顔で首を振る。

「マシーネ・ツァーンラート……あんなに強欲で冷酷な魔王にも、かつては1人だけ愛した男がいたんだ。だがそいつは、この世界に住む魔族イマジオンじゃなかった。人間の世界からやってきた、人間の勇者だったのさ……」
「人間の……!?」
 世界から……!?
 ルシオンと、彼女の中のソーマが同時に息を飲む。

「そうだ。その男と出会って以来マシーネは、人間の世界にこだわるようになったのさ。お前の中のソーマも感じていたはずだぜ。機巧都市このまちのそこかしこに残っている人間の街の景色の名残をさ。マシーネとその部下どもが名乗っている『爵位』も、その1つなのさ」
 ……あっ!?
 グリザルドの言葉に、ソーマは再び驚きの声を上げた。

 機巧都市ウルヴェルクにやってきた時に、真っ先に感じた、何か懐かしい・・・・感じ。
 まるで縁日の夜店・・・・・みたいな市場の屋台。
 タコ焼き、じゃがバター、どこかで食べたような料理の数々。
 まるで人間世界をそのまま切り取ったようなあの感じも……決して偶然ではなかったのだ。

「あのマシーネが人間を! その人間の勇者というのは、いま何処に……」
「ああ、ソイツなら今はもういねえ。いや、今はどこにでもいる・・・・・・・と言うべきか……。さっきの話もみんな……昔のことだ……」
 興味シンシンな様子でそう尋ねるルシオンに、グリザルドは苦々しげに首を振ってそう答えた。

「20年前に起きた『邪神戦争』……世界の狭間から姿を現してこの世界に災いをもたらそうとした邪神イリス……マシーネの呼びかけに応じて前線に立ち、邪神を封じようとしたその男の体は……イリスの爪に引き裂かれてバラバラになっちまったのさ」
「そんな……!」
「そして戦が終わった後、マシーネはその男の亡骸をかき抱いて、自分の国に持ち帰ったんだ。男の魂の名残を……男の亡骸を機巧都市ウルヴェルクの中枢に取り込んだのさ。男の魂を永遠にその地に留めるためにな……」
「勇者の……魂を!?」
「そうだ、その場所こそが、これから俺たちの目指す場所……重力城グラヴィオンだ……」
 唖然とするルシオンに、グリザルドは沈痛な面持ちでそう答えた。

「それ以来だ。その戦以来、機巧都市ウルヴェルクは、ますます膨れ上がって周囲の国を圧倒し、魔王マシーネの非情さと強欲さに歯止めが効かなくなっていったのは……。な、笑えるだろ? まるでどこかで聞いた・・・・・・・ような話じゃないか……」
 ルシオンの真っ赤な瞳をのぞき込んだグリザルドの顔に、やるせない笑みが浮かんでいた。

「名はなんというのだ。その男の……その人間の勇者の名は……?」
「さあな。人間世界で何と呼ばれていたかなんて、今となっては誰にもわからねえ。だがマシーネと、その男の周りの者は、そいつをこう呼んでいたそうだ。ただ『ハル』と……」
 ルシオンの問いかけに、盗賊が首をかしげながらそう答えた、その時だった。

 ガチャンッ!

「な……なんだ?」
「みょーみょーみょー?」
 突然、鳥かご全体が大きく揺れた。
 ラインに乗って流れていたはずの鳥かごの動きが止まっていた。

 ルシオンとグリザルドとアンカラゴンが、目を丸くしてかごの外を見回すと……

 ギョーンギョーンンギョーン……
 2人と1匹を乗せたかごそのものが、ラインから離れて宙に浮いていた。
 上空から伸びてきた、まるで巨大なUFOキャッチャーのクレーンのような機械の腕が、鳥かご全体を掴んで、ルシオンたちを引っ張り上げてゆく。

「着いたか。いよいよ重力城グラヴィオンだ王女、覚悟はいいな?」
「ああ、わかっているグリザルド!」
 上昇していく鳥かごの中で。
 ルシオンとグリザルドは厳しい表情で、お互いの顔を見た。



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