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第14章 王都帰還〈ゼクトパレス〉

王城の晩餐

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「フエー目が回るー。体がポカポカしすぎてるー!」
 ……だから言っただろルシオン、あんなに長湯するから。

 帝国療養所ゼクトリウムを後にして。
 ルシオンはフラフラした足取りで1人、魔王城ゼクトパレスに続く夜の大通りを歩いていた。

 これまでの冒険のことをコゼットに伝えたくて。
 ルシオンは、あれからコゼットと一緒に1時間ちかく浴場の湯船につかりっぱなしだったのだ。

 ――あれからなコゼット。わたしは人間の世界にやってきた小姉上ちおいあねうえと一緒に、蛮族のグロム・グルダンと戦ったのだ!
 ――まあ、そんなことが……ルシオン様。
 ――でもそれから小姉上ちおいあねうえに捕まってしまってな。わたしは1人で機巧都市ウルヴェルクまで忍び込んで、探偵マキシという男に会ったんだ。それからなコゼット……
 ――まあ、ルシオン様が……たったお1人で!
 ――へへ、そうだ。すごく怖かったけど……
 ――本当に立派でしたわ。ルシオン様!
 
 湯につかりすぎて、のぼせてボンヤリしたルシオンの頭の中で、コゼットとのやりとりがグルグルとリフレインしていた。

 ――それではルシオン様。今はまだあなたのお供はできませんけど、体が元に戻ったら、必ずやルシオン様のもとに駆けつけます!
 ――わかった、コゼット。はやく……はやく元気になってくれ!

 最後にコゼットと、そんな別れの挨拶を交わして。
 ルシオンは魔王城への帰路をフラフラたどっていたのだ。

 ……でも、よかったなルシオン。
 ヘロヘロのルシオンの様子に呆れつつ、ソーマもまたホッと胸をなでおろしていた。
 ルシオンをかばって魔素エメリオの結晶に変えられてしまったコゼットが。
 一時は死んでしまったようにしか見えなかったコゼットが。
 ルシオンを守り支えてきた侍女のコゼットの、思いのほか元気そうな姿を見て。
 ルシオンも、さぞや安心したことだろう。
 と、その時だった。

 いきなり、グーギュルルルルルルル……
 ルシオンの腹が、思い切り鳴った。

 ……プッ! なんだよルシオン、その腹は……
「うー。それにしても……体があったまったら……腹が減った……!」
 ルシオンの中で噴きだすソーマ。
 ルシオンはギューギュー鳴った自分のお腹をおさえながら、恥ずかしそうにそう呻いた。

  #

「さすが、アラネアは仕事が早いな、なかなか似合うじゃないかルシオン……」
「エヘヘ。はい父上。あと1週間もすれば、飛べるようになるって……」
 ゼクトパレスの玉座の間で。
 城に帰りついたルシオンの姿を見て、魔王ヴィトルは安心したように深くうなずいた。
 玉座の間には、ルシオンより先に帰っていたビーネスの姿もあった。

「ビーネス、ルシオン。久しぶりに城に戻ったんだ。今日はなんでも、食べたいものを食べていくといい。給仕長にもそう伝えてある」
「ありがとうございます父上!」
「な……なんでも!」
 ヴィトルの言葉に、ルシオンの顔がパッと明るくなった。
 魔王城で……夕飯か……!
 ルシオンの中のソーマが、すこし不安になって首をかしげた。
 人間世界で、ルシオンが誇らしげにソーマに話した食事・・の話が、ソーマの頭にまざまざと蘇ってきたのだ。

「食事なら、あたしも一緒にいただくわ……」
「わっ! 姉上」
大姉上おおあねうえ、いつの間に!」
 ルシオンの背中から響いた聞き覚えのある声に、彼女が振り向くと……
 夜風の吹き込んだ玉座の間のテラスに立っていたのは、白衣をまとったアラネアの姿だった。

「飛んできたのよ。今さっき、帝国療養所ゼクトリウムを出払っても、怪我人のあんたちよりは早く着くわ……」
「おお、もどったかアラネア。ご苦労だったな」
 アラネアの背中から広がっているのは、月光を反射させて美しく輝いた透明な2対の翅だった。
 長女のアラネアも、翅で飛ぶことができるらしい。

「あー今日はさすがに疲れたわ。なんだかガッツリ入れたい・・・・気分。さあチャッチャと食事にしましょう。食卓は下ね?」
「あ……待ってください大姉上おおあねうえ、わたしも!」
 猫人ミアウの子供の予防接種で、さすがに疲れたのだろうか。
 首をコキコキ鳴らしながら、食卓に向かって歩いていくアラネアを追いかけようとするルシオン。
 だがその時だった。

「ちょっと待ってくれルシオン」
「父上?」
 魔王ヴィトルが、ルシオンのことを呼び止めた。

「どうしたのです、父上?」
「ルシオン。坊やに会わせてくれないか? お前の中にいる……ソーマの坊やに」
 ヴィトルが、ソーマのことを名指しで呼んでいた。

「え、あ……わかりました……」
 怪訝そうな顔をしたルシオンの全身が、眩い緑色の光に包まれていく。
 そして光が徐々に弱まり消えた時、そこに立っていたのは学校のブレザー姿のままのソーマだった。

「ソーマ。ルシオンに付き合わせてしまって……いろいろ危ない目にあわせてしまって、本当に済まなかったな。おわびってわけじゃないが、今夜は城でゆっくりと……好きなだけ食べていってくれ!」
「あ、いえ、危険だなんてそんな……」
 頭を下げるヴィトルに、ソーマは居心地が悪そうに頭をかいた。
 こっちの世界に来てからの戦いは、全てルシオンの頑張りによるものだった。
 ソーマがルシオンにできたことなど、ほとんど何もなかったと言っていい。

「どうした、こっちの食い物は口に合わなかったか? 機巧都市ウルヴェルクでも、色々食べたんじゃないのかい?」
「あ、いえ、美味しかったです、美味しかったけど……!」
 ソーマの気持ちを知ってか知らずか。
 少し眉をひそめてそう尋ねてくるヴィトルに、ソーマはブンブン首を振る。
 たしかに機巧都市ウルヴェルクの飯はどれもみんな美味かった……
 っていうか、まんま人間世界の料理そのままだったが。

「そうか、そいつは良かった。だったら、この城の料理も楽しんでくれ。俺も人間世界の『ラーメン』ってやつは大好きで何杯も食べ歩いたことがあるが……この国の食事もなかなか悪くないぜ!」
 キョドったソーマの顔をのぞきこんで、魔王ヴィトルはニカッと笑った。

  #

「あー腹減った。さ……メシだメシ!」
「あ、ちょっと……待ってください!」
 玉座の間からツカツカと何処かに向かって歩いていくアラネアとビーネスの背中に、ソーマは必死で追いすがった。

 王宮は、とにかく広い。
 おまけに足が長くて歩くのも早い2人の姫には、男のソーマでも気を抜けばあっという間に置いていかれてしまう。
 
「さって、お着替え、お着替えっと……」
 速足で歩きながら、長女のアラネアが自分の右手の指をパチリと鳴らすと、ボォオオオオ……
 アラネアの体が緑の輝きに包まれると、白衣をまとった凛々しいアラネアの姿に変化が生じていた。

 今アラネアの全身を包んでいる者モノ。
 それはまるで、真っ青なストレッチ素材に白い縦じまの入った……ブカブカしたジャージそのものだった!
 ペッタン……ペッタン……
 ゴム製のビーサンみたいな履物をだらしなくつっかけて、王宮を歩いていくアラネア。

「あ……姉上、いくら仕事が終わって王宮の中とはいえ、その恰好はちょっと……なんぼなんでも、女捨てすぎってゆーか……ってアダダダダダ!」
「うーるーさーいーぞービーネス!」
 どん引きした顔でアラネアに何かを言いかけたビーネスの耳を、アラネアの指がギュッとつまみ上げている。

「な……なんか雰囲気ちがうな、お前の姉さんの、その……アラネアの方は!」
(うう……そうなのだソーマ。この国に戻って来てから……大姉上おおあねうえはずっとあんな感じなのだ!)
 アラネアとビーネスの背中を目で追いながら、ソーマは小声でルシオンにそう話しかける。
 まるで、舞踏の衣装みたいに艶やかなルシオンとビーネスの装いと、アラネアのそれとは大違いだ。
 なんというか地味というか……いや投げやり・・・・というか……
 ソーマの違和感を察したのだろうか。
 ルシオンも言いづらそうにソーマに答えた。

戻って・・・来てから? この国に?」
 どういう意味だろう、ソーマは首をかしげる。

(もともと大姉上おおあねうえは、魔王エルメリアが統べる精霊の国……『始原の島フェインゼル』の第1王子のもとに嫁いでいたのだ。だがその、色々あったらしくて……3年前にまたこっちに、戻って来てしまったのだ!)
「あ……え……?」
 ルシオンの声にソーマはうめいた。
 離婚してこっちに戻って!
 ――この出戻り!
 昼間の帝国療養所ゼクトリウムでビーネスが毒づいていた言葉は、本当にそういう意味・・・・・・だったのだ。

(それ以来、大姉上おおあねうえはあんな感じなのだ。ドクター・ネイルに弟子入りして、今では名医として国民のだれからも尊敬されているがな……。だからその、食事中も『始原の島フェインゼル』とか『戻る』とか『別れる』とかいう言葉は……絶対使ってはいけないのだ!)
「わ、わかったルシオン」
 震え声でソーマに訴えかけるルシオンに、彼は小さな声でそう答えた。

  #

「これが……インゼクトリアの食事メシ……!?」
 玉座の間の階下。
 灰色の大理石でくみ上げられた大きなテーブルにつきながら。
 ソーマは目の前に次々運ばれてくる大皿を見つめて、驚きの声を上げていた。
 大皿に盛りつけられているのは、色とりどりの無数の果物フルーツだった。
 洋ナシやスイカやモモやミカンにも似た、様々な種類の果物。
 それは一見、ソーマも見慣れた人間の世界の青果店に並んだモノと同じように見えたが……
 まったく違っているのは、その大きさだった。
 ナシもスイカもモモもミカンも……みんなケタ違いに、デカい!

「あーお腹すいた! もう待てない、いただきまーす!」
 お腹をギューギュー鳴らしたルシオンが、空腹にたまりかねた様子でソーマの体の制動権・・・をいきなり奪い取った。
 ちょ……ルシオン!
 驚きの声を上げるソーマを尻目に、ソーマの姿のままのルシオンは……
 目の前にある自分の頭・・・・くらいもあるミカンみたいな柑橘をムンズと両手でつかみ上げた。
 器用な手つきでミカンの皮をむいたルシオンが、露わになった果実の房の薄皮に、いきなり頭をつっこんでムシャムシャ房ごとかじりはじめた!

 ちょ……手づかみ!?
 なんて食い方するんだルシオン!

 自分の喉元を通り過ぎていく、さわやかな果実の甘みと酸味にウットリしながらも。
 ソーマは呆れて、ものも言えなかった。
 
 中世ヨーロッパの貴族は、運ばれてくる肉料理を手づかみで食べていたと言われているが……
 ここインゼクトリアの魔王の一族の食事風景も、なんだか相当野蛮で荒っぽい。
 ルシオンだけではなかった。
 アラネアも、ビーネスも、みなそれぞれが目の前の巨大なバナナやリンゴをつかみ上げては……その果肉を手づかみでムシャムシャとほおばっている。

 でも……決してまずくない、いやとても美味い!
 ルシオンと味覚を共用しながら、ソーマもまた陶然と巨大なフルーツの味に酔いしれていた。

 とても不思議だった。
 食卓には果物しか並んでいないのに、まったく物足りなさを感じない。
 体の中を走り抜けるような爽やかな味のあとに押し寄せてくる、シッカリとした満腹感。
 今のソーマの体は、ルシオンの体がベースになっている。
 そのルシオンの体……インゼクトリアの魔王の眷属の体と、この果物の組成は見事にピッタリらしいのだ。

「フアー美味かった! やっぱり家メシが一番だな!」
「ご満足いただけましたか、姫様方。食後酒はどうなされましょう。今日は城下のブドウ農園のワイナリーから、極上のワインが献上されておりますが……」
 巨大なナシやバナナやオレンジを平らげて、満足そうな声を上げるルシオンたちに。
 コック服に身を包んだ小鬼ゴブリン料理長が、何種類かのワインの瓶を運んでくる。

「いいな。あたしはソレを貰おう」
「うん、あたしも」
「あ、わたしはワインはちょっと……」
 アラネアとビーネスは料理長のワインを笑顔で指さすが……
 ソーマの姿のルシオンは、ゲンナリした声でそう答える。
 機巧都市ウルヴェルクでの酒の失敗が、相当こたえているらしい。

「かしこまりました。ではルシオン様にはいつものアレを……」
 料理長はの声にそう答えると、ソーマの前にワイングラスとは別のグラスを運んできた。

 こ……これは!?
 目の前のソレを見つめて、ソーマは戸惑いの声を上げる。
 大ぶりなジョッキになみなみと注がれたソレは、琥珀色をした、まるでハチミツのようにトロリとした液体だった。

「あーコレコレ! コレがないと1日が終わらないんだよなー、わたしン家ゼクトパレスでは!」
 な……なんだよそれルシオン?
 ソーマの姿をしたままニヘッと笑うルシオン。
 ルシオンの食欲は、完全にソーマの体のコントロールを彼から奪い取っていた。

「ふふ、これはなソーマ。千年樹ゼクトバウムの幹から沁み出た『ゼクトバウムの聖液』だ!」
 ……って樹液かよ!
 ルシオンの答えに、呆れかえるソーマ。
 イヤな予感が的中してしまった。
 コッチの世界でのルシオンが、夜露や花の蜜や樹液をすすって生きているという話は、嘘でもなんでもなかったのだ!

 そして、ゴッキュゴッキュゴッキュ……
 ジョッキになみなみと注がれた琥珀色の液体を、ルシオンが喉を鳴らしながら飲み始めると……
 あれ、ソーマは意外な声を上げる。

 まずくない。甘い味わい。
 まるで黒蜜やメープルシロップのような濃厚な甘みの……だが全くしつこくない、喉も焼けない自然な甘み。
 う……美味い!
 悔しいが、ソーマは思わずそう唸ってしまった。
 決して薄味ではないのに、ソーマのベースになっているルシオンの体に合うのだろう。
 体の奥からジンワリと温かくなって、疲れが取れて力が湧いてくる感じがするのだ。

「どうだソーマ。美味いだろう? インゼクトリアの食事も!」
 ルシオン、ごめん。
 ……昆虫なみの食生活だなんて馬鹿にして!
 ソーマは心の中で、小さくルシオンにそう謝っていた。

 それにしても……
 大理石のテーブルで満足そうにくつろぐルシオンの様子に、ソーマは少し不安になってくる。
 もしこのままルシオンが、故郷のインゼクトリアに留まったきり、人間世界に戻らないと言ったら……?

 ルシオンが慕うコゼットは今、この地にいる。
 次女のビーネスもルシオンの必死の頑張りで、どうにか故郷に帰ってきた。
 ルシオンの父ヴィトルが危険視していた薔薇の姫メイも、盗賊グリザルドも、もうヴィトルが恐れているような事件を起こす力も、起こすつもりもなさそうだった。
 だが、それでも……

 ――今度の騒ぎの元凶をもたらした奴は、まだ人間世界に居る……どうもそんな気がするんだ。
 あの日、崩れ落ちた魔法安全基盤研究所MSLの跡地で呟いたヴィトルの言葉を思い返して、ソーマのうなじの毛が幽かに逆立つ。
 魔王ヴィトルはいったい何を恐れて、ルシオンを人間の世界に留めたのだろう?
 
 ――また見つかったのかベリン。やはり……もう各地に広がっているのか!
 ――はいヴィトル様。インゼクトリアの領内のみならず、おそらくは深幻想界シンイマジア全体に。このままでは、あと1年も待たずに……!
 食卓での晩餐に、ヴィトル本人は同席していなかった。
 ちょうどあの時、息を切らして玉座の間に駆け込んできたベリン執政とヒソヒソ何かを話し込んだまま……それきり玉座の間から顔を見せないのだ。

 ルシオンもビーネスも、無事に故郷に戻って来た。
 人間世界に干渉するという魔王マシーネの目論見も打ち砕かれた。
 コゼットも生きていて、回復も順調みたいだった。
 全てが上手くいったように見える、でもまだ、まだ……何かあるというのか……!
 胸の中にザワザワと広がっていくさざめきと、奇妙な予感にソーマの体が震えた、その時だった。

「……ヒックッ! いいかあビーネス。町医者の仕事ってええええのはなぁあ。普段は頭数ばかり余っててヒマそうに見えるかもだけどなあ。戦や災害で怪我人が出たり、新しい感染症が発生したりするとだよおお。人も施設もまるで足りないのよおお。常に前線に立って、体張って命がけで仕事してるワケよ?」
「そんなこと言われたって姉上……ううう……あたしのビアンカ。あたしのローザ。あたしのレイモンド……!」
 な……何が起きている!?
 テーブルの向こうで渦巻いている、なんだか怪しげな雲行きにソーマは気づいた。

 ゴッキュゴッキュゴッキュ……
 長女のアラネアが、顔を真っ赤に染めながらワインの瓶から中身をラッパ飲みしていた。
 ングングングング……
 アラネアの隣では次女のビーネスが、グラスから何度も何度もワインをあおりながら、プルプルと肩を震わせて涙ぐんでいた。

「それに比べて、あんたはなんだあ? 国民からは、インゼクトリア随一の戦姫なんて呼ばれて大人気だけどさァ……やってることは国中飛び回って、女漁ってるだけだろうがァこのエロ戦姫!」
「んああああああ! あたしの、あたしのヴェスパが。あたしが国中からスカウトして、手塩をかけて調教そだて上げた、厳選美少女遊撃隊がああああああああっ!」
 ビーネスの肩をひっつかんではブンブン揺らして、イヤーな絡み方をしているアラネア。
 一方のビーネスは、何かに耐えかねたように涙と鼻水を吹き出しながらオイオイ泣き出してしまった。

 怒り上戸と……泣き上戸か!
 それでもって、まったく会話が成立していない!
 ルシオンの2人の姉の酒グセの悪さに、ソーマは開いた口がふさがらなかった。

「ちょ……ちょっと大姉上おおあねうえ小姉上ちいあねうえも!」
 ソーマの姿のままの、自分だけ素面なルシオンが、慌ててテーブルから跳ね上がった。

「ほらほら大姉上おおあねうえ小姉上ちいあねうえから手を離して。小姉上ちいあねうえも、もうそんなに泣かないで……」
「んああああああ! だってえええルシオン! 姉上があたしにひどいことををををををををっ!」
「んんんんなんだああ、放せ放しなさいルシオン……って……ウン?」
 泣きじゃくるビーネスから、アラネアを引き離そうとするルシオン。
 顔を真っ赤にしながら怒号を上げた酔っ払いのアラネアが、ルシオンの方を向いた、その時だった。

 ピタリ。
 アラネアの動きが止まった。

 ジーーーーーーー……。
 ベッコウ縁の分厚い眼鏡の奥のウルトラマリンの瞳が、ソーマの姿をしたルシオンの顔をジッとのぞき込んでいた。

「な……どうしたんすか大姉上おおあねうえ……って!?」
「エプシロン! エプシロンじゃない! あたしのところに戻って来たんだね……エプシロンンンンンンンッ!」
 カッカと火照ったアラネアの体が、ソーマの体に抱き着いていた。

「ちょまっ! 姉上、コイツの体はエプシロン王子ではありません! わたしはルシオンです! ちょっちょっちょっ!」
 アラネアが、ものすごい力でソーマの体を食卓に押し倒すと、ソーマの中のルシオンは恐怖の叫びを上げた。
 そして、ボオォオオオオオオオ……

 とっさのことで身動きが取れないソーマの顔に、スリスリ自分の顔をすりつけながら。
 ダブダブのジャージに包まれたアラネアの体が……
 分厚い眼鏡に隠されたアラネアの顔が……
 妖しい緑の光に包まれていった。





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