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第16章 七閃剣士〈セブンセイバー〉

超剣士マティス

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「うわああ助けてっ!」
「ママ? ママーーーー!?」
「たかし、早く! こっち!」
 みたまランドの園内が阿鼻叫喚の修羅場と化していた。
 祝日の月曜日に遊園地を訪れた何百人もの若者や家族が、悲鳴を上げながらあたりを逃げ惑っている。
 何の前触れもなく、突然に。
 そいつは園内の広場に発生した不思議なモヤモヤの向こうからいきなり這いずり出してきた。
 その怪物……茶褐色のウロコをテラテラ光らせ、体長20メートルを超えた図太い胴体から何十もの頭を生やした巨大なヒドラが。
 信じられない光景に呆然と立ち尽くしている周囲の人間たちに、手当たり次第に食らいついて丸飲みにし始めたのだ!

「あーあ。もうシッチャカメッチャカだねえ。本当にいいのかねえイリスの巫女殿は……?」
 休日の平和そのものの日常から、いきなり地獄のような光景と化してしまった、そんな中。
 昼食をとっていた客も全て逃げ去り、無人になった園内レストランで1人。
 テラスのテーブル席に腰かけた灰色のコートの男が、エスプレッソコーヒーを啜りながら目の前を這いずるヒドラを見上げていた。
 
「巫女殿お目当ての坊や・・だって、いきなりこんな……エキドニアのヒドラなんかに出くわしたらビビッて逃げちまうんじゃないか。まったく骨折り損の殺し損、この俺にヤらせてくれれば、もう少しエレガントに事が運ぶってのになあ……」
 右手の甲から飛び出した黒い結晶石をつまらなそうに眺めながら、灰色の男がやる気のなさそうな声でそう呟いていた、だがその時だった。
 
「ん……なんだ、何か来る……」
 それまで無気力そのものだった男の声色が、急に変わった。
 死んだ魚のような男の目が、今はギロリと見開かれている。
 男は空を見上げていた。秋の陽光の降り注ぐみたまランドの上空の一点をジッと見据えていた。
 園内を這いずりまわり、殺戮の限りを尽くす巨大なヒドラに向かって一直線に、何か・・が落ちてきた。

ャァアアアアアアーーーー!!!」
 その何かが……風を切りながら地上に落下してくるそいつ・・・が、喉から絞りきるような裂帛の気合を上げていた。

「お目当ての坊や? いや違う、ただの人間……?」
 空中で怒号を放つそいつの正体をハッキリと視認した男が、戸惑ったような声を漏らした。
 ヒドラに向かって落ちていくのは、痩せぎすな体躯の1人の少女だった。
 叩きつけるような風に暗灰色の髪を乱し、ギラギラと怒りに燃える目で地上のヒドラを見据えながら。
 右手に握った飛び出しナイフ構えて風を切ってゆくその少女……
 自身の能力『空間断裂ラプチャー』によって観覧車から空中に飛び出した、アレクシア・ユゴーの姿!

「人間の子供ガキが……魔法で空中から奇襲を? だがいったい、どうするつもりだ……!」
 闘志をむき出しにしてヒドラに向かっていくアレクシアの姿に、男は興味シンシンな様子で首をかしげた。

「シャーーーーッ!」
 ヒドラが空中から浴びせられる怒号に気づいて、甲高い威嚇音を上げていた。
 何十もの大蛇の頭が一斉に、落下してくるアレクシアの方を見上げている。

「あれじゃあ空中で逃げ場なし……ヒドラに食ってくれと頼んでるようなもんだ。仮にあそこからの逃げられても、そのまま地上に激突……人間なら命はねえだろ。ただの馬鹿なのか? それとも……」
 アレクシアにむかって、いくつもある鎌首をもたげていくヒドラを見上げながら、男の声には異様な昂りがあった。

 落下の勢いは止まらない。
 アレクシアの体が、ヒドラのすぐ目前に達しようとしている。
 そして、ヒドラの巨大な蛇頭の1つが、グワリと顎を開き、その下顎を左右に大きく広げて小さな少女の体を咥えとり飲み込もうとする、だがその時だった。

「なんだアレは!」
 レストランのテラスで少女の死を確信していた灰色の男が、いきなり戸惑いの声を上げてた。

 ス……ッ
 アレクシアを飲み込もうとしていた大蛇の頭が、痩せぎすな少女の体のすぐ目前で、音もなく消え失せて・・・・・いた。

「消えた……魔法? 何をした!」
 男は再び驚愕の声。
 灰色の男の死んだ魚のような目は、空中の異様をハッキリと見届けていた。
 消失したヒドラの頭が少女の体をすり抜けて・・・・・、落下する少女のその背後から飛び出したのを。
 そして暗灰色の髪を風に乱した少女の唇が、幽かにほころびながら小さく何かを呟くのを……!

  #

「『絶空斬クーペ』……!」
 自身のすぐ正面に作り出した不可視の『A面』にヒドラの頭部を飲み込みながら。
 自身のすぐ背後に作り出したもう1つの『B面』からヒドラの頭部が吐き出されると。
 空中のアレクシアはただ一言、冷たくそう呟いていた。

 とたん……バチンッ!
 何かが弾けるような鋭く乾いた音があたりに響いた。

「ギシャアアアアアアアッ!」
 ヒドラの絶叫がアレクシアの鼓膜をビリビリ震わせると、次の瞬間には。
 頭部を失った大蛇の鎌首からは真っ青な血が噴き上がって、『両面』の接続を閉じた・・・アレクシアの全身をジワリと濡らしていた。

  #

「す……すごい!」
 空中でヒドラの頭部を切断したアレクシアの荒技を見つめながら、観覧車のゴンドラに残されたソーマは驚愕のうめきを漏らす。
 アレクシアの能力。空間的に連続した不可視の2面を通過したモノを全く別の場所に移動させる能力。
 だが、もしもその面をくぐりぬける最中に、アレクシアが2つの面を閉じて・・・しまったとしたら……!
 ソーマが想像したくもなかった恐ろしい結果が今、みたまランドの地上に現出していた。

 ヒドラの頭が広場に転がる。
 大蛇の真っ青な鮮血があたりに飛び散る。
 切断したヒドラの鎌首に自身のナイフを突き立たせて。
 落下してゆく自分の体に制動ブレーキをかけながら今、アレクシアは何十もの頭が伸びたヒドラの図太い蛇体の上に軽やかに降り立っていた。

 そして、バチンッ! バチンッ! バチンッ!
 立て続けに、矢継ぎ早に。
 アレクシアの次々に放った2つのがヒドラの頭部を空中で2つに隔てると……
 何かが弾けるような乾いた音とともに、次々に大蛇の頭部を切断してゆく!

「アレクシア……あんな使い方・・・を……!」
 地上で繰り広げられる、あまりにも凄惨な光景に。
 ソーマは呆然として数瞬、その場から動くことができない。
 近接戦闘において無敵に等しい能力を誇るアレクシアの空間断裂ラプチャーには、まだこれほど恐ろしい使い方があったというのだ!
 だがソーマの方も、いつまでも固まったままでいるわけにはいかなかった。

「だめだ、アレクシア!」
 ソーマは自分を奮い立たせる。
 アレクシアの能力がどれほど凄くても、彼女1人では危険すぎる。
 まだ何十と無事に残っているヒドラの頭部が、威嚇音をたてて顎を大きく開きながら、少女の周囲を取り囲み始めた。
 
 マサムネにかけた電話はまだつながらない。
 ソーマの耳元で、手にしたスマホは虚しくコールを繰り返すだけ。

 そして、ゴッ!
 ソーマは全力を込めて、ゴンドラの扉を蹴破っていた。

「ルシオン……頼む!」
(わかった、行くぞソーマ!)
 自分の中のルシオンに一言そう告げると。
 ルシオンも心得た様子でソーマに答える。
 地上で殺戮を繰り広げるヒドラを放っておくわけにはいかなかった。
 ただ1人、怪物に戦いを挑んだアレクシアを放っておくわけにはいかなかった。

 スッ……
 ソーマはゴンドラから、地上に向かって身を投げた。
 シュゥウウウウウウ……
 そして風を切って空中を落下してゆくソーマの体が、まばゆい緑色の光に包まれると次の瞬間。
 光の中から現れたのは、優美に広がった背中の翅をしならせながら、ヒドラに向かって飛翔する少女の姿。
 黒鳥のような衣を風になびかせ、紅玉ルビーのような真っ赤な瞳で大蛇をにらみつけた王女ルシオンの姿だった。

  #

クーペ! クーペ! クーペ!」
「ギシャアアアアアアアッ!」
 バチンッ! バチンッ! バチンッ!
 地上の広場で、アレクシアの猛攻は止まない。
 自分を飲み込もうとする大蛇の頭部を次々との射程に捉えながら。
 アレクシアが怒号を上げるたびに、ヒドラの頭が鮮血を噴き上げながら地面に落ちていく。

「なんて能力チカラだ! あいつ、本当に人間か!?」
 無人になったレストランのテラスから、戦いの行方を見上げながら。
 灰色のコートの男もまた、死んだ魚のような目を見開いて驚愕の声を上げていた。
 さっきまでベンチで男と話していたあの女……
 堕蜘おろちイノリの命じる通りに、男が召喚・・したエキドニアのヒドラが……
 とつぜん空から現れた、たった1人少女の力の前に、完全に圧倒されている!

「あの能力は……人間の魔法じゃない。まるで始原魔器プライマル……いや、あれはまるで……」
 流麗に舞のような動きでヒドラの頭を落としていくアレクシアを、呆然と見つめて。

「ちょっとした魔王の模造品クローンだ……! だが……」
 不思議そうにしきりに首をかしげながら、だが灰色の男の口元には嘲笑うような笑みが浮かんでいた。

「アレじゃあ駄目だな、戦いの場数・・はイマイチらしい。斬るってやり方じゃあ駄目だ。ヒドラ相手・・・・・に……首を斬る・・・・ってやり方じゃあな……!」
「な、なんだ!?」
 灰色の男がほくそ笑んで、小さくそう呟いたのと、まさに同時に。
 ヒドラの背中に立ったアレクシアもまた、戸惑いの声を上げていた。
 なんだか、様子がおかしかった。
 アレクシアの空間断裂ラプチャーで頭部を失い、力なく本体から垂れ下がっていた大蛇の鎌首が再びグネグネと蠢きながらアレクシアを取り囲んでいく。
 そして……

「ああッ!?」
 アレクシアは小さく悲鳴を上げていた。
 さっきまで真っ青な鮮血を噴き上げていたヒドラの首の切断面に起きてゆく、異様な変化をその目にして。

「あれは……!」
 再び動き始めた切断された鎌首を見上げて、アレクシアは驚きの声を上げる。
 空間断裂ラプチャーによって切り落とされた傷口から噴き出していたヒドラの青い血が、いつのまにか止まっていた。
 かわりに傷口からプツプツと盛りあがっていくのは、紫色にヌルリと濡れたおぞましい肉芽組織。
 いや、肉芽はまたたく間に膨れ上がり変形を繰り返していくと、次の瞬間アレクシアの目の前でのたくっているモノは……
 切り落とされた切断面から2又にも3又にも分かれてアレクシアに牙をむく、新たなヒドラの頭部だった!

「しまった……!」
 襲いかかる蛇の頭から跳び退りながら、アレクシアは苛立たしげに顔をゆがめる。
 体長20メートルを超える、巨大な多頭蛇。
 少女の放つ切断能力によって、その動きを封じられるかに思えたこの怪物には……
 恐ろしい再生能力が備わっていたのだ!

「ジャアアアアッ!」
 攻撃される前よりも、その頭の数を倍近くに増やしたおぞましいヒドラが、二重三重にアレクシアの体を取り囲んでいく。
 その時だった。

「ルシフェリック・セイバー!」
 バランッ!
 アレクシアの頭上から響いた気合と同時に。
 上空から降り注いだ幾筋もの緑色の閃光が、アレクシアを包囲したヒドラの首を貫き切り裂いていく。

「アレは……ソーマの中のヤツ!」
「だああああっ! 中のヤツって言うなあああああ!」
 自分の危機を助けた者の正体に気づいて、アレクシアは驚きの声。
 背中から広がる優美な翅をしならせながら、ヒドラの周囲を飛び回る一陣の黒い風があった。
 自身の指先に集まったホタルたちから放った光矢アローの斬撃でヒドラの首を切り裂いていくルシオン・ゼクトの姿だった。

 ダメだルシオン! あいつに斬撃セイバーを使っちゃ!
 だがその時、ルシオンの中のソーマは慌てて彼女の攻撃を止めていた。

「うるさい! わかっている! でもいったい、どうすれば!」
 ルシオンも、ソーマの言葉に苛立たしげにそう答える。
 自分の攻撃が目の前のヒドラに逆効果なことくらい、ルシオンも十分にわかっていた。
 今の攻撃はソーマの知り合い、アレクシアを助けるための苦し紛れだった。

 アレクシアの斬撃も、ルシオンの斬撃もヒドラの首を落とせば一時はその動きを弱めて攻撃を封じることができる。
 だが、ズズズウウウウウウ……
 切断された鎌首が、ルシオンの前で再び動き始めていた。
 首を切り落としても、一時しのぎにしかならないのだ。
 逆に凄まじい再生力で、2つにも3つにも枝分かれして傷口から伸びていく大蛇の頭部。
 斬撃はヒドラの頭を増やして、かえってその力を強める結果にしかならない!

「エキドニアのヒドラ……どうやって、コイツを倒す!?」
 再び動きを活発化させるヒドラから距離を取りながら、ルシオンはギリリと歯ぎしりする。
 再生能力もやっかいだが、そのサイズもルシオンの手に余った。
 ルシオンのホタルがその発光器官から放つ光矢アローでは、ヒドラの巨体を貫けてもその命を絶つことなど到底無理だった。

「タイチョー、ミルメ、ハンタ、シーシァ……何してる、早く来い!」
 アレクシア・ユゴーの方も万策尽きて、ヒドラの攻撃を必死にかわし続けるしかない。
 彼女の能力『空間断裂ラプチャー』によって作り出せる面の大きさは、1メートル四方が限界だった。
 ヒドラの首を切断することはできても、その図太い胴体に致命の傷を刻むことは、とても出来ない!

  #

「なるほど、アレがさっきの坊やの『中のヤツ』……巫女殿が始末したがっている、インゼクトリアの光矢召喚者レイブリンガーか。だが……」
 みたまランドの無人のレストランのテラスでは、灰色の男が死んだ魚のような目でヒドラの周りを飛ぶルシオンの姿を見据えている。

「本当にあの、魔王ヴィトルの娘なのか? 能力は凄いが、殺しのセンスは壊滅的だ……!」
 ヒドラの周りを羽虫のように飛びながら成すすべ無い様子のルシオンに、男がガッカリしたようにため息をついた。
 だが、その時だった。

「ウン……?」
 灰色の男の体が、突然ビクリと痙攣した。
 
「なんだ、何か来る! 強い! この感じは……アイツは確か……!」
 死んだ魚のような眼をギョロリと見開いてしきりに辺りを見回しながら。
 灰色の男は、なんだか昂った声でそう呟いていた。

  #

「ギシャアアアアアアアッ!」
「うあああああああっ!」
「クソ! チクショー!」
 鋭い牙の伸びた大きな顎をグワリと開いて。
 何十もの大蛇の首が、アレクシアとルシオンに同時に飛びかかろうとしていた。

 ルシオン、俺と替われ!
 ソーマはたまらず、ルシオンに叫ぶ。
 ルシオンの能力と、ヒドラの能力の相性の悪さは絶望的だった。
 このままでは、ただ死を待つだけだ。
 いま残された手段は、ソーマの魔法の力でどうにかヒドラの動きを封じないと!
 そう思って必死にルシオンに呼びかけるソーマだったが、もうルシオンにはその声を聞く余裕すらないみたいだった。
 ルシオンの体を咥え取り飲み込もうと、ヒドラの頭がルシオンのすぐ目の前まで迫ってくる!
 だがその時だった。

 ゴオオオオオッ!

「うわああああ!」
 ヒドラとルシオンを遮って、突然ルシオンの目の前に噴き上がった真っ赤な炎。
 叩きつけるような熱風にあおられて、ルシオンの体がその場から吹っ飛ばされていた。

「ケホッケホッ……あれ? ヒドラは……!」
 爆煙に咳こみながら、どうにか顔を上げたルシオンは呆然として辺りを見回す。
 つい数瞬前まで、ルシオンを取り囲んで彼女を飲み込もうとしていたヒドラの頭部が。
 ルシオンの視界から跡形もなく消失・・していた。そして……

「一の剣は『緋色ヒイロ』。その剣速で大気を燃やし……猛火バーンで命の芽を摘む剣!」
「そ……その声は……そんな!」
 空中で次第に薄らいでいく紅蓮の炎の向こうから響いてくる聞き覚えのある声に、ルシオンは驚きの声を上げていた。

「なぜここに、兄上が……!?」
 目にも止まらぬスピードで。
 ルシオンとヒドラの間に割って入り、一瞬にして大蛇の首を斬りはらっていた者がいた。
 その男はルシオンと同じく優美な翅を背中に広げて、まるでサムライのようなゆったりとした若草色の着物を身にまとったっていた。
 男の右方に担がれているのは、その銀色の刀身にまだ真っ赤な炎をまとわせている、男の身長ほどもあるスラリとした長剣ロングソードだった。

「な……アイツも異界者ビジター!?」
 大蛇の猛攻から必死に身をかわしながら、アレクシア・ユゴーも男の姿に気づいて戸惑いの声。
 
「まったく、出来ていない・・・・・・ぞルシオン!」
 その男……美しい銀髪を空を渡る風になびかせて、クリーム色の滑らかな肌に青鋼色スチールブルーの入墨を輝かせた男は、ルシオンの方を向いて厳しい声を上げた。

「ヒドラ相手に斬撃で立ち向かうなど! 私やコゼットから教わった事を忘れてしまったのか!」
「し……仕方ないのです兄上! コイツいきなり現れたし、わたしだって心の準備が……!」
 ウルフェナイトのようなオレンジ色の瞳でルシオンを見据えながら。
 上から目線で彼女にそう言った美貌の男に、ルシオンは顔を真っ赤にして必死で言い訳をしていた。

 兄上って……じゃあコイツが、ルシオンの兄さんで……インゼクトリアの第1王子?
 名前は確か『マティス』……マティス・ゼクト!
 男とルシオンのやりとりを見て、ルシオンの中のソーマも必死で自分の頭を整理する。
 背中の翅、銀色の髪、第2王女ビーネスと同じくまるで生きているようにその肌に煌めく入墨。
 男がルシオンの姉で……インゼクトリアの魔王の眷属であることは、ソーマにもハッキリわかった。

「ただ斬る・・だけではダメだ。私の剣のように焼き斬って・・・・・しまわなければ、無限に再生を繰り返すだけだぞ!」
「だーかーら! わかってますって!」
 ……あっ!?
 男の……マティスの発した言葉の意味に気づいて、ソーマは彼が肩にかついだ長剣に目を奪われる。
 マティスの剣、刀身に炎をまとわせた剣。
 彼の刀身に斬り払われたヒドラの鎌首が、さっきまでと様子が違った。
 ダラリと地面に横たわったまま、それきりもう新たな頭を生やしてこないのだ。
 マティスの剣が……ヒドラの再生を封じている!

「ギシャアアアアッ!」
「あっ!」
 同じ頃、ヒドラに生じた異変にアレクシアもまた息を飲んでいた。
 彼女の体を二重にも三重にも包囲していた大蛇の首たちが、アレクシアから離れていく。
 鳥肌がたつような恐ろしい威嚇音を上げながら、アレクシアの包囲を解いてマティスの方に一斉に伸びていく蛇、蛇、蛇、蛇の群れ!

「兄上、危ない!」
 ものすごいスピードで兄を取り囲み、顎を開いて牙を剥く無数の蛇頭にルシオンが悲鳴を上げかけた、だがその時だった。

「我が剣流セイバー七縷ななるあり……」
 当のマティスに、まるで取り乱した様子はなかった。
 右肩に担いだ長剣を、美貌の剣士がスッ……と天に向かって振り上げた、次の瞬間!

 ギィイイイイイインンンンン!

「ギシャアアアアアアアッ!」
 金属の砕けるような甲高く軋んだ音が空気を振るわすと同時に、ヒドラの首たちが悲鳴を上げながら空中で静止していた。

「二の剣は『凍砂イズナ』。そのヤイバ縦横無尽にして飛弾を凍止いとむ。そして……」
 ああっ!
 マティスの振り上げた剣に生じた異変に、ソーマは再び驚愕の声。
 まるで微細な銀色の糸のように無数に枝分かれした長剣の刀身が、空中でヒドラの頭を刺し貫いて、マティスの目前でその動きを釘付けにしていた!
 だが異変は、それだけにとどまらなかった。

「三の剣は『更紗サラサ』。そのヤイバ侵行不可逆にして、ヘルツを高めて森羅万象一切破砕すべてをくだく!」
 マティスが静かにそう呟いて。
 右手に握った剣の柄にグッと力を籠めたその一瞬で!

 ボシュンッ! ボシュンッ! ボシュンッ! ボシュンッ!
 
 何が……起きた!?
 ソーマは目の前で起きている事が理解できなかった。
 マチスの刃で釘付けにされた、無数のヒドラの頭が内側から膨れ上がってそのまま爆ぜた・・・
 爆散して、灰色の砂になったヒドラの頭の成れの果てが、そのままサラサラと風に流れて消えていく。

「あれは更紗サラサ。貫いた相手の魔素エメリオを高周波で振動させて内側から爆破する……インゼクトリアでも、いや深幻想界シンイマジア中でも兄上と、そのお師匠しか使えない凄いワザだ!」
 呆然として声を失うソーマに気づいたルシオンが、少し誇らしげな声でそうフォローした。

  #

「アイツは、確かマティス。インゼクトリアの七剣使いセブンセイバー……『片腕マティス』か!」
 レストランのテラスから戦いの様子をうかがっていた灰色の男が、興奮した様子でしわがれ声を上げていた。
 
「こいつは……エキドニアのヒドラなんかじゃ相手にならない! 久しぶりに、この俺のアレが試せる・・・!」
 さっきまで無気力そのものだったノッペリとした顔をワクテカと輝かせながら。
 エスプレッソコーヒーを一気に飲み干した男が、テラスのテーブル席からおもむろに立ちあがった、その時だった。

「やめなさい、まだその時ではありません……」
 男の背中から、まるで譫言ウワゴトのような低くて冷ややかな女の声がした。






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