俺の幼馴染が魔王でドS?

めらめら

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第1章 魔剣覚醒

シュンの覚醒

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「おわあ!」
 狼の振り下ろす鉤爪を、咄嗟に半分に折れた剣で受けようとするシーナ。
 だが不完全な姿勢で構えられたシーナの剣は、鉤爪をさばききれなかった。

 ガキンッ!
 
 剣がシーナの手元から弾き飛ばされた。
 鋭い爪先が、シーナの胸元を掠めて彼女のジャージを肩口から引き裂いた!

「イッ」
 シーナが苦悶の声を上げる。
 間髪入れず狼の連撃。
 タンッ! すかさずその場から飛び退り、手負いのシーナは狼と間合いを取ろうとする。
 致命傷でこそなかったが、切り裂かれたジャージから露わになった彼女の左肩と胸元は、ベッタリと血に染まっていた。

「まずい、距離を、身を守るものを!」
 シーナは公園にそびえたケヤキの巨木の陰に飛び込む。
 遮蔽物に身を隠して、一瞬でも狼の攻撃を凌ごうとする。

 だが、メリメリメリメリ……

 そのケヤキの樹の幹が、シーナの背後でミシミシ唸った。

「うそやろーーー!」
 幹が根元のあたりから折れるなり、シーナの方に倒れて来る!
 狼の鉤爪の斬撃が、ケヤキに深々と切れ込みを入れ、巨木を斬り倒したのだ。

「ぐ……! うっ! うっ!」
 なんとか狼から逃れようとするシーナだったが、その場から、一歩も動けなかった。
 倒れてきた樹の幹に、足を挟まれていたのだ。

「まったく口だけの小娘が、ちょこまか跳び回りやがって。それにしても、本当に、この姿・・・は、腹が減る・・・・……」
 ギシギシと鉤爪を軋らせながら、狼が動けないシーナに迫る。

「どれ、まずはこいつから頂く・・か……」
 耳まで裂けた口からダラダラと涎を垂らしながら、狼はシーナに鼻先を寄せた。
 そして彼女の肩口から流れる赤い血を、ザラザラとした舌でベロリと舐めとった。

「いぃああああああ!」
 苦痛と屈辱と恐怖で、シーナが叫んだ。
 狼が牙を剥き、シーナの肩口を咬みちぎろうとした、その時だった。

 ターンッ!

 狼の右の背中に、何かが命中した。

「グォ!?」
「やめろ! シーナから離れろ!」
 獣が背後を振り向くと、そう叫んで狼にむかって拳銃の銃口を向けていたのは……

 シュンだった。
 タヌキの一撃で昏倒した警官。
 その警官のガンホルダーからストラップを引き千切り、撃鉄を起し、シーナを助けるために、狼むかって発砲したのだ!
 シュンの背後には、メイとタヌキがいた。

「ダメや彼氏くん! メイくんと逃げな!」
「ばか! お前を置いて、そんなことできるか!」
「そうよ! できるわけないじゃない!」
 シーナが慌ててシュンを止めようとする。
 だが両膝をガクガクさせながら、なけなしの勇気を振り絞ってシュンは叫んだ。
 メイもシュンと口を揃えた。

「あーあー。駄目だ駄目だ……俺って忘れっぽいよな……」
 狼がノソリと立ち上がって、シュンとメイに向き直った。

目標ターゲットは、あの娘・・・だった。あの娘・・・さえ始末すれば、あとは、何をしてもいいと……! どれだけ女を犯しても、どれだけ女を食ってもいいと……! そう約束した!」
 狼が訳の解らないことをブツブツ呟きながら、シュンとメイの方に寄ってきた。

「姉さん! しっかり!」
「お姉さま! わたくしたちが、最後までお姉さまをお守りします!」
 ケヤキの下敷きになって身動きのとれないシーナ。
 彼女の元に、いつの間にか古びたランプとペットボトルが転がって来ていた。

「ありがとなメララちゃん、ウルルちゃん。でもな、最後にウチのお願いきいてくれるか?」
「「お願い?」」
 痛みと出血でボンヤリとしながら、シーナが水と炎に語り掛けた。
 不思議そうに口を揃える少女の声。

「そや。うまく行くかはわからんけどな、君らであの2人を……メイくんとシュン・・・を守ってほしいんや……」
 シーナがすまなそうな顔で、シュンとメイの方に目を遣った。

「いまどきの魔物の一匹や二匹、自分の術だけでどうにかなる。そう思って自惚れとった。あの子を守るなんて余裕や。そうタカを括っとった……つくづくアホやで」
 シーナは無念の表情で一人呟いた。

「せやから頼む! せめてあの2人だけでも、無事に逃がしてあげたいんや! ウチの最後の願い。きみらに委託する最後の仕事や!」
 金色の瞳から一筋の涙をながして、シーナは炎と水にそう懇願した。

「……わかったっす。姉さん!」
「……わかりましたわ。お姉さま!」
 2つの少女の声が、悲痛な様子でシーナにそう応えた。

  #

 ノソリ、ノソリ。
 狼がシュンとメイに近づいてくる。

「くるな!」
 シュンがそう叫んで、再び狼に向かって引き金を引こうとする。

 だが、ズザッ

 次の瞬間、狼が二本の脚で地面を蹴って、跳躍した。

「鬱陶しい! まずはこいつから!」
 一跳びでシュンの眼の前に着地した狼。
 獣が右手の鉤爪を振り下ろして、シュンを引き裂こうとする。

「うおわああ!」
 シュンの脳裏を死がよぎる。
 両断された警官の姿がシュンの視界をかすめる。

 だが、その時だ!

「やらせねえよ!」
「やらせませんわ!」
 2人の少女の声と同時に、シュンの眼の前に真っ赤な炎が燃え上がり、煌めく水柱が湧きたった。

 水と炎が混ざり合った。ボン!
 夜を震わす爆音。
 空中で生じた水蒸気爆発が、狼の爪先をシュンの頭上からそらしたが……

「ぐあああああああ!」
 シュンの悲鳴。
 小規模な爆発は、狼の爪を完全に防ぐまでには至らなかったのだ。
 爪先はシュンの制服を引き裂き、彼の胸に深々とした創を刻んでいた。
 狼の一撃がシュンの身体を五メートル近くも叩き飛ばして、サクラの樹の幹に叩きつけた!

「シュンくん!」
 メイの悲鳴。
 駆け出すメイ。
 シュンの叩きつけられた桜まで疾走して、メイは彼の肩を抱く。

「ぐ……ぐ……ぐ……」
 サクラの下でシュンは呻いた。
 気が遠くなるほどの痛み。
 胸からとめどなく流れる血。
 泣きながら何かを叫ぶメイの声も、どこか遠くから聞こえてくるようだった。

 ……死ぬのかな、俺。
 ま、仕方ないか、たまたま相手がバケモノだったってだけで、交通事故でも、火事でも、地震でも、人間、死ぬときは死ぬしな。
 この痛みが消えるなら、それも、悪くないかも……。

 いや。

 だめだ。

 俺はどうでもいい。
 でもメイを、メイのことを守らなければ……!

「メイ……下がってろ! 逃げろ!」 
「シュンくん!」
 シュンは、遠ざかる意識を必死で自分の方にたぐりよせる。
 シュンにすがるメイに、声にならない声でそう呼びかける。
 
 どうする?

 シーナは動けない。
 拳銃は狼の一撃でどこかに飛んで行ってしまった。
 そもそも銃弾ではあの狼は倒せない。

 何か、武器になるものは?
 シュンは地面を見回す。
 石ころでもなんでも、メイを逃がす時間さえ稼げれば……。
 そうして気が付く。
 足元に、折れた剣が転がっていた。

 シーナが背負っていた剣。
 狼の一撃でへし折られた剣。
 それでも……シュンは思う。
 あいつの攻撃を、一度は・・・防げた。
 それだけだ。
 でも、それだけが、ただ一回残されたチャンスのようにシュンには思えた。
 
 ガッ!

 シュンが剣の柄を取った。

「あつつつ」
 痛みを堪えて、シュンはどうにかサクラの下から立ち上がる。

「シュンくん! 駄目だって!」
 メイは涙目になっていた。

 再び2人の方に迫って来る狼と向き合って、シュンはフラつきながら、折れた剣を構えたのだ。

「ん…………?」
 出血で朦朧とした意識の中シュンは気づいた。

 シュウウウウ…………
 奇妙な音が聞こえる。
 シュンの両手から伝った彼の血を、剣の柄が、吸い取っていく。

「おいおい……『魔器』とか、『妖刀』って話だけは、本当なのかな……」
 シュンは投げやりな気分で、ボンヤリそう考える。

「結構粘るな、小僧!」
 狼が、耳まで裂けた口からポタポタ涎を垂らしながら近づいてくる。

「でもな、いいかげん腹が減ってたまんねえんだ。もう遊びは無しだ。さっさと始末されな!」
 狼が再び鉤爪を構えた。
 シュンは朦朧とした意識を、どうにか集中させる。
 シュンの周囲で、火の粉が舞うのがわかった。
 シュンの鼻を、涼しい水の匂いがくすぐった。

 あいつらだ……シュンは感じる。
 シーナの使役していた『火の精』と『水の精』。
 さっきシュンを守ってくれたあいつらが、今一度だけシュンを助けてくれたなら。
 この剣を、狼の脇腹に突っ込む事も、できるかもしれない。
 メイを逃がす時間を、稼げるかもしれない。
 あるのかどうかも解らないチャンスに、シュンは賭けた。

「死ね!」
 狼が、狼が目にも止まらぬ速さで、シュンに鉤爪を振り下ろしてきた。

 その時だ。

「え……!?」
 シュンの構えた剣が、シュンの身体が、勝手に・・・動いて……

 ガッ!

 狼の爪をガッチリと受け止めていた。

「マジかよ!」
「信じられませんわ!」
 シュンの耳元で2人の少女が驚愕の声を上げるのがわかった。

 そして……

 バキン! バキン! バキン!

 何かの砕ける音。

「グワルゥーーーーーーー!」
 狼の絶叫が公園を震わせた。

「あ……!」
 シュンは目の前で起きていることが一瞬理解できなかった。
 地面のポトポトと落ちて行くのは、狼の手から生えた黒い鉤爪だった。
 折れた剣が、狼の爪を受け止め、切り落としていたのだ!

「うそだ! うそだ!」
 咄嗟にシュンから跳び退る狼。
 そして、更におかしな事が起きた。

 バリン。

 シュンの握った剣の刀身が、今度こそ本当に砕けて四散した。そして、

 ビュビュビュビュビュビュビュビュビュ……

 シュンの握った残された柄から、緑色の炎のようなモノがほとばしる。
 炎が光り輝いた水晶のような、質感の半透明の新たな刀身を形成して行く。

 ザワザワザワザワ……

 そして剣の柄から、シュンの手を伝うものがあった。
 ボンヤリとした緑色の燐光を放った、棘持つ薔薇のかずらだった。

「な……なんだよこれ!」
 剣に起こった異変に愕然とするシュン。

 輝く薔薇のかずらはシュンの両腕を包み込み、次いで彼の全身を覆っていった。


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