俺の幼馴染が魔王でドS?

めらめら

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第2章 深き国より

光の剣、茨の鎧

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「な……なんだよこれ!」
 愕然としてそう呟いた。
 彼は自身の右手を見つめる。
 彼が右手に取ったシーナの剣、緑色の炎のようなものを噴き上げながら再生して行く光り輝く水晶の刀身。
 シュンの右手を伝って彼の腕を、次いで彼の全身を取りまいて行くのはボンヤリとした緑の燐光を放った奇怪な蔓。
 剣の柄から生え茂った、棘持つ薔薇のかずらだった。

「シュンくん!」
「なんや……? あの姿は!?」
 シュンを見舞った変化にメイが不安の声。
 剣の本来の持ち主だったシーナもまた、シュンの姿に戸惑いの声を上げた。

 蠢く緑の蔓を衣服のように纏い、右手に輝く剣を携えたシュンの姿。

「グググ……!?」
 剣に右手の爪を砕かれた狼。
 獣は戸惑いの呻きを漏らしながらシュンから後ずさった。

「ううあ!」
 そしてシュンは突然、自分の胸に生じた激痛に叫んだ。
 狼の爪に切り裂かれた彼の胸に、異変が起きていたのだ。
 まるで創口に熱した鉄と、氷柱とを同時に突っ込まれたようだった。
 焼けるような、凍てつくような強烈な感覚。

「うそだろ……!?」
 シュンは自分の胸を押えて気がつく。
 シュンを覆った、蠢く蔓。
 その蔓の一部が胸の創口に潜り込んでいた。
 そして這い回り、縫い合わせ……シュンの創を、塞いでゆく!

「創を……治している!?」
 胸の激痛が、徐々に引いていった。

「これが『魔器』……これが『妖刀』!」
 自身に起こった変化を、どうにか受け入れながら、シュンは狼の方を向き直った。

「こいつで、戦えってことか!」
「グオオ! 調子に乗るなよ小僧!」
 シュンは右手の剣を、狼に構えた。
 狼が吠えた。
 ギリギリギリ……剣に砕かれた右手の鉤爪が、再び生え揃っていく。
 狼の左腕の真っ黒な体毛がザワザワと蠢くいた。
 剛毛は伸び上がり、寄り合わさり獣の左腕にハリネズミのハリのような棘の塊を形成して行った。

「ただの人間が、そんな剣の一本や二本でこの俺に!」
 右手に鉤爪、左手に奇怪な棘の塊を生やした狼が、そう言うなり、ザッ!
 大きく跳躍するとシュンに向かって飛びかかって来た。

「ダアア!」
 剣を振り上げ、シュンは叫んだ。
 シーナと違って、剣の心得など何もない。
 さっきは勝手に体が動いて狼の爪を防げたが、今度もうまく行くかどうか、何の保証も無い。
 それでも、やらなければ。

 空中から襲いかかる狼。
 再びシュンめがけて降って来る、鉤爪の斬撃。

 さっきは早すぎて、目で追う事すら出来なかったのに、なぜだ?
 今は……える!

「うおあ!」
 シュンは狼の斬撃を、紙一重で躱す。
 ザギ! 鉤爪がシュンの背後のサクラの幹に食い込み、引き裂く。
 一瞬、獣の動きが止まった。

「いまだ!」
 シュンは咄嗟に狼に剣を突き立てる。
 ズズ……鉤爪を放った狼の右の肩口に、輝く水晶剣が深々と食い込んでいく。
 狼にようやく一矢報いた! かに見えた。
 だが……

「グ……ゲ……ゲ……」
 狼が耳まで裂けた口を開けて、ニタリと嗤った。

「ぬ……抜けない!?」
 シュンは焦った。
 獣の肩に食い込んだ剣が、それ以上、押しても引いても、ビクとも動かない。
 肩から胸を覆って盛り上がった獣の分厚い筋肉。
 その筋肉が収縮、凝固して、シュンの剣を捕えて離さないのだ。

 シュンは迷った。剣を放して、獣から距離をとるか。
 だが今の状況、この剣だけが狼を倒せる最後の武器だ、どうする?
 迷いがシュンの動きを止める。それが隙になった。

「だから言ったろう、そんな剣の一本や二本で……調子に乗るなぁ!」
 狼がシュンにそう言うと、左手に形成した鋭い棘の塊を、シュンに向かって振り下ろした!

「そんな!」
 愕然として固まるシュン。
 だがその時だった。

 シュルルルルル……

「グオア!」
 狼が戸惑いの声。
 左手の針の塊が、「何か」に絡め取られていた。
 シュンの全身を覆った緑の蔓が狼むかって生え茂り盛り上がっていた。
 狼の左手を絡め取り、シュンへの攻撃を防いでいたのだ。

「生きている……鎧!」
 再び驚愕するシュン。
 獣の左腕に巻き付いた棘持つ蔓が。
 その蔓が、黒い体毛に覆われた狼の腕をギリギリと締め上げながら食い込み、切り裂いていく!

「ギャアウウウウウウウウ!」
 狼が苦悶の咆哮を上げた。
 左腕を振り回して、必死で蔓を引きちぎろうとする狼。
 シュンの剣を捕えていた獣の右肩も今は弛緩し、剣は抜け落ちシュンの手に戻った。

「攻撃まで!」
 シュンは唖然として、狼を捕えた蔓を眺める。
 狼の左腕をズタズタにした蔓が、再びシュンの身体へと戻って来る。

「殺してやる!」
 怒りで我を忘れたのか、狼が再びシュンに飛びかかって来る。

「だったら……これでどうだ!」
 シュンは蠢く蔓に、自身の剣の刃先を向けた。
 シュルルルルル……刃先に蔓が絡まりついてゆく。
 シュンが迫り来る狼の鼻先向かって、その剣を振うと、

 ピシュン!

 剣の刃先から放たれた棘持つ蔓が、緑の燐光を放った鞭になって、狼の顔に命中した。

「グギャアアム!」
 狼が顔を覆う。
 放たれた蔓が、狼の鼻先を引き裂き、左の目を抉っていた。

 ピシュン! ピシュン! ピシュン!

 続いてシュンが剣を振う。
 蔓が狼の胸を裂き、右腕を裂き、両脚を裂き、地面に獣の血が滴る。
 
「ガッガッガ! 小僧! 引き裂いてやる!」
 満身創痍、左腕はズタズタ、顔は引き裂かれて左目を失っている。
 それでもなお、執拗にシュンの元に迫って来る獣に、

「くっ! しつこいなぁ……!」
 剣で止めを刺すか?
 だがさっきのように捕えられたら?
 シュンが躊躇っていた、その時だった。

「兄さん、ここは自分が行くっす!」
 シュンの耳元でそう少女の声が聞こえて、

 ボオオオオ……

 シュンの周囲の闇に、真っ赤な炎が燃え上がった。

「お、お前は!」
 戸惑うシュン。
 彼に語りかけて来たのは、シーナの使役していた『火の精』だったのだ!
 そして見ろ。
 シュンの周囲に上がった炎が、彼の纏った蔓に吸い込まれていく。
 彼の身体を伝い、右腕を伝って、シュンの持つ剣の水晶の刀身に寄り集まっていく!

「これは!」
 シュンは刀身を眺めた。
 シーナの炎を吸い込んだ刀身が、その色を真っ赤な輝きに変えて行く。

「コラボ! いい。ナイスアイデアやで! メララちゃん!」
 倒れたケヤキに挟まれて動けないシーナが、快哉を上げた。

「あーん。メララさんだけズルイですわー!」
 シュンの足元に転がって来たペットボトルの中から、そう抗議するもう一人の少女の声だったが、

「っせーぞウルル! こういうのはな、気合キアイがねーとダメなんだよ!」
 刀身から放たれた、ドスの効いた一声。

「よし!」
 何かを察したシュンは、再び狼に剣を構えた。

「引き裂いて……腸を抉り出して…目玉を引き抜いて……骨まで喰らってやる……」
 怒りの唸りを上げながら、狼の鉤爪がシュンの腹部に跳んできた。
 だがシュンは冷静だった。

 タッ! シュンが跳んだ。
 どこにそんな力が秘められていたのか。
 地面から軽々と3メートルは超える跳躍を見せると、

「ダアア!」
 狼の頭上に来たシュンが、裂帛の気合いを込めて、真っ赤に輝いた水晶刀を再び狼の右肩に突き立てた。

「今や! メララちゃん!」
 シーナが拳を振り上げて叫ぶ。

「行くぞ! バニシング・バーニング・デッドヒート散華サンゲ!」
 剣から響いた叫びと共に、

 ゴオオ!

 剣の突き立てられた傷口から、眩い光が漏れ出しはじめた。
 変化は、それだけにとどまらなかった。
 同時に狼の右肩が、右半身が、見る見る膨れ上がっていくと、ボッ!
 真っ赤な炎を噴き上げて、内側から破裂し、爆砕したのだ!

「ギャオオオオオオオオオオオオオ!」
 地獄の悪鬼のような咆哮が、夜の公園に鳴り渡った。

「仕留めた!」
 そう確信してシーナが叫ぶ。

「やったか!?」
 剣を抜き、狼の背を蹴り、地面に着地したシュンが狼を振り返る。

「ウオッウオッウオッ……!」
 だが、なんということだ。
 右半身を内側から爆砕され、右腕を失ってもなお、獣は生きていた。
 破裂した右肩を押え、情けない呻きを漏らしながら、シュンたちに背を向ける。

 ザッザッザッ……
 そしてその場から逃れようと、手負いとは思えないスピードで、闇の奥へと消えて行った。

「逃がすか!!」
 シュンもまた狼を追跡しようと駆け出そうとした、その時だった。

 ヒィイイィ……イィイィイン……

 シュンの右手の剣から掠れた音が漏れ出し始めた。
 水晶刀の放った燐光が、明滅しながら消えて行く。

 ザワザワザワ……
 シュンの全身を覆った薔薇の蔓が、剣の柄に収束してその姿を消していく。

「武装が……解けた?」
 シュンは唖然として自分の身体を検める。
 引き裂かれた制服。血塗れの全身。
 薔薇の蔓に、無理矢理繋ぎ合わされた胸の創跡。
 なんとか狼を退けたとはいえ、酷い有様だった。

「シュンくん!」
 メイがシュンの元に駆け寄って来た。

「ようやったなシュン!」
 倒れた欅からようやく抜け出たシーナも、そう言ってシュンの方に這って来た。

「その力、さっきの姿は、シンイマジアの魔装。だが、なぜあんなものがヒトの世界に? まさか……! まさか……!」
 タヌキも、訳のわからないことを呟きながら、シュンの足元に寄って来る。

「メイ、シーナ、みんな、無事で……」
 シュンがメイとシーナを見回して、そう言いかけて。

「よか……っ」
 次の瞬間、全身の力が抜けて、シュンの膝がガクリと地面について、

「・・くん! シュンくん!」
 遠くから聞こえて来るメイの声を最後に、シュンは意識を失った。

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