旦那様は離縁をお望みでしょうか

村上かおり

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王都にて

バーバラ 6


 
 エイドラ公爵様の往診は、怪我などについてではなく誘拐され監禁された事、その後の爆発について恐怖を覚えないかという事の確認したいとの事でした。

 人によっては誘拐、監禁された事を思い出すと精神的な苦痛を覚えたり、自分では使えない魔法での攻撃を思い出すと、恐怖を覚えたりするのだそうです。

 特に今回の件についてお城で事情説明をしていただける、との事ですので嫌でもあの時の話をすることになります。

 確かに監禁されたのは怖かったとは思いますが、その時にも側にはアーカード様がいらっしゃいましたし、魔法が爆発したときなど身を挺して庇ってくださいました。

 そのせいでしょうか。
 私は特にその時の話を思い出しても苦痛も恐怖も覚えませんでした。

 ですから正直にその事をエイドラ公爵様に伝えます。

「苦痛も恐怖も覚えないと?」
「そう、ですね……でも、そう言ってしまうと私、なんだか鈍感みたいですが」

 そう言ってクスリと笑えば、エイドラ公爵様はゆっくりとそれを否定してくださいました。

「バーバラ嬢が鈍感な訳ではありません。たぶんアーカード殿がいらっしゃった事が大きいのだと思います。彼を信頼されているのですね」
「……信頼しているのでしょうか」

 エイドラ公爵様の言葉に私はつい首を傾げてしまいます。

 確かに、リカルド様から官舎から追い出された私をアルトワイス伯爵家は温かく迎えてくださいました。

 お義父……アルトワイス伯爵様もアーカード様もリカルド様の所業を恥、誠心誠意謝ってもくださいましたし、ひと月ほどの間でしたが、あの家で私は嫌な思いをすることはありませんでした。

 それどころか常に私の事を気遣ってくださったと思います。

 ただ心残りがあるとすれば、リカルド様の妻という位置づけのため、家内の事に口を出す事は出来ませんでしたし、この一年ほどでかなり復興が進んでいた領内についてもそうです。とはいっても、私には領地経営の勉強などしておりませんのでお役に立つ知識も何もないので、役に立つはずがないのですけれど。

 アルトワイス伯爵家で過ごす日々は穏やかではありましたが、私には心苦しくもありました。

 ですからリカルド様からの離縁届は、私の甘さと狡さを自覚させるものではありましたが、いい切欠でもあったのです。



 気が付くと私はエイドラ公爵様とディオーナ様に、つらつらとそんな事を話しておりました。

「リカルド殿に対する憤りや鬱憤はありませんか?」
「……どうでしょうか。リカルド様とはあまりお話しもしておりませんし」

 私はそう言いながら、ふと指折り数えます。

「たぶん顔をあわせたのも6回か7回程度だった気がするので、リカルド様に対してそれほど強い感情はない、と思います」

 幾分あっさりとした私の言葉に、エイドラ公爵様はほんの少しぽかんとされたようでした。
 どちらかと言うとディオーナ様の方から、にっこりと微笑んでいらっしゃるはずなのに妙なプレッシャーを感じます。

「そ、れは、何と言うか」
「……そうですね……リカルド様に関しては、官舎を出て行けと言われた時には理不尽だと思いました。ただそれよりもお子様がいらっしゃるかもしれない事がはっきりしていないのが気になっているといいますか」
「え?」
「あ、私ったら余計な事を」

 エイドラ公爵様の持つ雰囲気は、なんといったらいいのでしょうか。
 なんでも話して相談できそうな気がしてしまうのです。
 ですから、ついつい言い過ぎてしまいました。

「……ええと、その今回の事情説明についてですが」
「はい」
「事件の当事者が集まることになっています。ですからリカルド殿にもお会いする事になりますが、問題はありませんか? もしリカルド殿に会う事に躊躇いなどがあるのであれば、別の機会を取って頂くこともできるそうですが」

 なるほど、と私は思います。

「それは今回の事にリカルド様も関わっているという事でしょうか」
「いえ、誘拐に関しては関わりはないと聞いています」
「それは良かったです。もし離縁したというのに、私が邪魔になって誘拐させたというのなら許せませんが、そうでないのならリカルド様に会ったとしても何も問題はありません」

 私がきっぱりとそう言いますと、エイドラ公爵様は苦笑されました。

「リカルド殿が犯罪者側であったなら、その場に呼ばれる事はないでしょうね」
「ああ、そう、ですよね……おかしなことを言って申し訳ありません」

 言われてみれば確かにそうです。
 犯罪者と被害者を一緒に呼び出すなんて、裁判でもない限りはあり得ませんでした。
 やはり私は勉強が足りていないと、そう思ってしまいます。

「どうやら事件の後遺症もないようですし、問題はないでしょう」

 自分の学の無さを恥じて俯いておりますと、エイドラ公爵様が柔らかい声でそう仰いました。

 という事は、私は王城に行く事が決定した、という事でしょうか。

 さきほどニコル兄様が「行かなくてもいい」ような事を仰っていたので、行かずに済むならそれでよかったのですが。
 それに王城に上がるとなると、それなりの服装をしなくてはなりません。
 私にはよく分かりませんが、確かマデリン姉様がそんな事を言っていたような気がします。

 そう考えると一気に気が重くなりました。

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 お気遣いの言葉をいただきまして、ありがとうございます。

 季節の変わり目になると、どうしても体調を崩しやすく、ここ最近花粉症も出るようになってきてダブルパンチです。皆様もお身体にはお気を付けください。

 さて、このお話しもあと少しで終わりますので、それまでどうぞお付き合いください。
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