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序章
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しおりを挟むゆったりとした音楽を奏でていた楽隊が、不意に音を止めた。
次いで壮大なラッパの音が吹き鳴らされる。
どうやら主賓がお出ましのようだ。
ずらりと揃ったアドリア王国の貴族たちが、一斉に最高礼の姿勢を取った事により、イライアスや皇子二人もまたアドリアの貴族ほどではないが、右腕を胸に当て頭を垂れ礼を取る。
イライアスの父やオズワルドの皇妃、竜人国の族長は、その場で微動だにしなかった。それはそうだ。彼らはアドリア王と立場は同じで阿るような相手ではない。しかし王子たちの立場はどうしたって一国の王に比べれば下になる。だからこそイライアスもオズワルドの皇子二人も僅かではあるが頭を垂れるのだ。
一段高く設えられた王族用の席に向かって、右側の大きな扉が開かれ、ユキヒョウの毛皮で誂えた裾まである長いガウンを羽織った壮年の男と、喉元まで詰まったワインレッドの落ち着いた雰囲気のドレスを身に纏った女性と、その女性とは対照的に胸元ががっつりと開いた、裾に向かって大小様々な宝石を散りばめた真っ赤で派手なドレスを着た女性が入ってきた。
「アドリア王ラガルド様、王妃リリアナ様、側妃アルドゥーラ様の御なりにございます!」
多くの人がいるというのに、ただ、ただ静かな空間に三人が歩く衣擦れの音だけが響く。
だが、それは直ぐにやんだ。
「皆の者、顔をあげよ」
酒焼けでもしているのか、やけに掠れた低い声が広間に響いた。声量はさしてないから拡声の魔道具を使っているのだろう。この城といい、客室にまで魔道具を置いていることといい、あまりの金満ぶりに金山かミスリル鉱山でも持っているのかと勘ぐってしまう。
王の声に、広間にいる全員が顔をあげれば、アドリア王が側妃であるアルドゥーラの手を取り、一歩前へと進んだ。
「本日、儂の側妃として召し上げたアルドゥーラだ。みな良くするように」
「ご紹介いただきましたアルドゥーラでございます。よろしくお願いいたします」
このお披露目会が始まるまでに集めた情報では、今度の側妃は平民上がりらしいとのことだったが、軽く膝を曲げてドレスの裾を摘まんで挨拶する姿は、中々堂にいっていた。
見目も確かにいいのだろう。髪全体を結い上げてしまっているので細かくは分からないが、ハニーブロンドの髪は艶々としているようだし、濃い色のオレンジと赤を混ぜたような瞳も、すっきりとした鼻筋も、抜けるような白い肌も、とても平民上がりには見えない。
王と側妃の挨拶が終わり、各国の王族や皇族に挨拶まりを初めた二人に、会場の空気も緩やかになった。
「随分と美味そうな身体の女ではあるな」
「兄上!」
それほど大きな声ではなかったが、エルディーラ皇子が不遜な言葉を吐く。すぐさまシンディーラの鋭い声が飛んだが、チラリと送られたシンディーラの視線に、イライアスはわざとらしく目を反らした。イライアスとしても聞く気はないのだが、いる場所が近いせいでどうしても耳に入るのだから仕方がないだろうと、心の中でそう呟く。
すると視線をそらした先にアルドゥーラ妃が居た。
皇子の言葉通り、確かに出るとこは出てウエストは見事に括れており、身長もヒールを履いているとはいえ、王よりは低いが女性としては高い方だろう。
取り合えずスタイルがいい、とかいうやつだな。
イライアスは手の中にあるグラスを弄びながら独りごちた。
「オズワルド帝国の皇子様方、ラティーロ王国の王子様、お会いできて大変光栄でございます」
「ああ、こちらこそ、こんな綺麗なご婦人にお会いすることができて恐悦至極」
「兄上……」
先ほどまでもう少し遠くにいたような気がしたのに、不意に声を掛けてきたのはアルドゥーラ妃だった。そしてその声に反応できたのはオズワルドの第一皇子だけで。流れるような動作で彼女の指先を持ち上げ、絹の手袋に包まれた手の甲に素早くキスを落とす姿は妙に様になっている。第二皇子は兄を諫めるると、アルドゥーラ妃には会釈をしただけで特になんのアクションも起こす気はないようだ。
イライアスはといえば、すっと向けられたその瞳に、ざわりと背筋に寒気を覚えた。訳が分からない。
それでもアルドゥーラ妃の手を取ることができたのは、今までの王子教育の成果だろう。軽く手の甲にキスをして、素早く離れる。
「お食事は楽しまれておりまして?」
「……いや、まだ、これから、です」
「あらあら緊張なさっているの?」
「いえ、そういうわけでは、ないのですが」
挨拶は済んだはずだというのに、何故だかイライアスに絡んできたアルドゥーラ妃に、イライアスはしどろもどろだ。けれど照れているからだとかそういうのではない。近しい距離でねっとりと見つめられて、なんだか蛇に睨まれた蛙のような気分だ。
イライアスを映すその瞳が、妖しい光を湛えて、いる、ような、気が……。
「イライアス! お前の好きなチーズケーキがあるぞ」
貧血でも起こしたのか、若干気が遠くなりかけていたところに、いきなり場を読まずに声を掛けてきたのは、ラティーロ王だった。チーズケーキが載せられているのだろう皿を持ちながら、大股で歩み寄ってくる。
「アルドゥーラ妃よ、アドリア王が探しているぞ。そろそろダンスの時間らしい」
ラティーロ王はイライアスに皿を押し付けつつ、さりげなくアルドゥーラ妃からの視線を遮ってくれた。途端に気分が楽になって大きく息を吐きだしてしまう。
「あら、でしたら陛下の元に行かなくては。教えてくださってありがとうございます、ラティーロ王」
コロコロと鈴のような笑い声をあげて、アルドゥーラ妃は優雅に去っていった。
「……ありゃあ、カーネリアンの瞳か、まじか……、おい愚息、女の色香に中てられたか」
イライアスには聞こえないぐらいの小声でぼそぼそと呟いたラティーロ王は、皿を持ったまま呆然としているイライアスに振り向く。
「中てられた、わけじゃない……」
「ああ、抵抗していたのか」
「抵抗?」
「ああ、うん、まあ、後でな、取り合えずは、それを食え、中々いける」
何かをごまかすようにイライアスの頭をぐしゃりと搔きまわしたラティーロ王は、それだけを告げると今度は、竜人国の族長の元へと行ってしまった。
やがて楽団がワルツのメロディーを紡ぎ始める。
しかしイライアスは、渡されたチーズケーキだけをなんとか口の中に押し込むと、頭が痛いと言い訳をして部屋に下がった。
それからは特に何もなかったと、軽食を運んできてくれたディノッゾ聞いて、あれはいったい何だったのかとイライアスは思う。父であるラティーロ王は、後で、なんて言っていたが、たぶん説明をする気はないような気がした。
そして結局、あの時のことはなんの説明もなく、翌日は視察に引っ張りまわされたかと思うと、急遽ラティーロ王とイライアスだけ飛竜車で帰る事となり、アドリア王国での滞在は正味二日という、やけに短い滞在となってしまったのだった。
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一応、他の国の方もいたりはするんですが、話の筋に関係がないので割愛。
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