カーネリアンの瞳

村上かおり

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序章

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 アドリア王国の騎士団の訓練所に飛竜車は無事到着した。

 もちろん先発していた護衛騎士三十名、外務大臣の秘書官二名、事務官五名、侍女、侍従各五名も無事に到着しており、アドリアの王宮で主人たちの到着を待ってくれているようだ。

 飛竜車から降りてきた王やイライアスに、その場で待機してくれていた護衛騎士五名が安堵したような表情を浮かべる。しかし彼らはどことなく疲れているようにも見え、何かあったのだろうかと不安になった。

 なぜならここはラティーロの人間にとって全く知らない土地だ。

 慣れない習慣や食事は心身共に疲れてしまう。特に今のラティーロの食文化は、他の追随を許さないようで、ラティーロを訪れる商人は一頻り食事を楽しんだ後、懸命に料理方法や調味料などを仕入れていくものらしい。

 それは兎も角、彼らはただでさえラティーロからオズワルド、オズワルドからアドリアまで、ほぼ休みなく陸路を進んできたのだ。こちらはオズワルドでゆっくりとそれまでの旅程の疲れを癒し、飛竜車で飛んできてしまったのだから気疲れはしたが、肉体的な疲労は一切ない。それを考えると申し訳ないぐらいだ。

 本来であれば、ラティーロ王国とアドリア王国の立地的に、招待受けたとしても贈り物を送りつつも欠席の連絡を入れるのが普通だろう。こんな風に招待を受けるなど前代未聞だ。

 何せラティーロはほぼ魔の森と海に囲まれている国であり、魔の森を超え、竜人国にたどり着いたとしても、その先には中央山脈と呼ばれる高山が立ち塞がっている。それこそ飛ぶことができないと相手国側には行くこともできないのだ。それに、そもそもアドリア王国とラティーロ王国には国交がない。だから今回、なぜアドリア王国から側妃のお披露目会への招待状が届いたのか意図が分からずに困惑している、というのが本当のところだった。

 それでも招待を受けたのは、アドリアの目的が知りたかったからだ。まさか名目通りの、側妃のお披露目だけではないだろう、というのがラティーロ側の考えなのだ。



  ◆  ◆  ◆  ◆



 アドリア王国の王都であるリオウは、空から見た印象のままの整然とした都であるようだった。

 とは言え、イライアスが見ることができたのは飛竜車が止められた騎士団の訓練所——これはどうやら第二門の内側にあるらしいーーから煌びやかな馬車に乗り換え、第三門へと向かう大通りだけではあるのだが。

 そしてゴトゴト、ゴトゴトと時折右に曲がり左に曲がりして、やたらと遠回りさせられたような気がしたのも、先ほど空から見た景色と、第一から第三までの門の話を思い出せば、おかしくない事なのかと思った。

 城に到着した一行は、案内係に連れられてまずは客室へと案内され、旅の疲れを癒してくださいとばかりに湯あみを勧められた。まあ、それはいい。

 けれど一人ひとり案内された部屋に入った途端、イライアスはやたらとチカチカする室内にびっくりした。

 まず目につくのはドデンと置かれた大きな天蓋付きのベッド。

 支柱は黄金で作られでもしているかのように金ぴかとしており、天蓋も金糸銀糸をふんだんに使用した豪奢な刺繍が施され、さすがにシーツは白いようだが手触りはよく、掛布にも枕にも金銀の刺繍が施されていた。
 
 思わず、これはないだろう、と枕を凝視して思う。

 こんなに刺繍が施されていたら、ごつごつして寝にくくはないのだろうか。

 そんなことを考えながらサイドテーブルを見れば、よく冷えた果実水と果物と可愛らしいランプシェードのついたランプが置かれている。しかしランプには油をいれるような場所はなかった。ということはこれは魔道具かもしれない。ついつい興味を惹かれてランプシェードに触れて、僅かな魔力を流せば、点いた。

「う、わぁ……」

 あまりのことに声が漏れる。

 確かにランプは魔道具のようで、魔力を流した途端なぜかきらきらと光を放ちランプシェードが回りだしたのだ。呆気にとられるというのは、こういうことを言うのかもしれない。

 そのうえ、シェードに描かれた複雑な模様が、明かりに照らされて周囲に映し出されている。

 イライアスは呆然としてしまったが、ランプについては女性であれば喜ばれるかもしれないと考え直した。ただ、全体的にみるとどうしても部屋がうるさすぎて、歓迎されているのかどうかの判別が難しい。

「……イライアス様……なにをなさっていらっしゃるので?」

 背後から聞こえた声に、びくりと体を竦めながらも振り返れば、そこにはイライアスの侍従であるディノッゾがいた。ミルクティのような薄い茶色の髪をしたディノッゾは、いつものようにぴしりと濃紺色の侍従服を着こなしている。だがその顔はやけに精彩を欠いていた。

「え、あ、いや……魔道具かな、と思って、だな」
「ああ、このランプ、回るんですね」

 ゆっくりとではあるが回りながら、シェードに刻まれた模様が映し出されている周囲に目を向けたディノッゾが、どこか疲れたように言う。

「どうした? 何かあったのか?」
「いえ、ランプまで気が回らなかったな、と思いまして」
「ん?」
「私共、昨日こちらに到着したわけではありますが……」
「うん」
「それぞれに客室をご用意していただいたと聞いておりましたので、手分けして荷ほどきをしようと、私がこちらの部屋に入りましたら、ベッドのシーツが紫色で! 天蓋や掛布がこの状態でありましょう? カーペットも色とりどりで鮮やかな柄でございますし。サイドテーブルやソファにローテーブル、踏み机なども、金ぴかか柄物でございまして、それはもう目に鮮やかすぎまして」

 自分付きの侍従としてすでに5年近く仕えてくれているディノッゾが、これほど意気消沈した、というかしおしおしているというか、力なくと言った方がいいのか、とにかくそんな状態で滔々と喋りだした事にイライアスは思わず頬を引きつらせてしまう。なぜなら今、不穏な言葉を聞いた気がしたからだ。

 シーツが紫色ってどういうことだ? サイドテーブルもローテーブルもソファも金ぴかか柄物って!

 ついつい視線をあちこちに向ければ、ローテーブルには繊細な白いレース編みのクロスが掛けられているが、テーブルの脚が確かに金色をしているようだ。

 絨毯も確かに色鮮やかな織物で、目に眩しくはないが縦横斜めと複雑に織られているそれは、見つめていると何だか頭が痛くなってくる。

「シーツ、紫だったのか?」
「ええ、紫でございました。ちなみに陛下のお部屋は真っ赤なシーツでございましたよ?」
「真っ赤……」
「ええ、ええ、こんな事があるとは思いませんでしたが、お荷物の中に寝具類やレースがありましたので、せめてシーツや枕カバーだけでも換えさせていただこうかと。ただずっとトランクの中でしたからね、昨日洗濯に出して回収して取り替えているところでございました」
「え、このシーツうちのなの?」
「左様でございます。旅先ではどのような場所にお泊りになるか分かりませんから、一応念のため寝具類は毎回ご用意しております」

 よくよく見ればディノッゾは枕カバーのようなものを手にしていた。それを見て、イライアスはあの枕で寝なくてもよさそうだと、安心してしまう。

「こちらのレースは侍女長の趣味ではございますが、シルクスパイダーの糸で編まれておりまして、耐火、耐熱、耐刃の効果が付与された優れたものとなっております。せめて少しでも目の保養になるかと思いまして」
「なる、ほど。で、でも、これはアドリアの歓迎の意ってことなのだろう?」

 ここは客室ではあるが、あくまでもアドリア内ということは忘れてはいないイライアスだ。障りない言葉を口にしつつディノッゾを見れば、ローテーブルに掛けられたレースのクロスの説明までしてくれる。

 しかもそれが侍女長の趣味であるところも驚きだが、繊細なレース編みが、耐火、耐熱、耐刃の効果付きとは恐れ入った。部屋の中にこういうものがあれば、いざという時に身を守るにはちょうどいいのかもしれないな、などと少しばかり現実逃避気味にそんな事を考える。

「先ほど湯あみを勧められていたと思いますが、どうなさいますか?」
「いや、お披露目会にはまだ時間があるのだろう? だったらとりあえずその枕カバーを換えてからお茶を一杯くれないか」
「分かりました。少々お待ちください」

 仕事の邪魔をするわけにもいかないだろうと、イライアスがソファに腰をおろすと、すぐさまカバーを交換したのだろうディノッゾは、足早に客室から出て行ってしまった。たぶん茶の準備をしてきてくれるのだろう。そう思ったイライアスは、ふうっと大きく息を吐きだしながらソファの背もたれに頭を乗せた。

 そしてまたもや目に飛び込んできた光景に眩暈がする。

 なんで、天井にびっしりと天使画が描かれているんだ! しかもところどころやたらとキラキラしているんだが、もしかしてあれは宝石が使われているとかないよな。

 ラティーロの王子の客室でこれだと言うのなら、父であるラティーロ王の部屋やオズワルド帝国の皇妃の部屋はいったいどうなっている事か。考えると頭痛がひどくなりそうだった。


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 次はようやくお披露目会です。
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