舌ざわりーぞくりー

不幸中の幸い

文字の大きさ
1 / 6

―舌は愚痴を転がすー

しおりを挟む
そもそも、私なんかにグルメリポーターなんて務まるはずがない。
それは自分が一番良く分かっている。
都会の美味しい店、有名店なんて、
みんなが知って食い荒らしていて、
隠れた名店も、有名タレントが
「私が発見しました」とか
「前からよく通っていたんです」みたいに、
言葉巧みに独占している。
結局、私に残された仕事なんて、
どこにでもある店の紹介を舐め直すだけ。

正直、私には芸能人としての“特徴”なんて何もない。
身体だけが先に注目されたけど、
顔は今どきの素人より少し化粧が上手い程度。
元々地下アイドルとして活躍していた時に運よくスカウトされ、
アイドルグループのセンターで
メジャーデビューしてそこそこ売れた事に有頂天になり、
調子に乗ってソロになったら全く売れず。
女優に転向したって台詞も棒読みで、
監督から再三再四注意された挙句、
たった二作品に出た後はお声がけ一切なし。
オーデションも全敗。
その後はバラエティーでひな壇の隅で
気の利いたトークも出来ないまま座っているだけの存在。
一流になるための素養は元々空っぽで、
使われる度に出がらしになり爪痕一つも残せなかった。
最後に残ったのが、ローカル局のグルメリポーター。

ははは。なんて滑稽な落ちぶれ方だろう。
それとて、
「ジューシーですね」
「口の中に甘みが広がりますね」
そんな紋切り型のコメントを繰り返しては、
「私って何なんだろう」と
舌で自分の存在まで転がしていた。

そろそろ三十路も近い。
事務所は表立っては言わないけれど、“別の仕事”……
つまり脱ぎ専やAV出演をそれとなく匂わせてきている。
でも、絶対に脱ぎたくはないし、AVなんか出たくもない。
仮にも私はアイドルだったんだから。

それでも本当は、自信なんてこれっぽっちもない。
ただ「落ちぶれた元アイドルが最後の砦としてしがみついている」
だけなのに、脱ぎ専よりはマシだ、私だけは“脱がない”っていう
無駄なプライドだけが、どうにか私を形にしているだけ。

だから、ここで食レポを捨てたらもう本当に終わり。
事務所に見放されて、友人には見下されて、全部が終わる。
だから私は、このグルメレポーターの仕事にしがみつくしかない。

じゃあ、どうするか――
自分で、誰も知らない街で、
誰も知らない店を、
誰も知らない味を見つけるしかない。
これが決まれば、
辺境地の食レポは“香住凛音(かすみ りんね)”で定着する。
私は、ここから返り咲くしかない。

そのために、グーグルで目が皿になるくらい検索し、
漸くグーグルマップに地名もろくに載っていないような小さな港町を発見。
そして今日その町に降り立った。

まだ夜の帳が明けきらぬ早朝、船で着いた港町――
静けさと、潮の匂い、そしてどこか腐った魚のような重い空気が入り混じる。
潮風はぬめりを含んで、灯台の明かりさえ靄の向こうでぼやけていた。
夜が明けてくると、漁師たちが静かに網の準備を始めている。
港の端、しめっぽい石畳の上を歩きながら、
私は自分の人生もこの町の空気に沈んでしまいそうな気がした。

荷物を引いて歩いていると、漁師の一人がこちらにちらりと目を向けた。

「……お姉さん、この町で見かけない顔だね。
 どこから来たのか知らねぇが、あんたこの町に深入りしない方がいいよ」

と冗談とも警告ともつかない声。

私は笑ってごまかしたけど、
その言葉は、潮風以上にぬめっと耳に残った。

港町の朝市――
露店が並び、棚には海老、蟹、イカ、タコ、雲丹、新鮮な魚、海藻類などが
無造作に積まれている。

その露店の並びの一番奥からさらに離れた場所で、
異様に背の低い老婆が一人でぽつんと露店の台を拭いていた。
彼女の顔はくしゃくしゃで皺だらけなのに、
なぜか唇と舌だけが異様に赤い。
その舌で唇を濡らしながら、無言でこちらを見ている。

老婆が声をかけてきた。

「お嬢さん、味見していくかい?どれも珍味だよ」

老婆の声は、潮騒よりも低く感じた。
台の上には、小さな皿が並び、見たこともないような魚や
雲丹みたいなトゲトゲしたもの、
ハサミのある蟹のような海産物が並んでいた。
それらは、私が知っている魚類等ではなく、
まったく初めて目にする海産物だった。

ふとその横に、赤い肉袋のような…ナマコのような海産物が目を引いた。

「これ……なんですか?」

思わず指さすと、老婆はニヤリとしながら、

「そりゃ、『ぞくり』だよ」と答えた。

「ぞくり?」

「食べてみりゃ分かるさね」

老婆はその肉袋を持ち上げ、絞るように押すと、
中からイクラよりも小さい、
黒紫の卵がボロボロと試食用の皿に転がり落ちた。
老婆がスプーンですくい、無言で差し出す。
私は迷いながらも受け取り、そっと口に運ぶ。

プチプチと弾ける。
とろりとした甘みが広がり、初めての触感に、舌がぞくりと震えた。

「……!」

舌がとろけそうになる感覚。
一瞬、全身の皮膚まで熱を持った気がした。
これだ!誰も知らない、私が見つけた新しい味、舌ざわり。

老婆は笑いながら、

「安くしとくよ。旅館で食べなされ。きっと、やみつきになるよ」

そう言って、小瓶に入った「ぞくり」を渡してくれた。
ただ、老婆の笑いと、異様に赤く長い舌だけが、妙に気にかかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

きさらぎ駅

水野華奈
ホラー
親友から電話があった。 きさらぎ駅という場所にいるらしい… 日常の中の小さな恐怖が今始まる。 触れてしまったが最後。 二度と戻れない。

洒落にならない怖い話【短編集】

鍵谷端哉
ホラー
その「ゾワッ」は、あなたのすぐ隣にある。 意味が分かると凍りつく話から、理不尽に追い詰められる怪異まで。 隙間時間に読める短編ながら、読後の静寂が怖くなる。 洒落にならない実話風・創作ホラー短編集。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

Head trip

蒼河颯人
ホラー
──あの「男」のせいで「私」は人生を台無しにされた……── 私は、ある時から「夢」を見始めた。 それは大変奇妙なもので……。 オカルト系怪奇譚風仕立てにしてみました。 男性視点です。 宜しければどうぞお立ち寄り下さい。 表紙画像はかんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html) で作成しました。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...