電波で一途なお前と鈍感で小心者な俺による恋

天霧 ロウ

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 俺は自分で言うのもなんだが、顔は悪くない。整っているけど、親しみやすさを覚えるからか、クラスでは誰もが話しかけてくる。ふだん本ばっか読んでいる無愛想の子だって、ちゃらちゃらしてふざけているやつだって、話しかければ愛想よく返答してくれる。
 そんな中、親友――柴滝(しばたき)が声をかけてきた。

「奥羽(おくう)、渦丞(かじょう)がお前に用があるってよ」

 その声はかなり機嫌が悪そうだった。柴滝は元来来る者拒まず去るもの追わずという男だ。

「渦丞が? うーん、なんかあったけ……?」

 もともと日直の仕事で柴滝を教室で待っていた俺は染めたことない黒髪を掻いた。

「渦丞って、渦丞 辰喜(かじょう たつき)だよな」
「そうだよ、わが校一のイケメンなあいつだよ」
「だよなー……」

 真っ黒目を瞬き、もう一度呻く。俺と渦丞は別クラスでこれといった接点がない。

「ま、いっか。柴滝は先帰っててくれ」
「言われなくても、そうさせてもらうわ」
「んじゃ、行ってくる」

 まだ日直の仕事が残っている柴滝は肩をすくめた。
 屋上は俺がいた四階にあるA組の教室の方面から近い方だった。教室から出て、少し歩けばすぐに階段が見つかる。だが、階段に登る手前には立ち入り禁止の看板がある。
 といっても、この看板も所詮形だけだ。たいていの生徒は警告を無視して、こっそり昼屋上に行っては盛んな活動をしている。特に恋人が多い。
 いつもだったら放課後もそうなのだが、なにせあの渦丞 辰喜がいるとなれば話は別だ。
 渦丞 辰喜は同学年で、龍神様とも呼ばれ遠巻きにされている。眉目秀麗という言葉がたいそう似合う男で、俺たちと同じ制服も高級感を漂わせる。簡単に言えば、手の届かない存在だから神様で、辰喜という名前の辰は龍という意味もあるから前者の意味を足して龍神様というわけだ。
 屋上に着き、俺は開きの悪いドアと少し悪戦苦闘してようやく入る。
 屋上には渦丞はいなかった。屋上の真ん中あたりまできてあたりを見渡す。だが、渦丞の姿は相変わらずなく、夕日に染まる見慣れた町がフェンス越しに見えるだけだった。

「一応、電話してみるか」

 ポケットからスマホを取り出し、渦丞の連絡先を見つけると早速電話をかけた。だが、明らかに出る気配はない。やがて、鳴り響くコールに俺は大きくため息をつくと電話を切った。
 どうやら渦丞は先に帰ったようだ。しぶしぶ気を紛らわすため給水タンクに上った。はしごに手をかけ、あっという間に上り終えて満足感を得たと同時に「あっ」と思わず声が漏れた。
 給水タンクの上には先客がいた。
 夕日に照らされてくっきりと浮かび上がる顔つきは彫りが深く、棺桶で眠るように組まれている手はすらりと長い指をしている。
 見ているだけで異国の地に足を踏み入れた気持ちにさせるほど、渦丞は独特の雰囲気を持っている。

「これで、目が青……なんだよな」

 無造作な栗色の髪はさらりとした手触りで、ふわりと風がふけばミントのような爽やかな香りが漂う。
 まじまじと寝顔を見ていると、いきなり渦丞が目を開けた。間近に見る青い瞳の美しさに俺は目を離せずにいた。

「奥羽……」

 名前を呼ばれて俺は硬直した。渦丞の手がゆっくりとした動作で俺の頬に手を当てた。と思いきや、ふにふにという効果音が聞こえてきそうなほど、頬を何度も柔らかくつまむ。
 わけのわからない言動に呆然としていると、渦丞は俺の頬を抓むのをやめ、気だるそうに起き上がった。その様子を眺めながら、俺は尋ねた。
 
「あのさ、渦丞。どうして俺をこんな場所に呼んだわけ? つーか、電話でろよ」

 俺の言葉に渦丞は振り向き。じっと自前の青い瞳で俺を見つめる。澄んだ青は絵の具のようなもったりとした青ではなく、頭上に広がる空のように重さを感じず、何を考えているのかわからない。
 目を瞬くこともなく、じっと無表情に俺を見る渦丞は黙っているといっそう異質さを増す。やがて、わずかに瞳が給水タンクへと向き、もう一度俺を映す。渦丞はぼんやりとした口調で呟いた。

「何だったっけ……知ってるか?」

 自分で呼び出しといて、聞いてくるのは意味不明だ。
 渦丞がイケメンであり、神秘性を持って遠巻きにされている理由は渦丞と話しても会話が成立しないからだ。
 今日はたまたまあったけど、いつもは今話している話題とまったく関係ないことを舞いぶれもなく口にし、それにあわせようとすればまた違う話題にする。そのうえ、無責任ときたものだから、教師からも敬遠されているのだ。

「まあ、いいや。腹減ったし……帰る」

 そういうなり、渦丞は枕の代わりにしていた黒い鞄を肩にかけ、身軽に給水タンクから降りた。
 俺は元来気が長いし、そこそこ広い心を持っていると自負してるくらいだ。だけど、渦丞の無責任振りというか、人を呼び出しといて用件を忘れた挙句、謝罪もなくさっさと一人帰るというのはどうかと思う。
 すでに屋上からでようとドアノブに手をかけている渦丞へ俺は耐え切れず給水タンクから身を乗り出した。

「この、無責任の大馬鹿野郎っ!!」

 渦丞がチラッと俺を見たが、するりと扉を通っていく。
 はたして、俺の言葉が伝わったか謎だが、とりあえず少しは気が晴れた。目的がなくなった俺も給水タンクから降りて、屋上を後にした。



 家に帰ると妹の理沙(りさ)が珍しく居間のソファに座っていた。俺に気づくとぱっと明るい笑みを向けてソファから立ち上がると俺に勢いよく抱きついた。

「お兄ちゃんお帰りー!」
「ただいま、あれ、母さんは?」
「ママなら今日は遅くなるって!」

 高校一年生になった妹の理沙は一年前の今頃と違い、すっかり体が大きくなった。まだ子供っぽさは残るものの、兄の欲目もあるが美人だ。妹の成長が嬉しい一方で、変な虫が寄らないことを祈るばかりだ。

「そういえば、理沙ね、今日町ですごくかっこいい人みちゃったんだ~!」
「へえ、どんなヤツだ?」

 面食いの理沙がカッコイイというのだからすごく気になる。理沙は恥ずかしそうにしながらも「ほら!」といって俺にスマホの待ち受け画面を見せた。その待ち受けを見た瞬間、俺の顔からは一気に血の気が引く。
 理沙がカッコイイと言った男は我が高のイケメン――渦丞だった。確かに渦丞は申し分ないくらい外見はいい。が、人と会話が成り立っているところは数えられるぐらい少ない。
 理沙はすっかり黙っている俺を見惚れていると勘違いしたのか、スマホを閉じると大事そうに抱きしめた。

「へへー、かっこいいでしょ? でも、もう見せてあーげない」
「理沙、今すぐその写真を消せ」
「え? なんで?」

 俺の声に理沙はきょとんとした。可愛い妹が、あんな男に惚れている……だと? 冗談じゃない!
 理沙の華奢な肩にぽんと手を置くと、理沙の目をしっかりと見た。

「理沙、落ち着いてよく聞くんだ。そいつは俺の同学年のやつで、いわゆる電波といわれる分類のやつなんだ。だから……」
「え、うそっ!! こんなかっこいい人が?! どうしよー、理沙、この人のことますます好きかも~」

 理沙はぎゅっとスマホを抱きしめると頬を赤く染めた。そんな理沙の表情に頭の上に盥を落とされたような感覚がした。
 終わった、このままだと理沙があの電波男に汚されてしまう。噂では渦丞は男女関係なく抱く男だ。そんな男に理沙が惚れてしまった。
 曇天に覆われた俺の心など気にせず、理沙は上機嫌で部屋に戻っていった。
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