電波で一途なお前と鈍感で小心者な俺による恋

天霧 ロウ

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 早朝、俺は台所に立ってあまり使い慣れてないフライパンを使って卵焼きを作っていた。
 できあがった卵焼きはなんとも不格好だ。それっぽく見えるよう切って弁当に詰め込む。あとはスーパーで買ったひじきの煮付けやミートボールを詰めた。一段目のそぼろご飯も含めると彩りが偏っている気がして微妙だが、作ってやっただけでも十分だろ。

「あれ、お兄ちゃんどうしたの? こんなに、朝早くから……」

 理沙が大きな大きなあくびをしながらひょっこりと台所に顔出した。とっさに俺は二つ分の弁当を隠し、理沙にぎこちなく笑った。

「えーっと、ほらたまには俺も弁当作ろうと思ってな。そのついでに、自分の弁当も作ってんだよ。ははは……」

 共働きで多忙な両親は俺と理沙に昼食代を渡し、俺らはそれで昼飯を買って済ます。小さい頃ならいざ知らず、高校にもなれば好きなものを食べられるから気楽だ。
 そして、俺がこうして料理をしたことは人生で一度もない。台所に立つのは理沙だ。
 明らかに様子がおかしい俺に理沙はじっと見た後、ちらりと台所を見て近づいてきた。俺は冷や汗が流れ、なんとかごまかそうとしたがムリだった。理沙は俺の背後にある二つ分の弁当を見て、目を瞬いた後、俺を見た。

「もしかして、理沙を驚かそうと理沙の分も作ってくれてたの?」
「ん、まぁな。はじめてだから惣菜の詰め合わせみたいなもんだけど……」

 理沙にはもっとうまくなってから作ってやる予定だった。
 できた弁当を理沙に渡すと目を輝かせ、満面の笑みを浮かべた。そういえば、理沙に弁当を作ってやるのはじめてだ。よしよしと理沙の頭をなで、ついでに目玉焼きとパンも作り、二人で食べた。
 それから、俺は学校につき自分の席に着くと大きくため息をついた。

「お? 奥羽、今日はもうお疲れって感じだな」
「疲れたってわけじゃねーけど」

 柴滝が俺の前の席に座るとにやにやと笑った。
 俺は顔を上げると苦笑した。柴滝はお気に入りのイチゴオレを飲みながら、「なにかあったのか?」と聞いてきた。

「はじめて弁当作ってやったんだよ。そしたら、想像以上に喜ばれてさ」
「そういや奥羽の妹……理沙ちゃんだっけ? かわいいよなぁ。スタイルいいし、お洒落さんでいかにも女の子って感じ」
「俺の妹を変な目で見んなよ」

 ジロッと睨めば「俺の好みじゃないから安心しろ」と柴滝は笑った。

「そもそも理沙ちゃんはイケメンが好きだしなあ。お前も顔はいいけど、身近に感じる系っていうの?」
「そうかよ。つーか、お前また髪染め直したのか」

 柴滝の髪はこげ茶色にくすんだ金のメッシュが入っていた。柴滝は腕を組んで「ようやく気づいたか」と言いたげに俺を見た。

「髪伸びてきたから切るついでに染め直したんだよ」
「はいはい、イケメンはなにしても似合うからな」

 柴滝も見目はいいほうだ。女子に抱きついたりしても、女子は嫌がるどころか嬉しそうにキャーキャー騒ぐ。皮肉を込めて言ってみれば、柴滝は別段驚きもせずあっさりといった。

「お前だって同じ対応されると思うぜ。下心とは感じさせないし、癒しオーラがはんぱねぇし」
「勝手にほざいてろ」

 わしゃわしゃと俺の頭を撫で回す柴滝を睨む。まったく人をなんだと思っているんだ。
 昼になり、俺は屋上の給水タンクへ向かった。まだ寒い日が続くが、体が震えるほどじゃない。給水タンクに登ればすでに渦丞がいた。黒い鞄を枕にして猫のように丸くなって眠っている。珍しく今日はマフラーを巻いていた。
 渦丞の隣に座り、鞄から作ってやった弁当を出す。それを渦丞の顔の上に置いた。すると、渦丞はわずかに眉を寄せて、やがて目を見開くとじっと俺を見た。

「ほらよ、弁当だ」

 渦丞は顔に乗っている弁当を持ち上げ、起き上がった。もそもそと無言で食べ始めた。弁当を理沙に譲った俺は焼きそばパンを頬張った。
 渦丞が物珍しそうに見てくる。気まずくなった俺はパンを口から離して、渦丞のほうを向いた。

「お前、焼きそばパンみたことないの?」
「焼きそば……パン?」

 不思議そうに俺の言った言葉をそのままオウム返ししてくる。食べかけだが「これ」と言って見せた。

「ブドウ糖が大量に摂取できそうだ……」
「そこかよ」

 返ってきた言葉に呆れた。もぐもぐと俺が作った弁当を食べながら、渦丞が珍しくぽつぽつと話始める。

「学校の売店とか行ったことない。そういうところは行くものじゃないって両親に言われている」
「へぇ、意外なことで」

 渦丞は水筒を鞄から出した。蓋がカップになるタイプのようだ。紅茶を注いだ。
 まだ少し寒い外では水筒から出てくる紅茶からはバニラのほのかな香りと白い湯気が立っていて温かそうだ。鞄から紙コップを出すと、そこにも紅茶を注ぎ、俺に差し出してきた。
 戸惑いながら俺が紅茶を受け取ると渦丞は水筒の蓋に注いだ紅茶を一口飲んだ。

「けど、奥羽が作ってきたこういう弁当も食べたことがなかった」
「じゃあ、お前今までどうしてたんだよ」
「重箱」

 そういう意味かよ。つーか昼飯で重箱ってお前の家はどういう神経だよ。食べ終わった弁当を包んで俺に返した。

「奥羽の弁当おいしかった。あと、量もちょうどいい」
「そりゃどうも」

 俺も焼きそばパンを食べ終え、デザートにプリンを食べ始めた。
 今回は早めに売店へ行ったから数量限定のイチゴマシュマロプリンが手に入った。イチゴ味の控えめな甘さと滑らかな舌触りは最高だ。渦丞はじっと俺を見たあと不意に顔を近づけてきた。まさかと思いきや、案の定唇が重なった。
 渦丞の舌が俺の舌をなぞり、その感覚は悪寒に近い。ぞくぞくとした感じが背筋に走る。唇が離れると同時に俺は渦丞の顔を思いっきり殴った。けれど、渦丞はひょいと軽々避けた。

「渦丞、お前ってやつは……」
「慣れてないのか?」

 俺の反応に渦丞が不思議そうに聞いてきた。
 その言葉に俺はカチンと来た。そりゃ、今まで彼女がいないんだからあたりまえだ。

「つーかさ、お前は余計な一言がいつも多いんだよ」
「なんで」
「質問を質問で返すな」

 むっとなって言い返すと、渦丞は数度瞬きをした後、頬をすりよせてきた。その際、渦丞のマフラーの隙間から気のせいか、テノ形をした薄紫色の痕が見えた。じっと目を凝らすと、渦丞が淡々と言う。

「姉にやられた」
「姉? へえ……お前、姉がいたんだ」

 意外だ。きっと渦丞と同じようにさぞかし美人な女性だろう。だが、渦丞は珍しくわずかに眉を寄せて、不快ともいえる表情を浮かべた。

「名義上は姉、でも血は繋がってないから他人だ」
「腹違いってやつか」

 俺の言葉に渦丞は小さく頷いた。それから、ぎゅっと俺に抱きついてきた。

「奥羽の家がいい」
「は?」

 ようやく会話が成り立つようになったと思いきや、また突拍子もないことを言い出す。
 渦丞はじっと俺を見た後、俺のブレザーのボタンを外し始めた。それどころか、ブレザーにもぞもぞもと顔を突っ込んできた。ぎょっとして離そうとしても渦丞はまったく動かず、俺はあっさりと諦めた。
 ベージュ色のセーターに頬を当てた渦丞は心地よさそうに目を閉じていた。ひゅっと風がふけば、やっぱりまだ寒い。

「どうしても俺の家にきたいわけ?」

 肯定の意なのだろう。渦丞が俺の胸板よりも少し下あたりに頬を摺り寄せてきた。大きくため息をつくとぽんぽんと渦丞の頭を軽く叩いた。

「じゃあ、理沙に手を出すなよ」

 その言葉に渦丞はもう一度擦り寄った。昼休み終了のチャイムが校舎の中で響き渡る。
 けれど、渦丞はこの前のようにさっさと校舎に戻ることはなく、俺にぴったりとくっついたままだった。もしやと思って渦丞を見れば、心地よさそうに眠っていた。

「おいおい、まじかよ」

 うんざりとして呟くが、がっちりと抱きしめられていて離れられない。
 しばし渦丞を見た後、自分の鞄を枕代わりにして授業をサボることにした。あとで、柴滝になにか言われるかもしれないが、無視しておこう。




「ただいまー」

 両親は今日も夜遅く帰ってくるため渦丞を連れて家に帰った。
 そんな事情を知らない理沙がいつも通り「お帰りー!」と言って台所から顔を出す。渦丞に目を留めると顔を一気に赤くした。それから、二階の俺の部屋に案内しようとしていた俺をとっ捕まえるなり、台所へ引きずり込んだ。

「お兄ちゃん! どうして渦丞さんが来ることいってくれなかったの?!」
「あー、いや。まさか本当についてくると思わなかったんだよ」

 はははと空笑いをすれば、理沙は渦丞に風呂を勧めておくようにと俺に言いつけ、真剣な顔で冷蔵庫を漁り始めた。すっかり張り切っている理沙に苦笑しながら、渦丞のところ戻れば部屋へ案内してやった。

「さっきの子……」
「あぁ、妹。理沙っていうんだ。美人で可愛いからって手を出すなよ」
「兄妹の禁断の愛?」

 自室に入った俺がベッドに腰を下ろすと、渦丞が不思議そうに聞いてくる。
 まさかの発言に俺は固まった。

「んなわけあるか。ただの兄妹だよ」
「仲良すぎだったから」

 渦丞は俺の本棚を見ながら呟いた。
 俺の家は小さい頃から両親が共働きだという影響も多い。俺と理沙はお互いが、親の次に無償で甘えられる存在っていうのもあるだろう。
 それに対し、理由は不明だが、渦丞は姉から首に痕が残るようなことをされている。まあ姉弟と兄妹じゃ立場も関係も違うからなんともいえないけど。

「お前に貸すパジャマとか探してくるから大人しくしてろよ」

 警告をすると、俺は客用のパジャマやタオルの一式を探すために部屋をでた。
 ようやくみつけて戻ってくると、渦丞は勝手に俺の本棚からアルバムをだして見ていた。

「プライバシーの侵害だぞ」
「見たって減るものはないだろ」

 アルバムから顔を上げて答える。
 取ってきた客用の服を一式を渦丞に渡す。渦丞は受け取り、再びアルバムに視線を落とす。

「奥羽は子供の時から人気なんだな」
「俺、一人でいるってことあんまりなかったからな」

 いつもまわりには人がいて、一人でなにかをするということはあまりなかった。むしろ、そのおかげで両親が共働きでも寂しさをあまり感じさせずに済んだ。でも、友人達が「親が心配するから」とうんざりした声で言うのを聞く度、当時はうらやましかった。

「お前はどうだったんだよ」
「今と同じ」

 次のページへと捲りながら渦丞は無感情に答えた。
 改めて自分のアルバムを見れば、どの写真も笑っていた。泣いてる写真もちらほらとあり、我ながら感情が豊かなところは昔と変わらないなと感心した。
 渦丞の指が、幼い俺が映っている写真をそっと撫でて続けた。

「ただ、今のほうがずっと楽しい」
「ふーん」

 呟かれた声はほんのり柔らかさを持っている気がした。
 アルバムを見終えた頃、ドアがノックされた。理沙がひょっこりと顔を出した。

「あの、夕食できたよ」
「おう、今行く」

 俺がそう答えれば理沙はドアを閉めて先に降りた。後に続くように部屋から出て、居間へ向かった。
 テーブルには、ほうれん草のミルクスープにいんげんとにんじんの肉巻き。それと八宝菜だった。席に着き、さっそく合掌して食べ始める。
 いんげんとにんじんの肉巻きは香ばしさと甘辛い味でおいしく、ほうれん草のスープのあっさり具合とかみ合っている。

「今日もうまいな」
「えへへ、ありがとう。渦丞さんはおいしいですか?」

 渦丞がもぐもぐとうずらの卵を食べて頷く。
 理沙は渦丞の言葉に今まで見たことがないほど嬉しそうに笑った。テレビは音楽番組が流され、なにやら有名な俳優がドラマの主題歌を歌うらしくめずらしく出ているようだった。理沙が頬を紅潮させながら尋ねた。

「あの、渦丞さんって町を歩いている時、芸能人のプロデューサーに声とかかけられないんですか?」
「あったような気がしなくもない」
「やっぱり! でも、渦丞さんみたいなカッコイイ人がお兄ちゃんと一緒にいるってなんだか不思議です。お兄ちゃんって友達はたくさんいても、家に連れてこないから」

 渦丞は俺を見て、理沙を見る。ゆっくり瞬きした後、これといってなにかいうわけでもなく食事の手を進める。
 テレビからはロックに近いバラード調の曲が流れてくる。中々嫌いじゃない声だ。

「ごちそうさま」

 先に食べ終えた渦丞はイスから立ち上がった。だが、自分の家でない事に気づいたのだろう。顔こそ無表情だが、困惑した様子が俺には不思議とわかった。

「シャワー浴びて来いよ。廊下を出て、向かいの部屋だから」

 渦丞はこくりと頷いて部屋から出ていった。
 渦丞の気配が完全になくなると、理沙が大きく息を吐いた。頬は薄紅色に染まっていて俺を見ると小さく笑った。

「生の渦丞さんすごくかっこよくて、心臓止まっちゃうかと思っちゃった」
「大げさだろ」
「大げさじゃないもん」
「大げさですー」

 理沙がまた言い返そうとしたところで、扉が開いた。肩越しに振り返れば、渦丞がバスタオルや着替え一式持って俺のところに戻ってきた。
 
「奥羽、風呂場どこだっけ」
「お前なあ」

 俺は食事の手を止め、風呂場に案内した。
 脱衣所には洗濯機が置いてあるため少し狭いから気をつけることを伝えて出て行こうとした。だが、腕をつかまれた。振り返れば、渦丞がいきなり俺のワイシャツに手を当てるなり、ボタンを外し始めた。

「お前、なにしてんの」
「ボタン外してる」
「外してどうするんだ」
「一緒に風呂入る」

 真面目な顔してもくもくと人のワイシャツのボタンを外している渦丞の頭にゴツンと拳骨を落とす。渦丞はわずかに眉をしかめても、ボタンを外す手だけは止めなかった。

「風呂ぐらい一人では入れよ。つーか、俺、飯の途中だから」
「背中の流しあいがしたい」
「銭湯行け」

 ぺしりと渦丞の手を離させると、ボタンを再びつける。渦丞はボタンを直している間も無言で俺をじっとみていた。顔は変わらないが、まるで拗ねた子供のように見えた。俺はいじめた気分になって、気まずいあまり渦丞の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。

「ほら、早く入ってこい。次が詰まってんだからな」

 おまけにぽんぽんと頭を叩く。
 再び食事をするために戻ってくると理沙がレモンパイを作っていた。俺が戻ってきたことに気づくと、レモンパイを作る手を止め、俺のほうへと振り返った。

「お兄ちゃん」
「だめだ」
「まだ、なにもいってないのに」

 ぷうっと頬を膨らませる理沙をちらりと見た後、冷めてしまった食事を手早く食べる。理沙は俺の向かいに座ると薄ピンク色の唇を尖がらせた。

「渦丞はやめておけ。理沙にはもっといい彼氏がそのうちできる」
「でも、理沙は渦丞さんが好きだもん」
「理沙が好きでも、あいつがお前を好きかは別の話だろ?」

 食事を終えた俺は食べ終えた食器を持って、台所に置かれている食器をまとめて洗った。俺の背中に理沙はぴったりとくっつくと、俺の頬を後ろから突いてきた。

「お兄ちゃん、そんなんだから彼女できでないんだぞ」
「余計なお世話ですー」

 むすっとして答えれば、理沙がぶにっと強く俺の頬を押す。

「言ってみなきゃわからないでしょ?」
「言わなくても『お兄ちゃん』にはわかりますー」

 あえてお兄ちゃんというところを強調すれば、理沙はむぅとまた頬を膨らませた。
 そんな理沙にため息をつく。濡れた手をタオルで拭いた後、ぽんぽんと頭を軽く叩いた。やっぱりいくら見た目が大人っぽくなっても、俺から見れば子供だ。思わずそんな理沙に笑うと、理沙は膨らましていた頬が萎み、目をわずかに伏せた。

「お兄ちゃんのその笑顔反則だよ……」
「はいはい。とりあえず、渦丞に告白するのはやめておけ。ところで、レモンパイ作らなくていいのか?」
「作るもん!」

 理沙はそういって再びレモンパイを作り始めた。俺は先に風呂へ入ることを伝え、風呂場に向かった。渦丞はさっさと俺の部屋に退散したようだ。
 風呂から上がったあと、理沙に「レモンパイはどうだ」と聞けば、もう少しで出来るから部屋で待つようにといわれた。
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