電波で一途なお前と鈍感で小心者な俺による恋

天霧 ロウ

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 部屋に戻ってくれば、渦丞が俺のベッドで横になっていた。風呂で血行がよくなったのだろう。首の赤い痕が薄くなっている。眠っている渦丞の顔を覗き込むといきなり手が伸びてきた。とっさのできごとで避らけれず、そのままぎゅっと抱きしめられた。

「同じにおいがする」
「そりゃ、同じもの使ったからそうだろ」

 しっかりと抱きしめてくる腕を掴み、無理やり離させると渦丞はじっと俺を見た。それから、そっと目蓋を伏せると俺の枕に顔を埋めた。

「奥羽の家は温かい」
「そりゃ、暖房つけてるからな」
「そういう意味じゃない」

 枕から顔を上げると俺の腕を掴み、俺が渦丞を覆いかぶさった。と思いきやいつのまにか渦丞が俺に覆いがかぶさっていた。なにが起きたかわからず目を瞬くと、渦丞がゆるりと目を細め、俺を見下ろす。

「奥羽の親はなんでいないんだ」
「いないんじゃなくて、共働きで遅くまで働いてるだけ。急になんだよ」

 呆れてため息をつけば、渦丞は俺の髪に顔を埋めると「別に」という。相変わらずわけがわからない。

「お前の家はどうなんだよ。今日俺の家に遊びに行くってきちんと連絡したか?」
「する相手なんていない」
「親御さんは? あと姉さんがいるんだろ? 腹違いでも家族なんだから連絡はしとけって」
「狼と羊は家族になれない」

 それだけいうと、渦丞が強く俺を抱きしめてくる。渦丞と関わって、渦丞語が精通してきたから、なんとなくだけど、言いたいことがわかる。けど、渦丞のわけありな家庭事情という地雷の上でタップダンスできるほどこれ以上無神経になれない。
 ただガラスのような綺麗な青い瞳が曇っていくのをこれ以上見たくないというのだけはわかる。ひとまず話題を変えよう。といっても、何にすべきか。

「あ、そういえば、理沙がお前のためにレモンパイを作ってるんだ。一緒に食おうぜ」
「そうなんだ」

 そっけない反応は俺の予想通り脈なしだ。ほらな、兄ちゃんはきちんとわかってるんだ。
 一方で、可愛い妹に少しも興味を示さないのは、兄としてやや不満を覚えた。

「なんだよ、そのどうでもいいみたいな返事は」
「俺はレモンパイよりも奥羽がいい」
「は?」

 ごそごそと服の中に手を突っ込んできた渦丞にぎょっとして、反射的に突き放そうとした。けれど、渦丞は思った以上に力があり、体重をかけてのしかかっているのもあって身動きが取れない。

「おいおいおいおい、渦丞お前どうしたんだよ。俺は男だぞ! お・と・こ!!」
「知ってる。でも、奥羽は鈍いから強行手段するしかない」

 もぞもぞと服に手をいれ、さらりと脇腹をなでられた。それだけでもパニックものなのに、こめかみに唇を当ててくる。ドア越しから階段を上ってくる音が聞こえ、俺はぎょっとした。
 渾身の力で渦丞を突き放す。しかし、渦丞はこりずに、再び俺に抱きついてきた。もう一度離そうとした瞬間、ドアが開きばっちりと理沙と目が合った。
 ぎゅっとくっついてのしかかっている渦丞と半ばパジャマをを脱がされている俺。明らかに怪しいというか変。俺は全身から嫌な汗が噴き出し、レモンパイを大皿に乗せて現れた理沙にどういえばいいか考えているうちに理沙のほうから口を開いた。

「お兄ちゃん、もしかして……」
「おい、理沙勘違いするなよ。俺は異性愛者だから!」

 慌ててそういうが、理沙はその言葉に小さく首を傾げた。

「私が言いたいのは、プロレスごっこをやってもいいけど、渦丞さんには傷つけないでって言いたいんだけど。それよりも、レモンパイできたから食べようよ!」

 理沙は俺の部屋に入り、ローテーブルの上にレモンパイを乗せた大皿を置き、小皿を三つ並べた。
 ハッとした俺は渦丞を無理矢理離し、理沙の隣へ座った。

「そうだな! なにか俺も手伝うよ」

 顔には出てないが、ベッドで不服そうにしている渦丞がなぜかわかった。だが、あえて無視する。というか、理沙がいるんだから絶対盛るなよ。
 そんな俺たちの状況を気にせず「ありがと」と笑った理沙は、思い出したかのよう言った。

「お兄ちゃん。私、紅茶持ってくるの忘れちゃったから下から紅茶を入れたポット持ってきてくれる?」
「ああ、わかった」

 理沙の言葉に頷き、部屋を出て行き。
 台所に行きポットとティーカップを盆に乗せてから、はっと気づいた。俺としたことが、理沙と渦丞を二人っきりにしてしまった。渦丞の思わぬ行動に動転したせいだ。
 紅茶一式を手に取った後、急いで自分の部屋へ向かう。部屋からは理沙の声が聞こえ、俺は急かす足を止め、そっとドアに耳を当てた。

「渦丞さん、私……渦丞さんのことが好きです。私と付き合ってください」
「知ってる。けど、俺にいいたいのはそれじゃない」

 渦丞の返しに理沙はたじろぐことなく続けた。

「私さっきも言ったけど渦丞さんが好きです。でも、お兄ちゃんはもっと好き。もちろん、家族としてですよ」

 その言葉に俺は思わず感動して、その場にうずくまった。引き続き二人の会話を聞くことにした。

「お兄ちゃんって、見た目もいいし、昔から気配り上手なんです。私がわがまま言っても結局聞いてくれて、本当に優しい兄なんです」

 続いた理沙の声はさっき渦丞に告白した声よりもよほど真剣だった。

「私、そんなお兄ちゃんだからこそ、幸せになってほしい」

 渦丞の返しはない。それを了承の上なのだろう。理沙が続けた。

「私のことばかりいつも思って、きっと自分のことを考える余裕がないの。だって、鈍いもん」

 拗ねた口調で言った。続く理沙の声は哀れみと優しさが入り交じっていた。

「自分に向けられる好意は見てるこっちが嫌になるくらい鈍いくせに、なのにすごく優しい。だから、渦丞さんがお兄ちゃんのことを好きってアピールしても、お兄ちゃんにとって渦丞さんはまだそういう対象にみれないと思う。諦めてとかそんなことは言わないけど、あまり無理強いはしないで。お兄ちゃん、根は小心者の兎だから」
「兎は好きだ」
「私も好き」

 二人が和やかな感じで話している状況にどうすればいいか迷った。
 とりあえず、せっかく持ってきた紅茶が冷めるのはもったいない。盗み聞きしていた手前、気まずさからノックをすれば理沙が「あ、帰ってきたみたい」と声を弾ませる。
 ドアを開け、二人の和やかな雰囲気にさっきの話を思い出すが、どうもいまいちぴんとこない。

「ほら、これでいいんだろ?」
「うん、ありがとう」

 理沙が嬉しそうに言うと、切り分けたレモンパイを皿に盛っていく。俺はポットから紅茶を入れた。
 角砂糖を盛った小皿をおけば、理沙は紅茶に角砂糖を二つ入れた。甘いものを食べるのに、甘い紅茶というのは俺にはどうも理解できないが、理沙は気にせず飲む。
 理沙と渦丞の間へ腰を下ろし、切り分けられたレモンパイをさっそく食べる。

「やっぱり理沙のレモンパイはうまいなぁ」

 さくりとしたパイの感触と口の中に広がっていく。わずかな酸味がするレモンクリームとメレンゲの甘さはたまらない。理沙はその言葉に嬉しそうに笑った。

「お兄ちゃん、私のパイが昔から大好きだもんね」
「当然だろ」

 紅茶を飲んでにっと笑う。
 無事パイは食べ終え、俺たちは歯を磨くため一緒に下へ降りた。理沙はさっさと歯を磨くと自室に戻った。俺は後片付けをし、先に歯を磨き終えた渦丞に、先に二階へ戻るよう言っておいた。
 大人しく斧部屋に向かった渦丞を見届けた後、のろのろと歯を磨きながら先ほど二人が話していた内容を思い出す。

「根は小心者の兎、かぁ……」

 どう考えたらそんな結論にたどり着いたのか、俺にはわからない。
 というよりも、わかりたくない。歯を磨き終えて自室へ戻れば、俺のベッドに渦丞が眠っていた。俺はしばし渦丞を見下ろした後、盛大にため息をついた。かけ布団をはぐと渦丞がもぞもぞと動き、丸くなる。

「人様のベッドで堂々と寝るなっつーの」

 そういっても渦丞はすでに夢の中なのか俺の言葉には耳を貸す気もなく、静かに寝息を立てていた。ぺいっとかけ布団を戻すと俺は本来渦丞が寝る場所だった客布団へ横になって寝た。



 翌日、目を覚ませば布団の中がひどく狭く感じた。いやな予感がして起き上がる。隣を見れば、渦丞が眠っている。ベッドに触れれば冷たく、一体いつのまにベッドから抜け出したのだろう。俺はカーテンの隙間から入る白い日差しに目を細めた。
 仮に隣にいる渦丞がもし女子だったら、それこそ男としては嬉しいが、悲しきかな渦丞は男だ。
 渦丞がわずかに眉間にしわを寄せるとゆるゆると目を開け、むくりと起き上がった。所々はねている髪を見て、俺は想わず吹き出した。

「あっちこっち跳ねてるじゃん」

 呆れながら手を伸ばして軽く跳ねている髪をなでた。渦丞はうつらうつらしながら言い返してきた。

「たぶん……奥羽の寝相が、悪いからだ」
「俺は悪くねえよ」

 渦丞は目にかかる前髪を耳へとかけ、俺をじっとみる。

「つーかさ、お前一体いつから人の布団にはいってたんだよ」
「覚えてない。今何時」
「朝の六時」

 休日にもかかわらず朝の六時に起きてしまった。俺は二度寝をしようと思って布団の中へと潜る。しかし、今度は渦丞に布団をはがされた。

「暇なら外で散歩したい」
「年寄りかよ」

 外はいい天気だが気温が低いことには変わりない。だが、渦丞はじっと俺を見ているようすはまるで犬のようだ。俺は「わかったよ」とため息交じりに答えれば、渦丞はもそもそと着替え始めた。俺もさっさと着替えた。
 外に出れば、やはり寒くて、俺は思いっきり眉間にしわを寄せた。俺たちは無言でどことなく歩いていた。やがて人気のない公園を見つけると、渦丞が俺の腕を掴むとブランコに近づいた。

「座って」

 俺にそういうと俺は呆れながらもしぶしぶブランコに座った。すると、渦丞が背後に回ると思いきやいきなり俺の座っているブランコに足をかけるとともにひょいっと身軽に立った。

「二人乗り、やってみたかったんだ」

 渦丞が乗った反動でブランコはゆらゆらと揺れ、冷たい風が俺の頬をなでた。俺はしぶしぶ渦丞の初めてのブランコ二人乗りに付きあった。
 ぐっと地面を蹴り、ブランコを揺らせば少しの間だけ宙に浮かぶ感じがした。背中に伝わる渦丞の体温は悪くなかった。

「ブランコって時々空が近くなる。だから、好きだ」
「俺は断然滑り台だな」

 どのくらい揺れたのかやがてブランコは自然と止まった。渦丞がブランコから降りると俺も立ち上がった。ブランコの鎖を握っていたせいか、掌は鉄臭く不快と同時にちょっと懐かしくも感じた。
 ふと渦丞がいなくなっていることに気づいて見渡せば、ジャングルジムの天辺に渦丞がいた。いつの間に上ったのやら。

「奥羽も、早く」

 そういって渦丞は空を見上げると気持ちよさそうに目を閉じた。それはまるでドラマか映画のワンシーンのように見えた。うっかり見とれそうになった俺は深呼吸をして気分をかえた。

「はいはい、今行くって」

 ため息混じりに文句を言って俺はさっさと天辺に上った。渦丞は俺が来たのに気づくと「遅い」と言った。
 なにが遅くて早いかの基準がよく分からない俺は「そりゃすいませんね」と言った。渦丞はじっと俺を見ると、また空を見上げた。

「奥羽に言おうとしていたことがあったんだ」
「いきなりだな、おい」
「遠まわしとかめんどくさい」

 あっさりと渦丞は答えると、俺を見つめた。

「屋上に呼び出した時、何を言おうとしていたか忘れて聞き返しただろ。あれ、嘘だ」
「嘘ってなんだよ」
「本当は言おうと思ったけど、臆病風が吹いて忘れたふりをした」

 渦丞は空を見上げた後、目を閉じた。
 俺は初めて渦丞を間近でみた給水タンクの上を思い出した。さんざんイケメンと呼ばれるわりにはちやほやされることもなく、いつも一人でいたと聞いた。
 今思えばどうやって俺は渦丞の連絡先を聞きだしたかは覚えていない。けど、きっと俺はさほどあまりそういうことを気にしていなかったと思う。

「高校入学したての時、奥羽と同じクラスだったんだ。それも奥羽のすぐ後ろ」
「へえ、そうだったんだ」

 俺は入学式を覚えていなかった。
 学年が上がると俺の学校はクラスが変わり、そのあとは変わらない。そのため、渦丞と同じクラスで俺の後ろの席だったといえど、それはほんの少しの間だけなのだ。

「入学当初からまわりは俺を見て変に騒ぎ立てたけど、奥羽だけはふつうに接してくれた。それが、すごく……嬉しかった」

 ぽつぽつと呟く渦丞に黙って耳を傾ける。
 ふだんは無表情という仮面を貼り付けている顔が、今はありのままの表情を出している。照れ臭さを隠しきれないぎこちない笑顔はやっぱり俺と同じ高校生だ。そんなどうでもいいことに俺はなんとなく感動に近いものを感じていた。

「奥羽はいつも誰かと一緒にいて、一人でいることがなかったから。クラスが変わった後も俺は声をかけられなかった。奥羽はみんなのものだから。でも、やっぱり俺も人間だから自分でもあきれそうになる行動を取ったりするんだ。それが、奥羽を給水タンクに呼び出したこと」

 空を見るのをやめ、俺のほうを見る。今までどことなく強張っていた顔をふっと和らげた。

「俺は奥羽が好きだ。友達じゃないほうで」

 その言葉に俺は呆然とした。友達じゃない方で言ったら、消去法で恋愛しかないだろ。
 だからといって、ここで素直に「俺も好きだ」なんて展開はない。はっきりいって渦丞のことはいまだによくわからないし、そもそも男だし。俺の中では男は女と付き合うのが『当たり前』なのだ。

「あのさ、その」
「わかってる。奥羽が戸惑ってることぐらい。むりに答えなくていい」

 それって当たって砕けろってやつか? なんか違う気がするけど、俺は渦丞を見て空を見た。散歩に出るとか行ってだいぶ時間が経ったようだ。肌を撫でる空気はかわずかに暖かく感じた。

「ただ、俺が奥羽のことが好きなのは本当だから。どうしても、それを知ってほしかった」
「なんか押し付けがましいな、渦丞って」
「否定はしない」

 そう短く答えると渦丞はさっさと先に降りてしまった。俺は大きくため息をつくと冷えた手をポケットに突っ込んだ。すると、指先になにか硬い感触が伝わりそれを取り出せば、緑と薄緑の縞模様を彷彿させる細長い葉っぱの中心には真っ赤な尾羽のようなものがそびえている。確か、トラフアナナスといわれる植物のストラップだった。
 うろ覚えだが、理沙と幼いころ一緒に植物園を行った際に買ってもらったものだ。数少ない家族揃ったおでかけの時に買ってもらったものというのもあり、俺にとってはお守りだ。そういえば、ストラップには、その植物の花言葉がついていた。理沙が毒々しいにもかかわらず、俺と同じストラップを買った理由を思い出す。

「渦丞」

 ジャングルジムの天辺から下にいる渦丞へ声をかけると、渦丞は顔を上げた。俺は手にしていたストラップを渦丞へ投げると、渦丞は手を伸ばして俺の投げたストラップを手にした。

「それやるよ。トラフアナナスっていう植物。今度調べてみろよ」

 するするとジャングルジムから降りた俺は体を伸ばして渦丞にそういった。渦丞は俺からもらったストラップを確認するなり、いきなり抱きついてきた。すっぽりと背後から抱きしめられ、俺は肩越しに渦丞を見た。

「いきなりなんだよ」
「奥羽、本当は俺に気があるんじゃないのか」
「んなわけねえだろ。せっかくだし、朝飯食っていけよ」

 ぐいっと渦丞を離して、俺はさっさと歩き出した。渦丞は黙って俺の隣に立つときた時と同じように無言で俺たちは家路へと向かった。
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