電波で一途なお前と鈍感で小心者な俺による恋

天霧 ロウ

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 月日はあっという間に流れ、俺は調理専門学校の実技試験に向けて必死だった。教師から「成績は悪くないけど、倍率が高いからその分実技でアピールしないと受かりにくい」と言われたのだ。
 今回の課題は弁当。味と盛り付けで、俺の未来が決まる。家で試作品をあれこれ作ったものの、行き詰まった俺は人気のない図書室に来ていた。
 渦丞とは次の日から何事もなかったように過ごしていた。最初こそ、渦丞の告白を気にしていたが、今では本当にあったことなのかさえもわからない。

「おーい、奥羽」

 柴滝が彼女を引きつれ図書館に入ってくる。
 なにごとも器用な柴滝は大学に受かっていた。将来教師になりたいという希望で、教員免許が取得できる大学に入ったらしい。俺はそのことが意外だった。

「あいかわらず頑張ってることで。でも、お前が調理専門学校行くのは予想外だったな」
「まあな」

 正直、自分でも意外だった。高校に入った頃は、これといってなりたい職業も未来も想像できなかった。
 そんな俺が料理の道を選んだのは、きっと渦丞に弁当を作ったのをきっかけだろう。
 あれ以降も、俺はなんとなくだけど渦丞に弁当を作っていた。俺の弁当を食べる時だけ、渦丞の無表情が消えるからかもしれない。それを見て、自分の店を持って、自分の料理で訪れる人の腹と心を温かくしたいと思ったのだ。
 図書室に飲み物の持ち込み禁止にもかかわらず、柴滝はホットココアの缶を鞄から取り出し、俺の目の前に置いた。

「あんまり一生懸命やりすぎると、いざって時ぶっ倒れるぞ」
「そんぐらいわかってる」

 俺は図書委員がいないのを機にココアをぐっと飲んだ。柴滝の彼女は俺をじっと見た後、俺を指差した。

「きみさ、一年の頃渦丞君の前の席の子でしょ」
「え、ああ。そうだったけ?」

 ココアをまた一口と飲むと女子は嬉しそうに笑った。

「私、すごいなあって思ってたの! だって、あの渦丞君と対等に話できる人はじめてみたもん」

 俺の向かいに座ると柴滝も彼女の隣へ座って「確かに、すげぇよなぁ」と同意した。だが、彼女は「そうじゃないよ」と柴滝に笑った。

「私ね、渦丞君と中学同じだったんだけど、中学の渦丞君すごかったよ。なんていうか荒れるに荒れきりましたって感じ。暴力沙汰で自宅謹慎なんてしょっちゅうだったし、授業中に堂々と寝るし、教師を脅したりとすごかったよ。だから、同じ高校に入学したっ手知った時は、すごくショックだったんだよねぇ」

 彼女が大きなため息をつく。その様子から当時は相当ショックだったらしいということがわかる。彼女は「だけど」と呟くと俺を見た。

「奥羽君とふつうに話しているの見てびっくりしちゃった。渦丞君って顔はいいけど、人の話し聞かないことで有名だったし」
「それは今もだろ。けど、あいつが荒れてたねえ」

 俺は頬杖をついて、今はいない人物の過去に笑った。
 中学の渦丞を知らない女子が渦丞のことをクールでかっこいいともてはやすことを思うと、なんだかおかしく思えた。
 そういえば、渦丞の進路はどうなったのだろう。結局、俺はなんだか気まずくて聞けていない。

「そうだ、渦丞君と同じクラスの朝倉君って男子いたでしょ? 噂では朝倉君って渦丞君のこと好きみたい。なんか卒業式に告白するって言う噂聞いちゃったんだよねぇ」
「へえ、あのお堅い朝倉君がまさかのそっち系とは。まあ、渦丞は顔がいいし、なんかわかるわ」

 俺は女子の情報網を改めて思い知らされた気がする。彼女は「噂よ、う・わ・さ」と怪しい笑みを浮かべて一言一言区切るが、どうも噂には思えない。

「来年には卒業と思うとなんだか切ないよねぇ」
「俺と鈴ちゃんはこれからも一緒だろ?」

 さりげなく柴滝は鈴という彼女の肩に手を当て自分へと引き寄せた。彼女は「もう柴滝くんたら」と恥ずかしそうに言うが、満更でもなさそうだ。
 俺は仲のよい二人のいかにも青春楽しんでいますという状態がちょっとうらやましく思えた。
 結局、俺は一度も彼女を作らず、普通に勉強をし、友達と遊び、時々理沙と一緒に出かけた三年だった。
 二人はさんざん色々な噂話を話した後、さっさと帰って行った。俺は急に静かになった図書室が少し物悲しく思えた。
 気分転換に料理本以外読もうと思って席を立ち、文学や図鑑など手にした。パラパラと見ては本棚に戻し、適当に本を見ているとふと影がかかった。
 ふわりと爽やかな香りが鼻を通り抜ける。どこかで嗅いだことのある匂いに、記憶の中を漁っていると匂いの元が俺の隣にきた。

「奥羽、さっきからなにしてるんだ」
「気分転換に暇つぶし」

 そう答えて相手を見れば、そこには渦丞がいた。いったいいつからいたのか予想はまったくつかない。渦丞はじっと俺を見た後、小さく鼻を鳴らした。

「いい匂いがする。何か作ってるのか?」
「行きたい専門学校の実技試験があって、その試作作ってるんだよ。お前は?」
「俺は朝倉に書庫整理の手伝いを頼まれたから」
「書庫の整理ねえ……。古い本とかただでもらえたりできねえかな」
 
 そんなことを思わずぼやくと、渦丞が数度瞬きした後、俺をじっと見た。「なんだよ」といえば、渦丞がふっと笑った。

「意外だった」
「これでも俺は本を読むんだよ」

 むっとして答えれば、渦丞は腕にたくさん抱えていた本を一冊ずつ丁寧に本棚へ戻した。

「いつまでこの図書室にくるんだ」
「さあな。でも、気分転換にまた来るかも」
「そう。受験、いつ」
「今月の最後」

 つまりあとに二週間しかないのだ。
 渦丞はしばし黙った後、本を片付け終えると思いもがけないことを言った。

「なら、受験日の前日まで試作品作りに付き合おうか」
「今ですら、毎日俺の弁当食ってるのにか? 飽きねえの?」

 いろんな料理を作るとはいえ、ずっと食べていたらさすがに飽きそうだ。しかし、渦丞は淡々と返した。

「俺は奥羽の味が好きだから平気。それにこう見えて俺、結構食べる」

 言われてみれば、以前渦丞は重箱を持ってきていたと言っていた。
 育ち盛りもあるだろうが、俺の作る味が好きという言葉に、まんざらでもない気分だ。

「じゃあ、今度から弁当増やすな」

 残りの期間で受かるかどうかは俺次第だ。




 そうして試験当日、俺はドキドキしながら試験を解いた。昼休みを挟み午後は実技試験だ。
 実技テストが始まれば、俺は緊張しつつも慣れた手つきでそぼろと卵焼きを作っていった。
 今まで彩りや栄養を考えて、いろんな弁当を作った。渦丞にもたくさんアドバイスをもらった。けど、試験前日、なんとなくはじめて渦丞に作ってやった弁当と同じものを持っていった。違うのは、ブロッコリーを追加して、ひじきの煮付けとミートボールが手作りなことだ。
 それを食べた渦丞は目を輝かせ、笑ったのだ。

「いろんな弁当を食べたけど、俺は奥羽の作ったこの弁当が一番好きだ」

 その言葉はまっすぐで、はじめて見た満面の笑顔はあまりにも眩しかった。
 やがて弁当を作り終え、各々審査員の元へ持っていく。試験が終わった後、個別に部屋へ呼ばれていった。審査員が弁当を評価し、作り手へいくつかの質問をしているのが聞こえる。やがて俺の番が来た。
 三人のうち二人の審査員は俺の弁当を感心した様子で眺めていた。

「おかず自体はよくあるラインナップですね」
「私はこういうの好きですよ」
「しかし、彩りが偏っているな」

 俺の弁当は全体的に茶色く地味だ。唯一の彩りはブロッコリーくらいだ。それぞれを味見し、評価をつけ終わったようだ。白髪が目立つほがらかな雰囲気の男性が質問した。

「きみは、どうしてこれらのおかずを選びましたか?」
「それは」

 俺は一度口ごもった。けれど、渦丞の笑顔を思い出し、緊張で震える手を握りしめた。

「これは、俺がはじめて――俺の弁当を食べてみたいっていった奴に作った……そいつの好きなものだからです。といっても、その時はミートボールもひじきの煮付けもスーパーで買った惣菜を詰めただけで、まともに作ったのは卵焼きだけだったんですが……」

 言わなくてもいいことをつい言ってしまった。俺の回答に年配の女性は「青春ねえ」と和やかに呟く。一貫して気難しい顔をして腕を組んでいる男性の顔は変わらない。

「なるほど、つまり君にとってこの弁当は思い出の弁当というわけか」
「はい。俺が料理の道を進みたいと思ったのも、そいつがきっかけなんです。俺はあいつの笑顔を見て、改めて思ったんです。いつか自分の店を持って、自分の料理で訪れる人の腹と心を温かくしたいって」
「志はいいが、現実はそんなに甘いものじゃないぞ」
「だからこそ、この学校で学びたいんです。お願いします」

 俺は勢いよく頭を下げた。気難しい顔をした男性は俺をじっと見た後、小さく鼻を鳴らした。様子を見ていたほがらかな雰囲気の男性と年配の女性は顔を緩め、俺に微笑んだ。

「キミの動機はじゅうぶん伝わりました。退出していいですよ」
「ありがとうございます。失礼しました」

 俺は顔を上げると試験会場を後にした。
 建物を出れば、女子たちが小さな黄色い声を上げながら建物の隅を見ていた。俺も引かれてそっちへ目を向ければ、トレンチコートを着た渦丞が立っていた。私服だとより大人っぽく見えて、興味なさげにスマホを眺めている様はまるで雑誌の撮影みたいだ。
 俺に気づくと渦丞はスマホをポケットにしまい、女子達の視線を無視して俺の前へ来た。

「どうだった?」
「わかんねえ。でも、精一杯伝えた」

 できることは出し切った。あとは天に祈るだけだ。
 とはいえ、合否がわかるまで不安だ。ため息をつく俺に渦丞がドンと肩をぶつけてくる。文句を言おうと顔を上げれば、渦丞が青い目を細めて笑った。

「大丈夫、奥羽の弁当は温かいから誰にも負けない。俺が保証する」
「俺の飯なら焦げてもうまいっていう、お前の保証なんて当てにならねえよ」

 ふんっと鼻を鳴らして歩き出す。渦丞があたりまえのように俺の隣を歩いた。俺は首に巻いている青いマフラーを鼻先まで引き上げ、ぽつりと呟いた。

「ありがとな、渦丞」
「せっかくだし、神社で参るか」
「そういうのは試験前にやるもんだろ」

 ぷはっと笑えば、渦丞が「そういうものなのか」と首をかしげた。
 でも、合否が来るまでの不安を和らげるのにはいいかもしれない。釈然としない渦丞の肩にドンとぶつかり返す。

「んじゃ、俺の合格を願って神社に参ろうぜ」
「わかった。奥羽」
「なんだよ」

 顔を上げて渦丞を見れば、渦丞は白い息を空に向かってはいた。

「参った後、お前の家で温かいの食べたい」
「んじゃ、餅焼いて汁粉でも食うか」

 俺の提案に渦丞は目をゆるっと細めた。最初は読み取れなかった渦丞の考えも、今や目の動きで結構わかるようになった。我ながら中々の進歩だ。
 神社に向かう途中、ふと渦丞の進路が気になった。

「そういえば、お前の進路は?」
「就職。父さんの手伝いをする」
「え、お前御曹司だったのか?」

 みんながあたりまえに進学するため、渦丞もそうだと思っていた。渦丞は形のいい眉を寄せた。

「父さんの言いなりは嫌だ。けど、早くあの家から出るには……働くしかない」
「そっか」

 結局、渦丞の家がどんな事情かわからない。けど、少ない言葉の節々からいいと思ってないのはわかる。俺には俺の、渦丞には渦丞の人生がある。

「どっかアパートでも入るのか」
「うん。もう契約もした。来年の春から」
「行動はえー」

 あまりの早さに苦笑してしまった。それだけ家にいるのが嫌なのだろう。
 俺は何の気なしに言ってみた。

「一人暮らし始めたら、時々飯作りに行ってやろうか?」
「時々じゃなくて、毎日作ってほしい」

 俺の冗談に対し、渦丞がぎこちなく俺の指を握ってくる。往来での行動に思わず肩が跳ね上がる。とっさに握られた指ごとポケットへ突っ込んだ。そして、ジロッと渦丞を見上げる。

「いきなり触ってくんな」
「通い妻も捨てがたいな」
「俺は男だし、お前はただの友人だろうが」

 ドスッと渦丞の脇腹を肘で突いた。渦丞は青い目を細めて笑った。
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