銀貨一枚と引き換えに

天霧 ロウ

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「希望の進路って言われてもなあ」

 リヴンは焦げ茶色の髪を掻きながら、進路書を見てため息をついた。
 故郷の村――コペグの学び舎で、基礎教育を学び終えた後、実家の宿を継ぐつもりだったが、両親からもっと視野を広げるようにと王都への進学を促されたのだ。
 王立学校は村の学び舎と違い、基本的な読み書きと計算以外にも魔法薬物の知識や錬金術。基礎魔法の構築式や理論。なにより、魔物との共生がもっとも進んでいるレインバルク王国ならではの、共生学は目を見張る内容だった。
 しかし、新たな学びで驚きや新鮮を覚えても、リヴンの進路は一貫して、卒業後は実家の宿なのは変わらなかった。

「つーか、どこ行ったんだよ。あの陰鬱教師」

 あちこち探し回っても見つからないあまり、愚痴ってしまう。
 陰鬱教師とは、リヴンの担任教師――グッドルのあだ名だ。白衣以外は上下黒のシャツとズボンをまとい、好き勝手にうねった黒い髪で目元を覆い隠している。そのジメジメした独特の雰囲気から生徒の間では、影でそう呼ばれているのだ。
 
「そういえば、錬金術担当だったし、錬金室にいるかも」

 錬金室は一階の特別棟にある。せっかく上がった階段を下りて、リヴンは錬金室へと足を向けた。
 一番端の廊下まで行くのを面倒に思いながら歩いていれば、錬金室についた。けれど、おかしなことに気づいた。錬金室は暗幕で締め切られていた。リヴンは首をかしげる。いつもは暗幕なんて使われてないはずだ。
 ドアに手を当てようとしたとき、ふと中から声が聞こえた。それは明らかに男の声だ。リヴンはドアに触れようとした手を止め、そっと耳をそばだてた。やがて、その声が普通でないと気づいた。

「せん、せいっ……も、もぅっ、だ、だめっ! ぁ、ん、んんぅっ!」
「なにが駄目なんだ」

 グッドルのじめっとした声が喘いでいる相手に尋ねる。相手は絶えず喘ぎながら、ただ何度も「だめ、だめ」っとすすり泣くように言っている。

「大丈夫だ、きっちりとおこづかいは払う」
「ほん、とう?」

 グッドルがかすれた声で紡ぐ言葉に相手は甘ったるい声で尋ねた。この学校は男子校だ。なら、必然的に中で繰り広げられてる行為は否応なしに想像つく。

「本当だ、先生が嘘をついたことがないだろう?」
「んぅっ! あぁっ、あぁっ! ……んぅ、んっ! だって、だって、気持ちいい!」
「ああ、俺も気持ちいいぞ。エウェン」

 その名を聞いた瞬間リヴンは「え?」と思わず鳩が豆鉄砲でも食らった気分になった。今「エウェン」と言った。リヴンは急にドキドキと鼓動が早くなっていくのを感じた。
 リヴンのクラスメイトで、隣の席にいる植物系の魔物だ。植物種のわりには魔猫っぽいツンとすました整った顔立ちと近寄りがたい雰囲気で、背中まである青緑色をした蔓草のような髪が印象的だ。
 粘ついた音に反して、グッドルの声は淡々としている。それが返って淫らな雰囲気を盛り上げていた。

「それにしても、本当にいやらしい穴だ。わかるか? 私の子種を搾り取ろうとしているぞ」
「せん、せいっ……早く、もぅ、だしてぇっ……お願いっ、んぅ」
「まったく、我慢の聞かないやつめ」

 言葉とは裏腹にグッドルはずいぶんと嬉しそうな声だ。やがて、荒れた息づかいは二人が限界だと告げる。そして、一際高い嬌声をエウェンがあげた。ついで息を整える呼吸音が聞こえてくる。

「今日もよかったぞ。ほら、おこづかいだ」

 硬貨を置く音が聞こえた。かすかな衣擦れの後、足音が近づいてくる。
 リヴンは顔を引きつらせ、あたりを見渡す。窓へ近寄ってグラウンドに続く灯し木並木が目に入った。そのうちの一本へとっさに飛び移る。そうすれば、灯し木という名にふさわしい――たき火のごとく淡い輝きを放つ葉の中心部に隠れた。
 葉の隙間からグッドルが去ったのを見届けたリヴンはため息をついた。

「よし行ったな。って、あれ?」

 おもむろにポケットへ手を突っ込む。進路書がない。
 まさか廊下に落としたのではと思って、ぐっと首を伸ばした時だった。

「そこでなにしてるの」

 下から声をかけられて驚くと、エウェンがそこにいた。
 詰め襟の黒い制服を崩しつつも、見事に着こなす飄々とした空気は、先ほど甘ったるい嬌声を上げていた様子が微塵もない。リヴンはちょっと拍子抜けした。

「え、あー……灯し木の観察」
「リヴくんって相変わらず変だねえ」
「お前には関係ないだろ。あとリヴンだ。最後まで発音しろ」

 リヴンはちょうど横になれるのを気づいた。木の幹を背もたれに足を組んだ。改めて見上げれば、内側には煌々と輝くクルミサイズの種を包み込んだ綿花があった。触ってみると、じんわりと温かく、まるで小さな生き物のようだ。
 ほどよい暖かさに眠気を感じていれば、エウェンが意地悪く琥珀色の瞳を細めた。

「リヴくんが探してるのって。これでしょ」

 エウェンが制服のポケットからリヴンが失くしたと思っていた進路書を掲げる。

「俺の進路書!」

 眠気があっという間に吹き飛び、リヴンは灯し木から飛び降りた。取り戻そうと伸ばした手は見事空を切った。半歩、体を傾けただけで避けたエウェンは進路所を後ろ手に隠して微笑む。

「返してほしい?」
「返してほしいじゃなくて、返せよ」

 ずいっと手を出す。
 エウェンは樹液を固めたような琥珀色の瞳にリヴンを映すと、蔓草のような髪を揺らした。

「リヴくんってさ、黙ってれば僕の好みなんだよね」
「知るか」

 それよりも返せというように、もう一度手を差しだす。
 しかし、エウェンは返す気がないようだ。リヴンの進路書をポケットに入れた。さらに眉を寄せるリヴンに対し、目尻がきゅっと上がったエウェンの瞳が意地悪く細められた。

「じゃあさ、一つ……僕の質問に答えてよ」
「あぁ?」

 リヴンが苛立った声を上げてもエウェンは気にしてないのかにこりと愛らしく笑った。

「さっき錬金室で僕と先生のセックス、立ち聞きしてたでしょ」
 
 先ほどのやりとりを思い出し、肩が思わず跳ねる。
 リヴンとて好きで聞いたのではない。そもそも、他人のセックスを見聞きして興奮するような性質ではない。ましてや男同士など論外だ。
 とはいえ、律儀に肯定する必要もない。黙っていれば、エウェンは肯定と受け取ったようだ。色艶のいい唇をつり上げた。

「ふーん、やっぱり立ち聞きしてたんだ。先生とセックスしてるのがばれるとさ、僕としては色々と困るんだよね」
「別に言いふらさねえよ。ただ、両思いとはいえ、場所をわきまえろ。俺を巻き込むな」

 なにが悲しくて他人の色恋に巻き込まれなければならないのだ。うんざりして睨めば、エウェンは肩をすくめた。

「セックスしてるから両思いだなんて、リヴくんはうぶだね。僕が先生とやってるのは『おこづかい』を稼いでるだけだよ」

 おこづかいという言葉に、先ほどグッドルが何か物を置いたような音を思い出した。凜々しい眉を思いっきり寄せて、エウェンを睨んでいると、頼んでもないのにエウェンは話しだした。

「中だし付きセックスは一度につき金貨一枚。避妊具――スキンシース付きセックスなら銀貨三十枚。サブオプションで、僕がフェラするのは銀貨二十枚。おもちゃを使うなら一つにつき銀貨十枚」
「は? え?」
「裏コースで金貨二十枚払えば、一日だけ僕を自由にしていい。妊娠しないよう避妊魔法かけるから中だしも好きなだけしていいし、どんなプレイも付き合ってあげる。だいたいこんなところかな」

 指を折りながらツラツラと説明された内容をリヴンはすぐに理解できなかった。
 カーデルテッドにおいて、金貨一枚に対し、銀貨なら十枚、銅貨五百枚だ。
 町や村によって教師の収入はだいぶ違うが、レインバルク王国第三王都にある一般学校なら月給おおよそ金貨三から五枚くらいだろう。むろん、実際グッドルがどれだけ給料をもらっているかはリヴンは知らない。
 それに加え、避妊という単語も気になった。魔物は人間と違って、同じ雄でもより強い雄に組み敷かれ、体が認めればその雄を受け入れる器官――人間だと肛門の位置にできると共生学で学んだ。つまりエウェンは自分より強い魔物の雄に組み敷かれ、その雄を受け入れる器官があるというわけだ。
 どちらにせよ、わざわざ学校というリスクを侵してまで買うなら高級娼館で済ませた方がいいだろう。
 困惑しつつも冷静に計算しているリヴンへエウェンは蠱惑的に微笑んだ。

「だから、僕は先生とセックスしてそのときのコースによって『おこづかい』をもらってるわけ。今日は直接中だしだったから金貨一枚」
「へー……」
「あれ、案外素っ気無い反応だね」

 エウェンはきょとんとしている。むしろ、衝撃過ぎて驚きを通り越して呆けているだけだ。
 なんとか冷静さを取り戻したリヴンはぎこちなく咳をすると、髪と同じ焦げ茶色の瞳を細めた。

「とにかく、お前が教師に売春してるのと俺の進路書がどう関係してるんだよ」
「売春じゃなくておこづかい稼ぎ」

 律儀に訂正したエウェンは腕を組むと、ニコニコと満面の笑みを浮かべた。

「キミがいくら言いふらさないと言っても、その発言をどうして信じられる? あと、立ち聞き料もらってないし」

 その言葉にリヴンはぷつんと切れそうになった。
 確かにすぐあの場所から去らなかった自分も悪いかもしれない。けれど、あれは事故だ。そのうえ、誰かに言いふらす気も起こらないほどリヴンにはどうでもいいことだ。
 と思ってもリヴンは何も言わない。黙って、エウェンを睨んでいた。

「そこで、だ。立ち聞き料は本当は銀貨一枚なんだけど、僕と付き合ってくれたらチャラにしてあげる。なんなら進路書も返してあげるよ」
「絶対いやだ。というか、付き合わなくても進路書は返せよ」

 リヴンは即答した。魔物と共生するようになろ、授業で共生学を学んでもリヴンは魔物が本能的に苦手だった。見た目の問題ではない。魔物特有の価値観を理解できないゆえの恐怖もある。

「ふーん、じゃあ銀貨一枚ちょうだい」
「うっ」

 リヴンはエウェンが差し出してきた手に声を洩らした。
 学校の許可の下、第三王都内で臨時労働をしているとはいえ、リヴンにとって銀貨一枚は一週間分の労働だ。渋るリヴンにエウェンはにっこりと笑った。あまりにも綺麗で蠱惑的に笑うから性質が悪い。

「リヴくんには無理だよね。だって、リヴくんの労働代は全部弟くんの教育費になって消えちゃうもん」
「……」

 リヴンは黙った。いや、黙らざる得なかった。
 リヴンが臨時労働を始めたのは村に残した弟――ケリックのためだ。
 リヴンは母の連れ子で、ケリックは父の連れ子だ。お互い、本当の両親の片割れはどこかへ行ってしまった。それでも、リヴンにとってケリックは血の繋がりがなくてもかわいい弟なのだ。
 だけど、どうしてそんなことを知っているのか。
 壁に追い詰めたネズミをいたぶる魔猫のごとく、エウェンの目が三日月のように笑む。

「ね、どっちがいいと思う。銀貨一枚払うのと、僕と付き合うの」
「……」

 エウェンより頭一つ高い自分が見下ろしているはずなのに、気分は見下ろされている感じだ。大きくため息をつくと腕を組んだ。

「わかったよ。お前と付き合えばいいんだろ。で、なにせばいいんだよ」
「明日から僕の傍にいること。移動教室や帰る時は手を繋ぐこと。一日一回キスすること。それから」
「まだあんのかよ」
「時々僕とセックスすること。あ、スキンシースつけるかどうかは、リヴくんに任せるよ」

 その言葉にリヴンは黙った。
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