銀貨一枚と引き換えに

天霧 ロウ

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 翌日、リヴンはたかだか銀貨一枚。されど、銀貨一枚のためにエウェンの傍にいた。といっても傍から見ればいつもと変わらぬ風景だ。エウェンの席はリヴンの隣だからだ。
 昼時になると、魔物の同級生たちがエウェンを食事に誘った。いつも通りならエウェンも笑顔で彼らと食事に行く。しかし、今日は違った。
 彼らに対し、エウェンは満面の笑みで断った。

「せっかくの誘いだけど、今後は遠慮するね。僕は今日からリヴくんと食べるんだ」

 その言葉にクラス全員がリヴンを見た。羨望、嫉妬、好奇――。様々な視線が突き刺さる。居心地が悪いリヴンに対し、エウェンはものともしないようだ。
 ほんのり緑がかった白い頬を象牙色に染めて、笑いかけてくる。

「リヴくん、一緒にご飯食べよ」
「……」
「リヴくん、聞いてる?」

 リヴンの腕に触れ、顔を近づけてくる。あまりの堂々っぷりが不気味で、鳥肌が総立ちした。
 他人の目が気になるリヴンからすると、人目をはばからないエウェンは恐ろしかった。それでも、昨日した約束を思い出せば、皮膚は落ち着いていく。
 気持ちを切り替えるため、大きくため息をつく。カバンを肩に担いで立ち上がった。

「リヴくん?」
「手」

 そういって差し出すとエウェンはぱっと顔を輝かせてリヴンの手を握った。リヴンは殺意交じりの羨望を受けながら、昨日エウェンと会った灯し木へ向かった。
 灯し木を見つけると、リヴンは颯爽と上った。子供の頃から木登りは得意なのだ。それから寂しそうにリヴンを見上げるエウェンを一瞥した後、ぎこちなく手を差しだした。

「こいよ」
「え?」

 エウェンの琥珀色の瞳がこぼれ落ちそうなほど見開かれた。
 自分でもらしくない気がする。けれど、一人取り残されたように見上げてくるエウェンに胸がムズムズしたのだ。
 中々手を取らないエウェンに痺れを切らした。さらに手を伸ばして続けた。

「お前一人で上れないんだろ。手、貸してやるから」
「う、うん」

 てっきり調子づくかと思っていたが、エウェンの反応は控えめだった。
 ためらいがちにリヴンの手を取ったエウェンを引っ張りあげる。植物系の魔物だからか、リヴンからすると軽かった。
 隣に座らせるとエウェンは頬を黄金色に染めて「高いねぇ」とはしゃいだ。それから、思い出したかのように空間から大きな葉っぱで包まれたものを取りだした。

「あのね、リヴくんに食べてもらおうと思って、張り切って作ってきちゃった」
「俺、購買で買ったパンがあるし、自分で食えよ」
「銀貨一枚」
「……」

 脅されながら食事するってどうなんだ。
 リヴンの心境など気にせずエウェンが包みをほどくとリヴンに見せてきた。
 そこには三つのサンドイッチが並んでいた。卵サラダが挟まれたサンドイッチとハム、チーズ、レタスを挟んだ王道のサンドイッチ。そして、ベリージャムがたっぷり挟まっているサンドイッチだ。
 弁当を持ったのが幼い頃以来なため、出来がいいか悪いかはわからない。少なくとも葉に包まれていた以外は、見栄えもよく、具材も一般的だ。

「案外ふつーだな」
「だって、リヴくんふつーの方が喜ぶと思って。本当は空牛ステーキとか使いたかったんだけど、引かれたらやだなって」
「いや、そんな発想を聞いた時点で今引いてるからな」
「えー、引かないでよ! ……とにかく食べて! 僕、頑張ったから!」

 そういってリヴンにずいっと差し出してきた。戸惑いながら受け取り、無難な卵サラダのサンドイッチを頬張ってみる。卵とマヨネーズの中にピリッとしたマスタードが味を引き締めていた。
 意外に……いや、すごくおいしい。
 もぐもぐと食べていると、エウェンが不安と期待半々を瞳に宿して聞いてきた。

「リヴくんの口に合ったかな?」
「あ、あー……うん」
「その返答じゃ、僕でもわからないよ」

 エウェンがきゅっと眉を寄せ、ふっくらした唇を尖らせる。感情に連動しているのだろう。エウェンの青緑色をした蔓草の髪が不満そうに揺れる。
 どう答えればいいか、考えていると腕になにか絡みついた。チラッと見れば、一本だけ不安そうにリヴンの腕へ巻き付いている。改めてエウェンを眺めれば、エウェンが握りしめている手が震え、琥珀色の瞳が不安そうに揺れていた。
 胸がむずがゆい。かきむしりたくなる衝動をぐっとこらえ、ハムチーズレタスサンドを食べ始める。

「……すっげーおいしい」
「本当?」
「嘘ついてなんになるんだよ」

 もぐもぐとハムチーズレタスサンドを咀嚼する。腕に絡みついていたエウェンの髪が淡く赤く染まった。それにあわせてエウェンのほんのり緑おびた白い頬も蜂蜜色になった。

「えへへ、よかった」
「つーかさ、お前こそ食えよ」
「僕は植物系の魔物だから、固形物はいらないよ」
 
 エウェンをじっと見た後、鞄の中から水の入った瓶を取り出した。

「これ……、やる」

 水が入っている瓶を差し出す。植物系の魔物であれば、水なら問題ないだろう。エウェンは目を瞬いた後、一瞬伸ばした手を引っ込めた。

「やだなあ、僕が植物種の魔物だからって水は安直すぎだよ」
「そうなのか?」

 てっきり植物種であれば、水なら飲めると思っていた。
 人間、ドワーフ、エルフの三系統しかない『人間』と違い『魔物』は自然に密接だと共生学で学んだ。
 エウェンがふふっとからかいを込めて答えた。

「リヴくんは、植物を育てたことある?」
「村にいた時、薬屋のばあさんの手伝いで少し」
「ま、そんなもんだよね。植物に必要な要素は水、酸素、光だけど、植物によっては水をほとんど必要しないのもあるんだよ」
「そうなのか?」

 故郷の影響でハーブ以外の植物に詳しくなかったため意外だ。エウェンがうんうんと大きく何度も頷いた。

「多くの魔物は胎生や卵生だから、両親の特徴を必ず受け継ぐんだ。対して、僕ら植物種は親の遺伝子は関係なく、生まれ落ちた環境でどんな系統――植物かが決まるんだ」
「へえ……」

 はじめて知る生態に感服してしまう。それなら、蔓草の髪を持つエウェンはどんな環境で生まれ育ったのだろう。

「じゃあ、お前は水があまり必要ないのか?」
「そうじゃないけど……」

 途端に言葉を濁した。だが、リヴンにはそれで十分だった。

「やっぱり、これやるよ。口つけてないし」

 先ほど押し返された瓶を差し出す。エウェンはほっそりした眉を下げ、上目遣いで見てきた。

「本当に僕が飲んでもいいの?」
「……サンドイッチくれた礼だ」

 そこまで言えば、エウェンも断る理由が見当たらなくなったのだろう。ためらいがちに瓶を受け取ると、コルクを抜く。
 柔らかな唇が瓶へ押し当てられ、控えめな喉仏が上下する。ただ水を飲んでいるだけなのに、その光景はリヴンの目にはとても卑猥に映った。
 結構飲んでいるように見えたが、実際はあまり減っていない。コルクをしたエウェンがおずおずと返してくる。

「僕が口つけた後で嫌かもしれないけど、リヴくんにとっては貴重な水だから……。返すよ」
「そう、かよ」

 エウェンの緊張が感染したのだろう。差し出された瓶を受け取ったリヴンの胸は早鐘を打っていた。先ほどまでの威勢はどこへやら、エウェンは膝の上でぎゅっと拳を握りしめうつむいている。
 どんな顔をしているのかわからないが、髪は正直なようだ。リヴンの腕に三本、ぎこちなく絡みついていた。
 急に喉の渇きを覚えたリヴンはわざと音を立ててコルクを勢いよく抜いた。そして、エウェンの唇が押し当てられた場所から少しずらして口をつける。
 ただの水はほんのり甘く、芳しい花の香りがした。一気の飲み干した後、封をして鞄へしまえば、視線を感じた。
 隣へ顔を向けると、エウェンの耳や首。顔に至るまで象牙色に染まっている。
 
「昨日もそうだったけど、なんで黄色くなってんだよ」

 率直な疑問を尋ねれば、エウェンの肌は黄金色に染まった。

「やだなあ、見間違いだよ」

 汗こそ浮かべてないが、蔓草の髪が慌てたように激しくうねる。しかし、エウェンは耐えきれなくなったのか両手で顔を隠した。

「なんで顔隠してたんだ?」
「リヴくんのいじわる……」

 指のすき間からチラッとリヴンを見つめる琥珀色の瞳は今まで一段と澄み渡り、固めた樹液を日にかざしたようにキラキラと輝いていた。
 澄んだ美しさは、先ほどまで感じていたいやらしさが嘘のように消えていく。もっと近くで見たいあまり顔を寄せれば、エウェンの手がリヴンの目を覆った。

「見ちゃダメ」
「なんでだよ」

 キスはよくて、なぜ目を見るのが駄目なのか。エウェンの基準がわからない。しかし、エウェンが蚊の鳴くような声で「ダメったらダメ」と声を震わせた。
 いじめている気分になって居心地悪くなったリヴンは渋々返した。

「わかった。目を閉じてるから手を離せよ」
「ありがとう。その、えっと……」

 エウェンの手が離れたのだろう。目蓋越しに日差しを感じて視界が白く染まる。 かすかにエウェンの息づかいを唇に感じる。ついで、柔らかな食感が伝わった。
 一度離れた後、小さな舌がリヴンの唇をなぞり、もう一度押し当てられる。
 木の上という不安定な場所と目を閉じている状況もあいまって、不安を感じたリヴンは思わず傍にいるであろうエウェンをすがるように抱きしめる。

「ぁ」

 腕の中にエウェンが収まった。服越しだが、体は細いながらも引き締まっている。だが、リヴンは体がくっついた緊張よりもいまだに目を閉じている不安定な足場への恐怖が勝っていた。
 耐えきれず、リヴンは口を開いた。

「なあ、いつまで目をつぶってればいいんだよ」
「……もうちょっとだけ」

 背中にほっそりした指先が回る。ついばむようなキスを何度もされる。感覚が聴覚へ集中しているせいだろう。唇へ押し当てられる柔らかさが鮮明だ。
 甘やかな吐息が唇を撫でた後、首元に頭を押し当てられた。

「目、開けていいよ」
「お、おう……」

 そろそろと目を開ければ、蠱惑的な笑みを浮かべたエウェンがいた。先ほどまでの慌てっぷりなどまるでなかったと言いたげだ。まるで、仮面によって隠されたような――距離を取られた気がする。
 そう感じた瞬間、なんだかモヤモヤと淡い苛立ちが湧いてきた。しかし、エウェンはわざとなのか、リヴンの肩へ頬をすり寄せながら意地悪く笑った。

「リヴくんなんかいいたそうな顔つきだね」
「なんでもねーよ」

 ケッと吐き捨てそっぽを向く。抱きしめていた腕を離そうとすれば、すかさずエウェンが力一杯抱きついてきた。

「おい!」
「明日もサンドイッチ作ってくるから楽しみにしててね」

 顔をあげて微笑むエウェンの頬はほんのり象牙色に染まっていた。光を反射した瞳はキラキラと艶めいて綺麗だ。その美しさに毒気が抜けたリヴンは急に先ほど感じていた苛立ちが馬鹿らしくなった。
 エウェンの視線を感じながら素っ気なく返す。

「ま、まあ。食費が浮いて便利だから食べてやる」
「うん……!」

 リヴンの言葉を聞いたエウェンが嬉しそうに答えた。その声に顔が熱くなったのは気のせいだ。

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