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魔人1
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「魔人の捕獲? 殺害じゃなくてか?」
手の傷もだいぶ良くなったクオルはリハビリも兼ねて簡単な仕事をするためにギルドへ来ていた。
だが、各々に合った仕事を渡す事に長けているアルシェが賞金稼ぎとして十分な腕を持つクオルには当然簡単な仕事は渡さなかった。
不満に感じつつも、渡された仕事内容にクオルが聞き返すとアルシェは「そうよ」と答えた。
「魔人は中央では殺害対象じゃなかったのか?」
「そのはずなんだけど、今回は特例ってやつよ」
魔人とは後天的に魔物の遺伝子を取り込んだものの総称だ。
ただの人間でも魔物の遺伝子を取り込むことで、力はもちろん本来人間が扱えるはずのないあらゆる概念に干渉できる魔法や取り込んだ魔物の固有能力を扱えるようになる。ヴィーチェはまさにその典型だ。
しかし魔人となれるのはごく一握りだ。
多くのものは遺伝子の不適合により精神の崩壊と壮絶な痛みに耐え切れず絶命する。その一方で、複数の魔物の遺伝子を取り込むことに適応したものもおり、そういったものは複合魔人と呼ばれている。
けれど、遺伝子操作はどんな理由であれ、中央では違法となっている。そのため魔人となったものは子供でも殺害してもいいという許可が出ている。
「特例ねえ?」
「それも中央管理局からの許可も出てるのよ。これは相当やばい案件ね」
ホルツの顔が脳裏に浮かんだがすぐに頭から追い出すと眉を寄せた。
「その相当やばい案件を俺にやらせるとか、鬼かよ」
「あら、私はあなたの実力に見合うだけの仕事を差し出してるだけよ? 一つ言い忘れたけど、この案件はすでにあなたと同じぐらいのグレードの賞金稼ぎが十人以上死亡してるから」
「おいおい、まじかよ」
さらりというアルシェにクオル言葉ではそういうものの、口調はいつも通りだった。
「魔人の居場所はわかるのか?」
「ええ、西区域にあるアゼフ砂漠よ。遠くからでもすぐに見つかるわよ」
「砂漠か。面倒だな」
「さすがのクオル・ヴェリアート様でも怖気づいたかしら?」
挑発的なアルシェの言い回しにクオルはむっとするものの、少し間をおいて尋ねた。
「これ、ペア組んでもいいか?」
「ルシアとなら問題ないわ。この短期間で最高グレードになったあなた以来の逸材だもの」
アルシェが断定した物言いからルシアがこなしてきた仕事の出来や難易度から判断してるのだろう。
ひとまず魔人の捕獲の案件を受けることにしたクオルは二階に上がっていった。ベッドに占領されている部屋に入るとルシアがケーキ特集の雑誌を読んでいるところだった。
クオルに気づくと雑誌から顔をあげて微笑んだ。
「おかえり。なにかいい内容あった?」
「いいかどうかはわからないけど、報酬がいいのは確かだな」
サンダルを脱ぎ捨ててクオルもベッドにあがると、ルシアの隣に座ってアルシェからもらってきた封筒を差し出した。
ルシアは雑誌に付箋をつけると脇に置き、クオルから封筒を受け取るなり中身を取り出して、さっと目を通していく。全部読み終えるとルシアが形のいい眉を寄せ、呆れたようにクオルの方へと向いた。
「クオルって案外馬鹿だよね」
「いきなりだな」
ルシアの容赦のない言葉にクオルは軽く肩をすくめた。それでもルシアは呆れを隠さずに続けた。
「アゼフ砂漠ってだけで最悪なのに、この仕事を受けた賞金稼ぎの情報だと捕獲相手は複合魔人じゃん。それも遠くから見たらわかるレベルって、巨人の遺伝子を組み込んでるの確定じゃん」
「ああ、さすがの俺も一人でこなす気にはならねえ。それでだ、この仕事を俺たちでやらないか」
「えー……」
クオルの誘いにルシアは露骨に嫌そうな声を上げた。
「僕、砂漠地帯苦手なんだよね。汗かくし、足場悪いしさ。キャンセルできないの?」
普通の賞金稼ぎであれば、キャンセルは容易にできるだろう。だが、クオルの場合中央管理局にホルツがいるのだ。今回クオルに回ってきたのもホルツの計らいだろう。
つまりクオルにとってキャンセルすると言うことはホルツに屈したということになるのだ。それだけは絶対に嫌だった。
「頼む。ルシアがいると俺としても心強いんだ」
クオルが両手を合わせてルシアに言うとルシアは書類とクオルを見比べた後大きなため息をついた。おもむろに先ほど見ていた雑誌を手に取ると付箋のついているページをクオルに見せた。
「これ買ってくれるって約束してくれたらいいよ」
「ん?」
ルシアが見せたページは中央区域の中心街にある高級菓子店のケーキだった。直径十四センチの小さなホールケーキだがその値段は全区域高級ホテルに泊まって一週間旅行できるほどだ。
「僕の命と比べたら、このケーキの値段なんて安いよね?」
「こんなのでいいのか?」
世界に一人しかいないルシアに比べれば、値段がつけられるこのケーキなど遥かに安い。逆に聞き返せば、ルシアは満足そうに黒い瞳を細めると雑誌を閉じた。
「うん。そうと決まったら、ちゃっちゃと終わらせちゃおう」
「ありがとうな」
クオルがそういうとルシアはクオルの頬に軽くキスをしたのだった。
アゼフ砂漠といえば、昼と夜で気温の差が非常に激しく、岩石と細かな砂が特徴的な砂漠だ。また凶悪な魔物がいるためアゼフ砂漠は自殺名所としても名高い場所でもあった。
クオルたちはアゼフ砂漠につくとアルシェの言っていたことを理解した。
金色の砂漠の中にいる魔人は遠目からでも綺麗な筋肉がついた四つ腕とキラキラと輝く銀髪に青い肌をした巨人だった。
「どれだけでかいんだよ」
「四つ腕に青肌か。見た目だけだとちょっと変わってるだけだね」
ルシアはさほど驚くこともなく感想を述べた。
クオルたちはローブを深く被り直し、魔人を目安に砂漠の中を進んだ。近づくにつれ魔人はだんだん大きくなっていき、近くなった頃は太腿から上は見えなかった。
「ねえ、クオル。捕獲した後どうするの?」
「中央管理局に連絡すれば応援に来てくれるらしい」
腰につけたポーチから手の平に乗る位の端末を取り出して、ルシアに見せるとルシアは「それならいいけど」と呟いた。
端末をしまって、クオルは背中に背負っていたバズーカを抱えるとオリヒメからもらっておいた対魔人用の催眠弾を詰めた。そして照準を魔人の太腿へと向けた。
「相手は俺たちに気付いてないみたいだから、このまま大人しく眠ってもらうとするか」
あまりにもあっさり過ぎる気がするが、何も起きずに済むならそれに越したことはない。
バズーカの引き金を引くと弾は魔人の太腿に撃ち込まれた。その瞬間、魔人は絶叫を上げ、倒れ込むと太腿を強く押さえた。催眠弾の効果が現れ始めたのか、魔人はすぐに大人しくなった。
ルシアが魔人に近づいて眠りについているのを確認した。その合図にクオルが端末を取り出して連絡を取ろうとしたその時だ。
目を閉じていた魔人の目が開くと同時に額にもギョロリと銀色の瞳が現れた。
魔人はクオル達を認識した瞬間、驚いたような声を上げた。魔人にとって些細な動きでも巨大なせいか動いた際、勢いよく風が吹いた。クオルは吹き飛んできたルシアをとっさに抱き留めるものの後方へと吹き飛んだ。
「おいおい、まだ三分も経ってないぞ!」
「クオル! 上!」
ルシアの焦った声にクオルが見上げると全身から血の気が引いていく。
魔人を中心に空にはいくつもの巨大な魔法陣が展開されていた。竜でないかぎり魔法は一つ陣を展開するのにかなりの魔力を使う。それなのに、目の前の魔人は疲れる気配を見せるどころかどんどん増やしていく。
「クオル、早くこの場から逃げるよ!」
ルシアの大声にクオルはハッとするとバズーカを捨てて走り出した。柔らかな砂のせいで中々進まないが無我夢中で走った。
「あの魔人、ただの複合魔人じゃないっ! 本で見たことあるけど、あの魔法は絶滅した魔物しか使えない特殊な古代魔法で、発動した日には大陸一つが滅ぶって!」
「なんでそんな魔物の遺伝子を持ってるんだよっ! つーか、あいつオリヒメが作った薬全然効いてねえぞっ!!」
オリヒメが作った対魔人用の催眠弾はどんな魔人でも一度打たれれば、魔力の供給が強制的に断たれて眠りについてしまう特殊な薬が込められている。
だが、あの魔人はまったくと言っていいほど効いていなかった。
どれくらい走ったのか、いつまでもやってこない魔法にクオルは肩越しに振り向く。魔人はあいかわらず見えるが空を覆うほど展開されていた魔法陣は消えていた。
ルシアもクオルの腕の中から下りるとほっと息をついた。
「どうやらもう襲ってこないみたいだね」
「ああ。あくまでも俺達を遠ざけるためってのが妥当か」
アルシェが十人以上死んだという言葉にクオルはようやくその意味が分かった。
あの巨大な腕を振り下ろされるだけでも危険だと言うのに、魔法陣を多重展開できるのは現存する魔物では竜王を守る竜将たちだけなのだ。
「あいつ、本当に魔人なのか?」
「信じられないけど、彼はれっきとした魔人だよ。目が合った時、確かに彼にははっきりした理性があったし僕らに怯えてた。だけど、あれは五種類とかそういうレベルじゃない。下手したら十種類……。いや、それ以上かも」
「おいおい、二種類でも十分だってのに十種類以上取り込んでるって……。それこそ化け物だろ」
あれでは歩く生物兵器どころか意思を持つ災厄そのものだ。強大な力を持ちながら、大きな被害がないのも、あの魔人がほかの魔人に比べずいぶん臆病な気質のおかげだろう。
ルシアはしばし黙った後呟いた。
「もしかしたら、彼は死ぬ場所を探しているかもしれない」
「誰もが羨むような力を手に入れた癖にか?」
「だって、アゼフ砂漠は自殺の名所と言われてるんだよ? そんな場所にいるし、僕たちを追い出すことはしても追いかけてこないじゃん」
ルシアの言い分にクオルは小さく息をついた。
クオルにとって、あの魔人がどういう経緯でああなったのかは知らないし興味もない。だが、死なれて困るのは確かだ。
「とりあえず、いったんオリヒメに渡された薬が効かなかったことを伝えるついでにナツヒコにもあの魔人について調べてもらうか」
「そうだね。今日はいったん帰ろう」
クオルたちは遠目からでも見える青い魔人をわずかに見た後、中央へと帰ることにした。
手の傷もだいぶ良くなったクオルはリハビリも兼ねて簡単な仕事をするためにギルドへ来ていた。
だが、各々に合った仕事を渡す事に長けているアルシェが賞金稼ぎとして十分な腕を持つクオルには当然簡単な仕事は渡さなかった。
不満に感じつつも、渡された仕事内容にクオルが聞き返すとアルシェは「そうよ」と答えた。
「魔人は中央では殺害対象じゃなかったのか?」
「そのはずなんだけど、今回は特例ってやつよ」
魔人とは後天的に魔物の遺伝子を取り込んだものの総称だ。
ただの人間でも魔物の遺伝子を取り込むことで、力はもちろん本来人間が扱えるはずのないあらゆる概念に干渉できる魔法や取り込んだ魔物の固有能力を扱えるようになる。ヴィーチェはまさにその典型だ。
しかし魔人となれるのはごく一握りだ。
多くのものは遺伝子の不適合により精神の崩壊と壮絶な痛みに耐え切れず絶命する。その一方で、複数の魔物の遺伝子を取り込むことに適応したものもおり、そういったものは複合魔人と呼ばれている。
けれど、遺伝子操作はどんな理由であれ、中央では違法となっている。そのため魔人となったものは子供でも殺害してもいいという許可が出ている。
「特例ねえ?」
「それも中央管理局からの許可も出てるのよ。これは相当やばい案件ね」
ホルツの顔が脳裏に浮かんだがすぐに頭から追い出すと眉を寄せた。
「その相当やばい案件を俺にやらせるとか、鬼かよ」
「あら、私はあなたの実力に見合うだけの仕事を差し出してるだけよ? 一つ言い忘れたけど、この案件はすでにあなたと同じぐらいのグレードの賞金稼ぎが十人以上死亡してるから」
「おいおい、まじかよ」
さらりというアルシェにクオル言葉ではそういうものの、口調はいつも通りだった。
「魔人の居場所はわかるのか?」
「ええ、西区域にあるアゼフ砂漠よ。遠くからでもすぐに見つかるわよ」
「砂漠か。面倒だな」
「さすがのクオル・ヴェリアート様でも怖気づいたかしら?」
挑発的なアルシェの言い回しにクオルはむっとするものの、少し間をおいて尋ねた。
「これ、ペア組んでもいいか?」
「ルシアとなら問題ないわ。この短期間で最高グレードになったあなた以来の逸材だもの」
アルシェが断定した物言いからルシアがこなしてきた仕事の出来や難易度から判断してるのだろう。
ひとまず魔人の捕獲の案件を受けることにしたクオルは二階に上がっていった。ベッドに占領されている部屋に入るとルシアがケーキ特集の雑誌を読んでいるところだった。
クオルに気づくと雑誌から顔をあげて微笑んだ。
「おかえり。なにかいい内容あった?」
「いいかどうかはわからないけど、報酬がいいのは確かだな」
サンダルを脱ぎ捨ててクオルもベッドにあがると、ルシアの隣に座ってアルシェからもらってきた封筒を差し出した。
ルシアは雑誌に付箋をつけると脇に置き、クオルから封筒を受け取るなり中身を取り出して、さっと目を通していく。全部読み終えるとルシアが形のいい眉を寄せ、呆れたようにクオルの方へと向いた。
「クオルって案外馬鹿だよね」
「いきなりだな」
ルシアの容赦のない言葉にクオルは軽く肩をすくめた。それでもルシアは呆れを隠さずに続けた。
「アゼフ砂漠ってだけで最悪なのに、この仕事を受けた賞金稼ぎの情報だと捕獲相手は複合魔人じゃん。それも遠くから見たらわかるレベルって、巨人の遺伝子を組み込んでるの確定じゃん」
「ああ、さすがの俺も一人でこなす気にはならねえ。それでだ、この仕事を俺たちでやらないか」
「えー……」
クオルの誘いにルシアは露骨に嫌そうな声を上げた。
「僕、砂漠地帯苦手なんだよね。汗かくし、足場悪いしさ。キャンセルできないの?」
普通の賞金稼ぎであれば、キャンセルは容易にできるだろう。だが、クオルの場合中央管理局にホルツがいるのだ。今回クオルに回ってきたのもホルツの計らいだろう。
つまりクオルにとってキャンセルすると言うことはホルツに屈したということになるのだ。それだけは絶対に嫌だった。
「頼む。ルシアがいると俺としても心強いんだ」
クオルが両手を合わせてルシアに言うとルシアは書類とクオルを見比べた後大きなため息をついた。おもむろに先ほど見ていた雑誌を手に取ると付箋のついているページをクオルに見せた。
「これ買ってくれるって約束してくれたらいいよ」
「ん?」
ルシアが見せたページは中央区域の中心街にある高級菓子店のケーキだった。直径十四センチの小さなホールケーキだがその値段は全区域高級ホテルに泊まって一週間旅行できるほどだ。
「僕の命と比べたら、このケーキの値段なんて安いよね?」
「こんなのでいいのか?」
世界に一人しかいないルシアに比べれば、値段がつけられるこのケーキなど遥かに安い。逆に聞き返せば、ルシアは満足そうに黒い瞳を細めると雑誌を閉じた。
「うん。そうと決まったら、ちゃっちゃと終わらせちゃおう」
「ありがとうな」
クオルがそういうとルシアはクオルの頬に軽くキスをしたのだった。
アゼフ砂漠といえば、昼と夜で気温の差が非常に激しく、岩石と細かな砂が特徴的な砂漠だ。また凶悪な魔物がいるためアゼフ砂漠は自殺名所としても名高い場所でもあった。
クオルたちはアゼフ砂漠につくとアルシェの言っていたことを理解した。
金色の砂漠の中にいる魔人は遠目からでも綺麗な筋肉がついた四つ腕とキラキラと輝く銀髪に青い肌をした巨人だった。
「どれだけでかいんだよ」
「四つ腕に青肌か。見た目だけだとちょっと変わってるだけだね」
ルシアはさほど驚くこともなく感想を述べた。
クオルたちはローブを深く被り直し、魔人を目安に砂漠の中を進んだ。近づくにつれ魔人はだんだん大きくなっていき、近くなった頃は太腿から上は見えなかった。
「ねえ、クオル。捕獲した後どうするの?」
「中央管理局に連絡すれば応援に来てくれるらしい」
腰につけたポーチから手の平に乗る位の端末を取り出して、ルシアに見せるとルシアは「それならいいけど」と呟いた。
端末をしまって、クオルは背中に背負っていたバズーカを抱えるとオリヒメからもらっておいた対魔人用の催眠弾を詰めた。そして照準を魔人の太腿へと向けた。
「相手は俺たちに気付いてないみたいだから、このまま大人しく眠ってもらうとするか」
あまりにもあっさり過ぎる気がするが、何も起きずに済むならそれに越したことはない。
バズーカの引き金を引くと弾は魔人の太腿に撃ち込まれた。その瞬間、魔人は絶叫を上げ、倒れ込むと太腿を強く押さえた。催眠弾の効果が現れ始めたのか、魔人はすぐに大人しくなった。
ルシアが魔人に近づいて眠りについているのを確認した。その合図にクオルが端末を取り出して連絡を取ろうとしたその時だ。
目を閉じていた魔人の目が開くと同時に額にもギョロリと銀色の瞳が現れた。
魔人はクオル達を認識した瞬間、驚いたような声を上げた。魔人にとって些細な動きでも巨大なせいか動いた際、勢いよく風が吹いた。クオルは吹き飛んできたルシアをとっさに抱き留めるものの後方へと吹き飛んだ。
「おいおい、まだ三分も経ってないぞ!」
「クオル! 上!」
ルシアの焦った声にクオルが見上げると全身から血の気が引いていく。
魔人を中心に空にはいくつもの巨大な魔法陣が展開されていた。竜でないかぎり魔法は一つ陣を展開するのにかなりの魔力を使う。それなのに、目の前の魔人は疲れる気配を見せるどころかどんどん増やしていく。
「クオル、早くこの場から逃げるよ!」
ルシアの大声にクオルはハッとするとバズーカを捨てて走り出した。柔らかな砂のせいで中々進まないが無我夢中で走った。
「あの魔人、ただの複合魔人じゃないっ! 本で見たことあるけど、あの魔法は絶滅した魔物しか使えない特殊な古代魔法で、発動した日には大陸一つが滅ぶって!」
「なんでそんな魔物の遺伝子を持ってるんだよっ! つーか、あいつオリヒメが作った薬全然効いてねえぞっ!!」
オリヒメが作った対魔人用の催眠弾はどんな魔人でも一度打たれれば、魔力の供給が強制的に断たれて眠りについてしまう特殊な薬が込められている。
だが、あの魔人はまったくと言っていいほど効いていなかった。
どれくらい走ったのか、いつまでもやってこない魔法にクオルは肩越しに振り向く。魔人はあいかわらず見えるが空を覆うほど展開されていた魔法陣は消えていた。
ルシアもクオルの腕の中から下りるとほっと息をついた。
「どうやらもう襲ってこないみたいだね」
「ああ。あくまでも俺達を遠ざけるためってのが妥当か」
アルシェが十人以上死んだという言葉にクオルはようやくその意味が分かった。
あの巨大な腕を振り下ろされるだけでも危険だと言うのに、魔法陣を多重展開できるのは現存する魔物では竜王を守る竜将たちだけなのだ。
「あいつ、本当に魔人なのか?」
「信じられないけど、彼はれっきとした魔人だよ。目が合った時、確かに彼にははっきりした理性があったし僕らに怯えてた。だけど、あれは五種類とかそういうレベルじゃない。下手したら十種類……。いや、それ以上かも」
「おいおい、二種類でも十分だってのに十種類以上取り込んでるって……。それこそ化け物だろ」
あれでは歩く生物兵器どころか意思を持つ災厄そのものだ。強大な力を持ちながら、大きな被害がないのも、あの魔人がほかの魔人に比べずいぶん臆病な気質のおかげだろう。
ルシアはしばし黙った後呟いた。
「もしかしたら、彼は死ぬ場所を探しているかもしれない」
「誰もが羨むような力を手に入れた癖にか?」
「だって、アゼフ砂漠は自殺の名所と言われてるんだよ? そんな場所にいるし、僕たちを追い出すことはしても追いかけてこないじゃん」
ルシアの言い分にクオルは小さく息をついた。
クオルにとって、あの魔人がどういう経緯でああなったのかは知らないし興味もない。だが、死なれて困るのは確かだ。
「とりあえず、いったんオリヒメに渡された薬が効かなかったことを伝えるついでにナツヒコにもあの魔人について調べてもらうか」
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