帝国の末王子は敵国の王子を愛す

天霧 ロウ

文字の大きさ
30 / 34

28

しおりを挟む
 翌朝、空が白んできた頃に二人は城を出た。馬の調子がよく、街道を通ったおかげか、レイヴーブルには四日目の夕方にはついた。
 レイヴーブルは最後の戦地であり、オガルスからもっとも遠い場所もあってか町の一部は瓦礫が撤去されている途中だった。それでも町に大きな被害がないのは、アリウスの命令で直接レイヴーブル公爵邸を攻撃したためからだろう。おかげで大通りは色とりどりの露店が並んでおおいに賑わっている。
 宿を取った後、馬と荷物を部屋に預けるとさっそく大通りへでた。

「思ったより早くついたな」
「だな。でも、これで俺が殺したお前の親類へ祈りとか捧げられるだろ」

 大通りを抜けた先にある丘へつくと、かつては朝日をあびて青白く輝いていたであろう乳白色の建物が見えてくる。玉ねぎ型の屋根が特徴的な左右対称の作りはティベルクと親交がある証だ。しかし、今や公爵邸周辺は戦火によって崩壊しかけていた。崩れた門からのぞく深い森は攻める際に使用したせいか懐かしさを覚える。
 ティレクも当時のことを思い出したのか、同じように崩れた門を一瞥した後、公爵邸を見上げて目を細めた。

「貴様のことだ。彼らの遺灰を墓にいれなかったのだろう。どこへ捨てた」
「レイヴーブル公爵邸の裏に岬があったからそこから捨てるよう兵士に命じた」
「ああ、あの岬か」

 公爵に忠誠を誓ったものはかなりいたため、そういったものはもれなく処分し、遺灰を海へ撒かせた。わざわざそうしたのは、ティレクの恩情を踏みにじったものたちをオガルスにいてほしくなかったというのもある。
 馬を公爵邸の厩舎に止めると、ティレクは公爵邸の裏にある岬へと先に歩き出した。視界が開けた岬はどこまでも夕焼け色の海が広がり、空を悠々に飛ぶ白い海鳥たちがときおり鳴き声をあげて群れをなす。
 この遙か海の先に西の大陸ティベルクがあるのだ。ティレクからしたら目と鼻の先にもかかわらず、船が来るまで留まっていなければならないのは気が気でないだろう。
 ティレクは岬の先で足を止めると、ティベルクがあるであろう一点を見つめた末、その場に片膝をつき胸元で両手を組んだ。ほのかに塩気を含んだ独特の空気がティレクの全身を撫で、コートの裾をバタバタと忙しなくはためかせる。
 アリウスもティレクと同じように悼むべきだろうが、やはりティレクの恩情を踏みにじったことがいまだに許せないのだ。それでも、これはティレクに心を開いてもらうための最後の機会だ。
 ぎこちなく胸に手を当てて目をつぶる。ティレクが悼むからティレクへの裏切りを赦してやる。そんな追悼ともいえないアリウスを責めるように、海上を渡ってティベルクから流れ込んだ風が耳元でゴウゴウと唸り、アリウスのコートの裾が風を含んで大きく膨れた。
 あまりのうっとうしさに目蓋を持ち上げて、祈りを先に切り上げた。ティレクもちょうど祈り終えたのか、立ち上がると風で舞い上がって煌々と淡く輝く赤い髪を耳にかけて振り返った。

「先に言っておくが、ここへ連れてきたことに礼は言わんぞ」
「んなのわかってる。ところで、昼飯はどうする?」
「確か、ティベルクの料理を売買している露店があったはずだ。そこで買おう」

 アリウスの横を通り過ぎてティレクが歩き出す。アリウスはそんなティレクの後ろ姿を眺めた後、肩越しに岬を確認した。ほんのかすかだが、風の中にティベルクの船が持つ特有の匂いが混じっていた。
 すでにどこかで待機しているのか。もしそうであれば、なぜティレクを迎えに来ないのか。
 訝しんでいれば、先を歩いていたティレクが足を止めて振り返った。

「なにをしている、早く来い」
「今行くって。ほんとせっかちな奴だな」

 肩をすくめたアリウスは腕を組んで睨むティレクへ駆け寄った。
 露店が並ぶ大通りへ戻れば、夕食時というのもあってアリウスには嗅ぎなれないハーブや香辛料の濃厚な香りが街路を満たしており、露店に並ぶティベルク料理はどれも四季を一度に堪能できる豊かな花畑のごとく極彩色に富んでいる。色の暴力にアリウスはあっけにとられるばかりだ。

「なんかすげえな」
「これはまだ序の口だぞ」

 オガルスという地においてあまりにも異彩を放つ光景はまるで未知の土地に訪れたような高鳴りを覚える。ティレクふいに足を止めた。アリウスも隣で足を止めると、ティレクが眺めている露店へ視線を向けた。
 店先で大量に並べられているそれは目が冴えるような黄金色のをしており、形もさながらどこからどうみてもレモンだ。しかし、ティレクにはなじみのある食べ物なのか、店主へと声をかけた。

「店主、グベを二つくれないか」
「二つですね。では、銅貨十枚となります」
「だ、そうだ」
「わかったよ。銅貨十枚な」

 アリウスが銅貨十枚手渡すと、店主は紙で包んだグベを二つ差し出してきた。受け取った一つをティレクに渡せば、少し離れたところにあるベンチへ腰をかけて食べ始める。
 アリウスも隣へ腰をかけてグベを一口頬張った。そうすればサクサクとした食感に次いで、雑穀に混ぜられている羊肉と玉ねぎは独特のハーブと香辛料の香りが口いっぱいに広がる。肉汁を吸ったもちもちと柔らかい雑穀の味はアリウス好みだ。

「見た目は揚げパンっぽいのに、中身は雑穀と肉が入ってるんだな」

 ティレクのことだから魚料理を選ぶかと思っていた。先に食べ終えたティレクはきっちりと包装紙を畳みながらなんてことないように返した。

「魚料理はティベルクに戻ればいつでも食べられるからな。それなら、あちらではめったに食べない肉を使ったものを最後に食しておこうと思っただけの話だ」

 最後という言葉に一瞬食べる手が止まる。考えてみれば、これがティレクと最後の食事なのだ。

「こんなにうまいのに、ティベルクではめったに食わねえなんてもったいないな」

 またもや沸いてくる寂しさを押し込むようにあっという間に平らげると、包装紙をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱へ投げ入れた。

「行儀が悪いぞ」
「きちんとゴミ箱に捨てたから問題ねえだろ」
「そういう問題ではない」

 ジトッと一睨みしてティレクがベンチから立ち上がり、きっちり畳んだ包装紙をゴミ箱に捨てる。そしてそのまま宿へ向かって歩き出した。アリウスは頭を少し掻いた後、乱暴に立ち上がってティレクの後を追いかけた。
 宿に戻り、シャワーを済ませれば、外はすでに真っ暗だ。今まで嫌なことが過ぎ去ってほしくて明日を望んでいたのに、今は明日が来なければいいとはじめて思った。それでも刻一刻とティレクと別れる時間が近づいてくる。
 今日に限ってアリウスはベッドが二つある部屋をとった。それはアリウスなりのケジメだ。それでもいまだに心の整理をできていないアリウスに比べ、ティレクはすでに眠りについたのか、毛布はゆっくりと規則正しく上下している。

「この光景も見納めか」

 きっとティレクがいなくなった後、新たな穴がぽっかりと胸に空き、その穴は永遠に塞がれないだろう。けれど、その痛みや寂しさから目を反らすやり方は嫌というほど熟知している。だから大丈夫だと自分の心に言い聞かせる。
 それでも、ほんの少しだけ魔が差した。
 ティレクのベッドに忍び寄るとそっと身をかがめ、ティレクの唇に唇を重ねた。ほんの数秒そうした後、唇を離した。そして、ティレクの頬をそっと撫でると自分のベッドに戻り、眠りについた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人 「後1年、か……」 レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...