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翌朝、ティベルクから迎えの船が来た。王子の迎えと言うこともあって、船もさながら兵の数も多い。護衛隊長と表面上の挨拶を交わし終えれば、船の準備が終わり次第ティレクは出発するだろう。
たくさん言いたいことがあったはずだ。だが、いざ別れが目の前に来ると言葉がまるで出てこない。特に会話することなく、準備でせわしない光景を並んで眺めていると、おもむろにティレクが口を開いた。
「アリウス」
「な、んだよ」
不意に名前を呼ばれたこともあって、ドキッと心臓が跳ね上がる。
ちらりと隣を見下ろせば、アリウスの方へ体ごと向けて見上げるティレクの金色の瞳はやはり無機質だ。けれど、そこにははっきりとアリウスが映っている。
「これから先、互いに大陸を統べる王になる。ならば、お前はこの国の未来のために子孫を残さなければならない」
「それがなんだっていうんだよ」
ザワザワと背筋を這い上がってくる不快感に顔をしかめる。それでもティレクの表情は変わらない。スッと手が伸びてきてアリウスの顎を掴んだ。
「お前はもう独りじゃない。だから、お前が前へ進むために、私に抱くその枷は私が預かろう」
そう告げるとともに突風が吹いてティレクの淡く輝く赤い髪がなびく。同時に頬を包まれて顔を寄せられた。ティレクの思いがけない行動に驚き、名前を呼ぼうとしたが、その声はティレクの口の中へと消えた。
金の瞳の中でさまざまな色が弾けては散るのに合わせてティレクとの思い出が音を立てて粉々に砕けていく。奪わないでくれと心がどんなに叫んでも、完璧に編まれたティレクの精霊術には叶わなかった。
やがてはじめてティレクと出会った戦場での光景すら砂となって消え去ってしまう。それを見届けたかのようにティレクの唇がそっと離れた。
「あ、れ。俺、お前とキスしていた?」
「するわけないだろう。貴様が目にゴミが入ったと言ったから確認していただけだ」
そっけないティレクの返しに妙にモヤモヤする。おまけに頭の中はどこか靄がかかったかのようにすっきりしない。ガシガシと頭を掻いてアリウスはため息をついた。
「まあいいや。ちょうど船も来たみたいだし、早く乗れよ」
「言われなくても乗るとも」
そういって振り返ることなくティレクは船へと乗り込んだ。
ティレクに対してなんの感情も抱いていないにも関わらず、なぜか足はその場から動かなかった。結局、ティレクが見えなくなるまでその場に立ち尽くした。そして、船の影すら見えなくなると、後ろ髪を引かれる思いをしながら城へ戻った。
一ヶ月後、皇帝になってからアリウスは大忙しだった。
それでもその多忙さに安心する自分がいる。というのも、少しでも暇ができるとなぜかティレクのことを考えてしまうのだ。
しかしアリウスの記憶は、レイヴーブルを陥落させてからの半年間、不自然なほどにすっぽり抜け落ちていた。かといって、まわりに聞けば、その間の記憶をなくしていることがバレてしまう。兄弟たちが消えて命の危機がなくなったといえど、自ら弱みを見せる必要はない。
その日の公務が終わり、自室に戻ったアリウスはベッドに寝転がると思わず呟いた。
「なんで俺、あいつのことが気になるんだろう」
ティレク・ティベルク。西の大陸の王子で、見た目がよく、気位が高そうということしか知らない。見た目以外どう転んでもアリウスの好みとは真逆だ。なによりティレクは男だ。
「あいつは俺にとってなんだったんだ」
どうしてこんなにも後ろ髪を引かれるのだろう。そう自分の心に問いかけても答えは返ってこない。そんなもやつきから目を背けるようにアリウスは新たな出会いを求めるようになった。
皇帝の妃になりたい女はたくさんいた。アリウスはその中から気の合う女を妃として選んだが、妃になったものは必ず金髪青目の子供を数人産んで息絶えてしまった。そうして三人目の妃がアリウスと同じ金髪と空色の瞳を持つ子供を産み落として息絶えたのを最後に妃を迎えることはやめた。
最後に生まれた子供をヴィルスと名付けたその日、夢を見た。
おそらくレイヴーブルを最初に攻めた時だろう。しかし目に映る景色は灰色一色だった。
レイヴーブルの門前には、青年がいた。けれど、時間が止まっているのか、まるで石のように動かない。いぶかしんで青年をもっとよく見ようと近づいたその瞬間、澄んだ金色の瞳と目が合った。
その衝撃はさながら雷が落ちたかと錯覚するほど体の末端まで鋭い痺れが走っていき、止まっていた景色は息を吹き返したように動き出す。
朝日を受けた青年の燃え盛るような赤髪が血生臭い風になびく様はさながら弔いの炎のようで、返り血が一滴もついていない艶やかな小麦色の肌から察するにただの兵士でないのは明らかだ。アリウスを見据える金色の瞳はこの世のよどみすら跳ね返すような強さが宿っていた。
これはただの夢だ。そう頭ではわかっているのに、心が急速に熱を持ち、視界がぼやけて滲んでいく。
重く絡みつき、苦しさすら感じるのにもかかわらず不快感はない。それどころか例え全身がボロボロになっても、ようやく思い出したこの一欠片を二度と手放したくなかった。
「そうか、俺は……ティレクのことが好きなんだ」
奪われていた想いは狂おしいほど猛って燃え上がる。けれど、ティレクはもう自分の手の届かないところにいる。ならば、せめて名前だけでも自分の傍に形あるものとしてほしい。
それから数年後、飛空挺の技術が確立すると、アリウスは技師たちに一つの飛空挺を作るように命じた。そして、金に糸目をつけず作り上げた赤い飛空挺にティレクの名を与えた。
たくさん言いたいことがあったはずだ。だが、いざ別れが目の前に来ると言葉がまるで出てこない。特に会話することなく、準備でせわしない光景を並んで眺めていると、おもむろにティレクが口を開いた。
「アリウス」
「な、んだよ」
不意に名前を呼ばれたこともあって、ドキッと心臓が跳ね上がる。
ちらりと隣を見下ろせば、アリウスの方へ体ごと向けて見上げるティレクの金色の瞳はやはり無機質だ。けれど、そこにははっきりとアリウスが映っている。
「これから先、互いに大陸を統べる王になる。ならば、お前はこの国の未来のために子孫を残さなければならない」
「それがなんだっていうんだよ」
ザワザワと背筋を這い上がってくる不快感に顔をしかめる。それでもティレクの表情は変わらない。スッと手が伸びてきてアリウスの顎を掴んだ。
「お前はもう独りじゃない。だから、お前が前へ進むために、私に抱くその枷は私が預かろう」
そう告げるとともに突風が吹いてティレクの淡く輝く赤い髪がなびく。同時に頬を包まれて顔を寄せられた。ティレクの思いがけない行動に驚き、名前を呼ぼうとしたが、その声はティレクの口の中へと消えた。
金の瞳の中でさまざまな色が弾けては散るのに合わせてティレクとの思い出が音を立てて粉々に砕けていく。奪わないでくれと心がどんなに叫んでも、完璧に編まれたティレクの精霊術には叶わなかった。
やがてはじめてティレクと出会った戦場での光景すら砂となって消え去ってしまう。それを見届けたかのようにティレクの唇がそっと離れた。
「あ、れ。俺、お前とキスしていた?」
「するわけないだろう。貴様が目にゴミが入ったと言ったから確認していただけだ」
そっけないティレクの返しに妙にモヤモヤする。おまけに頭の中はどこか靄がかかったかのようにすっきりしない。ガシガシと頭を掻いてアリウスはため息をついた。
「まあいいや。ちょうど船も来たみたいだし、早く乗れよ」
「言われなくても乗るとも」
そういって振り返ることなくティレクは船へと乗り込んだ。
ティレクに対してなんの感情も抱いていないにも関わらず、なぜか足はその場から動かなかった。結局、ティレクが見えなくなるまでその場に立ち尽くした。そして、船の影すら見えなくなると、後ろ髪を引かれる思いをしながら城へ戻った。
一ヶ月後、皇帝になってからアリウスは大忙しだった。
それでもその多忙さに安心する自分がいる。というのも、少しでも暇ができるとなぜかティレクのことを考えてしまうのだ。
しかしアリウスの記憶は、レイヴーブルを陥落させてからの半年間、不自然なほどにすっぽり抜け落ちていた。かといって、まわりに聞けば、その間の記憶をなくしていることがバレてしまう。兄弟たちが消えて命の危機がなくなったといえど、自ら弱みを見せる必要はない。
その日の公務が終わり、自室に戻ったアリウスはベッドに寝転がると思わず呟いた。
「なんで俺、あいつのことが気になるんだろう」
ティレク・ティベルク。西の大陸の王子で、見た目がよく、気位が高そうということしか知らない。見た目以外どう転んでもアリウスの好みとは真逆だ。なによりティレクは男だ。
「あいつは俺にとってなんだったんだ」
どうしてこんなにも後ろ髪を引かれるのだろう。そう自分の心に問いかけても答えは返ってこない。そんなもやつきから目を背けるようにアリウスは新たな出会いを求めるようになった。
皇帝の妃になりたい女はたくさんいた。アリウスはその中から気の合う女を妃として選んだが、妃になったものは必ず金髪青目の子供を数人産んで息絶えてしまった。そうして三人目の妃がアリウスと同じ金髪と空色の瞳を持つ子供を産み落として息絶えたのを最後に妃を迎えることはやめた。
最後に生まれた子供をヴィルスと名付けたその日、夢を見た。
おそらくレイヴーブルを最初に攻めた時だろう。しかし目に映る景色は灰色一色だった。
レイヴーブルの門前には、青年がいた。けれど、時間が止まっているのか、まるで石のように動かない。いぶかしんで青年をもっとよく見ようと近づいたその瞬間、澄んだ金色の瞳と目が合った。
その衝撃はさながら雷が落ちたかと錯覚するほど体の末端まで鋭い痺れが走っていき、止まっていた景色は息を吹き返したように動き出す。
朝日を受けた青年の燃え盛るような赤髪が血生臭い風になびく様はさながら弔いの炎のようで、返り血が一滴もついていない艶やかな小麦色の肌から察するにただの兵士でないのは明らかだ。アリウスを見据える金色の瞳はこの世のよどみすら跳ね返すような強さが宿っていた。
これはただの夢だ。そう頭ではわかっているのに、心が急速に熱を持ち、視界がぼやけて滲んでいく。
重く絡みつき、苦しさすら感じるのにもかかわらず不快感はない。それどころか例え全身がボロボロになっても、ようやく思い出したこの一欠片を二度と手放したくなかった。
「そうか、俺は……ティレクのことが好きなんだ」
奪われていた想いは狂おしいほど猛って燃え上がる。けれど、ティレクはもう自分の手の届かないところにいる。ならば、せめて名前だけでも自分の傍に形あるものとしてほしい。
それから数年後、飛空挺の技術が確立すると、アリウスは技師たちに一つの飛空挺を作るように命じた。そして、金に糸目をつけず作り上げた赤い飛空挺にティレクの名を与えた。
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