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29.5 side ティレク
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「ティレク、お帰りなさい!」
「ああ、ただいま」
久しぶりの王宮と出迎えてくれた少女――ケニスに自然と顔がゆるむ。レースがふんだんにあしらわれたドレスの裾を摘まんで駆け寄ってきたケニスの視線にあわせるように膝をつくと、腕の中へ飛び込んでくる。柔らかな頬にちゅっとキスをすれば、眉を下げてくすぐったそうに笑った。
「身長伸びたんじゃないか?」
「当然よ! 今年で十になったんだもの、いつかティレクを追い越しちゃうんだから!」
淑女というにはあまりに無邪気に笑うケニスに「それは楽しみだ」と微笑み返した。
手を握って自室に向かっていれば、やけにケニスの視線を感じた。ケニスの方を振り向いてゆっくり瞬きをする。
「そんなに私の顔を見つめてどうした?」
「なんかティレクの顔が優しくなったなあって」
「そうだろうか?」
ケニスの指摘に首をかしげる。ケニスは大きくてまん丸な紫色の瞳でティレクを見つめながら「優しくなったよ」と微笑んだ。
「もしかして、あっちで好きな人ができたの?」
ケニスのことはまぎれもなく愛していると断言できる。なのに、好きな人という言葉にケニスと同時にアリウスの横顔が頭をよぎった。よぎってしまった。
ケニスとは十も離れていて、紹介された当初はもっと幼かったこともあってとてもじゃないが婚約者として見ることができなかった。けれど、時が経つにつれ、ケニスの天真爛漫な姿はティベルク王家という重圧で凝り固まりそうになった心を少しずつ和らげてくれた。
一方で、アリウスの真意がわからないままなぜか側仕えとして置かれて一緒にオガルスを見て回った当初は一刻も早くアリウスを殺し、ティベルクへ帰りたかった。
なのにだ、否応なくアリウスのことを知るほど、あれほど覆い茂っていた怒りはいつしか種火にもならないほどすっかり枯れ、かわりに別の感情が芽吹き始めている始末だ。
「君への好意を疑われるのは心外だな」
「疑ってないし、できたとしても責めないわ」
「どうしてだ?」
言葉に表しようがない感情に自然と声が低くなるもののの、ケニスはティレクを見上げたまま優しく紫色の瞳を細めた。
「私ね、簡単に心を開かない分、一度懐に入れるととことん大事にしちゃうティレクの愛情深いところが大好きなの」
唐突なケニスの言葉の意図がわからず黙って聞いていれば、ケニスはまっすぐ前を向いてきゅっと手を握ってくる。
「だからね、ティレクが私以外に好きになった人ができたのなら……嬉しいの」
「嬉しい? そこは将来の妃として責めてくれるべきじゃないのか」
普通であれば、婚約者が自分以外に好意をもったら浮気だと糾弾するだろう。愛想を尽かされたのではと不安がよぎるが、ケニスは察したかのようにブンブンと横に首を振ると断言した。
「私はティレクが好き。世界中で一番大好き。あなたが今、心の底から私を本当に好きでいてくれてることも知ってるつもり」
ケニスの声はオガルスへ遠征に出向く時と同じ波のように穏やかだ。
夕日がケニスの柔らかな淡い薄緑色の髪を照らし、ティレクの髪と同じように淡く赤く輝かせる。その光景はティレクにとってもっとも愛おしく美しい光景だ。
ケニスはまっすぐ夕日を見つめたまま紫色の瞳をわずかに細めた。
「あのね、私はあなたの愛を独占したいわけじゃないの。だから約束して。もし、私が先に死んだら私のことを忘れて、私以外に愛する人を見つけてその人と幸せになるって」
再び脳裏にアリウスの後ろ姿が浮かんだがすぐに追い払う。
アリウスへの感情はケニスに抱く美しい愛とは真逆だ。なによりいずれ国を統べて王となる自分にとって、男同士の恋愛は不毛であり、ティベルクにおいて禁忌だ。それを国民に強いている手前自分が罪を犯すなどあってはいけない。そしてそれはアリウスとて同じだ。
だからこそ、ティレクへ向ける想いの根本である記憶ごと精霊術で壊したのだ。
「キミとの生活はこれからだというのに、ずいぶん物騒なことをいうじゃないか」
まるで若くしてこの世を去ることを悟っているような言い方だ。いつも見せる天真爛漫な姿は面影もなく、妙に大人びたケニスはまるで遠くに行ってしまいそうな気がした。
湧き上がる不安から思わずケニスの小さな手を握りしめる。ティレクの不機嫌な声音にケニスはきょとんとすると眉を下げて笑った。
「そうだよね。ごめん、私ったら変なこと言っちゃって」
「かまわないさ。私こそ、キミを不安にさせていたことを気づけなくてすまない」
「いいのよ。でも、さっきの約束。絶対守ってね? 守ってくれなきゃ呪っちゃうから」
「……善処する」
そんなことは絶対に来ない。むしろ来ない方がお互いのためだ。ため息とともに返せば、ケニスは「ありがとう、ティレク」と満足そうに微笑んだ。
「ああ、ただいま」
久しぶりの王宮と出迎えてくれた少女――ケニスに自然と顔がゆるむ。レースがふんだんにあしらわれたドレスの裾を摘まんで駆け寄ってきたケニスの視線にあわせるように膝をつくと、腕の中へ飛び込んでくる。柔らかな頬にちゅっとキスをすれば、眉を下げてくすぐったそうに笑った。
「身長伸びたんじゃないか?」
「当然よ! 今年で十になったんだもの、いつかティレクを追い越しちゃうんだから!」
淑女というにはあまりに無邪気に笑うケニスに「それは楽しみだ」と微笑み返した。
手を握って自室に向かっていれば、やけにケニスの視線を感じた。ケニスの方を振り向いてゆっくり瞬きをする。
「そんなに私の顔を見つめてどうした?」
「なんかティレクの顔が優しくなったなあって」
「そうだろうか?」
ケニスの指摘に首をかしげる。ケニスは大きくてまん丸な紫色の瞳でティレクを見つめながら「優しくなったよ」と微笑んだ。
「もしかして、あっちで好きな人ができたの?」
ケニスのことはまぎれもなく愛していると断言できる。なのに、好きな人という言葉にケニスと同時にアリウスの横顔が頭をよぎった。よぎってしまった。
ケニスとは十も離れていて、紹介された当初はもっと幼かったこともあってとてもじゃないが婚約者として見ることができなかった。けれど、時が経つにつれ、ケニスの天真爛漫な姿はティベルク王家という重圧で凝り固まりそうになった心を少しずつ和らげてくれた。
一方で、アリウスの真意がわからないままなぜか側仕えとして置かれて一緒にオガルスを見て回った当初は一刻も早くアリウスを殺し、ティベルクへ帰りたかった。
なのにだ、否応なくアリウスのことを知るほど、あれほど覆い茂っていた怒りはいつしか種火にもならないほどすっかり枯れ、かわりに別の感情が芽吹き始めている始末だ。
「君への好意を疑われるのは心外だな」
「疑ってないし、できたとしても責めないわ」
「どうしてだ?」
言葉に表しようがない感情に自然と声が低くなるもののの、ケニスはティレクを見上げたまま優しく紫色の瞳を細めた。
「私ね、簡単に心を開かない分、一度懐に入れるととことん大事にしちゃうティレクの愛情深いところが大好きなの」
唐突なケニスの言葉の意図がわからず黙って聞いていれば、ケニスはまっすぐ前を向いてきゅっと手を握ってくる。
「だからね、ティレクが私以外に好きになった人ができたのなら……嬉しいの」
「嬉しい? そこは将来の妃として責めてくれるべきじゃないのか」
普通であれば、婚約者が自分以外に好意をもったら浮気だと糾弾するだろう。愛想を尽かされたのではと不安がよぎるが、ケニスは察したかのようにブンブンと横に首を振ると断言した。
「私はティレクが好き。世界中で一番大好き。あなたが今、心の底から私を本当に好きでいてくれてることも知ってるつもり」
ケニスの声はオガルスへ遠征に出向く時と同じ波のように穏やかだ。
夕日がケニスの柔らかな淡い薄緑色の髪を照らし、ティレクの髪と同じように淡く赤く輝かせる。その光景はティレクにとってもっとも愛おしく美しい光景だ。
ケニスはまっすぐ夕日を見つめたまま紫色の瞳をわずかに細めた。
「あのね、私はあなたの愛を独占したいわけじゃないの。だから約束して。もし、私が先に死んだら私のことを忘れて、私以外に愛する人を見つけてその人と幸せになるって」
再び脳裏にアリウスの後ろ姿が浮かんだがすぐに追い払う。
アリウスへの感情はケニスに抱く美しい愛とは真逆だ。なによりいずれ国を統べて王となる自分にとって、男同士の恋愛は不毛であり、ティベルクにおいて禁忌だ。それを国民に強いている手前自分が罪を犯すなどあってはいけない。そしてそれはアリウスとて同じだ。
だからこそ、ティレクへ向ける想いの根本である記憶ごと精霊術で壊したのだ。
「キミとの生活はこれからだというのに、ずいぶん物騒なことをいうじゃないか」
まるで若くしてこの世を去ることを悟っているような言い方だ。いつも見せる天真爛漫な姿は面影もなく、妙に大人びたケニスはまるで遠くに行ってしまいそうな気がした。
湧き上がる不安から思わずケニスの小さな手を握りしめる。ティレクの不機嫌な声音にケニスはきょとんとすると眉を下げて笑った。
「そうだよね。ごめん、私ったら変なこと言っちゃって」
「かまわないさ。私こそ、キミを不安にさせていたことを気づけなくてすまない」
「いいのよ。でも、さっきの約束。絶対守ってね? 守ってくれなきゃ呪っちゃうから」
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そんなことは絶対に来ない。むしろ来ない方がお互いのためだ。ため息とともに返せば、ケニスは「ありがとう、ティレク」と満足そうに微笑んだ。
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