帝国の末王子は敵国の王子を愛す

天霧 ロウ

文字の大きさ
32 / 34

29.5 side ティレク

しおりを挟む
「ティレク、お帰りなさい!」
「ああ、ただいま」

 久しぶりの王宮と出迎えてくれた少女――ケニスに自然と顔がゆるむ。レースがふんだんにあしらわれたドレスの裾を摘まんで駆け寄ってきたケニスの視線にあわせるように膝をつくと、腕の中へ飛び込んでくる。柔らかな頬にちゅっとキスをすれば、眉を下げてくすぐったそうに笑った。

「身長伸びたんじゃないか?」
「当然よ! 今年で十になったんだもの、いつかティレクを追い越しちゃうんだから!」

 淑女というにはあまりに無邪気に笑うケニスに「それは楽しみだ」と微笑み返した。
 手を握って自室に向かっていれば、やけにケニスの視線を感じた。ケニスの方を振り向いてゆっくり瞬きをする。

「そんなに私の顔を見つめてどうした?」
「なんかティレクの顔が優しくなったなあって」
「そうだろうか?」

 ケニスの指摘に首をかしげる。ケニスは大きくてまん丸な紫色の瞳でティレクを見つめながら「優しくなったよ」と微笑んだ。

「もしかして、あっちで好きな人ができたの?」

 ケニスのことはまぎれもなく愛していると断言できる。なのに、好きな人という言葉にケニスと同時にアリウスの横顔が頭をよぎった。よぎってしまった。
 ケニスとは十も離れていて、紹介された当初はもっと幼かったこともあってとてもじゃないが婚約者として見ることができなかった。けれど、時が経つにつれ、ケニスの天真爛漫な姿はティベルク王家という重圧で凝り固まりそうになった心を少しずつ和らげてくれた。
 一方で、アリウスの真意がわからないままなぜか側仕えとして置かれて一緒にオガルスを見て回った当初は一刻も早くアリウスを殺し、ティベルクへ帰りたかった。
 なのにだ、否応なくアリウスのことを知るほど、あれほど覆い茂っていた怒りはいつしか種火にもならないほどすっかり枯れ、かわりに別の感情が芽吹き始めている始末だ。

「君への好意を疑われるのは心外だな」
「疑ってないし、できたとしても責めないわ」
「どうしてだ?」

 言葉に表しようがない感情に自然と声が低くなるもののの、ケニスはティレクを見上げたまま優しく紫色の瞳を細めた。

「私ね、簡単に心を開かない分、一度懐に入れるととことん大事にしちゃうティレクの愛情深いところが大好きなの」

 唐突なケニスの言葉の意図がわからず黙って聞いていれば、ケニスはまっすぐ前を向いてきゅっと手を握ってくる。

「だからね、ティレクが私以外に好きになった人ができたのなら……嬉しいの」
「嬉しい? そこは将来の妃として責めてくれるべきじゃないのか」

 普通であれば、婚約者が自分以外に好意をもったら浮気だと糾弾するだろう。愛想を尽かされたのではと不安がよぎるが、ケニスは察したかのようにブンブンと横に首を振ると断言した。

「私はティレクが好き。世界中で一番大好き。あなたが今、心の底から私を本当に好きでいてくれてることも知ってるつもり」

 ケニスの声はオガルスへ遠征に出向く時と同じ波のように穏やかだ。
 夕日がケニスの柔らかな淡い薄緑色の髪を照らし、ティレクの髪と同じように淡く赤く輝かせる。その光景はティレクにとってもっとも愛おしく美しい光景だ。
 ケニスはまっすぐ夕日を見つめたまま紫色の瞳をわずかに細めた。

「あのね、私はあなたの愛を独占したいわけじゃないの。だから約束して。もし、私が先に死んだら私のことを忘れて、私以外に愛する人を見つけてその人と幸せになるって」

 再び脳裏にアリウスの後ろ姿が浮かんだがすぐに追い払う。
 アリウスへの感情はケニスに抱く美しい愛とは真逆だ。なによりいずれ国を統べて王となる自分にとって、男同士の恋愛は不毛であり、ティベルクにおいて禁忌だ。それを国民に強いている手前自分が罪を犯すなどあってはいけない。そしてそれはアリウスとて同じだ。
 だからこそ、ティレクへ向ける想いの根本である記憶ごと精霊術で壊したのだ。

「キミとの生活はこれからだというのに、ずいぶん物騒なことをいうじゃないか」

 まるで若くしてこの世を去ることを悟っているような言い方だ。いつも見せる天真爛漫な姿は面影もなく、妙に大人びたケニスはまるで遠くに行ってしまいそうな気がした。
 湧き上がる不安から思わずケニスの小さな手を握りしめる。ティレクの不機嫌な声音にケニスはきょとんとすると眉を下げて笑った。

「そうだよね。ごめん、私ったら変なこと言っちゃって」
「かまわないさ。私こそ、キミを不安にさせていたことを気づけなくてすまない」
「いいのよ。でも、さっきの約束。絶対守ってね? 守ってくれなきゃ呪っちゃうから」
「……善処する」

 そんなことは絶対に来ない。むしろ来ない方がお互いのためだ。ため息とともに返せば、ケニスは「ありがとう、ティレク」と満足そうに微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人 「後1年、か……」 レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話 騎士団長とのじれったい不器用BL

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

処理中です...