契約恋人は本物の恋人になりたい

天霧 ロウ

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 運命の分岐点というのがあるのであれば、ピュケにとって二十年前エルフ狩りで捉えられたとき一人の傭兵に助けてもらったことだろう。差し伸べられた手、彼の自己犠牲ともいえる優しさに幼いピュケは恋に落ちたのだ。
 それから二十年、ピュケは彼に会ってお礼と想いを伝えたい一心で薬師となって旅をしていた。そして、ようやくその情報を掴んで彼がいる町の酒場へと来た。

「ここにあの人がいる……」

 ようやく会える。そう思うとピュケの胸は痛いぐらいにドキドキした。
 酒場へ入る前に手鏡を鞄から取り出して自分の顔をもう一度チェックする。
 いつ会っても問題ないように梳かした金色の髪と潤いを持った白い肌はいつになくツヤツヤしている。とくに唇は薄桃色でふっくらとしており、男なら誰だって貪りたいと思う色艶だ。
 パチパチと瞬いて鏡に映る切れ長の薄荷色の瞳を見つめ返す。

「よし、我ながら完璧だ」

 あえて口にすることで気持ちを奮い立たせる。そして、目当ての相手以外に絡まれないようにフードを目深にかぶって深呼吸すると酒場に入った。
 酒場の中は騒がしかった。できる限り気配を消して店内に素早く視線を走らせる。

「えっと、茶髪で琥珀の瞳。そして右目に眼帯……」

 エルフにとって二十年という年月はたいしたものでない。だが、エルフ狩りに会った時、仲間を裏切って助けてくれた傭兵――マトムは人間だ。人間にとって二十年というのは人相が変わるほど長い月日だというのは旅を通じて知った。
 本当は生きていてくれただけでも泣いてしまうほど嬉しかった。だからこそ、彼に会いたい気持ちはより強く、そしてピュケの心の支えになった。

「あ、いた」

 酒場の隅っこで手にしている革袋を逆さにしてうなだれている男がいた。二十年という時が経っているものの、傭兵の仕事を続けていたのか服越しからでもたくましい体つきなのがわかる。
 だが、緊張してどうにも足が動かない。そう思っていたらマトムがおもむろに立ち上がろうとした。ハッとしたピュケは急ぎ足でマトムに近づいた。
 ピュケの影がかかるとマトムはこわごわと顔を上げてきた。
 二十年前若々しかった青年はどこかやつれて茶色の髪はパサついている。それでも優しい光をたたえた琥珀色の瞳は健在だった。そんな変わらない部分がある一方で右目を隠すようにつけた黒い眼帯が目を引く。

「茶髪で琥珀の瞳。そして右目に眼帯……。あなたがマトムさんで間違いありませんね?」
「あ、ああ。そうだけど……」

 念のためにマトムの特徴を尋ねて確認すれば、マトムは困惑しながらも頷いてくれた。顔がほころびそうになるのをぐっとこらえる。
 傭兵をする人間は警戒心が近いという。下手に喜んだら怪しまれてしまう。
 あえて事務的にみえるよう前から作っておいた契約書を懐から取り出した。

「護衛を頼みたいのです。都合があいましたらこちらの契約にサインをください」

 そういって差し出せば、どこか憂いがあったマトムの顔がパッと明るくなる。
 契約書を手に取ってくれたことにホッとする。サインをしぶられるかもしれないとドキドキしたが、マトムはあっさりと書いた。それを見た瞬間、ピュケは心の中で嬉しくて飛び跳ねた。
 情報をくれた相手曰く、マトムは傭兵団の仲間を裏切ってエルフたちを助けて以来、傭兵たちから悪い噂をたてられているせいでめったに仕事の依頼がこなくてつねに金欠だと言っていた。
 その経緯も知っていたからこそ、普通の傭兵よりも倍の額を提示しつつ衣食住を保証すると書いたのだ。
 そして、いきなり告白しても受け入れてもらえるとは限らないため、少しでもお互いを知る時間ほしさと偽りでもいいから最後の行に我慢できず契約している間は恋人になることという一文を書いてしまったのだ。
 マトムには悪いが、金欠で冷静な判断ができない状態でいてくれたことを感謝する。返された契約書を大事に鞄にしまうと、ここぞとばかりにピュケは甘く微笑んだ。

「契約ありがとうございます。僕はピュケ、旅の薬師です。隣いいですか?」
「ああ、どうぞ」

 フードをかぶっても隠しきれないエルフの美貌から放たれる微笑みは性別問わず多くの生物を魅了する。この手を今使わずいつ使うというのだ。
 だが、マトムは少しあっけにとられただけで何事もなかったのように右にずれて場所を譲るだけだった。
 少しは赤面してくれると思っていただけにがっかりした。同時にピュケにとっては恋い焦がれた相手だが、マトムにとってはそうでないと理解できた。
 そのことが寂しかったが、好待遇の契約を結んだ以上早々に破棄されることはない。なら、じっくりと距離を縮めていけばいいだけだ。
 そんなことを考えながら薄汚れたメニューを手に取ると、マトムの方へ顔だけ向けた。

「せっかくですし、ここで食事をしましょう。僕が支払うので好きなだけ食べてください」
「え、いいのか?」
「はい」

 まずは腹一杯食べてほしい。そんな思いで告げれば、マトムは困惑しつつも「それなら」と受け入れてくれた。
 料理を頼めば少しして運ばれてくる。久しぶりの温かな料理に涙ぐんだマトムが「いただきます」というと口に運んでいく。
 ピュケに気遣っているのか、上品に食べようとしていたがよほど腹が空いていたのだろう。上品に食べていたのは最初だけですぐにガツガツと口の中に流し込むように食べていく。
 豪快な食べっぷりは見ていて気持ちがいいほどだった。うっとりと見つめていると、たっぷり食べて満足したマトムがハッとして慌ててピュケに謝ってきた。

「すまん! こんなに食べられるのは久しぶりで、つい食べ過ぎた」
「かまいませんよ。マトムさんの食べっぷりは見てて気持ちいいです」
「そういってくれると助かる」

 申し訳なさそうに眉を下げて笑うマトムに胸が甘くうずく。
 年を経て渋みを増したマトムのどこか無邪気さを感じる笑みに頬が熱くなるのを感じながら微笑み返す。

「もう夜も遅いですし、今日は宿を取っているのでそこで休みましょう」
「なにからなにまで悪いな」

 ピュケの善意だと信じて礼を言ってくるマトムに少しだけ申し訳なく感じつつも、支払いを済まして一緒に外へと出た。
 外はすっかり紺色に染まっていた。今まで一人で見る満点の星空はいつも飲み込まれそうで恐怖を感じていたが、隣にマトムがいると思うと不思議と恐怖は感じず、それどころか綺麗に見えた。
 ちらっと隣を見れば、マトムと目が合った。マトムは目尻を下げると口を開いた。

「ピュケくん、あらためてお礼を言わせてくれ。なにからなにまでありがとう」
「気になさらないでください。僕がしたいからしたまでのことですから。それから、僕のことはピュケと呼び捨てでお願いします」
「わかった、ピュケ」

 礼を言われるような立場ではない。マトムはピュケが厚意からやってくれると思っているようだが、これもマトムに警戒心を解いてもらうための手段に過ぎない。
 宿に着くと個室を二つとっていたこともあり、案内された。

「それじゃあ、マトムさん。また明日」

 マトムにはゆっくり体を休めてほしい。そんな思いでとったが、マトムが戸惑いながら聞いてきた。

「護衛の依頼をしたのに別室なのか?」
「おかしいですか?」
「多くの依頼人は扉の前で見張りが当たり前だからそれを踏まえると少し、な」
「そうでしたか。でも、その人たちと僕は違いますので、お気になさらず」

 そんなこと考えたこともなかった。だが、指摘されてみればその通りだ。下心がバレそうになった。そのことにヒヤッとしたが極めて冷静に、自分はほかとは違うのだと言うアピールもしっかりとする。
 そうすれば、マトムも納得したのか一つ頷いてくれた。

「わかった。なにかあったら声を上げてくれ。すぐ駆けつける」
「ありがとうございます、マトムさん」
 
 そういってお互い部屋に入った。
 部屋に入るなり、ピュケは顔を両手で覆うと扉にもたれてとズルズルとしゃがみ込んだ。

「心臓、壊れちゃうかと思った」

 話している時はなんとか冷静に保てたが、一人になった途端緊張が解けて胸が痛くてしょうがない。

「年取っても素敵だったな……」

 いくつかはわからないが、おおよそ四十代だろう。若々しさが潜み熟成された大人へと変貌を遂げたことに嬉しい反面その経過を見ることが出来なかったことにがっくりする。

「ん? でも駆けつけるってことは鍵を開けたままってことだよね?」

 名案が閃き、急いで壁に耳を当てて集中する。かすかに聞こえる寝息にどうやらマトムは眠っているようだ。

「寝てる……」

 よほど悪環境で寝ていたのだろう。穏やかな寝息につい欲がでた。
 壁から離れて部屋を出る。気配と音を感知不能にする魔法を自分にかけてマトムの部屋にそっと入った。ベッドに近づくとマトムは心地よさそうに眠っていた。そっとベッドの傍にしゃがんでその顔を眺める。

「マトムさん、気持ちよさそう」

 いい部屋を取ってよかったと自然と頬が緩む。いつまでも寝顔を眺めていたいがピュケもさすがに眠くなってきた。
 自室に戻ろうかと思ったが、せっかく部屋に来たのだから一緒に寝たい。
 その気持ちに負けてピュケは素肌になるといそいそとマトムの隣に潜った。ついでにちょっとしたいたずら心でマトムの上半身を裸にして、たくさん食べて少し窮屈そうにしていたズボンの前を広げておく。

「さすがに嫌われちゃうかな」

 マトムを見上げてしゅんと耳を垂らすが、やっと会えたせいでどうにも我慢が聞かない。

「おやすみなさい、マトムさん」

 筋肉がついてたくましい腕をぎゅっと抱きしめ、そこから伝わる体温にピュケの意識も心地よく溶けていった。



 目蓋の裏がまぶしくなったのと隣から焦りと困惑の気配を察知してピュケは思わず身じろいだ。

「あれ、もう朝……ですか」
「目が覚めたんだな! ピュケ、すまない! 俺は、俺はっ」

 寝起き早々、マトムが涙ぐみながらベッドに額を押しつけて頭を下げてくる。目をこすりながら起きたピュケは状況が理解できなかった。

「どうして謝るんです?」
「だって、俺は意識がなかったといえど、合意もなく君を……」

 マトムはぐすぐすと鼻を鳴らして唇を噛みしめる。そのことでようやくマトムが寝ぼけてセックスしたのだと勘違いしていることがわかった。
 エルフが寝る時は素肌になるのが習慣だ。ピュケにとって当たり前の習慣だったためとくに気にしたことがなかった。
 本当のことを言うべきかと迷ったがせっかくのチャンスなのだ。口の中にたまった唾液をゆっくり飲み干して、なんてことないように言った。

「何を言っているんですか? 僕たちはもう恋人じゃないですか」
「…………え?」

 気の抜けた顔も素敵だなと思って見つめていれば、マトムが困惑気味に尋ねてきた。

「え、俺と君が恋人? なんで? いつ?」
「なんでもなにも、サインしてくれたじゃないですか」

 てっきり納得してくれると思いきや聞き返されたことに思わず唇をとがらせる。
 昨日サインした契約書を差し出しだせば、マトムがこわごわと受け取った。そしてひととおり読み終えたのか顔を上げると心配そうに尋ねてきた。

「だとしてもだ。その、体は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。マトムさんって結構激しい方なんですね」

 実際はなにも起きていないが、ここぞとばかりにほんのり頬を赤くして薄荷色の瞳を潤ましてみせる。そうすれば、マトムの喉仏がかすかに上下に動き、ピュケから視線をはずそうとした。
 だが、ピュケの長い耳に気づくと片眉をあげた。

「君、エルフだったんだな」
「はい。隠しているつもりはなかったんですけど、エルフ。嫌いでした?」

 長い耳を下げて上目遣いで尋ねる。
 もし、嫌いと言われたら人間のように耳を丸く手術するしかない。だが、マトムの耳先まで赤くなったことからその心配は無用だったようだ。

「嫌いじゃないさ。ただエルフは男女問わず綺麗だから、その。契約上といえど、俺みたいなパッとしない男にはもったいないなって思って」
「そんなことありません! マトムさんは見た目も中身もとっても素敵な人です!」
「はは、そういってくれてありがとう」

 ふんふんと鼻息を荒くして言えば、マトムが頭を掻いて笑った。
 なにげない会話を朝から交わせたことが嬉しくて微笑み返す。ふと、視線を落とせばマトムの足の間が膨らんでいた。

「あれ、マトムさん。ここ」

 不思議に思って盛り上がっているシーツに触れれば、それはさらに大きくなった。興味深く眺めていると青ざめたマトムが慌てて言った。

「あー、いや。これは、そう! 生理現象なんだ! だから、その、えっと……」

 マトムの言い分にピュケはようやくマトムが勃起しているのだとわかった。
 同じ男でもエルフであるピュケは精通以来、勃起したことない。そもそもエルフは限りなく自然に近い存在なため繁殖期に入らないと機能しないのだ。

「人間はエルフよりも短命だから性欲が強いとは聞いていましたが……。本当だったんですね」

 感心しつつも、マトムが自分に興奮してくれたことが嬉しかった。同時にマトムの熱を味わってみたくなった。
 狼狽しているマトムがなにか言い出す前にピュケは言った。

「だったら、今度から僕の口で慰めいたしますね」
「え?」

 頬にかかっていた髪を耳にかけてシーツをめくるとマトムの高ぶりがあらわになった。
 人間基準はわからないが、赤黒くそそり立ち張った笠は少なくともピュケのものとはまるで別物だ。あまりにも立派なそれにごくりと唾を飲みこむ。
 そろそろと身をかがめてまずはこれから味わわせてもらうお礼として先端に優しくキスをする。

「ぅ……!」

 かすれた声が頭上から降ってくる。少しでも気持ちよくなってもらえたのが嬉しくてちゅっちゅっと軽くキスを繰り返す。じわっと滲んできた滴を丁寧に啜る。口の中へ広がる雄臭さに頭が甘く痺れる。
 舐めてほしい言わんばかりに筋がくっきり浮かんだ竿を丁寧に舐めたり優しく唇で食まれれば、ビクビクと高ぶりが跳ねさらに硬くなって膨らむ。

「わ、さらに大きくなりましたね」

 エルフであればあり得ないほど立派に育った高ぶりを凝視してしまう。ずっしりと重そうな玉を優しく片手で包み、もう片手で筋をたどるように撫でる。

「すごい、ドクドクいってる……」
「ピュケっ、あんまりさすられると、ちょっと」

 フーフーと奥歯をかみ殺して告げてきたマトムの顔にキュンと胸が震えるのを感じた。

「そうですよね。今、咥えます」
「ちが、そういう意味じゃなくて」

 マトムの制止をわざと無視してピュケは咥えた。その瞬間、口いっぱいに濃厚な熱が吐き出された。驚いて耳が跳ねるもののマトムの熱を一滴も飲みこぼしたくなかった。
 マトムの太ももに手を添えるとさらに深く咥え込んで、ゆっくりと飲み込んでいく。

「ん、ぅ」

 息苦しさに涙がにじむものの出されたものを少しずつ飲み干す。
 はじめてのフェラもあって、どうしてもぎこちなくなるが少しでもマトムが気持ちよくなるよう舌を竿に添えたり先端を上顎に擦ってみるとビクビクと高ぶりが口の中で跳ねた。

「ぅ、ピュケっ…、すまんっ」

 頭にマトムの手が添えらると同時に引き寄せられる。鼻先がマトムの茂みに埋まり口内だけでなく喉奥までマトムに満たされた。茂みと口内を満たす雄臭さに幸福感でうっとりとしてしまう。
 喉奥できゅうきゅうと締め付ければ、マトムが小さく呻いた。大きく高ぶりが震えると再び熱が注がれる。

「んぐっ、んっ、ぅ」

 こくこくと飲み干すと頭に添えられていたマトムの手がようやく離れた。口の中から引き抜くと先端に残っている残滓に気づいた。もったいなさに唇を寄せて丁寧に啜って飲み干す。
 小さく息をついてチラッとマトムを見た。

「マトムさん、僕、はじめてだったんですけど……じょうずにできましたか?」
「上手すぎるぐらいだよ」

 顔を真っ赤にして頬を掻くマトムの様子から満足いってもらえたようだ。満足してもらえたことにピュケは目尻を下げて力なく笑った。
 
「よかった。またつらくなったら言ってくださいね」
「けど」
「僕たちは今恋人なんです。遠慮しないでください」

 お人好しゆえに良心が痛んだのだろう。しかし、ピュケはそれを逆手にとることを決めた。
 耳を少し下げて見つめれば、マトムは視線を少しさまよわせ小さく呻いた後、観念したように言った。

「それじゃあ、お願いしていいか」
「はい!」
「……と、とりあえず着替えようっ」

 マトムはわざと明るい声音で言うとそそくさと離れて身支度をととのえはじめる。ピュケも着替え終えると隣の部屋から鞄を取りに行った。



「ピュケは旅の薬師だけど、どこか行く予定はあるか?」
「そうですね、隣の村へ行こうと思います」

 宿屋で朝食をとってでた後、隣を歩くマトムを見上げて返す。

「あの村か……。街道を通るのか?」
「いいえ、森を通り抜けます。薬草になる草花が豊富なんですよ」
「へえ、そうだったのか」

 町を出て森に入るとさっそく草花を採集していく。森の中は町と違って清浄な空気が満ちていつにまして気分もよくなる。
 テキパキと摘んでいくと、草木の間から星形の赤い袋状の実に目を輝かせた。

「ここにも咲いていたんだ!」
「なにかあったのか?」

 ピュケの声音に背後で見張りをしていたマトムが近づいてくる。
 今にも破裂しそうな二つの実をそっと摘んで振り返った。

「この実は僕たちエルフにとってごちそうなんです。とっても甘いけどサラサラしてて飲みやすいんですよ。せっかくですし、マトムさんも食べてみませんか?」
「俺が食べても大丈夫なのか?」
「はい、人の場合だと気力や体力が回復したりするぐらいで体に害はないですよ」
「だったら、一つもらおうかな」
「では、あーん」

 差し出された手をあえて無視して口元に実を差し出す。途端にマトムの顔が赤くなった。
 だが、ピュケと目が合うと口を開いてくれた。そっと舌の上に置いて指を引っ込めればマトムが木の実をゆっくりと咀嚼する。

「ん? 結構甘いな」
「なら、いい実だったんですね。この実は甘ければ甘いほどいいんですよ」

 そういってピュケも実を頬張る。
 口いっぱいに広がる甘さは砂糖とは違う独特の甘さだ。久しぶりのごちそうを分かち合えて気分はますますよくなる。

「この調子でどんどん進みましょう!」
「そうだな、見たところ魔物もいないみたいだし、これなら今日中に森を抜けられるな」

 しかし、森の半ばほどきたところでマトムの顔が赤く、妙に息づかいが荒れていることに気づいた。

「マトムさん、具合が悪いんですか?」
「いや、大丈夫だ」

 返答がはっきりしているためマトムがいうように風邪による不調ではないだろう。しっとりと額に汗を浮かべ、気持ち前屈み気味なのが関係しているのか。

「マトムさん、少し休みましょう。ね?」
「あ、ああ……」

 マトムに肩を貸してそっと木に寄りかからせる。
 鞄から布を取り出して額に浮かぶ汗を拭いながらほかにも不調がないか全身を眺めれば、すぐに原因がわかった。マトムの中心が見事なぐらい元気になっていた。

「もしかして……」

 原因はどう考えてもピュケが渡した実だ。普通の実であれば、ここまで効果がでることはない。
 サーッと血が引くのを感じていればマトムが重そうに目蓋を持ち上げた。

「ピュケ?」
「あ、えっと、マトムさん。ここ、つらくありませんか?」

 そっとズボン越しに膨れ上がった中心へ手を当てれば、ビクッとマトムの体が跳ねた。言葉よりも雄弁な反応にピュケの気分もしだいに高揚していく。

「僕、朝いいましたよね?」
「……た、頼む」

 絞り出したようにマトムが言えば、ピュケは「はい!」と嬉しそうに答えた。
 マトムの前を広げれば、勢いよく飛び出てくる。すでに限界に近いのかピクピクと痙攣していた。
 先端にキスするだけでびゅくっと滴が滲んでくる。それを優しく啜ってパンパンに膨らんだ玉をさすりながらねっとりと舐める。

「ぅぐっ、ピュケ……っ」

 マトムが歯を食いしばってピュケの髪に手を差し込んでくる。ピュケは玉をさするのを止めてマトムの太ももに手を添えた。大きく口を開いて朝と同じように鼻先がマトムの茂みに埋まるぐらい深く咥える。
 途端に喉奥へ勢いよく吐き出される。当然ピュケはそれらを丁寧に飲み干した。そのたびに下腹部が甘く震え、朝は無反応だったピュケの中心から勢いなく滴が出てくるのがわかる。
 喉奥や上顎の刺激で何度もマトムは熱を吐き出したが、よほど実の効果が効いたのか落ち着く気配がまるでない。
 さすがのピュケも顎が疲れてきたほどだ。口の中から引き抜いてこれでもかと張った先を手のひらで優しく撫でる。

「中々おさまりませんね」
「……ピュケ」
「はい」

 名を呼ばれて視線だけあげれば、マトムの手がピュケの脇に差し込まれて体を起こされた。

「俺と君は恋人、なんだよな」
「え、は、はいっ」

 自分で契約させておきながら、いざ尋ねられると恥ずかしくなる。耳先が真っ赤になって下げていれば、マトムがゆっくりと息を吐いた。

「どこまでしていいんだ」
「どこまでというと?」

 マトムの言いたいことがわからず逆に聞き返すとマトムは視線をさまよわせてボソボソと呟いた。

「その、今の俺はたぶん正気じゃない。だから嫌なら嫌といってほしいんだが……、その、君の中にいれたい」
「へっ?!」

 まさかの告白に顔が一気に赤くなる。マトムも真っ赤になってうつむいてしまった。
 つまりセックスがしたいとマトムは言ったのだ。もちろん、マトムが言うとおり今のマトムは正常でない。例え本能からくる性欲を満たすためだけの告白でも好きな相手から求められることは当分先だと思っていた。
 硬直していることを拒絶と捉えたのかマトムが視線を伏せたまま告げた。

「いや、無理にとは言わない。今のは聞かなかったことに」
「嫌じゃありません! その、よろしくおねがいします……」

 そう言い返せば、マトムが目を大きく見開く。そして目尻を下げて弱々しく「ありがとう」と言った。
 ローブとその下に着ていたズボンとシャツを脱いで素肌になる。
 マトムが敷いてくれた上着にうつ伏せになると、少しでも受け入れやすいように腰を上げた。

「ピュケのここ、すごく濡れてるな」

 あらわになった秘部は滴を滲ませていた。興奮して息が荒れそうになるのを必死に押さえながらピュケは返した。

「そ、それは、僕の体がマトムさんを立派な男の人だと、判断したからです」
「そうなのか? それは嬉しいことだな」
「はぃっ、僕たちはっ……、じぶんよりすぐれた…おとこのひとがあいてっ、だと。お、ぉすでも、ぬれるよぅにっ、なっちゃ…ぅ、ん、ですっ」

 ひくついている秘部のフチを指先で何度もなぞられれば、こそばゆさと羞恥を覚える。けれど、好きな相手からの刺激と思えば、嬉しくなってしまいひくついてしまう。
 たいしてマトムは感慨深げに呟いた。

「そうか、だから君たちは狙われてしまうんだな。指、いれるぞ」
「ぁあっ! んっ、ぅ」

 ゴツゴツした太く長い指がゆっくりと入ってきた。中をほぐすために円を描くように動いたかと思いきやぬぽっぬぽっと音を立てながら抜き差しされる。そのたびにじわっと濡れ、ピュケの中心からも透明の滴が垂れた。

「ぁ、んんっ…、まとむさん、もうだいじょうぶです」

 ピュケの白い肌が薄紅色に染まり、しっとりと汗ばんでいる光景にマトムがごくりと唾を飲み込んだ。
 マトムの汗ばんだ手がピュケの腰を掴むとこれでもかと張ったマトム先端が押しつけられる。マトムと一つになれるとようやく実感する。同時に痛いぐらいに心臓がドキドキと早鐘を打つ。
 腰を掴んでいる手にかすかに力がこもると、フーと息を吐いてマトムが告げた。

「ピュケ、いれるぞ」
「は、はい」

 嬉しいあまり声がとろけ、口が緩んでしまう。ならしてもらったおかげか体はすっかり準備万端だった。ぐうっと先端が秘部を押し広げて入ってくれば、柔肉がマトムの高ぶりをねっとりと受けいれた。

「ぅ、すごい絡みついてくるな」
「あぁっ、まとむさんのが、はいってく、る」

 ぬちゅぬちゅと音を立てて柔肉をこすり上げられると体が勝手に跳ねて、マトムと一つになれた喜びの嬌声があがってしまう。
 最初はピュケを気づかってゆっくりと抜き差ししていたが、それも少しの間だけだった。

「くっ、ピュケ、ピュケ…っ」
「ァ、ごりごりきもちいいっ! んっ、ぅうっ、ぁ――っ」

 熱に浮かされたようにピュケの名を呼びながらばちゅばちゅと激しく腰を打ち付けるたびに、ピュケの中心からはプシプシと潮が噴き出る。

「まと、むさん……っ、ぼくっ、もぅ、~~~~ッ!」

 最後まで言い切る前にマトムの茂みが秘部へ密着するほど突き入れられてしまう。
 気持ちよさにめちゃくちゃに締め付ければ、マトムがやや乱暴に腰を抜き差しし始める。柔肉を筋が浮かんだ高ぶりでこすりあげられるたびにピュケは何度も絶頂して、媚びへつらうようにマトムの高ぶりを締め付けた。

「まとむしゃん、ぉきゅっ、おきゅにっ」

 気持ちいいあまりに舌がうまくまわらない。それでもマトムには伝わったのか、腰を掴む手に力が入ると、ぐんっと突き入れられる。待っていた刺激が与えられれば、全身を強烈な痺れが駆け巡って足先をぎゅうっと丸めてしまう。
 マトムがかすかに息を漏らして先端を最奥へとぐりぐり押しつけて何度か震えた後、熱が勢いよく叩きつけられる。

「ぁ、ひっ…! んんっ、ぁ、あぁっ!」

 自然と腰を引きそうになるががっちりと捕まれて叶わなかった。

「……っ、ピュケ」
「はい」

 うっとりしながら返事すれば、腰を掴んでいた片手がおもむろにピュケの中心を掴んだ。

「勃起はしなくても、ダダ漏れだな」

 そういうなり搾るように優しくこすり始める。途端にピュケの中心からはねっとりとした滴がマトムの上着にたれてしまう。

「だ、だめっです、ァ、まとむっ、さんの…、よごれちゃぅっ」
「あとで洗えばいい。ほら、ピュケ。こっちでもイく姿をみせてくれ」

 にちゅにちゅと中心を優しくしごかれれば、幸福感がドバドバと溢れてくる。頼まれるがままにマトムの上着の上にぴゅっぴゅっと潮を吐き出せば「よくできたな」と耳元に囁かれる。
 褒められたことが嬉しくてふにゃっと笑えば、マトムの大きな手が優しく頭を撫でてくる。

「抜くぞ、ピュケ」
「は、はい……」

 恥ずかしさと寂しさに自然と耳が下がる。ぬぽっと中からマトムがいなくなるとピュケはそっと自分の下腹部を撫でた。じんわりとマトムの熱を吸収していくのがわかるものの物寂しい。
 そんなピュケを顔を真っ赤にしたマトムが凝視していたが、あいにくピュケは気づかなかった。
 近くの湖で体と汚れたマトムの上着を洗った後、二人は再び目的地の村へと歩み出した。



 村につくなり、ピュケはあっという間に村人に取り囲まれた。

「ピュケちゃん、久しぶりねえ!」
「あらあ、またかっこよくなっておばちゃん惚れちゃいそう!」
「そういえば、探してた人見つかったかい?」

 ワイワイと賑やかな村人にピュケは微笑むと「はい」と応えた。そうすれば村人たちは「よかったねえ」と口々に言った。

「今日はどのくらい泊まっていくんだい?」
「そうですね、三日ほど滞在する予定です。明日、診察に回るのでよろしくお願いします」
「あいよ、来るたびに悪いねえ」
「いいえ、この村は僕を助けてくれたんです。そのぐらいなんてことないですよ」

 バシバシと背中を叩く老婆にピュケはふわっと微笑んだ。
 マトムを放っておいたことに気づいて慌てて振り返れば、少し離れた場所で村では気が強いで有名な女となにやら話していたようだ。
 肉体関係を結べたといえど、マトムから恋愛対象としてまだ見てもらえてない。マトムをとられるかもしれない不安と焦りからピュケは早足で近づいた。

「マトムさん」
「ん? どうした?」
「僕はこの村になじみがあるんですけど、村にくるといつも村の外れにある小屋を貸してもらえるんです。今回は三日ほど滞在予定なのでそこで休みましょう」
「わかった」

 ピュケの案内で小屋に行く頃には外はすっかり薄暗い。
 小屋の中は少し手狭なもののベッドやテーブルにイスとキッチンがあった。ピュケは肩にかけていた鞄をあいているイスの上に置いた。

「マトムさん、苦手な食べ物とかありますか?」
「いや、とくにないな」
「そうですか、それじゃあ野菜スープとふかし芋と干し肉のステーキ……あとはリンゴのバター焼きを作りますね」
「材料なんてあるのか?」

 ピュケの鞄の中は基本的に薬草や香草と薬に使うものばかりだ。ピュケは「心配無用です」と応える。マトムには聞き取れない言語で呟くと、空間にいきなり黒い穴が現れた。
 ぎょっとしている間に、ピュケは穴に手を突っ込んで干し肉や野菜をはじめとして必要な材料を取り出した。
 黒い穴が閉じるとあっけにとられているマトムに誇らしげに言った。

「ご覧の通り、僕らエルフは魔法が使えます」
「それはまた便利だな」

 エルフは見た目こそ亜人といっても変わりないが、その本質は自然に限りなく近いため争いを嫌い、戦う手段があっても決して戦おうとしない。
 だからこそ、エルフ狩りが頻繁に傭兵団に来るのだ。そして、ピュケは二十年前そのエルフ狩りの被害に遭った。
 だが、おかげでマトムと出会えたのだ。そう考えれば、ピュケにとっては不幸中の幸いだろう。

「ご飯を食べ終えたら近くに水浴び用の湖があるので、そちらに行きませんか」
「そうだな、せっかくだし浴びさせてもらうか」

 二人で水浴びできる約束を取り付けられたことに内心嬉しさでジャンプしながら、ピュケはウキウキ気分でさっそく料理を作ることに取りかかった。
 久しぶりの料理で多少肉の焼き加減を間違えかけたもののそれ以外は我ながら満足の出来だ。皿にもってテーブルに並べるとマトムがごくりと唾を飲み込んだ。

「さ、食べてください」
「それじゃあ、さっそく。いただきます」

 マトムはそういうとピュケの手料理を口に運んでいく。咀嚼するたびに目を輝かせる様子からマトムの顔はうまいうまいと書いてあった。頬杖をついてそんなマトムの顔をうっとりと眺めていればパチッと目が合った。
 子供のように夢中で食べていたことに気づいたのかマトムの顔がカアッと赤くなる。

「年甲斐もなく夢中になってしまってすまない」
「いいえ、お気になさらず。マトムさんの口にあいましたか?」
「ああ、すごくおいしい。毎日食べたいぐらいだ」

 パンとステーキに野菜のスープを平らげて、デザートの焼きリンゴをナイフで一口大に切るとパクリと食べる。
 思っていたよりも好評な出来と毎日食べたいという発言にピュケはぱあっと顔を輝かした。

「で、でしたら、その……」
「そういえば、昼間ご婦人から聞いたけど、ピュケは命の恩人を探してるんだってな。どんな奴なんだ。俺もそれなりに傭兵をしているから知ってるかもしれないぞ?」

 ピュケが言い切る前にマトムが昼間話していたことを思い出したのか尋ねてくる。
 ピュケは目をしばたかせるとニコッと微笑んだ。

「その件のことなら解決したので大丈夫ですよ」
「そうだったか。でも、ピュケの命の恩人か。どんな奴か気になるな」

 少し寂しそうに笑うマトムにピュケはわずかに目を伏せた。
 目の前にいるあなたですよ、といえたらどんなに楽だろう。助けられた時から薄々察してはいたがマトムは傭兵にしては人がよすぎる。今思いを伝えたらピュケへの恩もあってきっと応えてくれるだろう。
 だがそれは本当の恋人といえるのか。契約で縛っておいて何を今さらと毒づいてくる良心はあえて無視することにした。

「俺が皿を洗うからピュケは先に湖で体を洗って来るといいよ。俺もすぐに行く」

 食事を終えると、マトムがそう提案してくれた。
 マトムを待っていると告げるべきか悩んだが、たまに引いてみるのもいいだろう。

「それじゃあ、お言葉に甘えて。マトムさんも早く来てくださいね?」
「あ、ああ。もちろん、だっ!」

 肩越しに流し目で伝えれば赤くなったマトムの声が裏返る。
 自分の顔が色っぽく見える角度を練習しておいてよかったと思いながら、ピュケは着替えを手に軽快な足取りで湖へと向かった。




「うーん、気持ちいいなあ」

 夜ということもあって森の中は暗かったが、やんわりと輝く光草が生い茂ってるおかげか迷うことはなかった。
 水面に映る月ごとすくってそのまま持ち帰ってマトムに見せたいと思ったがそれはさすがにできないためしっかりと脳に刻む。
 湖の淵に座ってちゃぷちゃぷと足を揺らしてマトムを待ってるとガサッと音がした。

「マトムさん、こっちですよ」

 パッと顔を上げれば「そっちか!」とマトムの焦った声とともに茂みをかき分けて近づいてくる。茂みから出てきたマトムはピュケを見るなりピタッと止まった。凝視してくるマトムにピュケは首をかしげた。

「どうしました?」
「ぜ……、絶景だなあって思って、な」
「! ほんとうにいい景色ですよね!」

 同じ景色を共感できた嬉しさに目尻を下げて微笑めば、マトムは視線をしどろもどろさせ「そうだな!」とカラ笑いしすると背を向けて服を脱いでいく。
 あらわになっていくマトムの傷だらけのたくましい体をうっとりと眺めていれば腰に布を巻いたマトムが振り返った。目が合うなりマトムが眉を下げて困ったように笑った。

「俺みたいな傷だらけのおっさんの体を見ても面白くないと思うぞ」
「そんなことありません! マトムさんの体には歴史を感じます!!」

 湖に入ってきたマトムの傍によるために湖へもう一度入るとスイスイと近づいて見上げた。

「マトムさんの体にある傷たちはマトムさんが生き抜いた大事な証だと僕は思います」

 腕や肩、胸元に残るザラつく古傷をそっと指で辿る。
 古傷一つ一つにマトムの過去が宿っているのだ。それを読み取る魔法をピュケは知っている。けれど、魔法で知るよりもいつかマトムの口から語ってほしいのだ。

「ピュケ」
「どうしました?」

 マトムの声に顔を上げれば、耳の先からうなじまで真っ赤なマトムがかすかに身じろいだ。

「ずっと撫でられるとさすがにくすぐったくてな」
「ご、ごめんなさい! 癖になるさわり心地だったので……」

 指摘されたことで急に恥ずかしくなる。背を向けて火照った顔に水を両手ですくうと勢いよくかける。少しは顔のほてりが冷めたが、それでも頭は茹だったように熱い。ため息をつきそうになるのをぐっとこらえ、ちらっとマトムを肩越しに見た。
 マトムはすでに気にしてないのか濡れた前髪をかき上げて一息ついていたところだった。ふだんとはまた違う姿に今度は全身が熱くなっていくのを感じる。
 マトムに近づくとたくましい背中にそっとくっつく。

「……あのマトムさん、せっかくですし」

 我慢できず盛り上がっている筋肉を指先で撫でながら誘ってみる。マトムの背中がかすかに波打ってぎこちなく振り返った。

「ピュケはセックスが好きなのか?」
「僕が好きなのはマトムさんとのえっちです」

 背伸びをしてちゅっと無精ひげが生えた顎にキスをする。
 ピュケの誘いにマトムの高ぶりも半分ほど熱を持っていた。そのことがとても嬉しい。
 しかしマトムは気になることがあるのか瞳には戸惑いが揺らいでいた。

「ピュケ、その。セックスする前に聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」

 繊細な指先に顎を撫でられるたびに心地よい。流されそうになる意識をなんとか引き留めて尋ねた。

「話を掘り返すようで悪いんだが、君は命を救ってくれた相手に恋をしていると聞いたんだ。それなのに、契約上といえど俺なんかと付き合っていいのか?」
「恋をしてるなんて僕は一言も言ってないです。ただ、お礼をしたいんです。でも、その願いも叶いましたので、マトムさんが気にする必要はありません」

 胸元に顔をすり寄せて上目遣いで見つめる。
 嘘はついていない。マトムには恋しているがそれを誰かに言ったことはない。それにしてもマトムが気にするのは意外だった。少しは好意を抱いてくれているのだろうかと期待してしまう。
 なにか考えているのか黙り込んだマトムの顔をのぞき込んで「マトムさん?」と声をかける。ハッとしたマトムが弱々しく笑った。

「いや、ピュケがそういうならこれ以上は聞かないことにするよ」
「念のために言っておきますが、僕は好きな人とじゃなきゃえっちはしたくないです」

 勘違いしていそうなマトムにさりげなく告白するとともに釘も刺しておく。
 マトムはパチパチと目をしばたかせてピュケの言葉を理解するや否やカアッと赤くなっていく。視線をしどろもどろさせた後、そっとピュケの肩を掴んできた。

「とりあえず、あれだ。今日はもう小屋に戻ろう」
「……わかりました」

 耳が自然と下がりうなだれる。そっとマトムから離れて湖からでる。
 ピュケが着替え終わる頃にはマトムはすでに着替え終わっていた。
 一休みした後、小屋に戻る途中かすかに草陰が揺らいだ。しかし落ち込んでいたピュケはそのことに気づかなかった。

「ピュケ!」

 マトムの鋭い声音とともに力強く抱き寄せられる。風がうなる音と鋭く硬い音が数度ぶつかりあって響いた。魔物は狩りが失敗したと考えたのか次の攻撃をしてくることもなく森の中へと去って行く。

「ふう、むこうが引き下がってくれてよかった。ピュケ、怪我はないか?」

 マトムが安心させるように声をかけてきたが、その声はピュケには届かなかった。
 ピュケの視線の先は弾いた時に魔物の爪が腕に引っかかったのだろう。腕にできた傷を通じてポタポタと指先から血が流れ落ちていく。その光景から目が離せなかった。
 ピュケが真っ青なことに気づくと慌てた様子で肩を掴んできた。

「ピュケ、大丈夫か! どこか傷でも負ったか!」
「僕は平気です。でも、マトムさんが」
「え、ああ……。このぐらい日常茶飯事だから気にすることないぞ。でも、驚かせてしまったな。すまない」

 マトムは腰に下げていた鞄から包帯を取り出すと慣れた手つきで傷口に巻こうとした。ハッとしたピュケはマトムの手を掴んだ。

「きちんと手当てしないとだめですよ! ばい菌が入ったら大変ですっ!」
「でも」
「でももなにもありません! 今、治癒しますからマトムさんはじっとしててください!!」

 泣き叫ぶように怒鳴るとマトムの傷口に震える手を添えた。
 柔らかな光がマトムの傷口を包み時間がまき戻るように傷が癒えても視界がぼやけ「もう大丈夫ですよ」の一言も絞り出せない。

「血が苦手なのか」

 マトムが申し訳なさそうに聞いてくる。その問いにピュケは小さく首を振った。

「血を見るのはなれています。ただ、僕のせいで大好きなマトムさんが死んでしまうと思ったら怖かったんです」
「ピュケは優しいんだな」
「僕は優しくなんかありません。僕はマトムさんの優しさにつけ込んでるわがままで最低なエルフです」

 グスグスと泣きながら隠し通そうとした思いが口から勝手に転がってくる。

「僕は二十年前エルフ狩りにあいました。その時、マトムさんに助けられてからあなたが好きで、お礼も言いたくてずっと探していたんです。それで、あなたがお金に困ってるのを知った上で僕は契約でもいいからあなたの恋人になりたかったんです」
「……そうか、キミはあのとき助けたエルフの子だったのか」

 当時を思い出したのか、マトムの手がそっと自身の眼帯に触れ呟く。
 あきれられたかもしれない。嫌われたかもしれない。けど、マトムが優しさにつけ込んだ自分が悪いのだ。
 涙を拭うとピュケは下がりそうになる口角をむりやりあげて微笑んだ。

「マトムさん、あらためてお礼を言わせてください。二十年前、僕に手を差し伸べてくださりありがとうございます」

 マトムが息を飲みピュケを凝視する。そしてゆっくりと瞬きをしたマトムは震えるピュケをおもむろに抱きしめてきた。

「俺の方こそ手を取ってくれてありがとう。ピュケが手を取ってくれたから俺は自分の正しさを信じることができたんだ」
「マトムさん……」

 すべて話してしまった。けれど、嘘をついていたときに比べれば気持ちはずっと楽だった。でも、恋人らしいことはできないだろう。
 マトムの背にしがみつきたくなるのをぐっとこらえ、手を握りしめる。やがてマトムの腕が離れ、体温が遠ざかっていく。
 これからの契約をどうしようかと内心途方にくれているとためらいがちにマトムがピュケの手を包むようにそっと握ってきた。

「それで、その。君の好意につけ込むのは承知の上なんだが、ピュケがいいなら今後は契約上じゃない本当の恋人になってくれないか」
「……え?」
「あ、いや、悪い。調子乗りすぎたな。今のは聞かなかったことに」
「しません! ぜひっ、マトムさんの恋人にしてください!」

 マトムからの告白に白い頬を紅潮させながらずずいっと身をよせる。ピュケの勢いに圧倒されたマトムがあっけにとられるが、ふっと優しく微笑んだ。

「ああ、もちろんだ。俺を探してくれてありがとう。愛してる、ピュケ」
「僕もです、マトムさん」

 体に腕が回され、ぎゅっと手を優しくけれど力強く握りしめてくる。
 本当の恋人へなれた嬉しさにピュケは頬を緩めて微笑むとマトムが身をかがめて触れるだけのキスをしてきた。その口づけに応えるようにピュケもそっと返したのだった。
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