天災魔人は普通を望む

天霧 ロウ

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 ザクベルは生まれながらにして、順応という特殊な異能の持ち主だ。
 本来、異能は自らの意志で発動をするものだが、ザクベルの異能はザクベルの意志を無視して、常時発動し続けるタイプだった。
 皮肉にもザクベルは順応という異能のおかげで大きな病にかかっても、重症にならなかった。目つきが悪いせいで、勘違いされることは多々あったものの質素ながらザクベルは平凡な暮らしを満喫していた。けれど、異能が管理局に目をつけられた時、ザクベルの望んだ平穏な生活は崩れていった。


 魔物の遺伝子を取り込みすぎてありふれた茶髪のショートヘアと黒目は銀髪と金粉が散ったような銀の三白眼をした三つ目へ、黒い腹かけからのぞく筋肉が盛り上がった四つ腕の青い肌は様々な人間がいるギルドの中でも目立ち、入れ墨のような刻印やピアスの数からザクベルが危険な魔人であると一目で示している。
 クオルたちに捕獲され、ギルドに連れていかれた後、管理局がだす条件を飲めば監視下のもと自由にしていいという許可をもらえた。その条件とは足首、手首、二の腕、首、背中に魔力を封じる刻印を刻み、さらに同様の効果を持つ刻印が刻まれた封印具のピアスを三つずつ両耳に着けることだ。普通の魔人であれば、一つの刻印ですら想像を絶する息苦しさを感じるが、多くの絶滅種と希少種の魔物の遺伝子を持つザクベルにとって効果がないに等しい。
 当然、魔人のザクベルは普通の仕事には就けない。いくらザクベルが見かけによらず、温厚かつ臆病で真面目な好青年であってもだ。そのため、ザクベルは要求が厳しい割には報酬が雀の涙と、誰もやりたがらない仕事をコツコツとやっていた。
 人にぶつからないようにできる限り腕を折りたたみ、受付へ向かった。

「アルシェさん、この間頼まれた仕事終えてきました」
「お疲れさま。ザクベルが来てから、こっちもかなり楽になったわ」

 ギルドの受付嬢であるアルシェはザクベルに怯えず、ほかの賞金稼ぎと同じように対応した。その対応がザクベルには嬉しかったりする。アルシェは頬杖をつくとザクベルを上目づかいで見た。

「ねえ、ザクベル。あなたも賞金稼ぎをしない? あなたならきっとすぐにクオル並みの高度な仕事をこなせると思うんだけど」
「何度も言いますが、俺は血生臭い仕事が苦手なんです」
「つれないわねえ。ここにいる賞金稼ぎたちが喉から手が出るほど欲しくてたまらない力をあなたは持っているのに」

 はあと大きくため息をつくアルシェにザクベルは凜々しい眉を寄せた。

「俺はこんな力なんて欲しくなかったです。この力を手に入れたせいで、俺の人生は滅茶苦茶だ」

 心からの叫びでもあった。
 アルシェは「宝の持ち腐れね」とはっきりと言い、ふと思い出したかのように一つの封筒を差し出してきた。

「じゃあ、次はこの仕事をお願いしようかしら? きっと、あなたに向いてるわ」
「それは性格的にですか。能力的にですか」
「あなたの気持ち次第よ。質問があったら明日また来てね」

 ザクベルの言葉にアルシェはウィンクをして意地悪な返答をした。
 差し出された封筒を受け取り、報酬とは別におまけでもらったじゃがいもや人参が入った麻袋を抱え直す。ギルドを後にしようとしたが、珍しくギルドの片隅が賑わっているのに気付いて、思わず足を止めて視線を向けた。
 そこにはギルドに不釣り合いな上品なスーツを纏った男女が四人いたのだ。十年ほど監禁され、世間に疎いザクベルでも身だしなみの良さと親指にはめている指輪の紋様から彼らが管理局の代理で各区域を直轄する一族――通称貴族だとわかった。
 とりわけ輪の中心にいる青年は目を引いた。背中の中程まで流された柔らかそうな黄緑色の髪は毛先だけゆるくウェーブがかかっていて、すらりとした長い手足をしている。
 まじまじと見ていたせいか青年がザクベルの方を向いた。新芽を彷彿させる澄んだ萌黄色の瞳はなんだかいけないものを見たような気持ちになり、慌てて目を離すと逃げるように去った。



 管理局が指定した仮住まいのアパートへ帰ってきた。
 靴を脱いで自室に入ると麻袋の中からじゃがいもと人参を取り出し、さっそく夕食の準備を始める。
 魔人となった影響で四つ腕になった時は絶望的だったが、こうして料理をする時や複数の作業をこなす時は非常に便利だ。そのため、最近は四つ腕であるのも悪くないと思えた。おかげで夕食のカレーが早く出来上がった。まずまずな出来のカレーを食べ終えたザクベルはシャワーを浴びてすっきりするとアルシェから渡された書類をテーブルに広げる。

「ええっと、内容は北を管理しているノーストリアの農場の用心棒兼手伝い……か」

 ノーストリアの農場と言えば、穀物や野菜を始め、豚や牛といった家畜も育てている。ほかにも果樹園などがあり、全域の食料を七割支えている巨大な農場だ。
 普通ならば収穫時期に求人をだすなりして収穫をするだろうが、どうやら昨年不作だったらしく出せる金額も少ないため依頼を受けるものがいないようだ。

「実物を見ないと俺もわからないなあ……」

 そうはいいつつも歩く災厄の異名にふさわしいザクベルにとって、力加減さえできれば大した内容ではない。だが、強大な力を使う方法はおろか持っている自覚がないため、自分に仕事がこなせるか不安だった。
 
「とりあえず、明日農場を見学させてもらえるかアルシェさんに頼んでみようかな」

 仕事の選り好みが出来ないザクベルにとって、この仕事も大事な仕事だ。それに自然と触れ合うのが好きなザクベルはすでに依頼へ興味があった。
 翌日、ギルドに再度来たザクベルはアルシェを待っている間、壁際でコーヒーを飲んでいた。目立たぬよう縮こまっていても、長身で無駄のない引き締まった逞しい体格は厳つい顔立ちと異形さも相まって非常に目立っていた。
 ギルド中の視線を感じてザクベルは居心地悪さを気にしないようコーヒーの味に集中した。

「おや、君は昨日の……」

 声の方へ額の瞳を下げれば、昨日話の中心にいた青年だ。
 近づいてきた青年はザクベルの胸あたりの身長だが、これは単にザクベルが二メートルを超える長身であるがゆえに小さく見えるだけで、世間では高身長の部類だろう。
 昨日とは違うパリッとしたスーツに包まれている体はすっきりしつつも華奢には感じず、上品な色香を纏っている。毛先だけゆるくウェーブがかかっている黄緑色の髪に縁取られた顔は勝手に脳へ焼き付くほど整っていた。
 絵画のごとく綺麗な青年に不覚にもドキドキしたせいか、舌がうまく回らない。

「あ、あの。初めまして。ザクベルと言います」
「ああ、昨日アルシェが紹介したいと言っていた子は君か。確かに、これなら期待できそうだ」

 青年に「場所を変えよう」と言われ、困惑しながらもギルドを出れば、近くの上品な雰囲気が漂う喫茶店へ入った。店に馴染む青年とは違い、魔人のザクベルは非常に浮いた。誰もがザクベルを物珍しそうにちらちらと見て居心地が悪かったが、青年の手前文句を言えなかった。
 青年が慣れた様子でザクベルへ尋ねた。

「私の奢りだ。好きなのを頼むといい」
「それじゃあ、ヨーグルトパフェを一つお願いします」
「ヨーグルトパフェだね。ああ、それとコーヒーを一つ頼むよ」

 ザクベルの言葉に頷いた青年は店員に注文した。店員が注文を確認し終えるなり足早に去っていた。
 青年がザクベルの方へ見直し、ゆるりと萌黄色の瞳を細めた。

「そういえば、まだ名乗っていなかったね。私はセルカ・ノーストリア。北の貴族ノーストリアの一員で、農場と家畜全般を担当している。依頼の内容は目を通してくれたかな?」
「はい、とても広大な農場をお持ちなんですね。毎年この時期は依頼をしているんですか?」
「ああ、今年もその予定だったんだけど、去年は不作と夜盗にやられてね。例年より報酬が少ないわりに仕事量が変わらないから誰も受けてくれなくて困ってたところなんだ」

 そういって形のよい眉を下げて微笑んだ。そこへ先ほどの店員がコーヒーとヨーグルトパフェを持ってきた。
 目の前に置かれたヨーグルトパフェは天辺にバニラアイスとクッキーがあり、周りをキウイやミックスベリーのほかオレンジが彩っていた。下にはヨーグルトと苺ソースの層だ。食べるのがもったいないなと思いつつも「いただきます」と言った。
 いそいそとスプーンを手に取って一口食べれば、程よい甘さが口の中に広がって思わず笑顔になる。

「おいしい?」
「はい、すごくおいしいです。あ、すみません。話の途中だったのに……」
「いいよ。食べながらゆっくり話そう」

 セルカもコーヒーを一口飲み続けた。

「そんな折にアルシェが君を紹介してくれてね。今日ギルドに来たのはこうして君と直に話をしたいと思ったからなんだ」
「そうなんですか。あの、セルカ様は俺が怖くないんですか?」

 純粋な疑問だった。
 魔人を詳しく知らないものですら、青い肌、四つの腕、三つ目という人ならざる姿でも恐ろしいのに、縫合だらけの顔と怒っているような険しい目つきの三白眼をした厳つい顔ときた。異形さと殺人をものともしない容姿をするザクベルを怖がり、好んで近づくものはいなかった。
 だが、セルカはザクベルと初めて目が合った時も、こうして話している間も微笑むが、不快そうに顔を歪ませない。セルカはザクベルの質問におかしそうに笑った。

「怖くないよ。君の容姿は君という個性でしかないし、中身は礼儀正しい普通の青年じゃないか」
「そんな事……この姿になって初めて言われました」

 セルカの何気ない発言はザクベルにとって、嬉しい言葉だった。同時にほだされたのだろう。我ながら単純だと思いつつも、セルカの力になりたいと思った。
 カラになったヨーグルトパフェが入っていた容器に「ごちそうさまでした」とザクベルは言うと、セルカを見た。

「よければ依頼を受けたいと思ってるんですが、いいでしょうか?」
「ああ、もちろんだよ。ありがとうザクベル。本当に助かるよ。三ヶ月よろしく頼むよ」

 目尻を下げて微笑むセルカは一枚絵のようだ。ザクベルはなんだか照れくさくなった。喫茶店を出た後、セルカは言い忘れるところだったと言うとザクベルの方へ振り返った。

「環境には少しでも早くなれた方がいいと思うんだ。急で悪いけど、明日から来てほしい。どうかな?」
「俺も農場を見学したいと思っていた所ですから大丈夫です」
「本当に急で悪いね。明日、昼頃に迎え行くよ」

 セルカは外で待機していた護衛と共に黒いリムジンに乗ると静かに去って行った。
 帰るなりしばらく仕事で家を空ける事を管理局に連絡した。管理局からはあまりよろしくない反応だった。だが、ノーストリア家のものからならしょうがないと三ヶ月の宿泊の許可をくれた。
 通信機を切った後、ザクベルは一昨日仕事の報酬のおまけとしてもらった野菜が入っている麻袋に時を止める魔法をかけた。

「これで、当分大丈夫かな」

 火の元になりそうなところなどをしっかりチェックし終えた後、明日セルカに会えると複数ある心臓と核がバクバクと跳ね上がるのを感じながらそっと目をつぶった。
 翌日、もう一度一通り確認し終えると、大きめのボストンバッグを肩に担いで外に出た。ちょうど黒いリムジンからセルカが出てきたところだった。ザクベルと目が合うと萌黄色の瞳をゆるっと細めた。

「迎えに来たよ」
「ありがとうございます。えっと、失礼します」

 セルカの護衛の一人がドアを開けてくれたため、ザクベルは礼を言ってリムジンへ乗り込んだ。
 広い後部席へ座ったセルカから隣に座るよう促された。ザクベルはおずおずとセルカの隣に座るとセルカはザクベルに何か飲むかと尋ねてきた。

「あ、大丈夫です。それにしてもリムジンって広いんですね」
「このリムジンは特別に作らせたからね。簡易ではあるけど、横になれるんだよ」
「へえ、すごいですね」

 外観は長い印象があるリムジンよりすこし小柄ではあるものの、二メートルを超えるザクベルが入っても窮屈さを感じない。
 座っているシートもまるで高級ベッドに包まれているようで、ザクベルはあまりの心地よさに気を抜くとうっかり眠ってしまいそうだった。

「眠いなら寝てもいいんだよ」
「で、でも。さすがにそれは……」
「いいから」

 そういってセルカがタオルケットを取り出すとザクベルにふわりとかけてくれた。あまりの至れり尽くせりの対応にザクベルは戸惑ったが、セルカがそういうならと少しだけ眠った。
 目が覚めたのはかすかな殺意だった。魔人になってから全身の感覚が非常に敏感になっているザクベルにとって、目を覚ますには十分な音だ。
 慌てて起きると体の上に重みを感じてみれば、セルカがいた。ザクベルの逞しい胸板に顔を押しつけてぴったりと密着している状態にザクベルは顔を藤色にした。

「あ、あの。セルカ様」
「ん? ああ、目が覚めてしまったか。すまない。ちょっと面倒ごとが起きてね」
「何があったんですか?」
「強盗になり果てた傭兵たちから襲われてるんだ。まったくタイミングが悪い」

 セルカが不愉快だと言いたげに綺麗な顔を歪めた。そんな顔も綺麗だなと思いながら、ザクベルは閉じていた額の目を開いて辺りを見渡した。
 セルカの言う通り、リムジンを囲むようにいかにも戦闘に慣れた集団が動いているのが分かった。今は何とか応戦しているが、相手の方が場数を踏んでいるためリムジンの中に侵入されるのも時間の問題だろう。

「セルカ様、ちょっとどいてくれますか?」
「外に出るつもりかい?」
「はい、大丈夫です。気を失ってもらうだけですから」

 セルカをそっと脇へどかすとザクベルはリムジンから出た。途端に周りがざわめくのを空気を通じてザクベルに伝わった。本来なら聞こえないはずの声もザクベルの脳にははっきり届いた。
 ザクベルは小さく息をつくと足元に魔法陣を展開させる準備を始める。

「出来るだけ詳細に考えるだっけ……」

 管理局に捕獲された後ザクベルを捕獲したクオルの知り合いであるナツヒコから教わった魔法の使い方を思い出していた。
 ナツヒコ曰く、魔法は自身の魔力と周囲の魔力を結びつければ、意図的に大規模の災害を引き起こす『生物が起こす命の奇跡』だ。自身の魔力と周囲の魔力の結びが目に見える形で出るのが魔法陣なのだ。
 魔力は連鎖的になりやすい性質を持つがゆえに、一点集中よりも大規模の方が発動しやすい。だが、大規模に広がるという事は魔力の消費がそれ相応に大きく、生半可な魔物は絶命しかねない。ゆえにその欠点を持たない竜が魔物の頂点として君臨する。そして、竜の遺伝子すら取り込んでいるザクベルの魔力はいうまでもない。
 目の前の森を見つめ、盗賊たちの位置をしっかり確認し、魔力が勝手に結びついて大規模にならないよう細心の注意を払う。小さな魔法陣を盗賊たちの数だけ作りあげた。
 盗賊たちを視界へ捉えると盗賊たちの周りの空気のみ凝縮し始め、呼吸困難になった盗賊たちが泡を吹きながら次々倒れていった。交戦していた護衛たちが驚いた顔でザクベルを見るが、そんな視線を向けられるのに慣れつつあったため気にしなかった。
 全員の意識がなくなったのを確認するとザクベルはついでとばかり、彼らがザクベルたちを襲った記憶を跡形もなく消して、ようやく魔法陣を解いた。
 セルカが乗っているリムジンに戻ると、目を伏せながら謝った。

「すみません。乱暴なやり方になってしまって」
「何をしたんだ?」
「彼らの周りだけ空気を凝縮して、ちょっと呼吸困難になってもらったついでに今日の出来事を忘れてもらいました」

 さらりとザクベルは話すが、普通なら恐ろしい行為だ。だが、セルカは恐れるどころかほっとしたように微笑んだ。

「それじゃあ、彼らが目を覚ますうちに早くこの場を去ろうか」
「はい」

 セルカが片手を少しあげれば、護衛たちもリムジンに乗り込み再びノーストリア領へ向けて走り出した。
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