欠陥研究者は愛を解明したい

天霧 ロウ

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理不尽と弟たちと旅行 前編

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 表面上どうにかごまかしてひと月。外はすっかり吐く息が白くなっていた。
 体の不調が二度と起きないよう三日に一度、ホルツにチェックしてもらっているおかげで、あれ以来魔力の暴走は起きていない。気を抜くと失恋の苦しさで心がシクシクと泣き出すが、それ以外は今まで通りだ。
 リビングのソファに並んで座って今日の定期チェックが終わると、ホルツは鷹揚に頷いた。

「うん、魔力の流れは安定しているね」
「あの……、三日に一度はやっぱり大げさじゃないですか?」
「そんなことない。この間のことがまた起きたら、今度こそ命を落とす可能性だってある。サニーとレインがどれほどきみを心配してたのかもう忘れたのかい」
「……忘れるわけないじゃないですか」

 ぎゅっと手を握りしめ唇を引き結ぶ。
 体調が回復してホルツの部屋から出てきたメルギスクを見た瞬間、二人が大泣きしながら抱きついてきた。涙と鼻水でぐしょぐしょの顔は父が死んだ日以来だ。
 ホルツを気にかけることなく、わあわあと大声で泣きわめく二人の姿に、自分だけが二人の兄であり、保護者なのだとあらためて身にしみた。だからこそ、こうしている間もホルツと一緒にいられて嬉しいという自分の心を何度も殺して、平常心をとりつくろっているのだ。
 道具を片付けたホルツは少しの沈黙の末、聞いてきた。

「メルは北区域へ行ってみたいかい?」
「北区域ですか?」

 唐突な質問に目をしばたく。
 北区域と言えば、最北は氷河でできており、新鮮な魚が採れることで有名だ。また中央区域に近い方面は四季に富み、さまざまな果実や野菜のほか家畜を育てている。
 農場によってはカルーア――すらりとした滑らかな長い首には一見竜を連想されるような輪郭とは裏腹に円らなアーモンド形の目と黒い色をした嘴がついている二足歩行の生き物――へ乗る体験もできると人間だった頃、職場で広げられていたパンフレットに書かれていた。
 それらを読んで、弟たちを連れて行ってやりたいと思ったものだ。

「……そうですね、いつか弟たちを連れて見せてやりたいです」
「私はメルが行きたいか行きたくないかを聞いているんだが」

 かすかに声を低くして聞き返してきた。じっと見てくる顔はいつも通り張り付いた笑みを浮かべているが、目が笑っていない。久しぶりの圧に尻尾が萎縮しそうになる。

「俺、ですか? うーん……」

 両親が亡くなってからわがままはまだ小さな弟たちに譲るべきでだと考えてきた。あらためて聞かれるとわからない。それでも、行きたいか行きたくないの二択なら答えはだせた。

「今すぐとはいいませんが、いつかは行ってみたいです。カルーアに乗る体験とか憧れますよね」

 自分の意見を聞かれたことが嬉しくてはしゃぐ心を今日も殺しながら素直に応えた。そんなメルギスクにたいし、ホルツは「わかった」と微笑んだのだった。



 北区域に行きたいか尋ねられてから三日後。
 夕食を食べていると、ホルツがいつも通りの調子で言ってきた。

「今週末、北区域へみんなで一泊二日の旅行をしよう」
「旅行……!」
「旅行?! やったー!」
「……は?」

 ホルツの言葉にレインが目を輝かせ、サニーが両手を挙げて喜ぶに対し、メルギスクは思いっきり眉を寄せた。

「ちょっと待ってください。そんないきなり言われても準備できませんよ」
「みんなの準備は私の方でしておいたから問題ない。北区域までの道中もすべて手配してある」
「いや、でも」
「兄ちゃん! 北区域って自然いっぱいで、おいしい食べ物がたくさん作ってる区域だよね?!」
「カルーア乗る体験、できる……かな?」

 しぶるメルギスクとは違い、すでにホルツが準備したため行くだけでいいこともあってか二人はすっかりその気だ。
 頬を紅潮させ、キラキラと目を輝かせている二人に見つめられ、メルギスクは小さく呻いた。メルギスクはもちろん二人も旅行をしたことがない。する余裕がなかったのだ。
 うまい具合に逃げ道を塞がれている気がして、ちらっとホルツを見る。目が合うなりホルツはかすかに目を細めて微笑む。意味ありげな笑みにメルギスクはさらに呻いた。
 一人だけ不満そうな様に、サニーが眉を下げ瞳を潤ませて見つめてくる。サニーとは逆に、レインはうなだれながらもなんてことないように続けた。

「兄ちゃんは旅行、行きたくない?」
「お兄ちゃんが嫌なら、ぼく我慢するよ」

 シュンと露骨にがっかりする二人を目にすれば、答えは一つしかない。メルギスクは潔く白旗を揚げることにした。

「そんなことないって。俺も気になってたし」
「ほんと?! ホルツさん、兄ちゃんも楽しみだって!!」

 パッと目を輝かせたサニーが興奮気味でホルツへ告げた。レインも頬を赤くしながらメルギスクを見上げるとふにゃっと笑った。

「お兄ちゃん、楽しみだね」
「……そうだな」

 自分の力ではなくホルツによって連れて行くことになったのは兄として悔しいが、これほど喜ぶあたり本当に楽しみなのだろう。
 しかし、旅行となれば、一人になれる時間が普段よりも減る。依然としてホルツへの恋心を抑えているメルギスクとしてはうまい具合に隠し続ける自信がない。不安と楽しみを胸に、週末はあっという間にやってきた。




「ひろーい!」
「おっきい!!」

 ホルツの案内のもとフェリーへと乗っていた。
 ホルツは相変わらず白いスーツだが、メルギスク、サニー、レインは薄手ながらも断熱性のすぐれたコートとマフラー、それに帽子をかぶっていた。
 甲板にでれば、海鳥の鳴き声と冷たい潮風がメルギスクの全身を通り抜けていく。外れそうになるフードをいつもよりも深くかぶり直し、コートの中の尻尾を縮めた。

「こら、あまり大きな声をだしたらだめだぞ」

 はしゃぐ二人に声を潜めて注意すると、二人は「はーい」と返した。聞き流している様子にメルギスクはため息をつく。隣でそんな二人を眺めているホルツへ振り返った。

「あの、本当に大丈夫なんですか?」
「問題ないよ。あれば、困るのはむこうだからね」

 メルギスクの不安をよそにホルツは穏やかに答える。
 旅行と言えば、着替えの入った荷物があるものだ。しかしホルツ曰く、すでにホテルへと転送したとのことだ。そのためメルギスクたちは身一つの状態だ。

「けど、メルが不安なら確認しようか」

 ホルツは端末を取り出すとどこかへ連絡する。コールが鳴った瞬間、パッと宙に映像が浮かんだ。

『いらっしゃいませ、ようこそノーストリアホテルへ。どのようなご用件でしょうか?』
「部屋の予約ができているか確認したいんだ。ホルツ・ヴェリアートで予約しているんだが……」
『ホルツ・ヴェリアート様ですね。申し訳ありませんが、予約番号または身分証明できるものをご提示お願いできますか?』
「これでいいかい」

 ホルツは懐からロケットペンダントを取り出すと受付嬢に見せた。途端に受付嬢が慌てて様子で頭を下げた。

『誠に失礼な申し出をしてしまい申し訳ありませんでした! ご予約の部屋は当ホテルでしっかりさせていただいていますので――』
「予約がされてるならそれでかまわない。確認してくれてありがとう」

 まだ謝罪を続けそうな受付嬢にホルツは納得したように一つ頷くと映像を消した。
 明らかにロケットペンダントを見せてから受付嬢の態度が一転した。いぶかしげにメルギスクは尋ねた。

「あの、何見せたんですか?」
「ただの身分証明書だよ」

 そういって複雑な印章が刻まれたロケットペンダントを差し出してくる。
 戸惑いながらも手に取れば、表面は複雑な刻印が刻まれており、光の角度でさまざまな色が踊る様はさながら貝の内側のようだ。中を開くとホルツの顔写真と内側に中央管理局統括管理責任者ホルツ・ヴェリアートと書かれている。

「管理局員の証ってずいぶんおしゃれなんですね」
「ちなみに許可してないものが触ると、即死する電流および毒がにじみ出るよう加工しているんだ」
「へえ……、え?」

 サラッととんでもないことを言われた気がする。ぽかんとホルツを見上げていると、ホルツはにこっと微笑んだ。

「メルたちは大丈夫だから安心するといい」
「安心できませんって……。俺が言うのもなんですが、絶対に落とさないでくださいよ」

 ロケットペンダントを返すと「大丈夫だよ」とホルツは唇の端をつり上げた。

「これはある魔物の一部を加工して作った私だけの特別製でね。どんなに落としても絶対私のところに戻ってくる魔法がかかってるんだ」
「その魔物って」

 ホルツは小さく揺れるロケットペンダントを見つめた後、ふっと鼻で笑った。

「ドラゴンの核だよ。加工するのに百回以上死にかけたけど、最後は私に根負けしたようだ」
「なんでそんなことしたんですか?」

 ドラゴンは今や地上にはおらず、はるか空に浮かぶ天空の島にしか存在しない伝説の存在だ。そして、ドラゴンは魔物の頂点に君臨し、ひとたび姿を現せばその力を持って災害が起きると言われている。
 ロケットペンダントを懐にしまったホルツは不思議そうに首をかしげた。

「ほしいと思ったから。それ以外あるかい?」

 子供のような単純な理由だ。それでも、百回以上死にかけてもなおホルツに求められたドラゴンが羨ましいと感じたのだった。

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