欠陥研究者は愛を解明したい

天霧 ロウ

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理不尽と弟たちと旅行 後編

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 フェリーから下りれば、目が冴えるようなオレンジ色の三角屋根と白い壁の町並みが目の前に広がっている。どこか懐かしさを覚える景色はまるでおとぎ話の世界にきたみたいだ。

「本当にパンフレットで見たまんまなんですね」
「ここ旧市街は観光名所で有名だからね。ひとまずホテルに行って少し休んでから農場へ行こう」
「わーい!」

 ホルツの提案にサニーとレインは両手を挙げて喜んだ。
 迎えの車が来て旧市街から少し離れたホテルについて手続きを済ますと、予約した部屋へと案内された。

「それでは、こちらのお部屋となります」

 そういって開かれた扉の先はまず広いリビングが目に入った。柔らかなグレーの床にたいして淡いベージュの壁は照明の影響もあって室内を一段と穏やかな雰囲気にさせている。そして、大きなスーツケースが三つ置かれていた。

「向かって右手の続き部屋がベッドルームとなっています。さらに奥の方に脱衣所とサウナ付き入浴所があります。また左手の方には連なる山々と天候がいい日には巨鳥が飛ぶ様子も見られます」
「へえ……」

 ホテルマンが言うとおり入って左手の方を向けば、遠くに青い山々が連なっているのが確認できる。ひととおり説明したホテルマンは「ご用がありましたら備え付けの端末からご連絡をお願いします」と一礼してでていった。
 ホテルマンがいなくなるや否やサニーはベランダに続く窓へ駆け寄った。

「レイン、こっちこっち! 山がどこまでもあるよ!」
「ほんとだ……!」

 大自然に圧巻している二人を見てホルツの住まいに連れてきた日を思い出す。
 ひとまず室内をもう一度確認する。まずはベッドルームへ行けば、そこにはダブルベッドが二つ並んでいた。
 思わず押し黙っていれば、後ろからやってきたホルツが声をかけてきた。

「メル、なにか問題でもあったかい」
「これ仕様なんですか?」

 四人で並んで寝ても十分なベッドを指差すとホルツが「ああ」と呟いた。

「私の方で頼んでおいたんだ」
「え、なんでですか?」

 ダブルベッドは一つでもじゅうぶんな広さがあるため並べなくても、サニーレインメルギスクの三人とホルツで寝られる。意図がわからず、いぶかしげに尋ねるとホルツがわずかに目を伏せて答えた。

「きみたちはいつも三人で寝てるだろう? 旅行先でも私だけのけ者なのは納得いかないからね」
「のけ者って……」

 まさかの回答であっけにとられる。呆然とホルツを見上げていると、ホルツの手が腰に回るなり抱き寄せられた。

「そうだろう? この間も私の帰りを待っててくれたのに、部屋で待ってくれと言ったら急に怒って自室に戻ったじゃないか」
「ぁ」

 つーっと付け根にむけてホルツの指先がなぞってくる。まさかの不意打ちにびくっと体が震え、慌てて両手で口を塞ぐとホルツを睨んだ。たいしてホルツは目を細め唇の端をつり上げた。

「さらに体調が悪くなってから妙によそよそしいだろう?」
「そ、んなこと、ないですって……っ」

 図星を指摘されて慌てて言いつくろうものの、ホルツはやんわりと尻尾の付け根を優しくこすってきた。

「ふーん? でも、サニーとレインもメルがなんだか無理して笑ってるって私に相談してきたよ?」
「きのせ、ぃ…、ですっ」

 サニーとレインがすぐ傍にいるのに、奥が切なく、秘部がひくついてすっかりその気になっている自分の体に嫌気がさす。

「ホルツさん…いま、ほんとに」

 ぎゅうっとホルツのスーツを握り、胸元に顔をすがりつけて許しをねだれば、ホルツがやんわりと尖った耳の先を噛んで囁いた。

「じゃあ、私も一緒に寝て問題ないね?」
「は、はい……」

 ふーふーと熱のこもった呼吸を無理矢理抑えてなんとか返す。あと少し刺激され続けていたら限界だった。火照る顔をホルツの胸元にもう一度すり寄せてゆっくりと息を吐く。
 だが、まだ尻尾を掴んだままなことに気づいて恐る恐るホルツを見上げた。

「あの、いつまで掴んでるんですか? 早く離してください」
「どうして?」

 こめかみに青筋が浮かぶのを感じながら、素早くサニーとレインを確認する。二人はまだ大自然の光景に夢中なのか、窓にくっついている。
 再びホルツの方へ向き、声をさらに潜めながら思いっきり眉を寄せ目尻をつり上げた。

「何度も言ってるじゃないですかっ、サニーとレインの教育によくないし、今の状況を見られたら困るんですっ。それに」
「メルが恥ずかしいから?」

 頬を緩めて微笑みながら続きを言ってくるホルツの顔を掴んだ。

「わかってるならやめてください。本当に怒りますよ」
「もう怒ってるじゃないか。きみもたいがい私の顔を掴むのが好きだね」

 じとっと半目で睨んだおかけがさすがのホルツも手を離した。
 ホッとしてメルギスクもホルツの顔から手を離した瞬間、拘束するように両腕で抱きしめてきた。そして、文句を言うよりも早く唇を塞がれた。

「んーっ!」

 両腕が使えない代わりバシバシと尻尾でホルツの太ももを叩くものの素知らぬ様だ。唇を引き結んで必死に抵抗するが、ホルツの舌が唇をそっとなぞってくる。それだけでゾクゾクと背筋に甘い痺れが走り、顎に力が抜けてしまった。

「ぁ」

 かすかにできた隙をホルツが見逃すはずない。舌が滑り込んで絡められれば、あっという間に陥落してしまう。

「んっ、ぅ」

 上顎をぞりぞりと撫でられるたびにピクピクと体が跳ね、せっかく冷静を取り戻した体がまた熱をぶり返す。じわっと汗が滲み、漏れ出る吐息まで湿り気を増してくる。
 眉が自然と下がり、恥ずかしくてぎゅっと目を閉じた。そうすれば、余計にホルツの舌や唾液が混じり合う音や感触が鮮明に感じる。だからといって目を開けるのは耐えられない。
 溢れそうになる混じり合った唾液を飲めば、褒めるように尻尾の付け根をやわやわとこすってくる。

「んっ、ぅう、ふっ」

 不満を訴えていた尻尾はいまやすがるようにホルツの太ももに絡みつく始末だ。口内をひとなぞりされてようやく唇が離れた。荒くなりそうな呼吸を抑えてゆっくりと息を吐くと、そっと目を開く。
 視界に入ってきたホルツの顔色はかわらずあいかわらず張り付いた笑顔だ。自分だけが翻弄されている事実に悔しさと空しさがジクジクと心を刺す。溢れそうになる涙を必死に抑えて唇を引き結ぶと、ホルツに告げた。

「そんなに俺が困るの楽しいですか」
「否定はしないよ。ただ、正解ではないね」

 ちゅっと額や目尻にたまる涙を吸ってホルツはゆっくり瞬きをした。

「メル、私はね」
「兄ちゃーん、おなかすいたー!」

 パタパタと駆け寄ってくる足音にハッとすると、渾身の力を振り絞ってよせてきたホルツの額に額をぶつけた。さすがのホルツも強烈な頭突きに腕が緩んだ。
 ホルツと距離をとって、サニーの方へと早足で近づいた。

「確かに腹減ったよな?! レインはどうだっ?」
「えっと、ぼくも、おなか……すいた。かも」

 メルギスクの後ろで額を押さえて膝をつくホルツとメルギスクを交互に見比べながらレインはためらいがちに応えた。
 二人の細い肩をがしっと掴むと「そうだよな!」とわざとらしく声を張り上げた。そして、ようやく額から手を離して半目で見つめてくるホルツへ肩越しに言った。

「ホルツさんもお腹空いてますよね?」
「私は別に」
「空いてますよねっ?!」

 圧を込めて聞き返せば、ホルツはゆっくりと立ち上がって珍しくため息をついた。

「そうだね。もうすぐ昼だし、下の階にカフェが入っていたからそこで昼をとろうか」
「よかったな! サニー! レイン!」
「うん!」
「う、うん……」
 
 あと少し遅かったら本当に危険だった。ダラダラと流れ出る冷や汗を手早く拭って、にこにこと微笑むサニーと心配そうに見上げてくるレインの頭を優しく叩いた。

「ホテルのカフェってどんな感じなんだろうな。楽しみだなー」

 ちらっと肩越しにホルツを確認すれば、いつもは張り付いている笑顔がなく真顔だ。気のせいか少しだけ目が据わっているように見える。
 不機嫌なのを隠さないホルツにメルギスクは頭が痛くなるのを感じながら、サニーとレインを見下ろした。

「二人ともエレベーター前で待っててくれるか? 俺たちもすぐ行くから」
「なんで? 兄ちゃんたちも一緒に行こうよー」

 サニーはむうっと頬を膨らませて見上げてくる。すると、レインがサニーの手を握った。

「サニー、さっきエレベーターの傍にある窓からおもしろいものが見えたよ。早く行かないと見られなくなっちゃうかも」
「え、ほんと?! じゃあ、行く! 兄ちゃんたちも早くきてね!!」

 元気よく返事して部屋から出たサニーの後をレインが追いかける。
 空気を読んでサニーを連れ出してくれたレインにあとで礼を伝えることを心にとどめ、漏れ出そうなため息をぐっと飲み込んでホルツへと振り返った。

「子供じゃないんですから、二人の前でそんな顔しないでください」
「どんな顔をしようと私の勝手だろう?」

 二人っきりになった途端、不機嫌なのを隠さないホルツにメルギスクは視線を下げた。出会ったときに今のホルツを見たら、さぞ萎縮し過呼吸になっていただろう。けれど、今は不思議と恐怖よりも面倒臭さと可愛げさえ感じるのだ。
 ゆっくりと瞬きをして顔を上げると、腕を組んでそっぽを向いたホルツに大股で近づく。腕を伸ばし、ホルツの頬を両手で包んで無理矢理自分の方へ向けた。

「どうすれば機嫌直ってくれますか?」
「……メルからキスしてくれたら少しはよくなるかな」
「少しだけですか」

 苦々しげに呻けば、ふっとホルツは唇の端をあげた。

「冗談だよ。それでしてくれるのかい?」

 ホルツが身をかがめて額に額をこすりつけてくる。間近に感じる吐息で頬が熱くなる。そらしそうになる視線をなんとかとどめて、ホルツの薄い青緑の瞳を見つめ返せば、赤くなっている自分の顔が映った。

「深いのはしませんし、しちゃだめですから。あと尻尾も触るの禁止ですよ」
「うん、わかった」

 するっと腰に手が回り両手で捕まれる。ごくっと唾を飲み込むと震えそうになるのをぐっとこらえてホルツの唇に唇を重ねる。
 こんなことをねだられると本当に好かれていると錯覚しそうになる。けれど、愛を知らないホルツにとって、この行為も家族愛の延長だと思っているのだろう。
 嬉しいはずなのに、チクチクと痛み出す心が煩わしくてしょうがない。それでも、もう一度拒絶されたら、今度こそ立ち直れる自信がないのだ。
 お互いの境界線が消え、まるで一つになったかのような錯覚は心地がいい。そう感じるのはホルツが相手だからだ。ホルツもまた自分だからこそ、そう感じてくれていたらいいが、その答えを聞く勇気はもうない。
 ゆっくりと唇を離して、どちらとともなく目蓋を持ち上げ見つめ合う。すっかり張り付いた笑みを浮かべて調子が戻ったホルツに眉を下げて笑う。

「これで少しはよくなりましたか?」
「そうだね、すごくよくなった」
「それじゃ、早くお昼食べに行きますよ。サニーとレインが心配ですし」

 くるっと背を向けて先にでると続いてホルツも出てくる。そのままエレベーターまで歩いて行こうとすると、メルギスクの手をホルツが握ってきた。

「な、に…、してるんですか」
「手を握ってるだけだよ。私たちは恋人なんだ、なら問題ないだろう?」

 ただ手を握るならともかく、ホルツの指がメルギスクの指へと絡めしっかりと握ってくる。
 こうしてホルツから恋人らしい行動をされるたび勘違いしそうになる。これも愛を解明するための恋人らしい行動であって、それ以外意味はないのだ。

「エレベーターにつくまでですからね」
「かまわないよ」

 手を振り払えない自分の弱さとこれ以上赤くなる顔を見られたくなくてフードを深くかぶった。
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