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恋人は思いを積み重ねるもの
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最近メルギスクに抱く感情がなにかわからない。恋や愛と決めつけるのは簡単だが、ホルツとしてはそんな単純な言葉で片付けられない――もっと尊いもののように思えるのだ。
それこそ、この名前をつけられない思いはクロワッサンに似ている。
最初は愛を解明するためだった。しかし、メルギスクが「おかえり」と言ってくれた日から確かになにかが変わったのだ。そして、今日に至るまで思い出という層をいくつも折りたたんだつもりだ。あとはこれをメルギスクという竈に差し出すだけだが、その行為がとてつもなく難しい。
メルギスクが自分を求めてきたあの日、全身が炎になったと錯覚した。だけど、本心とは限らない。それこそ魔物の遺伝子に振り回された末の言葉だってある。
だからこそ、ホルツは理性を引きちぎろうとする獣のような自分の欲望と魔物の遺伝子に振り回されているだろうメルギスクへ言い聞かせるように告げたのだ。
なのにだ、あれ以来キスだけでは物足りないと感じる。そんなホルツにたいしてメルギスクの態度はすっかり元通りだ。それどころか表面上は前と変わりないが、目に見えない分厚い壁のようなものを作られた気がする。
その原因がわからない。だから、もう一度壁を払ってもらうために、今度はメルギスクの大事なサニーとレインも連れて、メルギスクが気になっていた北区域へデートしようと考えたのだ。
「ほら、サニー、レイン。カルーアに乗れるみたいだぞ」
「ほんとだ……!」
「兄ちゃん、おれ乗りたい!」
カフェで軽いランチをとった後、近くの農場でカルーアに乗る体験ができることを知って、さっそく訪れていた。
体験コーナーは獣特有のにおいがかすかにしたが、たくさんの人がおり、ずいぶん賑わっている。ホルツにはなにがおもしろいのかまったく理解できない。だが、メルギスクやサニーとレインにとって楽しい場であるなら価値があるのだろう。
自分たちの番がきて、ふとカルーアと目が合えば、おとなしかったカルーアが急に甲高い鳴き声をあげながら上体を反らした。
「大丈夫、大丈夫だぞー」
突如暴れるカルーアに手綱を握っていた担当者が落ち着くよう声をかけ、優しく首を撫でる。そうすれば、カルーアも少しずつだが落ち着きを取り戻した。それでも、そわそわと落ち着かない様子に担当者が申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません、ふだんはこんな風にならないんですけど……」
「あ、いえ……。えっと、ホルツさん。サニーとレインを見ててもらえますか? 俺、あっちのベンチに座ってますので」
隣にいたメルギスクが口早に告げると、ホルツの返答を聞かないままあっという間に列から外れた。メルギスクの後を追いかけたかったが、サニーとレインを放っておくわけにもいかない。二人はメルギスクの一番なのだ。
「兄ちゃん……」
「お兄ちゃん……」
メルギスクが去って行った方を心配そうに見つめるサニーとレインに、メルギスクがいつもやっているのを真似して優しく頭を叩いた。
「メルなら大丈夫だよ。ほら、レイン、サニー。カルーアに乗ってみるといい」
「う、うん」
「えっと、おねがいします」
カルーアに乗るよう促せば、二人は担当者を見上げ言った。そうすれば、担当者が「では、どうぞ!」と二人をカルーアの背中に乗せた。途端に二人はパッと顔を輝かせた。
「わあ! ふわふわ!」
「あったかい……」
カルーアに揺らされながら二人は無邪気に微笑む。農場をぐるっと一周して戻ってくると、カルーアから下りた二人が頬を紅潮させながら駆け寄ってくる。
「カルーア、すごいふわふわだった!」
「ふかふかでおうちのソファみたいだった……」
「なら、メルにも教えてあげるといい」
今にも駆け出しそうな二人を抱き上げて人混みから少し離れた位置にあるベンチへと向かう。ホルツたちが近づいてきたのに気づくと、メルギスクがホッとしたように顔を上げた。
二人を下ろせば、二人は脱兎のごとくメルギスクに駆け寄って飛びついた。メルギスクが二人の頭を優しく撫でながら聞いた。
「二人ともカルーアはどうだった?」
「あのね、ふわふわでふかふかだった!」
「ぼく、ぐらぐら揺れてちょっと怖かった……。でも、サニーが言ったみたいにふわふわで暖かかった」
「そっか。よかったな」
「メルはいいのかい」
あえて尋ねれば、メルギスクは目を数度しばたいた後、眉を下げて笑った。
「俺は、いいですよ。もう子供じゃないですし。ホルツさんこそ乗らないんですか?」
「私かい? ふむ……」
ちらっと農場にいるカルーアをもう一度見る。どれも健康的でホルツのような体格のいい男が乗っても問題ないだろう。だが、それは乗れたらの話だ。
メルギスクへ振り返ると腕を組んだ。
「ここのカルーアは私を受け付けないだろうね。さっき驚いたのを見ただろう?」
「え、あれは俺に対してじゃ……」
そこまで言って慌ててメルギスクが唇を引き結ぶ。ばつが悪そうに視線を下げるメルギスクを眺めながら淡々と返した。
「それはありえないかな。メルの体に残る魔物の遺伝子はカルーアと共生関係にあったからね。だからメルが気に病む必要はないよ」
「よくわかんないけど、兄ちゃんもカルーアに乗れるってこと?」
やりとりを聞いていたサニーがキラキラと目を輝かして聞いてくる。「そうだよ」と返せば、サニーがメルギスクの手を握った。
「じゃあ兄ちゃん、おれと一緒にもう一回乗ろ!」
「こら、ひっぱるなって」
問答無用でサニーに引っ張られながらメルギスクとサニーがあっという間に人混みの中へと姿を消していく。残ったレインを見下ろして尋ねた。
「レインはついて行かないのかい?」
「えっと、ホルツさんに聞きたいことがあって……」
「それじゃあ、二人が戻ってくるまでベンチに座って話そうか」
先ほどまでメルギスクが座っていたベンチに腰を下ろし、レインに隣へ座るよう促せば、レインがそろそろと座った。そして、少しの沈黙の末、レインがもじもじしながら口を開いた。
「ホルツさんは、その、お兄ちゃんのこと……すき、ですか?」
「……どうしてそんなことを聞くんだい?」
直球な物言いに思わず声が低くなる。レインは一瞬ビクッと震えるが、自身の膝の上に手を置いてぎゅっと手を握りしめた。
「えっと、ぼくもサニーも、ホルツさんのことすきで……その、これからもホルツさんとお兄ちゃんと四人でいたい、から」
レインからの申し出は完全に虚を突かれた。言葉がでず、黙っていると、レインが一度口を引き結んで意を決したように顔を上げた。
「お兄ちゃん、最近よそよそしいけど、絶対ホルツさんのこと大好きだから。だから、お兄ちゃんのこと…、き、嫌いにならないで」
レインの大きな緑色の瞳からは今にも涙がこぼれ落ちそうだ。だが、必死に耐えているのか目元を真っ赤にしながらまっすぐにホルツを見つめてくる。
ホルツはためらいがちにレインの頭に手を置くと、頭の丸みに沿ってそっと髪を撫でた。
「レイン、実を言うと私はきみたちが口にする愛や好きという感情がどういうものかわからないんだ。けど、四人で暮らす今の生活は楽しいよ」
「ほんとう……?」
「ああ、本当だよ」
それだけははっきりわかる。
朝起きたらメルギスクの「おはようございます」という言葉とともにダイニングテーブルに並ぶ朝食、寝ぼけ眼で起きてくるサニーとレイン。出社するときに三人からの「いってらっしゃい」そして帰ってくれば「おかえりなさい」と言われる。
三人からすると当たり前のことで、深い意味はないのだろう。しかし、ずっと一人ですべてをこなしてきたホルツにとって、それらのかけ声や四人で暮らす今の生活は研究とは違った充足感だ。
しばし見つめ合った後、レインは手の甲で目元を拭うとゆっくり深呼吸をして笑った。
「あのね、ホルツさんがわからなくても、ぼくとサニーはホルツさんの行動にいつも愛を感じてるよ。だから、きっとお兄ちゃんにも届いてると思う」
「……」
メルギスクの警戒心を解くための行動をそう受け取っていたとは思いもよらなかった。またもや言葉に詰まった末、ホルツは眉を下げてあいまいに微笑むことしかできなかった。
そんなやりとりをしている間に、一周し終わったのかサニーとメルギスクがやってきた。
「おまたせてしてすみません。レインもごめんな?」
メルギスクがレインに申し訳なさそうに言うと、レインはぶんぶんと頭を振った。
「ううん、ホルツさんとお話ししてたから平気」
「そうか?」
メルギスクの言葉にレインはこくんと小さく頷く。サニーとレインが話し始めたのを見て、メルギスクが身をかがめると小声で尋ねてくる。
「レインからなんか言われませんでした? その、うまくはいえないんですけど……」
「ふむ……」
――お兄ちゃん、最近よそよそしいけど、でも、絶対ホルツさんのこと大好きだから。だから、お兄ちゃんのこと…、き、嫌いにならないで
ゆっくりと瞬きをすると、二人に見えないようメルギスクの手を掴んだ。途端にメルギスクは大きく目を見開き、声を潜めて慌てた様子で口早に言ってくる。
「急になんですかっ」
「私が思いつかなかった視点からためになる話をしてくれただけだよ」
「……?」
するっとメルギスクの指の間を指先でなぞった後、手を離す。ふと、少し離れた場所にある簡易な店舗が目に入った。サニーとレインも気づいていたのか、そわそわとそちらを見ている。
ベンチから立ち上がるとホルツは二人に声をかけた。
「せっかくだから記念になにか買っていこうか」
「ほんと? やったー! レイン、いこ!」
サニーが頬を紅潮させ喜ぶと、レインの手を引いて走り出す。ホルツたちも二人を追いかけて店に入れば、カルーアをモチーフにしたさまざまなものが所狭しと飾られていた。
サニーとレインは小型のカルーアぬいぐるみの前でキラキラと目を輝かせ、メルギスクはカップを手に取っていた。
「いろんな種類があるんだね」
「はい。それぞれ色があるからサニー、レイン、ホルツさん、俺のって感じでわかりやすいかなって思ったんですけど」
メルギスクが見ていた棚を見れば、確かにマグカップや皿は複数の種類がある。共通しているのはワンポイントにデフォルメされたカルーアのマークがついていることだろう。
言葉を濁すメルギスクにホルツは首をかしげた。
「ほしいなら買うよ」
「でも、ホルツさんは白以外の色って好きじゃないですよね?」
おずおずと聞き返してくるメルギスクにホルツは淡々と返した。
「否定はしないよ。でも、こういうのも悪くないと最近は思う」
白い部屋に色が増えることへの嫌悪感が以前に比べ、ずっと薄れている。
なによりメルギスクの珍しいおねだりだ。なら、買う以外の選択肢はない。ホルツの返答にメルギスクは頬を緩めると息をついた。
「そうですか……。じゃあ、お願いします」
「うん」
マグカップを四つ選んでサニーとレインに声をかければ、二人はぬいぐるみとクッションを抱えて戻ってきた。
会計を済まして外にでる頃には、思ったよりも時間が経っていたのか、日が落ちて影が伸びている。大きな紙袋を抱え直したホルツはメルギスクたちに言った。
「日が落ちて空気も冷たくなってきたからそろそろホテルに戻ろう」
「そうですね。ほら、サニー、レイン。帰るぞ」
メルギスクが二人に手を差し伸べれば、手をつないでいたレインがメルギスクの手を握る。相変わらず仲のいい三人を眺めていれば、ホルツの手をサニーが握ってきた。
思わず視線を下ろすとサニーが満面の笑みを浮かべた。
「ホルツさんも!」
「…………あぁ、そうだね」
サニーの手をぎこちなく握り返した。そうして四人の影が一列に繋がって伸びる光景はホルツの胸をじんわりと温めた。
それこそ、この名前をつけられない思いはクロワッサンに似ている。
最初は愛を解明するためだった。しかし、メルギスクが「おかえり」と言ってくれた日から確かになにかが変わったのだ。そして、今日に至るまで思い出という層をいくつも折りたたんだつもりだ。あとはこれをメルギスクという竈に差し出すだけだが、その行為がとてつもなく難しい。
メルギスクが自分を求めてきたあの日、全身が炎になったと錯覚した。だけど、本心とは限らない。それこそ魔物の遺伝子に振り回された末の言葉だってある。
だからこそ、ホルツは理性を引きちぎろうとする獣のような自分の欲望と魔物の遺伝子に振り回されているだろうメルギスクへ言い聞かせるように告げたのだ。
なのにだ、あれ以来キスだけでは物足りないと感じる。そんなホルツにたいしてメルギスクの態度はすっかり元通りだ。それどころか表面上は前と変わりないが、目に見えない分厚い壁のようなものを作られた気がする。
その原因がわからない。だから、もう一度壁を払ってもらうために、今度はメルギスクの大事なサニーとレインも連れて、メルギスクが気になっていた北区域へデートしようと考えたのだ。
「ほら、サニー、レイン。カルーアに乗れるみたいだぞ」
「ほんとだ……!」
「兄ちゃん、おれ乗りたい!」
カフェで軽いランチをとった後、近くの農場でカルーアに乗る体験ができることを知って、さっそく訪れていた。
体験コーナーは獣特有のにおいがかすかにしたが、たくさんの人がおり、ずいぶん賑わっている。ホルツにはなにがおもしろいのかまったく理解できない。だが、メルギスクやサニーとレインにとって楽しい場であるなら価値があるのだろう。
自分たちの番がきて、ふとカルーアと目が合えば、おとなしかったカルーアが急に甲高い鳴き声をあげながら上体を反らした。
「大丈夫、大丈夫だぞー」
突如暴れるカルーアに手綱を握っていた担当者が落ち着くよう声をかけ、優しく首を撫でる。そうすれば、カルーアも少しずつだが落ち着きを取り戻した。それでも、そわそわと落ち着かない様子に担当者が申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません、ふだんはこんな風にならないんですけど……」
「あ、いえ……。えっと、ホルツさん。サニーとレインを見ててもらえますか? 俺、あっちのベンチに座ってますので」
隣にいたメルギスクが口早に告げると、ホルツの返答を聞かないままあっという間に列から外れた。メルギスクの後を追いかけたかったが、サニーとレインを放っておくわけにもいかない。二人はメルギスクの一番なのだ。
「兄ちゃん……」
「お兄ちゃん……」
メルギスクが去って行った方を心配そうに見つめるサニーとレインに、メルギスクがいつもやっているのを真似して優しく頭を叩いた。
「メルなら大丈夫だよ。ほら、レイン、サニー。カルーアに乗ってみるといい」
「う、うん」
「えっと、おねがいします」
カルーアに乗るよう促せば、二人は担当者を見上げ言った。そうすれば、担当者が「では、どうぞ!」と二人をカルーアの背中に乗せた。途端に二人はパッと顔を輝かせた。
「わあ! ふわふわ!」
「あったかい……」
カルーアに揺らされながら二人は無邪気に微笑む。農場をぐるっと一周して戻ってくると、カルーアから下りた二人が頬を紅潮させながら駆け寄ってくる。
「カルーア、すごいふわふわだった!」
「ふかふかでおうちのソファみたいだった……」
「なら、メルにも教えてあげるといい」
今にも駆け出しそうな二人を抱き上げて人混みから少し離れた位置にあるベンチへと向かう。ホルツたちが近づいてきたのに気づくと、メルギスクがホッとしたように顔を上げた。
二人を下ろせば、二人は脱兎のごとくメルギスクに駆け寄って飛びついた。メルギスクが二人の頭を優しく撫でながら聞いた。
「二人ともカルーアはどうだった?」
「あのね、ふわふわでふかふかだった!」
「ぼく、ぐらぐら揺れてちょっと怖かった……。でも、サニーが言ったみたいにふわふわで暖かかった」
「そっか。よかったな」
「メルはいいのかい」
あえて尋ねれば、メルギスクは目を数度しばたいた後、眉を下げて笑った。
「俺は、いいですよ。もう子供じゃないですし。ホルツさんこそ乗らないんですか?」
「私かい? ふむ……」
ちらっと農場にいるカルーアをもう一度見る。どれも健康的でホルツのような体格のいい男が乗っても問題ないだろう。だが、それは乗れたらの話だ。
メルギスクへ振り返ると腕を組んだ。
「ここのカルーアは私を受け付けないだろうね。さっき驚いたのを見ただろう?」
「え、あれは俺に対してじゃ……」
そこまで言って慌ててメルギスクが唇を引き結ぶ。ばつが悪そうに視線を下げるメルギスクを眺めながら淡々と返した。
「それはありえないかな。メルの体に残る魔物の遺伝子はカルーアと共生関係にあったからね。だからメルが気に病む必要はないよ」
「よくわかんないけど、兄ちゃんもカルーアに乗れるってこと?」
やりとりを聞いていたサニーがキラキラと目を輝かして聞いてくる。「そうだよ」と返せば、サニーがメルギスクの手を握った。
「じゃあ兄ちゃん、おれと一緒にもう一回乗ろ!」
「こら、ひっぱるなって」
問答無用でサニーに引っ張られながらメルギスクとサニーがあっという間に人混みの中へと姿を消していく。残ったレインを見下ろして尋ねた。
「レインはついて行かないのかい?」
「えっと、ホルツさんに聞きたいことがあって……」
「それじゃあ、二人が戻ってくるまでベンチに座って話そうか」
先ほどまでメルギスクが座っていたベンチに腰を下ろし、レインに隣へ座るよう促せば、レインがそろそろと座った。そして、少しの沈黙の末、レインがもじもじしながら口を開いた。
「ホルツさんは、その、お兄ちゃんのこと……すき、ですか?」
「……どうしてそんなことを聞くんだい?」
直球な物言いに思わず声が低くなる。レインは一瞬ビクッと震えるが、自身の膝の上に手を置いてぎゅっと手を握りしめた。
「えっと、ぼくもサニーも、ホルツさんのことすきで……その、これからもホルツさんとお兄ちゃんと四人でいたい、から」
レインからの申し出は完全に虚を突かれた。言葉がでず、黙っていると、レインが一度口を引き結んで意を決したように顔を上げた。
「お兄ちゃん、最近よそよそしいけど、絶対ホルツさんのこと大好きだから。だから、お兄ちゃんのこと…、き、嫌いにならないで」
レインの大きな緑色の瞳からは今にも涙がこぼれ落ちそうだ。だが、必死に耐えているのか目元を真っ赤にしながらまっすぐにホルツを見つめてくる。
ホルツはためらいがちにレインの頭に手を置くと、頭の丸みに沿ってそっと髪を撫でた。
「レイン、実を言うと私はきみたちが口にする愛や好きという感情がどういうものかわからないんだ。けど、四人で暮らす今の生活は楽しいよ」
「ほんとう……?」
「ああ、本当だよ」
それだけははっきりわかる。
朝起きたらメルギスクの「おはようございます」という言葉とともにダイニングテーブルに並ぶ朝食、寝ぼけ眼で起きてくるサニーとレイン。出社するときに三人からの「いってらっしゃい」そして帰ってくれば「おかえりなさい」と言われる。
三人からすると当たり前のことで、深い意味はないのだろう。しかし、ずっと一人ですべてをこなしてきたホルツにとって、それらのかけ声や四人で暮らす今の生活は研究とは違った充足感だ。
しばし見つめ合った後、レインは手の甲で目元を拭うとゆっくり深呼吸をして笑った。
「あのね、ホルツさんがわからなくても、ぼくとサニーはホルツさんの行動にいつも愛を感じてるよ。だから、きっとお兄ちゃんにも届いてると思う」
「……」
メルギスクの警戒心を解くための行動をそう受け取っていたとは思いもよらなかった。またもや言葉に詰まった末、ホルツは眉を下げてあいまいに微笑むことしかできなかった。
そんなやりとりをしている間に、一周し終わったのかサニーとメルギスクがやってきた。
「おまたせてしてすみません。レインもごめんな?」
メルギスクがレインに申し訳なさそうに言うと、レインはぶんぶんと頭を振った。
「ううん、ホルツさんとお話ししてたから平気」
「そうか?」
メルギスクの言葉にレインはこくんと小さく頷く。サニーとレインが話し始めたのを見て、メルギスクが身をかがめると小声で尋ねてくる。
「レインからなんか言われませんでした? その、うまくはいえないんですけど……」
「ふむ……」
――お兄ちゃん、最近よそよそしいけど、でも、絶対ホルツさんのこと大好きだから。だから、お兄ちゃんのこと…、き、嫌いにならないで
ゆっくりと瞬きをすると、二人に見えないようメルギスクの手を掴んだ。途端にメルギスクは大きく目を見開き、声を潜めて慌てた様子で口早に言ってくる。
「急になんですかっ」
「私が思いつかなかった視点からためになる話をしてくれただけだよ」
「……?」
するっとメルギスクの指の間を指先でなぞった後、手を離す。ふと、少し離れた場所にある簡易な店舗が目に入った。サニーとレインも気づいていたのか、そわそわとそちらを見ている。
ベンチから立ち上がるとホルツは二人に声をかけた。
「せっかくだから記念になにか買っていこうか」
「ほんと? やったー! レイン、いこ!」
サニーが頬を紅潮させ喜ぶと、レインの手を引いて走り出す。ホルツたちも二人を追いかけて店に入れば、カルーアをモチーフにしたさまざまなものが所狭しと飾られていた。
サニーとレインは小型のカルーアぬいぐるみの前でキラキラと目を輝かせ、メルギスクはカップを手に取っていた。
「いろんな種類があるんだね」
「はい。それぞれ色があるからサニー、レイン、ホルツさん、俺のって感じでわかりやすいかなって思ったんですけど」
メルギスクが見ていた棚を見れば、確かにマグカップや皿は複数の種類がある。共通しているのはワンポイントにデフォルメされたカルーアのマークがついていることだろう。
言葉を濁すメルギスクにホルツは首をかしげた。
「ほしいなら買うよ」
「でも、ホルツさんは白以外の色って好きじゃないですよね?」
おずおずと聞き返してくるメルギスクにホルツは淡々と返した。
「否定はしないよ。でも、こういうのも悪くないと最近は思う」
白い部屋に色が増えることへの嫌悪感が以前に比べ、ずっと薄れている。
なによりメルギスクの珍しいおねだりだ。なら、買う以外の選択肢はない。ホルツの返答にメルギスクは頬を緩めると息をついた。
「そうですか……。じゃあ、お願いします」
「うん」
マグカップを四つ選んでサニーとレインに声をかければ、二人はぬいぐるみとクッションを抱えて戻ってきた。
会計を済まして外にでる頃には、思ったよりも時間が経っていたのか、日が落ちて影が伸びている。大きな紙袋を抱え直したホルツはメルギスクたちに言った。
「日が落ちて空気も冷たくなってきたからそろそろホテルに戻ろう」
「そうですね。ほら、サニー、レイン。帰るぞ」
メルギスクが二人に手を差し伸べれば、手をつないでいたレインがメルギスクの手を握る。相変わらず仲のいい三人を眺めていれば、ホルツの手をサニーが握ってきた。
思わず視線を下ろすとサニーが満面の笑みを浮かべた。
「ホルツさんも!」
「…………あぁ、そうだね」
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