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理不尽の不意打ち
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ホテルで夜食を食べた後自室に戻れば、さすがにサニーもレインも疲れたのかコートやマフラーをつけたままソファーに倒れ込んだ。
「こら、寝転ぶならせめてコートとマフラーを脱ぐんだ」
「はーい」
二人はのそっと起き上がると、コートとマフラーを脱いだ。それらを受け取ってクローゼットにしまう。ウトウトしている二人をどうやって風呂に入れるか悩んでいれば、ホルツが二人を抱き上げた。
「私がいれてくるからメルは着替えを用意しててくれるかな」
「あ、りがとうございます」
サニーとレインを抱いてホルツが脱衣所へと姿を消した。
一人になれば、シンと静寂が部屋を包む。のろのろとソファーに腰を下ろすと、メルギスクは頭を抱えて盛大にため息をついた。
「なにホルツさんに任せちゃってるんだよ」
これではどちらがサニーとレインの保護者かわからない。はあともう一度ため息をついて頭を抱えるの止め、かわりにソファーの背もたれへと体を預ける。目蓋の上に手をのせれば、先ほどのことを思い出す。
「レインと何話してたんだろ……」
最初警戒して人見知りだったレインが二人っきりで話せるほどホルツになついている。ましてやあのホルツからためになる話と言わせたぐらいだ。家族としていいことなのに、もやもやする。
「って、弟に嫉妬とか馬鹿だろ」
いくらなんでもレインはまだ幼い。ホルツとてよこしまな気持ちを持たないはずだ。だが、一度思いついてしまえば、頭にこびりついて離れない。三人が上がるまでまだ時間はあるだろう。
メルギスクはローテーブルにおいてあった備え付けの端末を手に取ると、ルームサービスの一覧を確認する。
「ホルツさん、すみませんっ」
不快感を酒で押し流すことへ懺悔を込めてワインを頼めば、一拍おいてテーブルの上へ注文したワインがワインクーラーに差し込まれていた。それと一緒に栓抜きとグラス二つも届く。
コルクを抜いて送られたグラスを一つ手に取ると半分ほど注いで一気に飲む。カッと全身が熱くなり、頭がぼんやりとして足下がふわふわしてくる。
ほどよく暖かくなったせいか今度は急に眠気がやってくる。グラスをテーブルに置いてソファに背中を預けてしまえば、あっという間に目蓋が落ちてきた。
「…ル、……メル」
「ん……?」
ぎゅっと眉を寄せて、頬に伝わる振動から逃げるように顔を背ける。それでも優しい振動はしつように繰り返される。
「メル、しっかりするんだ」
「……ほるつ、さん?」
ようやく重い目蓋をあげると少し濡れた色鮮やかな赤い髪と真っ白な天井が目に入る。ぼんやりとそのコントラスを眺めていれば、焦点をあわせるよう顔をのぞき込んできた。
「目が覚めたね。床に倒れててさすがに肝を冷やしたよ」
「ゆか?」
おかしい、自分は服を着てソファにもたれていたはずだ。なのに今は寝間着に着替えている。酒を飲んだ直後を思い出そうとしても、もやがかかったように思い出せない。
「えっと、サニーとレインは」
「最初にとった部屋で寝てるよ」
「え……なんでですか?!」
二人を放っておくこともさながら、わざわざ別室をとった意味がわからない。勢いよく起き上がれば、ガツン! と鈍い音が部屋に響き、ホルツが眉をさらに寄せてぶつかった額に手を当てた。
「意識を失っているメルが傍にいたら二人が安心して眠れないからだよ」
「……待ってください。俺、意識失ってたんですか?」
ほんの一杯ワインを口にしただけだ。まさかの事態で呻きそうになる。ホルツは額から痛みが引いたのか手を下ろすと上体を起こし、ベッドに腰をかけた。
「そうだよ。私もきみが酒をまったく飲まないから失念していた」
ホルツが珍しくため息をつき、メルギスクの方を向くと続けた。
「メル、きみの体は見た目こそ少し奇抜なだけで、内部はほぼ魔物だ。以前、魔物の多くは摂取したものをすべて魔力に変換するから余分なものが体に残らない作りだという話をしたが、覚えているかな」
「はい……」
つまり普段とらないアルコールをとったことで体が驚いたのだろう。ダラダラと冷や汗を溢れ出てきて、事態の深刻さがじわじわと染みこんでくる。
「案の定、きみの体は発情して発散するよりも早く仮死状態へなった。なにかいうことはあるかい」
「ほ、本当にっ、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたっ」
せっかく楽しい旅行が大惨事を引き起こすところだった。
深々と頭を下げて、掛け布団をぎゅっと握りしめる。涙が滲むものの自分に流す権利はない。唇を引き結んで耐えていると、かすかな衣擦れとともに顎に手を差し入れられ、顔を上げさせられる。
「違うだろう? 私が聞きたいのは、一切口にしなかった酒を飲んだことについてだ」
「えっと、それは……」
ホルツの長い指が顎や喉を優しくこするたびに酒を飲んだときのごとく、ふわふわとした気分になってしまう。なんとか抗って意見をまとめようとしても、あまりの気持ちよさに頭がうまく回らない。
体や顔が熱くなるのを感じながらぼんやりとホルツを見つめていると、目を開けてからずっと下がっていたホルツの唇がようやくつり上がった。
「そうだ、メル。きみが摂取した魔物のことを思い出したんだが、あの魔物は過剰なストレスを覚えると、それを昇華するために少量のアルコールを体内で生み出し、酩酊状態になるんだ」
「は、ぁ……」
ホルツの言わんとすることがわかりそうでわからない。尻尾がだらしなく伸び、ホルツを見つめていることしかできない。ホルツは顎や喉を撫でるのをやめると顔を寄せてきた。
「さっきまでのメルの行動によく似てると思わないかい?」
「たまたま、ですよ」
確かに人間だった頃は酒を飲みたいと思ったことは一度もなかった。自分の体が今もなお魔物の遺伝子に侵食され続けている事実に恐怖がわいてくる。
震えそうになるのをぐっとこらえてホルツの服を掴むと、絞り出すように口を開いた。
「ホルツさん、俺はこのまま本物の魔物になるんでしょうか?」
鮮明な視界が急にぼやけてくる。再びあの研究施設に戻されたら今度こそサニーとレインとは再会できない。そして魔物になった自分をホルツが好きになることはないだろう。
いつも通り笑みを浮かべているホルツを見つめていれば、淡い青緑の瞳が細められた。
「適合率が高いといえど、一割程度じゃ完全な魔物になるのはすがに無理だろうね」
「本当ですか?」
「メルは私の言葉が信じられないかい?」
こつんと額に額を押し当ててじっと見つめ返してくる。
メルギスクは目を伏せて「そんなことは」と呟いた。ホルツはゆっくり瞬きをするなり、触れるだけのキスをして、にっこりと微笑んだ。
「なら、話を戻そうか。メルが酒を口にするほどの原因はなんだい?」
「わ、わかりません」
嘘だ。まさかレインに嫉妬したなど恥ずかしくて言えるわけない。そして言ったところでどうにもならない。下手したらあきれられるだろう。
ぎゅっと唇を引き結べば、ホルツの片手がおもむろに尻尾の付け根を掴んできた。
「ひっ」
「嘘はだめだよ、メル。サニーやレインの教育によくないだろう?」
スリスリと付け根をこすられれば、ゾクゾクと甘い痺れが腰から頭に向けて駆け抜けていく。思わずホルツの首元へ頭を押しつけてしまう。
「そこ、やめてくださ、ぃ」
「どうして? 嘘ついたメルが悪いだろう? それとも、メルは日頃から嘘ついていいって二人に教えてるのかい?」
「そ、んなこと……」
「ないだろうね。なら、きちんと答えないメルは罰を受けないと」
「ん、ぅうっ」
ぎゅっと強く握られれば痛いはずなのに、背中を反らして快感を味わってしまう。そんな姿をホルツがいつも通りの表情で眺めている。はしたない自分を見られるのが嫌で体を透過させたいのにうまくできない。
涙目で顔を上げれば、ホルツが唇を重ねてきた。熱を持ったホルツの唇は心地よく、目を閉じれば、口内をまさぐられて多幸感が溢れてくる。それもほんの少しの間だけだ。
唇が離れ、目で追うとホルツが意地悪げに微笑んだ。
「じゃあ、もう一回聞こうか。メルが酒を口にするほどの原因はなんだい?」
「……笑ったり馬鹿にしませんか」
「しないよ」
迷いのない断言にきゅうっと胸が甘く締め付けられる。少し視線をさまよわせた後、意を決してメルギスクは答えた。
「さっき、ホルツさんにレインとなんの話をしたか聞きましたよね」
「うん」
「その時、ためになる話をしてくれた……って、言ったから、です。ようするに、俺はレインに嫉妬したんですよ! 俺よりもずっと小さい大事な弟のレインにっ!」
一気に吐き出してしまえば、いくぶん気持ちが楽になる。あまりにも醜い感情を聞かせてしまった自分に嫌悪感がわいてきた。
たいしてホルツはかすかに目を見開き、じっとメルギスクを眺めるばかりだ。やはりあきれたのだろう。当然だ。日頃大事にしてるように見せておいて、いざホルツの特別が自分以外へ移りそうになった途端子供じみた嫉妬をしたのだから。
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、メルギスクはうつむいた。
「すみません、今の忘れてください。最近の俺はおかしいんです。あいつらの保護者なのに、自覚が足りないにもほどがある」
「ふむ……」
ホルツはしばし黙ると、おもむろにメルギスクの体をそっと抱きしめ、髪をすくように撫でてくる。ハッとして顔を上げると、ホルツはかすかに目尻を下げて告げてきた。
「家族のために尽くすことは美しいことだよ。けど、私からするとメルは自分にもう少し優しくしてあげてもいいと思う」
「ホルツさんがそれを言うんですか」
一緒に暮らしはじめた直後の食事は完全栄養剤だけ飲み、帰ってくる時間も不規則だった。おまけに腕を失ってもまた再生するから問題ないとのたまう始末だ。今回の旅行だって、休む分の仕事を前倒しして疲れているはずだろう。
ムッとして言い返すメルギスクに、ホルツは片眉だけ器用にあげた。
「少なくとも私の行動原理は私のためという前提がある。でもメルはそうじゃないだろう? 口を開けば、サニーとレインのことばかりで、自分のことはいつも後回しじゃないか」
「両親がいないなら一番年上の俺が幼い二人の面倒を見るのは当たり前のことですよ」
間違ったことは言ってないはずだ。
うっかりレインに嫉妬してしまったが、次はそういう気持ちが起きないよう前以上に自分の心を殺せばいい。時間はかかるが、ホルツに対する好意もきっと落ち着いていくはずだ。そうすれば、ホルツに出会う前の自分にきっと戻れるだろう。
だが、そんなメルギスクの考えとは裏腹に思いもよらない提案をしてきた。
「わかった。なら、今度から三日に一度の定期検査にイチャイチャ時間をもうけよう」
「イチャイチャ時間……?」
聞いている方が恥ずかしい名前の提案に思いっきり眉を寄せる。だが、ホルツは至って真面目な顔で頷いた。
「うん、兄であり保護者であろうとすることはいいことだけど、何事にもガス抜きは必要だ。だから、定期検査をする時間の時、今みたいに抱き合ったりこうして――」
ホルツが頭を撫でる手を止めて身をかがめてくるとちゅっと触れるだけのキスをしてきた。あっけにとられるメルギスクへ笑みを浮かべて続けた。
「軽いキスをしてふれあう時間をとろうというわけだ」
「……恋人らしく、ですか」
あくまで恋人だからという前提であることを尋ねる。そうであってほしいと同時に恋人らしい行動だからではなく自分のためだと言ってほしいという甘えが滲む。
期待と不安に揺れて返答を待っていれば、ホルツは数度瞬きをした。
「それもあるけど、私がそういう時間をほしいから、と言ったらだめかな」
「…………だめじゃない、です」
思いもよらぬ反撃だった。カアッと顔が熱くなり、口元が緩んでしまう。だらしない顔を見られたくなくてスウッと体を透過させた。
ホルツがしたいから。その言葉でほんの少しだけ自分という個を好いてくれてるのではと期待してしまいそうになる。
ぎこちなくホルツの胸に頭をすり寄せると、見えていないはずなのにまるで見えていると言わんばかりにしっかりと抱きしめられる。
「じゃあ、決まりだね。それじゃあ、もとの部屋に戻って四人で寝ようか」
「そう、ですね。二人を起こさないよう静かに戻りましょうか」
顔の熱はまだ引かないが、緩む頬をなんとか引き締めて透過を解除する。ほんの少しだけ、このまま二人で寝たいと思ったが、やはりサニーとレインが心配だ。なにより四人で並んで寝るの悪くない。
そんな心持ちでホルツとともにもとの部屋に戻ったのだった。
「こら、寝転ぶならせめてコートとマフラーを脱ぐんだ」
「はーい」
二人はのそっと起き上がると、コートとマフラーを脱いだ。それらを受け取ってクローゼットにしまう。ウトウトしている二人をどうやって風呂に入れるか悩んでいれば、ホルツが二人を抱き上げた。
「私がいれてくるからメルは着替えを用意しててくれるかな」
「あ、りがとうございます」
サニーとレインを抱いてホルツが脱衣所へと姿を消した。
一人になれば、シンと静寂が部屋を包む。のろのろとソファーに腰を下ろすと、メルギスクは頭を抱えて盛大にため息をついた。
「なにホルツさんに任せちゃってるんだよ」
これではどちらがサニーとレインの保護者かわからない。はあともう一度ため息をついて頭を抱えるの止め、かわりにソファーの背もたれへと体を預ける。目蓋の上に手をのせれば、先ほどのことを思い出す。
「レインと何話してたんだろ……」
最初警戒して人見知りだったレインが二人っきりで話せるほどホルツになついている。ましてやあのホルツからためになる話と言わせたぐらいだ。家族としていいことなのに、もやもやする。
「って、弟に嫉妬とか馬鹿だろ」
いくらなんでもレインはまだ幼い。ホルツとてよこしまな気持ちを持たないはずだ。だが、一度思いついてしまえば、頭にこびりついて離れない。三人が上がるまでまだ時間はあるだろう。
メルギスクはローテーブルにおいてあった備え付けの端末を手に取ると、ルームサービスの一覧を確認する。
「ホルツさん、すみませんっ」
不快感を酒で押し流すことへ懺悔を込めてワインを頼めば、一拍おいてテーブルの上へ注文したワインがワインクーラーに差し込まれていた。それと一緒に栓抜きとグラス二つも届く。
コルクを抜いて送られたグラスを一つ手に取ると半分ほど注いで一気に飲む。カッと全身が熱くなり、頭がぼんやりとして足下がふわふわしてくる。
ほどよく暖かくなったせいか今度は急に眠気がやってくる。グラスをテーブルに置いてソファに背中を預けてしまえば、あっという間に目蓋が落ちてきた。
「…ル、……メル」
「ん……?」
ぎゅっと眉を寄せて、頬に伝わる振動から逃げるように顔を背ける。それでも優しい振動はしつように繰り返される。
「メル、しっかりするんだ」
「……ほるつ、さん?」
ようやく重い目蓋をあげると少し濡れた色鮮やかな赤い髪と真っ白な天井が目に入る。ぼんやりとそのコントラスを眺めていれば、焦点をあわせるよう顔をのぞき込んできた。
「目が覚めたね。床に倒れててさすがに肝を冷やしたよ」
「ゆか?」
おかしい、自分は服を着てソファにもたれていたはずだ。なのに今は寝間着に着替えている。酒を飲んだ直後を思い出そうとしても、もやがかかったように思い出せない。
「えっと、サニーとレインは」
「最初にとった部屋で寝てるよ」
「え……なんでですか?!」
二人を放っておくこともさながら、わざわざ別室をとった意味がわからない。勢いよく起き上がれば、ガツン! と鈍い音が部屋に響き、ホルツが眉をさらに寄せてぶつかった額に手を当てた。
「意識を失っているメルが傍にいたら二人が安心して眠れないからだよ」
「……待ってください。俺、意識失ってたんですか?」
ほんの一杯ワインを口にしただけだ。まさかの事態で呻きそうになる。ホルツは額から痛みが引いたのか手を下ろすと上体を起こし、ベッドに腰をかけた。
「そうだよ。私もきみが酒をまったく飲まないから失念していた」
ホルツが珍しくため息をつき、メルギスクの方を向くと続けた。
「メル、きみの体は見た目こそ少し奇抜なだけで、内部はほぼ魔物だ。以前、魔物の多くは摂取したものをすべて魔力に変換するから余分なものが体に残らない作りだという話をしたが、覚えているかな」
「はい……」
つまり普段とらないアルコールをとったことで体が驚いたのだろう。ダラダラと冷や汗を溢れ出てきて、事態の深刻さがじわじわと染みこんでくる。
「案の定、きみの体は発情して発散するよりも早く仮死状態へなった。なにかいうことはあるかい」
「ほ、本当にっ、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたっ」
せっかく楽しい旅行が大惨事を引き起こすところだった。
深々と頭を下げて、掛け布団をぎゅっと握りしめる。涙が滲むものの自分に流す権利はない。唇を引き結んで耐えていると、かすかな衣擦れとともに顎に手を差し入れられ、顔を上げさせられる。
「違うだろう? 私が聞きたいのは、一切口にしなかった酒を飲んだことについてだ」
「えっと、それは……」
ホルツの長い指が顎や喉を優しくこするたびに酒を飲んだときのごとく、ふわふわとした気分になってしまう。なんとか抗って意見をまとめようとしても、あまりの気持ちよさに頭がうまく回らない。
体や顔が熱くなるのを感じながらぼんやりとホルツを見つめていると、目を開けてからずっと下がっていたホルツの唇がようやくつり上がった。
「そうだ、メル。きみが摂取した魔物のことを思い出したんだが、あの魔物は過剰なストレスを覚えると、それを昇華するために少量のアルコールを体内で生み出し、酩酊状態になるんだ」
「は、ぁ……」
ホルツの言わんとすることがわかりそうでわからない。尻尾がだらしなく伸び、ホルツを見つめていることしかできない。ホルツは顎や喉を撫でるのをやめると顔を寄せてきた。
「さっきまでのメルの行動によく似てると思わないかい?」
「たまたま、ですよ」
確かに人間だった頃は酒を飲みたいと思ったことは一度もなかった。自分の体が今もなお魔物の遺伝子に侵食され続けている事実に恐怖がわいてくる。
震えそうになるのをぐっとこらえてホルツの服を掴むと、絞り出すように口を開いた。
「ホルツさん、俺はこのまま本物の魔物になるんでしょうか?」
鮮明な視界が急にぼやけてくる。再びあの研究施設に戻されたら今度こそサニーとレインとは再会できない。そして魔物になった自分をホルツが好きになることはないだろう。
いつも通り笑みを浮かべているホルツを見つめていれば、淡い青緑の瞳が細められた。
「適合率が高いといえど、一割程度じゃ完全な魔物になるのはすがに無理だろうね」
「本当ですか?」
「メルは私の言葉が信じられないかい?」
こつんと額に額を押し当ててじっと見つめ返してくる。
メルギスクは目を伏せて「そんなことは」と呟いた。ホルツはゆっくり瞬きをするなり、触れるだけのキスをして、にっこりと微笑んだ。
「なら、話を戻そうか。メルが酒を口にするほどの原因はなんだい?」
「わ、わかりません」
嘘だ。まさかレインに嫉妬したなど恥ずかしくて言えるわけない。そして言ったところでどうにもならない。下手したらあきれられるだろう。
ぎゅっと唇を引き結べば、ホルツの片手がおもむろに尻尾の付け根を掴んできた。
「ひっ」
「嘘はだめだよ、メル。サニーやレインの教育によくないだろう?」
スリスリと付け根をこすられれば、ゾクゾクと甘い痺れが腰から頭に向けて駆け抜けていく。思わずホルツの首元へ頭を押しつけてしまう。
「そこ、やめてくださ、ぃ」
「どうして? 嘘ついたメルが悪いだろう? それとも、メルは日頃から嘘ついていいって二人に教えてるのかい?」
「そ、んなこと……」
「ないだろうね。なら、きちんと答えないメルは罰を受けないと」
「ん、ぅうっ」
ぎゅっと強く握られれば痛いはずなのに、背中を反らして快感を味わってしまう。そんな姿をホルツがいつも通りの表情で眺めている。はしたない自分を見られるのが嫌で体を透過させたいのにうまくできない。
涙目で顔を上げれば、ホルツが唇を重ねてきた。熱を持ったホルツの唇は心地よく、目を閉じれば、口内をまさぐられて多幸感が溢れてくる。それもほんの少しの間だけだ。
唇が離れ、目で追うとホルツが意地悪げに微笑んだ。
「じゃあ、もう一回聞こうか。メルが酒を口にするほどの原因はなんだい?」
「……笑ったり馬鹿にしませんか」
「しないよ」
迷いのない断言にきゅうっと胸が甘く締め付けられる。少し視線をさまよわせた後、意を決してメルギスクは答えた。
「さっき、ホルツさんにレインとなんの話をしたか聞きましたよね」
「うん」
「その時、ためになる話をしてくれた……って、言ったから、です。ようするに、俺はレインに嫉妬したんですよ! 俺よりもずっと小さい大事な弟のレインにっ!」
一気に吐き出してしまえば、いくぶん気持ちが楽になる。あまりにも醜い感情を聞かせてしまった自分に嫌悪感がわいてきた。
たいしてホルツはかすかに目を見開き、じっとメルギスクを眺めるばかりだ。やはりあきれたのだろう。当然だ。日頃大事にしてるように見せておいて、いざホルツの特別が自分以外へ移りそうになった途端子供じみた嫉妬をしたのだから。
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、メルギスクはうつむいた。
「すみません、今の忘れてください。最近の俺はおかしいんです。あいつらの保護者なのに、自覚が足りないにもほどがある」
「ふむ……」
ホルツはしばし黙ると、おもむろにメルギスクの体をそっと抱きしめ、髪をすくように撫でてくる。ハッとして顔を上げると、ホルツはかすかに目尻を下げて告げてきた。
「家族のために尽くすことは美しいことだよ。けど、私からするとメルは自分にもう少し優しくしてあげてもいいと思う」
「ホルツさんがそれを言うんですか」
一緒に暮らしはじめた直後の食事は完全栄養剤だけ飲み、帰ってくる時間も不規則だった。おまけに腕を失ってもまた再生するから問題ないとのたまう始末だ。今回の旅行だって、休む分の仕事を前倒しして疲れているはずだろう。
ムッとして言い返すメルギスクに、ホルツは片眉だけ器用にあげた。
「少なくとも私の行動原理は私のためという前提がある。でもメルはそうじゃないだろう? 口を開けば、サニーとレインのことばかりで、自分のことはいつも後回しじゃないか」
「両親がいないなら一番年上の俺が幼い二人の面倒を見るのは当たり前のことですよ」
間違ったことは言ってないはずだ。
うっかりレインに嫉妬してしまったが、次はそういう気持ちが起きないよう前以上に自分の心を殺せばいい。時間はかかるが、ホルツに対する好意もきっと落ち着いていくはずだ。そうすれば、ホルツに出会う前の自分にきっと戻れるだろう。
だが、そんなメルギスクの考えとは裏腹に思いもよらない提案をしてきた。
「わかった。なら、今度から三日に一度の定期検査にイチャイチャ時間をもうけよう」
「イチャイチャ時間……?」
聞いている方が恥ずかしい名前の提案に思いっきり眉を寄せる。だが、ホルツは至って真面目な顔で頷いた。
「うん、兄であり保護者であろうとすることはいいことだけど、何事にもガス抜きは必要だ。だから、定期検査をする時間の時、今みたいに抱き合ったりこうして――」
ホルツが頭を撫でる手を止めて身をかがめてくるとちゅっと触れるだけのキスをしてきた。あっけにとられるメルギスクへ笑みを浮かべて続けた。
「軽いキスをしてふれあう時間をとろうというわけだ」
「……恋人らしく、ですか」
あくまで恋人だからという前提であることを尋ねる。そうであってほしいと同時に恋人らしい行動だからではなく自分のためだと言ってほしいという甘えが滲む。
期待と不安に揺れて返答を待っていれば、ホルツは数度瞬きをした。
「それもあるけど、私がそういう時間をほしいから、と言ったらだめかな」
「…………だめじゃない、です」
思いもよらぬ反撃だった。カアッと顔が熱くなり、口元が緩んでしまう。だらしない顔を見られたくなくてスウッと体を透過させた。
ホルツがしたいから。その言葉でほんの少しだけ自分という個を好いてくれてるのではと期待してしまいそうになる。
ぎこちなくホルツの胸に頭をすり寄せると、見えていないはずなのにまるで見えていると言わんばかりにしっかりと抱きしめられる。
「じゃあ、決まりだね。それじゃあ、もとの部屋に戻って四人で寝ようか」
「そう、ですね。二人を起こさないよう静かに戻りましょうか」
顔の熱はまだ引かないが、緩む頬をなんとか引き締めて透過を解除する。ほんの少しだけ、このまま二人で寝たいと思ったが、やはりサニーとレインが心配だ。なにより四人で並んで寝るの悪くない。
そんな心持ちでホルツとともにもとの部屋に戻ったのだった。
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