欠陥研究者は愛を解明したい

天霧 ロウ

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恋人は話し合うもの

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 旅行から帰ってきてから、白だけの室内は色々な色で溢れていた。それに加え、三日に一度の定期検査にふれあう時間を設けたおかげか、少しずつだがメルギスクの壁が薄れている気がするのだ。
 そんな日々をすごして寒さがさらに重なる頃、サニー、ホルツ、レインの三人でソファに座っていると、メルギスクが台所で料理をしているのを確認したサニーがテレビの音量を少し上げて声を潜めて聞いてきた。

「ホルツさん、学校ってどんなところ?」
「急にどうしたんだい」

 ホルツの質問にレインはしどろもどろ返した。

「えっと、この間旅行で行った時、カルーアのお店で、ぼくたちと似た身長の子たちが来年から学校行くの楽しみって話してたから。どんなところなのかなあって……」
「なるほど」

 考えれば二人とも学校に通ってもおかしくない年齢だ。おそらくメルギスクたちが住んでいた区域には一定の年齢になったら学校へ通うという制度が浸透していなかったのだろう。

「学校というのは、たくさんの人間と一緒に勉強したり運動したりするところだよ」
「へえ」
「勉強……たくさんできたら、お兄ちゃんを楽にできるかな?」

 レインが不安げに、けれどまっすぐホルツを見つめて質問してくる。
 ホルツはレインを見つめ返して「できるよ」と返した。

「二人は学校に通いたいかい?」

 今度はホルツが二人に尋ねた。二人は顔を見合わせた後、ホルツを見上げて力強く頷いた。やる気に満ちあふれている二人にホルツはふっと微笑んだ。

「なら、あとでメルに話した後、私の方でここから近い学校へ入学手続きをしよう。けど、その前にクラス決めの試験があるからどれくらい読み書きや計算ができるか確かめようか」

 端末を出してさっそく問題を作っていこうとすると、台所を素早く一瞥したレインが口早に小声で告げてきた。

「あの、そのことなんですけど。お兄ちゃんには試験当日まで内緒にしてください」
「どうしてだい? メルギスクはきみたちの保護者だろう」
「で、でも、ぼくたちのことになると、お兄ちゃん自分のこと全部後回しにしちゃうから……」
「あと、兄ちゃんやっとまた元気になってきたから。でも、このこと知ったらまた頭を悩ませちゃうに決まってる」

 サニーはぎゅっと小さな手を握りしめて口をへの字にした。レインも同じ気持ちなのかこくこくと何度も頷く。

「ふむ……」

 勝手に事を進めれば、メルギスクは保護者として間違いなく怒り、ホルツへの信頼も再び下がるだろう。それでも二人なりの小さな自立に興味がわいた。
 藁にもすがる思いで見つめてくる二人へホルツは「わかった」と言った。

「なら、このことは私たちの秘密としよう。いいね?」




 メルギスクに隠れてこっそり二人の勉強を見ている間に、町のあちこちでアネモネが目に入る時期へなっていた。
 夕食と風呂を終え、いつもならテレビを見ている時間にもかかわらず二人の姿がないことに、食器を片付けていたメルギスクが不思議そうにリビングを見渡した。

「あれ、サニーとレインは?」
「彼らなら試験に備えてもう寝たよ」
「……は? 試験って、どういう?」

 試験結果が出るまで黙っていようと思ったが、明日サニーとレインを黙って連れ出すことをメルギスクが許すわけない。ならば、サニーとレインには悪いが、その事実だけは伝えておくべきだろう。
 あっけにとられているメルギスクへホルツは手にしていた端末をダイニングテーブルへおいた。

「この間、旅行に出かけたとき、彼らは学校に興味を持ったらしくてね。ものは試しと少し勉強を教えた後テストをしてみたんだ」

 端末に表示されているテストはどれも高得点や満点ばかりだ。ホルツはキッチンに突っ立っているメルギスクを見上げて続けた。

「結果がとてもよかった。だから、彼らの将来を思って、学校への入学手続きを進めてたんだ。明日の試験はクラス決めのテストだから心配いらないよ」
「入学って……、俺に相談なく手続きしないでください」

 ぐっと手を握りしめ、鋭くホルツを睨んでくる。
 完全にホルツが勝手にしたことだと思い込んでいるようだ。誤解を招いてまた距離が生まれるのはどうにもモヤモヤする。一方で、サニーとレインがメルギスクに伝えないよう頼んできたことをバラすのも忍びない気がした。
 ふっと息を吐いてメルギスクを見つめた。

「中央区域では一定の年齢になったら学校へ通う義務がある。けれど、きみはこういった手続きをしたことがないだろう?」
「だとしても、あの二人の保護者は俺なんだ!」

 そこで一度言葉を句切ると、メルギスクは堰を切ったように続けた。

「俺だってあいつらを学校に通わせてやりたい。でも、魔人の俺が書類上死んでることだって理解してる。してるけど、それ以前に俺はあなたの都合でいつでも破棄される身だし、金銭面だって俺がいなくなったら、サニーとレインの今後は誰が保証してくれるんだよ――」

 一息に思いを吐き捨てた口はぐっと引き結ばれ、握りしめる手から青い血が滲んでいた。なにより綺麗に渦巻いている尻尾はダラリと力なく下がり伸びきっていた。
 言葉が乱れるほどの吐露にホルツは顎に手を当てるとゆっくり瞬いた。

「前から思っていたんだが、メルは思い込みが少し強いね」
「……それは」

 図星なのだろう。気まずそうにメルギスクは視線を泳がせた。
 ホルツはイスから立ち上がるとメルギスクの傍に歩み寄った。固く握りしめられている手を包むように握り、後頭部へ手を添えてそっと胸に抱き寄せる。

「いくつか訂正してほしいことがある。聞かれなかったから今まで説明しなかったけど、人間のきみは確かに書面上いない。けど、管理局公認の魔人としてのメルギスクはきちんと戸籍登録されてるよ」
「……」

 事実を伝えただけだ。しかし、メルギスクは震える息を飲み込むとさらに唇を引き結び、これでもかと瞳から溢れそうな涙を抑えるように目をぎゅっとつぶった。
 それでもにじみ出た涙がホルツの胸を濡らすのを感じながら続けた。

「次に私はメルもサニーもレインも手放す気はないよ」
「どうして断言できるんですか」

 不安定な足下に怯えるメルギスクの姿に胸がチクチク痛むと同時に名付けがたいときめきが湧き上がるのを感じた。だからなのか、握りしめている手に自然と力がこもる。

「それはこの部屋や私の部屋をみればわかってると思ったんだけどね」

 自分の住居に白以外の色は認めなかった。なのに、メルギスクを恋人にして多くの時間を共有してから白以外の色に対し不快感がないのだ。今はカラフルなクッションのほかマグカップも色が入っているものにたいして、心地よさすら覚えている。
 メルギスクは引き結んでいた唇を緩めると、ぽつりと漏らした。

「俺はホルツさんじゃないからわからない」
「それは、困ったな。ふむ……」

 メルギスクに抱いている温かな感情に名前をつけたくはない。けれど、名付けなければ、伝わらないのだ。しかし、その名付けで本当にあっているのかホルツにはわからない。
 どちらにせよ、今までの思いという折りたたんだ生地をメルギスクという竈に差し出す日が来たのだ。かつてないほどバクバクと心臓が脈を打ち、口の中が乾いてしょうがない。

「メル、私は愛を解明するためにきみを恋人にした。恋人だから恋人らしい行動を振る舞ってきた」
「恋人はそういうものだから、ですよね」
「そうだ。けど、きみが私に『おかえり』と言ってくれたあの日から確かになにかが変わったんだ。だから、そう。とどのつまり、私はメルが好き……なんだ。恋人だからではなく、きみだから」

 わかっていると暗に返すメルギスクへ焦りを覚えたせいか、いつもはゆったりと話せるのに早口になってしまった。
 メルギスクが顔をゆっくり上げるとホルツを見上げて困ったように笑いかけてきた。

「ありがとうございます。でも、たぶんホルツさんの好きは俺の好きとは違うと思いますよ」
「なぜそう思うんだ」
「だってホルツさん言ったじゃないですか。俺が、ホルツさんのことほしいって言った時、もっとも嫌悪するものだって」

 感情を押し殺すようにして返された言葉に絶句した。
 確かに今、メルギスクの口からはっきりとほしいと言われたのだ。困惑と疑惑がぐるぐると頭の中を駆けずり回る。ひとまず冷静になろうとゆっくり瞬きをしてメルギスクを見つめた。

「メル、待ってくれ。きみはあの時、本心から私がほしいと……言ってたのか?」

 胸がうるさいくらいに鼓動を打ち、砂漠の中に放り出されたと勘違いするほど頭も体も熱くてしょうがない。てっきり魔物の遺伝子に振り回された末、でてきた言葉だと思っていた。
 喜びと同時にそれを理解してしまえば、血の気が引いていく。人生初の目眩を感じてうっかりよろめきそうになるものの踏ん張って意識をしっかり保つ。メルギスクの手を握る手が妙に汗ばみ、不快に思われていないか不安になってくる。
 そんなホルツの心証に気づいていないのか、メルギスクは睫を伏せると視線をそらした。

「俺は、ああいった場面で自分の心に嘘つくなんて器用な真似できませんから」
「そ、うか……。そうだったのか」
「とにかく俺の好きとホルツさんの好きは違い――」
「違わない」

 視線を合わせてきたメルギスクはまっすぐ見つめ返して断言する。ここまで言われてようやく気づけた。ここまで言われなければ気づくことができなかった。
 息を飲んで麺を見開くメルギスクに顔を寄せ、はっきりと今度は迷いなく告げた。

「メル、私の好きはきっときみが私に持ってくれてる好きと同じだ」
「ち、がいますって! ホルツさんは愛を知らないから勘違いしてるんですよっ」

 つきつけられた返答に思わず口をつぐみそうになる。だが、ここで黙ったらだめなのだ。汗ばんだ手でぎゅっとメルギスクの手を握り直し畳みかけるように告げた。

「違わない。だって、精通以来勃起したのはメルがはじめてだ」
「だから、あれは疲れマラとかそういう」
「絶対にない。自分の体のことは私が一番よくわかってるんだ。私の体は確かにメルの体温と声と表情に反応したんだ」
「それは誤作動みたいなもので」

 なおも否定し続けるメルギスクにホルツはジクジクと痛むが、それ以上に意地でも認めないことへ苛立ちすら覚えた。だからか、がらにもなく声を荒げてしまった。

「誤作動で勃起するほど私は単純じゃない! そもそも、私は人間から理性を奪う性欲というものが大嫌いなんだ!」

 自分の中でずっと揺るがなかったなにかが弾けてしまえば、叩きつけるように持論を叫んだ。
 メルギスクはぽかんと口を開け、信じられないものでも見るかのように凝視してくる。目尻が熱くなるのを感じながらホルツはさらに続けた。

「なのに、メルが喜んだり、私に笑いかけてくれたり、キスを仕返してくれたり、逆にしてくれたりすると自分でも驚くほどすごく、嬉しいんだ。なにより私はきみに誤解を生んだあの日以来、もうキスだけじゃ足りないんだ」

 そこまで吐き出してしまえば、荒ぶっていた気持ちが少しは落ち着いた気がした。それでもまだ小さくくすぶる不満は自分では消せないだろう。
 まるで目が悪くなったかのようにぼやける視界に違和感を覚えていると、メルギスクの手が伸びてきて目元を拭ってきた。そうすればほんの少し鮮明になり、さっきまで諭すように微笑んでいたメルギスクが眉を下げて笑っていた。それはすっかり見慣れた顔だ。

「ホルツさんも泣きながら怒鳴ったりするんですね」
「……きみは常々私をなんだと思っているんだい」
「だって、ホルツさんはいつも笑ってばかりでそれ以外の感情を顔に出さないし、一人でなんでもできるから同じ人間とは思えないですよ」

 まったくもってひどい言い草だ。ホルツは唇を引き結ぶと身をかがめてメルギスクの額に額を押しつけた。

「私は人よりできることが多いからしてるだけだ。こんな風に感情を乱すのも、子供みたいに声を荒げて泣いたのも全部メルがはじめてだよ」
「そうなんですか」
「うん、メルが私に教えてくれたんだ」

 パチパチと目をしばたかせるメルギスクにホルツは眉を下げるとふっと微笑んだ。メルギスクはじっとホルツを見つめていたが、ハッとすると慌てて視線をそらした。

「でも俺、男だからホルツさんの子供残せないし」
「それがなんだっていうんだい? 私にとって重要なのは、メルが私に好意を抱いて、これからも一緒にいてくれるか。ただそれだけだよ」
「……っ」

 ようやく緩められた手に指を絡めて握りしめれば、メルギスクが息を飲んだ。視線は相変わらずそらしているものの、メルギスクの指がぎこちなく握り返してきた。
 それは言葉よりもわかりやすい答えだ。それでもメルギスクの言葉で答えがほしかった。

「メル、改めて言いたい。私はきみが好きだ。きみの身も心も、これからもずっと傍にいてほしい。メルは?」

 高鳴る胸がうるさくてしょうがない。けれど、答えをじっと待っていれば、そろそろとホルツに視線を合わせたメルギスクが意を決したように返してきた。

「お、俺もホルツさんのこと……しゅきですっ」

 勢いよくメルギスクは告げるものの、噛んだことに気づくなりさーっと青ざめ、ホルツの胸に顔を押し当ててくる。

「すみません、もう一度やり直しさせてください」
「どうして? 私もメルのことしゅきだよ」

 からかいをこめて言い返せば、勢いよく顔を上げたメルギスクがさらに顔を赤くして涙目で睨んでくる。

「そうやって人をからかうのもたいがいにしてくださいっ、旅行の時も言ったと思いますけど、そんなに俺が困るの楽しいですかっ!」
「楽しいのもあるけど、メル、私はね、すぐ赤くなったり照れたりするきみが大好きなんだ」
「……もっといい趣味を探すことをオススメします」

 口をへの字にして半目で提言するメルギスクに「それは難しいな」と呟く。すっかり壁が取り払われ、再び素の顔を見せてくれる事実に胸が一段と鼓動を打ち、体の末端まで熱が届くのを感じる。
 ホルツは目尻を下げてメルギスクの顔をのぞき込むと引き結ばれている唇に唇を押し当てた。最初はただ唇を当てているだけだったが、メルギスクが耐えきれず小さく笑い声を漏らし、唇を開いてホルツの口づけを受け入れた。
 キスは数え切れないほどしている。なのに、まるではじめてキスしたような不思議な錯覚を覚えたのだった。
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