ティベルクの使者は末王子の技師と愛を紡ぐ

天霧 ロウ

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告白1

 新年を迎えて早々、飛空艇の調整にヴィルスも駆り出された。そのため、朝から一人のケイブラムは天気がいいこともあって、城内を歩いていた。
 水気を含んだ風にはかすかだが新緑の匂いが混じって城内を通り抜けていく。建物の四隅には雪の残滓が残っているものの、往来や城の中庭など日当たりの良い場所は溶けていた。
 とはいえ、ケイブラムにとってまだ肌寒い季節なのは変わりない。羽織りをかき寄せ、中庭に面している廊下を歩いていれば、その中心にオガルス王が佇んでいるのに気づいた。
 陽光を浴びたオガルス王の髪は砂金のようにキラキラと輝き、悠然と空を泳ぐ赤い飛空艇ティレクを見上げていた。
 従者がそばにいるかも知れないが、無視することもできず、ケイブラムは中庭に続くアーチを抜けて足を踏み入れた。
 そうすれば、淡い温もりを含んだ風がケイブラムの全身を通り抜けていき、青々と輝く芝生が小波を作って足元を過ぎ去っていく。

「皇帝陛下、いくら春といえどまだ寒いのですから中に入ってはどうですか?」

 傍に来たケイブラムに気づいたオガルス王は空を泳ぐ赤い飛空艇ティレクからケイブラムへと顔を向けた。

「ああ、ケイブラム殿。気遣い感謝する。おぬしこそ、そんな薄着では風邪を引いてしまうぞ」

 青いマントの中へと抱き寄せたオガルス王は目尻に柔らかなシワを寄せて微笑んだ。困惑しつつも逆らうわけにもいかず、ケイブラムはありがたく受け入れることにした。
 すると、オガルス王の手がケイブラムの肩を掴み、尋ねてきた。

「して、子作りは順調か?」
「それは……」

 不意に聞かれたこともあり、ケイブラムはすぐに答えることができなかった。口ごもったケイブラムにオガルス王は気にした様子もなく続けた。

「そう身構えるな。なにも責めているわけではない。二人が出会った頃に比べて、仲睦まじいことはまわりから聞いておる」

 オガルス王の声が柔らかく低く響く。青い瞳はケイブラムを責めるどころか労りの色すら滲んでいる。

「だからこそ、おぬしから中々孕んだ報告がないことを心配しておるのだ。責任感の強いおぬしならヴィルスと両思いになった時点で孕んでくれるだろうと私は思ったからな。どうせ、あやつのことだ。余計な事を言ったのであろう?」

 オガルス王の問にケイブラムはどう返すべきか悩んだ。
 ヴィルスにたいして男としての劣等感が拭えないときもいまだにあるが、それ以上に好意を抱いているのは事実だ。
 だが、ヴィルスは依然として契りを交わす様子はまるでないものの、男のケイブラムにあふれるほどの種を注ぐのだ。ヴィルスとて、契りを交わさなければそれが不毛なことはじゅうぶんにわかりきっているはずなのにだ。
 ただ、ヴィルスが契りを交わさない理由はおそらく自分にあるような気がした。ケイブラムは手を握りしめると、絞り出すように答えた。

「当時の私は売り言葉に買い言葉で勝手に契りはしないと返してしまったんです」

 オガルス王は空を見上げて自分の顎を撫でながら「ふむ」と呟く。風が通り抜ける音と帝都の方から賑やかな声がわずかだが聞こえてくる。
 その音に耳を傾けて沈黙から目を逸らしていると、青い瞳は同じ色をした空からうつむいているケイブラムを映した。

「では、今のケイブラム殿はどうだ?」
「どう、とは?」

 オガルス王の言葉の意味をいまいち汲み取れず、顔をあげたケイブラムは小さく首をかしげる。肩を掴んでいるオガルス王の手がわずかに力がこもると、まっすぐにケイブラムを見つめた。

「出会った頃ならいざしらず、今のケイブラム殿はヴィルスの子を孕みたいと思っているか?」

 その言葉に息を呑む。
 王家の血は正統な血筋であるティオが残すものであり,生まれを秘匿された自分が家庭を持つなど考えたこともなければ、興味もなかった。
 改めて自分とヴィルスの間に生まれる子について考えてみると、以前に比べて嫌悪感はない。それどころかヴィルスが望むなら、契りを交わして孕んでもいいと思考ができるくらいには抵抗が薄れていた。

「そう、ですね。十人はさすがに多すぎな気がしますが、三人ぐらいなら……」

 握りしめていた手を解き、両手を下腹部に添えて蚊の鳴くような声で告げれば、オガルス王は目をこれでもかと開いた。そして、満面の笑みを浮かべて数度頷いた。

「そうかそうか。初孫と会える日も案外近いかもしれぬな」

 オガルス王はケイブラムの肩を掴んでいた手を離すと、ぽんぽんと優しく背中を叩いた。顔を真っ赤にしてうつむいているケイブラムの横顔をしばし見つめた後「そういえば」と呟いた。

「おぬしはティレクの側近をしていたのだったな。であれば、腕もそれなりに立つのだろう? よければ、打ち合いに付き合ってくれぬか?」
「私でいいんですか?」

 突拍子もないオガルス王からの提案にケイブラムは驚きつつも尋ね返す。
 オガルスに来てからヴィルスの同僚を棒術で相手した以外打ち合いらしいことは一切していない。けれど、長いこと鍛え続けた体は武器を手に取れば、考えるよりも早く動かせるだろう。そうなるほど、西にいた頃は鍛錬を欠かさなかった。
 改めてオガルス王を見れば、その体は初めて会った時同様、年不相応な生気に満ちている。そして、ケイブラムの言葉にオガルス王は鷹揚に頷いた。
 
「うむ。私ほどの腕前になると、東ではまともに相手ができるものがおらぬのだ」

 オガルス王の腕は軍神と呼ばれたティベルク王が唯一認めたほどだ。
 久しぶりの打ち合いと、なにより培ってきた技術を遠慮なくぶつけられる興奮に自然と笑みが広がっていった。

「でしたら、ぜひお相手させてください」
「では、模擬剣を取りに行くか」
「それでしたら、場所さえ教えていただければ、私が取りに行ってまいります」

 わざわざオガルス王が自ら取りに行く必要はない。そもそも、王であれば、近くに身辺の世話をさせている従者に行かせればいい話だ。
 あらためて見渡せば、あたりにはケイブラムとオガルス王以外の気配は感じない。そういえば、ティベルクに訪れたときもオガルス王は一人だった。

「あの、失礼ながら陛下のまわりを世話するものはどこにいるのですか?」
「そんな者など必要ないぞ」

 サラリと返ってきた言葉に、さすがのケイブラムはあっけにとられた。
 周辺諸国を蹂躙し、一つの国へと統合したのであれば、多くのものから恨まれ、それゆえに常に命を狙われる身になる。であれば、普通の王は命を守るために自分の警護を堅めるはずだ。
 身辺の警護が不要なティベルク王でさえ、念のためにとケイブラムを側近として置いていたのにだ。だが、オガルス王は必要ないと断言した。それは強者が持つ揺らぎない絶対的な自信ゆえだろう。

「ですが、皇帝陛下。さすがに一人もいないのは……」
「前にも話しただろう。私は父がよそに子種を巻き散らかしたせいで、散々な目にあってきたのだ」

 オガルス王は心配そうに見つめてくるケイブラムの方を向かず、ゆっくりと歩き出す。ヴィルスよりも濃い色をした瞳は前を見つめているが、その瞳に映っているのはどこか遠い場所のように思えた。

「末弟の私は王位継承権が一番低くてな。だが、それに関して不満を持ったことは一度もなかった。王になるということは民草の命を背負うことだからな。私はそんな重荷など背負いたくなかった。だから、王位継承権が低いことは私にとって都合が良かった」

 空を泳ぐように飛空艇の影が不意にオガルス王とケイブラムの頭上に落ちてくる。ゆったりとした動きとは裏腹に風は轟々と唸り、オガルス王のマントを勢いよくはためかせた。

「私は命のやり取りを求め、常に戦場の最前線を駆けた。あの時の私にとって、戦うことだけが生きがいだったからな。だが、幸が不幸か。身勝手な生き様は結果的に国に貢献をしているということになり、父は私の継承権を一度あげたのだ」

 その時のことを思い出すかのように、オガルス王は忌々しそうに眉を寄せ、深いため息を吐いた。

「それからは毎日が死と隣り合わせだった。私の母や乳母は兄の取り巻きと兄自身の手によって殺され、私も何度か命を落としかけた」
「前皇帝陛下はなにも言わなかったのですか?」

 オガルス王はケイブラムの苦言に嘲笑を口元に浮かべた。

「父もそうして玉座を手に入れたのだから言うわけない。まあ、やられっぱなしは性に合わぬし、私の大事なものに手を出したものはそれ相応の報復を受けてもらったが……」

 頭上を覆っていた飛空艇が去れば、明るい日差しが一気に降り注いで来る。日差しを反射する傷ついた壁や青々とした芝生を見たオガルス王は目を細めた。その瞳はやはり遠いどこかを見つめている気がした。
 どう声をかけるべきか迷ってる間に、オガルス王は一度まばたきをしてケイブラムの方を向き直る。その瞳はすでに憧憬を追っておらず、シワが刻まれた顔は屈託ない笑みを浮かべた。

「おかげですっかり人間不信になってしまってな。こうして皇帝となってもなお、身の回りのことはすべて自分でこなさなければ気がすまなくなってしまったというわけだ」
「だから、皇帝陛下は世話をするものをつけないんですね」

 オガルス王の話にケイブラムは今までのことに合点いく。同時に孤高であることをよしとするその強さにどこか寂しさを覚えた。けれど、それを言葉として告げるのはオガルス王にとって侮辱になるだろう。

「貴重なお話を聞かせてくださりありがとうございました」
「面白みもない昔話に礼を言うのはケイブラム殿くらいだな。さて、年寄りのつまらん話はこれくらいにして楽しい打ち合いでもしようではないか」

 オガルス王がケイブラムから離れると、舎の中から模擬剣を二つ手に取って戻ってくる。手渡された模擬剣はずいぶん使い込まれており、細かな傷があった。
 
「先に言っておくが、手加減はなしだぞ?」
「皇帝陛下こそ」

 売り言葉に買い言葉と言い返す。
 お互い距離をとって、模擬剣を構える。たゆたう雲の影が二人の間を通り抜けたその瞬間、風の唸り声が耳をかすむ。その音を頼りに、手にしていた模擬剣を頭上に掲げれば、硬い音があたりに響いた。
 年老いてもなお鍛えているだけあって、一撃が重い。あまりの重さに受け止めた腕がジンと痺れる。
 体重を込めて押し付けられる模擬剣をケイブラムは打ち返さず流した。そのスキを逃さず、勢いでオガルス王の腹部を狙う。オガルス王はやすやすと弾くと、距離を取った。
 けれど、ケイブラムはその距離を詰めて、素早く突きを入れる。力で勝てる相手でないなら手数で押すしかない。しかし、オガルス王はそれらを容易に弾いていく。

「手数だけでは私には勝てんぞ」
「ええ、それは私が一番わかっていますっ」

 そう言い切るとともにオガルス王の一撃を弾いた瞬間、その足元をすくうように足を滑らせる。だが、オガルス王はまるでそう来るのがわかっていたと言わんばかりに地を蹴って、さらにケイブラムから距離を取った。

「やはり親子だな。やり口がそっくりだ」

 トンと地面に着地したオガルス王は嬉しそうに呟いた。
 手にしていた模擬剣を大きく振るって持ち直すと、ケイブラムを真っ直ぐに見据える。しかし、その双眸に宿っている光は戦いに飢える獣そのものだった。
 その視線からは何も感じれない。だからこそ、ケイブラムは恐ろしかった。震えそうになる指でしっかりと柄を握り、襲いくる攻撃に身構える。
 一瞬。ほんの一瞬だった。
 地を蹴ったオガルス王は老体とは思えぬほどの速さで、ケイブラムの前にいた。音どころか風圧すらない静かな横薙ぎに寸でのところで模擬剣を滑り込ませて勢いを相殺する。
 だが、流しきれなかった力で体勢が崩れ、指先から模擬剣が滑り落ちてしまう。拾わなければ次にくる攻撃を流すことはできない。けれど、取ろうと手を伸ばせば、それこそ相手の思うつぼだ。
 ならば、ケイブラムの取る手段は一つだ。
 模擬剣に向かって伸ばしかけた手を引っ込め、地面にへばりつく勢いで身をかがめる。頭上をかすめた圧が再び降りかかろうとする手前、ケイブラムは落ちていた模擬剣をとって受け流す。

「どうしたケイブラム殿。動きが鈍ってきてるぞ」

 くるくると模擬剣を回してあからさまに挑発してくるが、安い挑発に乗るほど冷静さを欠いてはいない。
 短期決戦を得意とするケイブラムにとって、長期の打ち合いは分が悪い。なんとかしてオガルス王に一撃を入れたいが、悠然としたふるまいとは裏腹にまるでスキがないのだ。
 ヴィルスとは違う意味で、オガルス王の強さも化け物じみている。
 オガルス王のスキを探そうとした一瞬の迷いをオガルス王は見逃さなかった。重い攻撃とは打って変わって、ケイブラムの手元を狙って剣先が見事な弧を描いて向かってくる。とっさに剣で防げば、擦れあった模擬剣の間に強い摩擦が生まれる。
 体勢を立て直すために距離を取れば、手元から焦げた臭いが鼻についた。

「ケイブラム殿っ!」

 オガルス王の声にハッとして自分の持っている模擬剣を見れば火が灯っていた。あっという間に柄まで下ってきた炎にケイブラムは宙にいる精霊に気を繋げる。そうすれば、ケイブラムの頭上にバケツをひっくり返したような水が降り掛かった。
 無事消火できたものの、水の量や落とす位置を精霊に伝えるのを忘れてしまった。髪や服からはポタポタと雫が流れ落ち、手にしている模擬剣は刃が真っ黒に焼け焦げていた。

「ケイブラム殿、大丈夫かっ!」

 オガルス王がそばに来ると、羽織っていたマントを外してケイブラムにかけた。ケイブラムはオガルス王を見上げて形の良い眉を下げた。

「すみません、皇帝陛下。お借りしたものを駄目にしてしまいました」

 手に持っていた模擬剣に視線を落とせば、オガルス王はかすかに目を見開いた後、ふっと微笑んだ。

「構わぬ。これがこうなったのもきっと運命なのだ」
「皇帝陛下?」

 ケイブラムの手から模擬剣を取ったオガルス王は真っ黒になった刃をそっと撫でる。そうすれば、ボロボロと剣先が崩れ落ち、芝生の上に残骸が散らばった。
 その様子を見つめる瞳は先ほど過去を語ったときと同じようで違う。遠いどこかを見つめていながらも、眩しいものでも見るように目を細めていた。その輝きはケイブラムがオガルスに来る日、飛空艇で父が好きなのかと尋ねたときと同じものだった。
 オガルス王は柄だけが残った模擬剣を懐にしまうと、水気を含んだケイブラムの頭を撫でた。

「結果は次回に持ち越しだな。私に付き合ってくれてありがとう。さあ、このままでは風邪を引いてしまう。ケイブラム殿は部屋に戻るといい」
「わかりました。マントはあとでお返しします」
「うむ」

 オガルス王はそっと手を離すと、満足気に微笑んだ。
 なにか言葉をかけたかったが思い浮かばず、結局会釈をしてその場を後にした。
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