星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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14章 二心を抱かずに

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「お呼びはいつかかるのでしょうか?」

 ラドルフはそう問いかけながら布面をずらし、フィナンシェを口に押し込んだ。

「うまーっ!」
「食事は別々なのか?」

 イーサンの問いかけに、ノイは片眉を上げた。

「ジーン秘書官は、特に時間は言ってなかったけど。」

 アリムは自然と集まった視線に、首を傾げる。

「僕も何も言われていません……。」

 アリムは途端に所在なさげに、グラスを傾けた。
 クリスタルのグラスの中で、氷がカランっと澄んだ音を立てる。

「なんでですかね?他のお妃様の時は、夕食も一緒にとるのに。この前だって、リアナ妃殿下と、ディナーの席を設けていましたよ?」
「……ん……?」

 アリムはのそりと視線を上げ、口を滑らせた騎士を見遣った。

「ラドルフ!!」

 またイーサンが鋭い声で、ラドルフを制した。
 ハッとラドルフが口を塞ぐ。
 部屋が一瞬で沈黙と共に冷え切る。

「申し訳ございま……!」
「ランディ、男色の経験は?」

 アリムはラドルフに向き直り、唐突に切り出した。

「だ、男色でございますか……?」
「そう、男色。」

 アリムはテーブルに肘をつきながら、ラドルフの皿に、チョコレートを入れる。
 目の前の妃がマルグリットならば、このチョコレートは間違いなく毒入りだろう。
 そして肘をつくだけで、不機嫌そうに見えるのは何故だろうか。
 ラドルフは恐る恐るアリムとチョコレートを交互に見つめた。

「失礼な質問でしたか?」

 アリムはチョコレートの包みを解き、ポイッと口の中に放り込む。
 それを口の中で転がしながら、軽く肩をすくめた。

「口が軽いランディなら、なんでも答えてくれると思ったんですけど。」

 ラドルフはポカンッと口を開いた。
 無礼な発言に、無神経な質問を返した。
 つまり今の失言を不問にすると言うことだろうか。
 だが先程の発言は、他の王族の前ならば、口の軽さを理由に、懲戒をうけたとしてもおかしくはなかった。
 懐の深いリアナでさえ、きっと退室を命じたであろう。

「……口の軽さは、懲罰の対象っす。」

 ノイがこめかみを押さえる。

「ラドルフに退室を命じてください。」
「……。」

 ノイの進言に、アリムは口をへの字に曲げた。

「ランディには借りがありますから。」
「はぁ?」
「さっき鳩尾に思い切り打ち込んでしまったじゃないですか。ランディ、これでチャラになりますか?」

 アリムはフフッと口元を緩める。そのイタズラな笑いに、ラドルフはもげるばかりに首を振る。

「とんでもない!!許すもなにもございません!」
「良かった。なら、これでお終いです。」

 アリムの許し方に、何も言う事ができなかった。
 イーサンとラドルフも、戸惑ってアリムを見つめている。
 アリムはその沈黙を嫌がるように、ラドルフの皿にチョコレートを積み上げていった。
 あと一つ、シェルチョコレートを乗せようとしたところで、ラドルフが慌ててその手を止めた。

「この辺りで……!」
「甘すぎる。」

 ノイはジトリとアリムを睨め付けた。

「ナトマ卿。これ以上いうなら、追い出しますよ。」
「なんで俺なんだよ。」
「無礼は懲罰の対象にはならないんですか?」

 その言葉に、ノイはグッと押し黙った。
 流石に何も言い返せなかった。
 アリムは、ノイが口を噤んだのをいい事に、くるりとラドルフを振り返った。

「で、ランディ。男色の経験は?」
「ええっと……。あります。先輩騎士と、遊びでですが。」
「へぇ!」

 ラドルフは相手の名前を伏せつつ、掻い摘んでエピソードを語る。
 それでも第二騎士団にいれば、相手が誰なのか容易に想像がつく。イーサンは「お前、遊びで済ませて正解だよ。」と彼の肩を叩き、ノイも後味の悪さに肩をすくめた。

「トマス卿は?」
「私のことも、どうかエタンとお呼びください。」

 イーサンは相好を崩し、愛称で呼ぶようにねだる。

「エタン?」

 アリムが小さく笑いながら、イーサンを呼び直す。 
 イーサンは「はい。」と行儀良く返事をした。

「私はございませんよ。でも我々の中ではあってもおかしな事ではございません。生死の境を共に歩けば、友情以上の気持ちが湧くものです。」
「へぇ……。」

 アリムはシパシパと目を瞬き、なんとも言えない様子で頷いた。

「妃殿下はバーリとはそういう関係ではないのですか?」
「ラドルフ……!」

 イーサンが唸る。
 3度だ。
 この短い時間で3度、ラドルフは不用意な発言をしている。
 そろそろ我慢が限界に達しそうだった。
 ノイはもう一度ラドルフの退室を促そうと、アリムを見る。
 しかしアリムは面食らったように目を丸くした。

「……よく、わかりません。」

 今度はラドルフとイーサンが目を丸くした。
 アリムの登宮以降、雷が頻発しているのは有名な所だ。ラドルフだって、それくらい知っているはずだ。
 ラドルフは戸惑って、無闇に口を開く。

「でも、ほら。バーリのご様子をみれば、妃殿下を寵愛されているのは、わかりきったことじゃないですか。そのうちに妃殿下も……。」

 身を乗り出したラドルフの前に、ノイは腕を割り込ませた。

「殿下、グラスを。」

 驚いて顔を上げるラドルフに、ノイは一瞬だけ鋭い視線を向けた。
 ラドルフはビクッと震え上がると、身を竦める。

「殿下。」

 ノイはもう一度アリムを呼んだ。

「……はい。」
「グラスが空いてます。まだ飲むでしょう?」

 アリムはグラスに視線を落とし、それからノイを見上げる。
 その目には明らかな戸惑いが浮かんでいた。

「ありがとうございます。」

 アリムは濡れたグラスを差し出して、ノイの給仕を受ける。
 カランっと氷がグラスの中で崩れる。
 それに目を向けながら、アリムはまた首を傾げた。

「……俺、これからどうなるんだろう。」

 アリムはノイに向かって、問いかける。
 不安げな声音だった。
 ノイは静かに首を縦に振った。
 アリムの瞳が更に頼りなく、ユラユラと揺れる。

「俺は、後継者を産めないし、バーリが関心をなくせば、守ってくれるものもなくなる……よね?そうしたら、俺はどうなるんですか?」

 マルグリットとリアナですら、後継者を産まなければ、家の援助に頼って生きなければならないだろう。

「バーリと枕を交わせば、妃殿下のお立場は確固たるものとなります。あまり不安に思いませんように。」

 イーサンが慌てた様にアリムを宥めた。
 アリムの不安を煽った事に気がついたラドルフも、舌をもつれさせながらそれに便乗する。

「寝れば自然と情も湧きますよ!」
「はい……。」

 アリムは不安げに2人を見遣り、曖昧に頷く。 
 アリムは数ヶ月前まで、平民だったのだ。
 貴族の様に、政略結婚をする可能性もなく育ってきた。
 城下で暮らしていたならば、義務で枕を交わす必要はなかったはずだ。

 貴族には血筋を残す使命がある。

 結婚は利益を生み出すものであり、床を共にする行為は、いわば義務であった。
 それが王の寝所に入るということなら、栄誉は如何程のものか。

 ならばアリムのような戸惑いは、彼らにとっては、思いもつかない事だろう。

 ノイはその事を理解していた。

「バーリと寝るのが嫌って事っすか?」

 直接的な言葉を受けて、アリムは答えに窮したようだった。

「それなら腹でも壊せばいいんですよ。」

 ノイはアリムのグラスに、氷を追加した。
 ガランっと乱暴な音が響く。
 アリムはハッとしたように、ノイを見上げた。
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