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六 虹彩の雲の行方。
しおりを挟む虹彩の雲の行方。
これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様とお友達のお話。ここには龍之介と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社のたくさんの、おはなし。
ススキの穂が川風になびいて、あたりの桜や欅の木々が赤に黄色に色づいて艶やかな姿を川面に映し出している。
ハラハラと舞い落ちる木々の葉が薔薇色の雲間に映えている。
そんな夕暮れの河原のベンチに1人の精霊が腰掛けていた。彼女の名は高津川沙蘭姫という。沙蘭姫は今朝方届いた便りを握りしめ物思いに耽っていた。その便りにはこう綴られていた。
「姫様、わしら川の生き物は姫様の御加護でこれまでやってまいりました。しかし、この辺りも昔とは変わってしまいたくさんの仲間が違う流れへと移り行きました。わしは、もう時期このお役目を解かれることを望んでいます。この川を、わしらがいつまでも生きられるようにと次の世代に伝えたいのです。どうか、代替わりの儀式においで願えませんでしょうか。次の後継はタナゴの銀之丞にと思っております。虹亮」
沙蘭姫は、はーっとため息をつくと
「虹亮(こうすけ)もそのような歳になりましたか。代替わりの儀式とはまた古風なことを。近頃はそのようなことを言ってくるものはおりませんのに。これは龍之介さんに相談してみましょうかね。きっと、寂しいのでしょうねぇ。虹亮は仙人にはならないのね。」
そう言うと川面にふわりと舞い降りそのまま風と共に消えてしまった。
龍之介は、太郎と2人床几を二つ並べヤマメの塩焼きとキノコと油揚げの辛子酢味噌和え、そして菜っぱと焼き豆腐の煮浸し、日本酒を二合徳利に入れてぐい呑みには並々と酒を注ぎ暮れゆく中、紅葉を眺めていた。
「太郎さん、明日は子供達が来るゆえ何か餅でもこしらえるかのぉ。栗の渋皮煮があるし、栗餅にしようか。栗かのこも良いのぉ。あの子達が来るのがこんなにも楽しくなるとはの。人々の話も大層変わってしまって、何もかも知っておるわしらでもあの子たちの視点というのはなかなか学びの多いものよの。何より愛おしゅての。」
龍之介はそう言うと酒を少し飲んで油揚げをつまんだ。
「龍之介さんがこんなにも肩入れするとは思いませんでした。確かにあの子達の可愛さはなんとも言えませんがな。純真というか、真っ直ぐな光のような子供達だ。」
太郎は焼き豆腐をほうばると、んーとなんとも言えないため息をつき味わってから酒を口に運んだ。
暮れなずむ空に星がわれ先にと光り始めた頃沙蘭姫が姿を現した。
「こんばんは、ご機嫌いかがでしょうか?お二人に相談がございまして参りましたが、今夜は御酒を召し上がっておられるのでございますね。明日もう一度伺った方が宜しゅうございましょうか?」
沙蘭姫はそう言いつつも床几の端に腰を下ろすとにこりと微笑んだ。
龍之介は姫のためにぐい呑みや取り皿などを持ってくると
「なんじゃ、お困りごとかの?まずは一献、話はそのあとじゃよ。」
と言いながら酒を注いだ。
三人はそれぞれにあてを小皿に取ると、輝く星々に盃をかかげてから口をつけた。
酒も進み、〆に蕎麦でもと龍之介が用意に行ってしまったときだった。
「太郎さん、時の流れとはなんとも淋しいものですわね。私達のように神様方の次に長くここにいるものからすれば生きとし生けるものはいつか年老いてしまう。例え精霊や仙人になろうとも、私達の時間とはかけ離れたほどの短さです。私ね、虹亮がとても好きでしたのよ。恋とは違いますわ。なんというか、愛おしい、そう子供のような。その虹亮が、仙人にはならないと決めたようなのです。それで、代替わりの儀式をして欲しいと。きっと、あの舞を舞ってほしいと思っているのでしょうね。今なら野菊やススキの精霊達も一緒に舞ってくれるのではないでしょうか。ですが、精霊達はこの舞を知りませんの。もう長い間儀式自体しておりませんし。それで、精霊を集めてお稽古をしたいのです。
ここの場所をお借りしてもよろしいでしょうか。」
沙蘭姫は少し頬を染めながらつぶやいた。
太郎は二つ返事で請け合うと、精霊達に声をかけるゆえに心配はいらんよと笑った。
「ん?なんじゃ二人で。蕎麦ができたんじゃが、わしが聞いても良い話かの?」
龍之介は冷やかし半分に蕎麦をふたりの横に置き、自分も座り直した。
次の日は、風もあまり冷たくは無く、子供達が来るにはちょどいい天気だった。二人は入り口を通ると
「こんにちはー!たくみとこうきです!遊びに来ました。」
と言いながら駆け込んできた。
すると、座敷の奥が少し広くなっているように見え、しかもそこには何人かの精霊達が一人の精霊を囲んで話をしていた。
二人は台所に一番近い席に座ると龍之介に心配そうな顔で
「今日、ここにきてよかったの?精霊さん達真剣に話してはるやん。僕ら邪魔やったらまた今度にします。」
と真剣な口調で告げた。
「いやいや、お前達がおっても構わんよ。精霊達がこれから数日舞の稽古をするのでな。それで広くしたんじゃ。わしらとて何もできぬゆえ、たくみとこうきの話し相手には事欠かんよ。」
龍之介はそう言うと、黒豆茶と栗餅、栗の渋皮煮を皿に盛り二人に出してやった。
「舞?踊りのこと?精霊さん達の踊りなんて、きっと綺麗なんやろうなぁ。」
こうきは豆茶を一口啜りほーっとため息をついた後にそう言った。
「ほんまやなぁ。僕らも観てみたいよなぁ。」
たくみは栗餅を一口かじると、幸せそうに微笑みながらうなづいた。
精霊達は初め沙蘭姫の手解きになかなか苦労をしていたが、ススキの風太と野菊の紫音、竜胆の凛はそれでも1日とは思えぬ上達をしていった。
「ねえ龍之介さん、あの精霊さん達はなんで舞の練習をしてはるの?お祭りがあるん?」
こうきは栗の渋皮煮を楊枝で刺しながら聞いてみた。
「うむ。真ん中に白い着物の精霊がおるじゃろ?あの子は高津川の精霊なんじゃよ。高津川沙蘭姫というんじゃ。高津川にはたくさんの魚がおって、この中には精霊から仙人になるものと、精霊で終わり次に託すもののふた通りがいるんじゃよ。生き物の全ての精霊が仙人になっては次につなぐものがおらぬようになるじゃろう?植物の精霊は余程のことがない限り精霊のまま一生を終える。とはいえ人間とは時間が違うがの。それでじゃ。この高津川に住んでおるカワムツの虹亮という精霊がこの度役割を終えて次のものに交代をすることになったんじゃが、虹亮の立っての願いで引き継ぎの儀式で舞をして欲しいと姫に手紙をよこしたのじゃ。それで、姫も舞を舞うことにしたのじゃが、長い間していなかったので、稽古が必要となったわけじゃよ。」
龍之介はそういうとお茶を飲んだ。
「龍之介さん、カワムツの虹亮さんは仙人さんにはならはらへんの?じゃあ、高津川の仙人さんはどうするん?」
こうきは持っていた栗を齧るのも忘れて龍之介の目を覗き込んだ。
龍之介は、にこりと笑うと
「高津川の上流は綺麗な清流での。カジカガエルの千露漓(ちろり)が上流を守る仙人じゃ。下流は雄鹿の駿が見守っておるよ。じゃが中流域を本当は虹亮に見て欲しかったんじゃろうがの。まあ、しばらくは千露漓と駿で手分けするじゃろう。」
そういった。
「カジカガエルって、僕見たことないわ!龍之介さんどんなカエルなん?大きいん?」
たくみは興味津々で龍之介を覗き込む。
変わるが悪の質問攻めに龍之介ははははとわらうと、
「カジカガエルというのはな、綺麗な水辺にしか生息できぬカエルなんじゃよ。アマガエルほどの大きさでコロコロコロコロと可愛らしい声で鳴くんじゃ。いつか、会わせてやろうの。」
そういうと、熱いお茶を湯呑みに注いだ。
舞はいつのまにか、どこからか音楽が聞こえてきて皆が一斉に動きを合わせ始めた。
その動きには無駄がなく、一枚の布がはためくように涼やかに、川面に吹く風のように滑らかに進んでゆく。
四人は息を吐くのも忘れてしまうほどの感動を覚え、ただただみいるばかりだった。
いく日かの練習が続き、次の土曜のお昼前。
高津川の中流域は沢山の魚や動物が集まり、皆が手に手にお祝いの品を持ち寄った。虹亮は集まった皆に頭を下げ、礼を述べた。そこにたくみとこうきが到着した。
多分周りの人たちは気が付きもしなかっただろう。
子供が二人、河原を歩いていてふんわりと空気に溶けるように消えていったことには。
そう、ここは結界の中。普通の人間は入ることも気がつくこともない空間なのだ。
二人は虹亮に虹色の折り紙でおった鯉と、星の折り紙をそれぞれ渡し河岸の結界の端の方に座った。
高津川沙蘭姫は風太、紫音、凛に美しい虹色の衣装をあつらえ、川の中程に作った舞台に四人で立つと、またどこからか音楽が流れてきて風のようなせせらぎのような美しい舞を披露している。
皆が心奪われているのと同じようにたくみもこうきも、毎日のように見ていたはずのその舞に心を奪われた。
小一時間ほどの舞が終わり、虹亮は次の精霊であるタナゴの銀之丞を紹介すると、たくさんの祝いの品々にお礼を言いパシャリと水しぶきをあげそのしぶきと共に空気の中に消えていった。
後には大勢がいるとは思えないほどの静寂と淋しい風が残るばかりだった。
たくみとこうきは、龍之介の元へと向かっていた。二人とも口を開くことはなく涙を溜めて、溢れるのを堪えていた。
「龍之介さん、いっちゃった。虹亮さんがパシャって跳ねて、消えてしまった。僕ら悲しいんかうれしいんかわからへんようになってしまった。わぁーん。」
二人は龍之介と太郎にしがみつくと大声で泣いた。でも、耳元で
「泣かないでください。私はかみさんや友達の元に行くんですよ。たくみさんやこうきさんに見送っていただいて嬉しゅうございました。忘れてください。私は幸せ者だと向こうの皆に伝えます。だから、忘れてくださっていいんですよ。」
と虹亮が囁いたような気がして目を挙げると天井にキラキラと虹がかかっていた。
秋晴れの青空に虹彩を作って雲が流れてゆく。それは一人の精霊の儚いしぶきのように。そして、季節が深まってゆくかのように。
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