龍神様のお食事処。 

月の涙白き花弁。

文字の大きさ
10 / 41

十 緋い焔の涙。

しおりを挟む



緋い焔(あかいほのお)の涙。

これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様とお友達のお話。ここには龍之介と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や動物、人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社のたくさんのお話。




その雉鳩(きじばと)は、周りの雉鳩より一周り半は大きくて羽根の先がいつも燃え上がる焔のようにギラギラと怪しく輝いていた。
名前は鳩妓(きゅうき)。
彼女は、死ぬことのできない悲しい過去を持つ雉鳩なのだ。

遠い昔、鳩妓はただ幸せになりたいと願ったただの雉鳩だった。夫との間に卵を成し、ひよこになり巣立つまで大切に大切に育てていた。
その頃、野鳥というのは村の人々にとってとても貴重な収入源であった。
食べられる鳥は焼かれて売られてしまう。
声色の美しい鳥は小さなカゴに閉じ込められ、いい声を聴かせろと言われて一生を終える。
村の男たちは霞網を張っては、鳥たちを獲って生計の一つとしていた。

鳩妓の雛たちは羽根も大人と遜色なく生え揃いそろそろ巣立ちの時とばかりに飛ぶ練習を盛んにしていた。
この子達が、また次の世代につながると思うと胸が高鳴った。
ところが、巣立ちを数日後に控えたある日雛たちが飛ぶ練習をしていて、うっかり霞網に引っかかってしまった。四羽いた雛が全て。もがいて体に食い込んだ網を鳩妓はなんとかしてやろうとしたのだが血が滲むばかりで、そのうちに村人が網を持って帰ってしまった。
悲しみに暮れる鳩妓を夫はそばにいていつも慰めてくれた。
そして、何度も抱卵して雛が巣立つ数日前には必ずと言っていいほど霞網に捕まってしまった。そのうちに夫までもが霞網の餌食となり、鳩妓の心はもはや人間への憎しみに燃える焔と化していた。


鳩妓は、峠の森の中に庵を結び、道ゆく旅人たちに茶を振る舞って暮らしていた。夕方に近くなって峠を降るには暗くなって困っている旅人には、一夜の宿を貸すこともあった。
鳩妓は、そんな旅人たちの目玉を食べてしまうことにしたのだか、両目を食べてしまうとその旅人たちも生活に困るだろう。片目なら、何とかなるはず。そう思い、いつも片目をくり抜いて庵ごと姿を消して、朝には麓の草っ原に寝ているばかりとするようにしたのだ。
噂は山裾の村まで広がり、あの峠は夕暮れ時には近付いてはならぬとおふれまで出るようになった。

鳩妓は、後三つ目玉が欲しかった。亡くなった雛と夫のために。
後三つで、敵討ちも終わる。そうなれば自分はのたれ死のうが地獄の炎に焼かれようがどうということはない。鳩妓は峠にやってくる人々をもてなし続けた。だが、夕暮れ時にはぴたりと旅人の気配はなくなりあと3つがなかなか果たせない。
命を奪らずに帰したのは間違いだったのだろうか?人間に情けをかけたのがいけなかったのか。もう、昼間でも何でもいいから三人襲って、死ぬのが良いのか?
焦りからか人々を取り逃すようになってしまった。

そんなある日、一人の若者が峠を越えようとやってきた。日は西に傾きじきに暗くなる。
鳩妓は、若者に声をかけた。
「お兄さん、もうじき暗くなりますよ。もしうちでよければ上がって休んでいってくださいよ。ただのお茶屋ですが、粥ぐらいならお出ししますから。」
若者は少し思案してからうなずくと、
「そうじゃな。そうさせていただこうかの。旅というのは見知らぬ人との出会いや会話が楽しいゆえ。お銭(おあし)はたんとは出せぬが、よろしいかな?」
と尋ねた。
「もちろんお銭などいりません。ささ、こちらへ。」
鳩妓は、久々の獲物に小躍りしそうなのを堪えながら茶屋に案内した。古びた茶屋が見えてくると、若者はこんなことを話し始めた。
「ねえさん、名はなんというんじゃ?ここは目玉をくり抜く化け物が住んでおるそうな。わしはその化け物に会ってみたいと思おての。きっと何やら事情があるはずじゃ。そして、本当は心優しいはずなんじゃよ。そうでなければ生きて帰すなどするはずない。しかも山裾まで送り届けているらしいのじゃ。ねえさんはその化け物に会ったことはないのかね?こんな山の中に住んでおって。怖い思いをしていなければいいのじゃがのぉ。」
鳩妓は無言でその話を聞きながら、足湯を用意し、奥の部屋に通した。
若者は足湯を使うと、奥の囲炉裏のある部屋に入り彼女のさす方に腰を下ろした。囲炉裏には粥が掛けられふつふつといい香りを放っている。
「これはまた、うまそうな粥じゃな。薬草でも入っておるのかな?なんともいい香りじゃ。」
若者はお椀によそわれた粥をゆっくりと鼻元へ持っていき、香りを楽しんでから食べ始めた。そして、また語り始めた。
「ねえさん、名前を教えてはもらえんかの?この粥はわしには効かぬよ。お前さんがどんなに自分が強いと思うておってもわしには敵わぬ。なんでこんなことになってしもうたのか、話してくんじゃろうか。お前さんが心の底から人を、命を憎んでいるわけではないと信じたいんじゃ。」
鳩妓は、最初はこの若者の言っている言葉を理解できなかった。何を言っているのか?この薬草が効かない?そして、自分がした事を知られている事を悟った。この若者は普通の人間ではない。もしかしたら人間ですらないかもしれない。
そう思うと、畏れと悲しみで、今まで起きた事、そしてなぜこんな事を始めてしまったのかを素直に話した。
若者は何も言わず、ただ聞いてくれそして頭を撫でると
「わしの知り合いが鳥を探しておっての。心優しいやつなんじゃが、少し怠け者なんじゃ。奴の世話をしてはくれまいか?そこで、今までしてきたことの償いはせねばいかんよ。じゃが、悪いようにはなさるまい。お前さんは本当は子煩悩のいい母親じゃ。じゃからの、そこへ連れて行ってやろうの。」
そう言うと、若者は「ふん!」と腹に力を入れ龍へと変化した。そして鳩妓の返事を待たず彼女を掴むと空へと舞い上がった。
月が、瞬く星を従えて東の空から顔を出している。その横を雲の上へ上へとひたすら上っていく。
鳩妓は龍神に捕まったと悟り、大人しく連れていかれることにした。暴れたとて解かれるはずもなく、また、自分の罪は誰に押し付けることもできない。裁きの時が来たのだ。あと三つ。目玉を捧げたかった。あの子たちと夫の供養のために。

連れてこられたのは眩いほどの光を放つ雲の上の御殿であった。扉は開いていて中は虹色に輝く草花や木々が風にそよいでいた。
「おお!よく来たの鳩妓、待っておったぞ。やはりお前さんの羽根は美しいのぉ。しばらく修行はせねばならんがわしのお使いをしてほしいのじゃ。がんばってみる気はないかの?」
「天の神よ、鳩妓が驚いておりますぞ。」
龍神はそう言うと、そっと鳩妓を雲の上に下ろして体を人型くらいまで小さくした。
「わしの名は龍之介。お前さんの住んでいる山の麓の村の守り神をしておる。皆の目を癒すことに時間を費やしてしもうてお前さんを探すのに手こずってしもうた。すまなんだの。辛い思いをしていたのに探し出してやれなんだ。許しておくれ。」
龍之介は鳩妓の頭を撫でると天の神の屋敷へ入るように促した。
天の神は、
「話は聞いておるよ。お前さん、辛かったのぉ。じゃが、侵してはならぬ罪であると自覚はあるのじゃろう?両目をくりぬき森の奥深くに捨ててしまえば済むはずの事を、必ず麓まで送り届けておったんじゃからの。お前さんには、一つだけ罰を与える。それは、わしら神が死ぬるまで死ぬことができぬ罰じゃ。もっとも重い罰じゃな。じゃが、心を入れ替え修行に励めばきっといいこともあるじゃろう。わしのそばにいなさい。ここにいれば、悪い心も洗われよう。」

鳩妓は、今では天の神の御使い鳥として働いている。
燃えるような緋い羽根と金色の瞳、そして春風のような優しい羽ばたきで龍之介に会いにくる。
時は移ろい、あの峠の茶屋も跡形もなくなって、今では苔むす杉木立の風景に変わってしまった。
それでも、ここにいていいと言われて、お前が必要だと言われることの喜びをかみしめながら。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

冴えない建築家いずれ巨匠へと至る

木工槍鉋
ファンタジー
「建築とは、単なる箱を作ることではない。そこに流れる『時』を設計することだ――」 かつてそう語り、伝説の巨匠と呼ばれることになる男も、かつては己の名前に怯えるだけの冴えない二級建築士だった。 安藤研吾、40代。独立したものの仕事はなく、下請けとして「情緒のない真四角な箱」の図面を引き続ける日々。そんな彼が恩師に教えられた座標の先で迷い込んだのは、昭和初期を彷彿とさせる、魔法のない異世界だった。 現代の建築知識、そして一釘一釘を大切にする頑固大工との出会い。 「便利さ」ではなく「住む人の幸せ」を求めて、研吾は廃村に時計台を建て、水路を拓き、人々の暮らしを再生していく。 異世界で「百年の計」を学んだ研吾が現実世界に戻ったとき、その設計は現代の建築界をも揺るがし始める。 これは、一人の男が仕事への誇りを取り戻し、本物の「巨匠」へと駆け上がるまでの、ひたむきな再建の記録。

処理中です...