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十三 雪割る杖と春一番。
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雪割る杖と春一番。
これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様のお話。ここには龍之介と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社のたくさんの、おはなし。
その日は朝から冷たい雨が降っていた。雨だれが梅の蕾に雫となって優しく揺れている。龍之介は今日もタバコを燻らせながら洞穴の入り口近くに椅子をおき外を眺めていた。そろそろ春の準備をはじめるじきだ。
「太郎さん。山まで行ってフキノトウを採ってくるよ。ついでに梅花姫たちに天ぷら食べに来んか聴いて来る。姫さんたちもこんなに雨降りでは淋しかろう。」
そう言うと小降りになってきた雨の中に菅笠と蓑を着て背負籠を担げると山にむかってあるきだした。森の中はまだ眠っているように穏やかでしずかだった。。
少し開けた場所に出ると籠を置き地面の枯れた藪の中を探り始めた。フキノトウは明るいところに小さくちょこんと、座るようはえていた。
「今年ももうじき春になるなぁ。ほんのすこぉし春を頂きに来たよ。わしらも冬の間天候が悪過ぎて神通力をかなり使かった。この時期の芽吹きの野草は一番の薬だ。美味しくいただくからな。」
そんなことを呟きながら龍之介はフキノトウや木の芽なんかを籠に入れそしてまた歩き出した。しかし、今年はなぜかフキノトウも木の芽もまだ固い蕾のままで眠っているようだ。もうそろそろ芽吹きが始まるはずなのにどうした事かと思案しながら山路を歩いては辺りを見回した。
どのぐらい登っただろう。山の中腹当たり、あまり人の寄り付かない深い淵を通り過ぎたところに梅の木がいくつか植わっている小さな庵が現れた。小雨とは言え雨がぱらついているのに、その庵はふんわりと明るく心なしか暖かな気がした。龍之介は籠を入り口の土間に置くと
「姫はおられるかな?龍之介が参りましたぞ。」
と、声をかけた。すると奥から美しい衣に身を包んだ若い女が出て来た。
「まぁ、龍之介さんじゃありませんか。近頃のお天気はどうしたものでしょうねぇ。私たちの出番かと花を付けに行くと二、三日でまた雪が降ったり、そうかと思うともう桜花姫のお出ましかと思うような陽気に見舞われたり。桜花姫もわたくしも少し疲れました。龍之介さんはどうしてここに?」
梅花姫はやはりこの頃の天気ですっかり疲れているようだった。かわいそうに、そう思うと胸が痛んだ。
「じつはな、姫たちががふさぎ込んでは居まいかと気になって伺ったんじゃよ。たまには我が洞穴に山菜でも食いに来んかね。今日は旨い蕎麦もあるから暖かい天ぷらそばでもしようと思ってな。」そう言うと籠の中を見せた。
「あら、フキノトウ。私の大好物だわ。龍之介さんいつもありがとう。そうね。頂きに伺おうかしら。桜花姫はまだ眠そうだから寝かせてあげたかったの。私が居ない方がゆっくりできると思うのよ。」
そう笑い、早速出かける用意を始めた。そこへ桜花姫が小さなあくびをかみ殺しながら覗きに出て来た。
「あら、姉様どちらかへお出かけ?まあ、龍之介さん。この様子では山菜の天ぷら蕎麦のお誘いでしょう。私もご一緒したいわ。ダメかしら?」
桜花姫はそういいつつもまだなんだか眠くて怠そう。
「龍之介さんと太郎さんの神通力でもこの変なお天気は苦労していらっしゃるのね。だから私ぼうっとお空を眺めてばかり。お二人や姉様がご苦労してらっしゃるのに、こんな風でごめんなさいね。」
桜花姫はとても悲しそうだった。龍之介は
「もちろんご招待しますよ。姫はお疲れみたいだから負ぶって下まで行きましょう。それならこれ以上疲れたりはしますまい。」
と言うと籠をお腹側に回し姫を背負子に座らせ負ぶって山を降りた。梅花姫は妹と話し笑い合いながら歩いて洞穴までついて来た。
太郎は姫が来るならばと洞穴の中を掃除して、温かなお茶やちょいとつまむお菓子やらを用意して待っていた。
姫たちが到着すると足湯を沸かし、椅子に座らせ足を清め、暖かな膝掛けを渡してくつろぐようにうながした。
最近作った座敷には掘りごたつや背もたれ椅子を置いて誰が来てものんびりできるように工夫したのだ。太郎は大工は得意だが料理はからっきしで龍之介はその反対だった。
姫たちに温かいお茶とかりんとう饅頭を器に盛って出すと、龍之介が料理をしている間に姫たちと話し始めた。
「この頃の天気をどう思いなさる。わしら龍神ではもう時々抑えが効かん。山神は何と仰っておられる?」
山神とは姫たちの父上でこの辺りの守り神たちの大将のような神様だ。
「父さまも困っておいでですよ。もうこの辺りの神だけではどうにもならないと頭を痛めておいでです。」
そうこうしているうちに美味しそうに熱々の天ぷらが皿に盛られて出て来て箸が並べられた。そして熱々のツユにネギとワサビだけのそばが運ばれて来た。四人は好きな天ぷらを載せて黙々と蕎麦をすすった。そして食べ終わり一休みすると、またはなしはじめた。
「父さまがおっしゃるにはまだ続くらしいの。まるで何か自然ではない力が働いているらしいの。桜花姫は最近体力がなかなか回復して来ないし、私もこの時期が来たのに花の準備をいつしたらいいのか解らなくなってしまうわ。」
梅花姫は桜花姫の手前気丈にしてはいるがやはりつかれはかくせていない。
「太郎さん、もしよければもう少しだけ囲炉裏に炭を足していただけないかしら。この洞穴は本当に温かいんだけど、私も桜花も背筋が寒くて。お手間をかけてごめんなさいね。」
四人で話をしていると入り口の方で大きなクシャミの音がして雪の神が現れた。
「龍之介さん、熱々の蕎麦を作ってくれへんか。モミジ二枚やったよなぁ。このところの寒さで風邪がうまいこと治まってくれへんのや。」
そういいながらふと座敷を見て、
「これはこれは、お姫さんがた風邪にはようよう気ぃつけなあきませんで。わしが風邪引くやなんて恥ずかしい話やがこないに寒いと誰でも具合も悪なるっちゅうもんですわ。」
そう言うと座敷のそばの囲炉裏の辺りに腰掛けてため息をついた。
「そう言えば、雪割草のじい様がこのくらいかもう少し前にあの杖振らはるとすこぉし水が温んでくるはずなんやが。じい様、まだ寝てしもてんのかなあ。」
雪の神さんは熱々の蕎麦にネギと生姜のおろしたのを入れてもらい麺をすすり始めた。
その時、ふわりと洞穴の中が暖かな風で満たされ、振り向くと春風の神が立っていた。
「龍之介さん。僕にも天ぷら蕎麦いただけますか。それとご相談があってうかがったんです。皆さんにも聞いていただかないといけない。僕の大失態です。」
春風の神は大分疲れて落ち込んでみえた。龍之介は天ぷらを揚げて、少しだけ残っていたアマゴの干物も素揚げして蕎麦と一緒に出してやった。しばらくの間春風の神さんは黙々と蕎麦をすすり、時折ため息をつき、ただただ悲しげにフキノトウをつつきまわした。そして、重い口を開いた。
「あたらしい年が始まり我ら兄弟で集まり酒を飲んでいました。なぁ。雪の兄さん。そこに雪割草のじい様が「珍しい物を持ってきました。」と、キノコとネギのほう葉味噌を携えて新年の挨拶にやってきたんです。雪の兄さんは今が忙しいさかりやからと、ほう葉味噌を一口舐めると悔しがりながら帰って行ったんやけど、その後夕立ちの兄さんと秋空の兄さんと四人でほう葉味噌で散々飲み明かしてしもおて、朝になって目が覚めると兄さんたちも雪割草のじい様もまだぐっすりやったし、音を立てんように顔を洗おうと水場に行きかけた時に異変に気づいたんです。僕の春一番が入っている袋と、雪割草のじい様の雪を割り芽を出す杖が上着掛けから無おなってしもてて。雪の兄さんが帰った時には絶対に上着掛けに掛かっていました。あの杖がないと雪は割れへんし、春一番が吹かんと春はやってこれません。龍之介さんどうかお知恵をお貸しください。」
春風の神は涙を堪えて頭をすりつけるように頼み込んだ。
「うむ。そのような大切なものがなくなっては季節がすすまなくなってしまうなぁ。探しに行きたいのは山々だが、ここを空けるとなると大事だ。少し考えさせてはくれまいか。」
龍之介も困り果ててタバコに火をつけるのも忘れてくわえたまま考えにふけっていた。すると入口から元気な声で挨拶が聞こえてきた。
「龍之介さん、太郎さん、また遊びにきたよー。こんにちはー、たくみとこうきでーす。」
二人は秋の初めに流し素麺が縁で仲良くなった人間の子供達だ。元気で好奇心が強く、約束したことはきちんと守るいい子達だ。
龍之介はたくみとこうきにこの話を聞かせることにした。
「ねぇ、龍之介さん、それって泥棒やんか。そんな大事なもん盗んで、盗んだ奴はどんな事したかってんろう。僕絶対許せへんわ。神様の大事なもんやのに。」
たくみはよっぽど腹が立ったのか立ち上がって地団駄まで踏んでいる。その横でこうきが
「龍之介さん。どこ探したらみつかるやろう。きっとそれを隠した奴は春になって欲しく無いんやと思うねん。なんでやろう。なんかすっごい理由があるはずやんね。僕らで探しに行ってもいい?危ない事はしないし、なんかあったら龍之介さんに電話するから。」
と言い龍之介の目をまっすぐみつめた。そこで龍之介は二人で山の中を歩き回るのはたいそう危険で人間の入れないところもたくさんあるからとお供に聖霊を二人つけてくれた。二人の名は椿の彦と猫柳の彦。二人とも春が来ないと元気がどんどんなくなるからその前に探したいのだ。
「椿の彦さんと猫柳の彦さんも神様なの?」
たくみは山路を歩きながら聞いてみた。いつもなら山路は険しくてこんなにスイスイは登れない。なのに今日は飛ぶように登れるのが不思議でならなかったからだ。
「いえいえ、私たちは木々の精霊なんですよ。木々や草花にはそれぞれ精霊がいるのです。そして季節ごとに花を咲かせたり実をつけたりするのをみまわるのです。今年はもう椿も花を咲かせる時期なのですが、花をつけようとすると雪が降り氷雨が降るので花達は嫌がってなかなか咲かせてくれません。困ったものです。」
椿の彦はそう言うと辺りを見回しまた安全な道を進み出した。
こうきは辺りの様子を伺い何かを書いたり地図に印をつけたりしながら慎重に歩いている。たくみはこうきのそんなところが好きだった。こうきはきっと大人になったらすごい学者さんになると思う。だって、怖がりだけどいろんな本を読んでなんでも知っているのだ。僕もそんな風になりたいなぁ。でも僕は冒険の方がいいかなぁ。そんな事を考えながら椿の彦の後をついて行った。
この捜索は何日もかかった。たくみとこうきは学校があり、その後5時を過ぎたら家に帰らなくてはならない。一回に使える時間は3時間がいいところだ。椿の彦と猫柳の彦がいい道を探したり魔法みたいに坂道や崖を登れるようにしてくれても、この辺りの山々はそう簡単に犯人の居どころへは導いてはくれない。たくみもこうきもだんだん諦めが強くなってきた。
その日は日曜だったのでお昼前からお互いの家に行く事にして、龍之介が作ってくれたお弁当を持って捜索をしていた。もう大分深い森に入っていて、ジメジメと薄暗く寒さがました気がする。こうきはまたノートを取り出しこの辺りの木々や雪のしたから覗いている草なんかを書き留めまた先に進み掛けた。すると少し先の方から水の音がかすかにしてきた。
「ねえ、あっちに川があるみたい。いってみいひん?なんか寒さもあっちから流れてくる気がするねん。」
こうきの指差す方へ歩き出すとまもなく粉雪が降り始めた。さっきまでは晴れてたのに雪が降るなんてきっと何かがある、みんなそう思った。
そこには小さな小川が流れていて、少し歩くと崖になり小さな滝ができていた。滝の流れは、時が止まったみたいに見事に凍っていてかすかな陽の光でキラキラ輝いていた。そして崖下のところには何人かの人がいて滝の写真を撮っていたのだ。その様子を崖上の杉の木の上から見ている一人の子供をたくみが見つけた。
「なぁ、お前なにやってんの?そんなとこ登ったら危ないやんか、降りてきいや。落ちたら大変やで。」
そう声をかけると子供はこちらに気づきギョッとした瞬間にバランスを崩し木の枝から落ちてきた。椿の彦は慌ててその子を受け止めると、とっさにキュッと抱きしめた。
「おぬし、精霊だな。なぜここの滝だけが凍っているのか説明してはもらえまいか。」
椿の彦は口調は優しかったが子供が逃げぬように抱きかかえ手足を押さえ込んだ。子供はしばらくジタバタしたがどうにも逃げられないと悟るとあっかんべーをしてだんまりを決め込んだ。四人は途方にくれた。話してくれなければどうする事もできない。仕方なく龍之介の待つ洞穴に連れて帰る事にした。子供は怖い顔をしたりジタバタして見たのだか二人の大人の精霊相手では手も足も出ない上に怖い顔など全く通用しないと諦めたのか、おとなしく抱かれたまま山を降りた。
洞穴では龍之介がたくみとこうきのために温かい甘酒を作っていてくれた。二人は甘酒の湯のみをフーフー吹きながら、椿の彦の捕まえた子供をじっと見ていた。
「お前さんは名は何と言う。あの川はまだ生まれたばかりのようだがいつ頃できたのかな?」
龍之介が優しく尋ねながら彼にも甘酒を出してやった。
「熱いから気をつけて飲むんだぞ。火傷をするよ。」
そう言うと頭を撫でながらこんな風にはなしはじめた。
「お前さんは悪戯心か何かであの杖や袋を盗ったかもしらんが、あの杖がなければ冬は終わらず、あの袋がなければ春は始まらぬ。冬が終わらなければ木々や草花は芽吹くことが出来ず、春が来なければやがて動物達は飢えてしんでしまうじゃろう。そしてやがて木々や草花も枯れ、山も死んでしまうじゃろうな。山が死ねば水は濁りやがて涸れてしまう。そうしたらこの地にはもう何も無い。何もかもが終わってしまうんじゃよ。それでもいいと思うかい?それでも話してはくれんかのう。」
龍之介は優しく語りかけていたがたくみはその話を聞いて恐ろしくて泣きそうになった。こうきの顔を見ると、こうきは口を一文字にしてしきりに何かを考えていた。
と、不意にその子は話し始めた。
「おいらは小沢滝。あの川は三年前の大雨の後できたんだ。すぐに涸れるかと思ったのに涸れなかったからおいらも生まれた。でも杉の爺様以外には誰もいないところで、たまに鹿に出くわしたけどほとんど誰とも喋ったこともなかったんだ。そうしたらこの冬はやけに寒くてあの滝が凍り始めた。あの滝の向こう側には人が通る山道があって、たまに人が迷い込んでたんだけど、ある人が滝の写真を撮ったんだ。そうしたらしばらくすると人が何人かやってきてまた写真を撮った。そしてしまいにはひっきりなしに人がやってくるようになったんだ。滝が綺麗だって褒めてくれた。みんな嬉しそうに笑ってくれたんだ。氷が溶けたらもう誰も来なくなる。また独りぼっち。そんなのいやだ。そう思ってたら杉のじい様があの杖と袋を盗っちまえば冬は終わらないって教えてくれたんだ。でも冬が終わらなかったら杉のじい様も死んでしまうの?あの鹿たちも?そんなの嫌だ!おいら、独りぼっちでもいいよ~。杖も袋も返すから、春にしてよ~。じい様がいなくなったら本当に独りぼっちだよぉ。じい様は今でもなかなか目覚めてくれないんだ。おいら、じい様がいないなんて、嫌だ…。」
小沢滝の坊は涙をいっぱい溜めた目で龍之介を見た。瞬きすると大きな涙が頬をこぼれ落ちた。
「杖と袋はどこにあるんだね?椿の彦に取りに行かせよう。坊はここで蕎麦でも食べなさい。見てごらん。ここに何人居ると思う?坊は独りぼっちなんかじゃないぞ。わしと太郎さんとたくみとこうきが居る。椿の彦と猫柳の彦もいる。まだまだわしの友達が大勢いるんじゃよ。心配入らんよ。わしらはみんな坊の友達じゃ。」
そういいながら坊を抱きしめると龍之介は蕎麦を打ち始めた。本当は涙が出るところを見せたくなかったんだ。
「杖と袋は杉のじい様の木のうろに隠してある。ごめんなさい。こんな大ごとになってるなんて知らなかったんだ。おいら、ただ淋しくて、、、」
坊は泣きながら何度も何度も謝って、たくみもこうきもだんだんかわいそうになってきて三人は泣きながら抱き合っていた。たくみとこうきは泣きながら坊を許してくれるようにみんなに何度もお願いした。
蕎麦が打ち上がり、熱々の天ぷら蕎麦を三人分机に並べてくれると、泣き腫らした顔の三人は仲良く蕎麦をほうばった。そこへ椿の彦が杖と袋を携えて帰ってきた。そして程なく雪割草のじい様と、春風の神もやってきた。猫柳の彦が道みちいきさつを説明していたので二人とも怒ってはいなかった。雪割草のじい様は坊を見ると目尻を下げて抱きしめて、可愛いのぉと頭を撫でた。坊は床に手をつき頭を下げるとごめんなさいと何度も謝った。あんまり謝るものだからみんながしまいには抱きしめてくしゃくしゃにしてしまったぐらいだ。坊は人で言うと幼稚園ぐらい。独りぼっちがさみしいのは当たり前だと誰もが思ったのだ。
「しかし杖を盗めだなんて、ひねくれ者の杉のじい様らしいなぁ。あいつは年がら年中色も変わらず、ただまっすぐ伸びるだけだから気が偏屈になっちまったんですよ。わしらのように季節を問わない精霊は時々ひねくれたことを考えるんです。坊はまだ小さいから悪戯の手先にされただけですよ。全くひどい奴よ。」
雪割草のじい様がそう言うと、坊は
「じい様の事も許してくれる?おいらがあんまり淋しがったからじい様が知恵を絞ってくれたんだ。お願い。じい様を怒らないで下さい。」と懇願した。
龍之介はだんだん春めいてきたある日、杉のじい様を訪ねていった。じい様はしかめ面をして龍之介をむかえた。
「じい様、今回の事は優しさからの事として特に咎めたてはしない事にした。後釜は決まっておるのかね。お前様そろそろお迎えがくるんじゃないのかね?わしらに会いに来なくなってもうずいぶんになる。坊を一人にするのが忍びなくてしたと言うのなら、それが間違ったことであることもわかっておるのじゃろう。坊には、自分で言うんじゃぞ。そして次の者が生まれることも教えておやり。弟ができたみたいで喜ぶじゃろう。たぶんの。」
じい様は少し表情が曇ったけれど何も答えはしなかった。龍之介は黙って山を降りて行った。
梅の花が待ちわびたように一斉に咲き、少し遅い春がそれでも足早に街をつつみはじめた。春一番が吹く頃には辺りはきっと小さな草が芽吹き始めているだろう。
その頃にはたくみもこうきも春休みだ。
これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様のお話。ここには龍之介と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社のたくさんの、おはなし。
その日は朝から冷たい雨が降っていた。雨だれが梅の蕾に雫となって優しく揺れている。龍之介は今日もタバコを燻らせながら洞穴の入り口近くに椅子をおき外を眺めていた。そろそろ春の準備をはじめるじきだ。
「太郎さん。山まで行ってフキノトウを採ってくるよ。ついでに梅花姫たちに天ぷら食べに来んか聴いて来る。姫さんたちもこんなに雨降りでは淋しかろう。」
そう言うと小降りになってきた雨の中に菅笠と蓑を着て背負籠を担げると山にむかってあるきだした。森の中はまだ眠っているように穏やかでしずかだった。。
少し開けた場所に出ると籠を置き地面の枯れた藪の中を探り始めた。フキノトウは明るいところに小さくちょこんと、座るようはえていた。
「今年ももうじき春になるなぁ。ほんのすこぉし春を頂きに来たよ。わしらも冬の間天候が悪過ぎて神通力をかなり使かった。この時期の芽吹きの野草は一番の薬だ。美味しくいただくからな。」
そんなことを呟きながら龍之介はフキノトウや木の芽なんかを籠に入れそしてまた歩き出した。しかし、今年はなぜかフキノトウも木の芽もまだ固い蕾のままで眠っているようだ。もうそろそろ芽吹きが始まるはずなのにどうした事かと思案しながら山路を歩いては辺りを見回した。
どのぐらい登っただろう。山の中腹当たり、あまり人の寄り付かない深い淵を通り過ぎたところに梅の木がいくつか植わっている小さな庵が現れた。小雨とは言え雨がぱらついているのに、その庵はふんわりと明るく心なしか暖かな気がした。龍之介は籠を入り口の土間に置くと
「姫はおられるかな?龍之介が参りましたぞ。」
と、声をかけた。すると奥から美しい衣に身を包んだ若い女が出て来た。
「まぁ、龍之介さんじゃありませんか。近頃のお天気はどうしたものでしょうねぇ。私たちの出番かと花を付けに行くと二、三日でまた雪が降ったり、そうかと思うともう桜花姫のお出ましかと思うような陽気に見舞われたり。桜花姫もわたくしも少し疲れました。龍之介さんはどうしてここに?」
梅花姫はやはりこの頃の天気ですっかり疲れているようだった。かわいそうに、そう思うと胸が痛んだ。
「じつはな、姫たちががふさぎ込んでは居まいかと気になって伺ったんじゃよ。たまには我が洞穴に山菜でも食いに来んかね。今日は旨い蕎麦もあるから暖かい天ぷらそばでもしようと思ってな。」そう言うと籠の中を見せた。
「あら、フキノトウ。私の大好物だわ。龍之介さんいつもありがとう。そうね。頂きに伺おうかしら。桜花姫はまだ眠そうだから寝かせてあげたかったの。私が居ない方がゆっくりできると思うのよ。」
そう笑い、早速出かける用意を始めた。そこへ桜花姫が小さなあくびをかみ殺しながら覗きに出て来た。
「あら、姉様どちらかへお出かけ?まあ、龍之介さん。この様子では山菜の天ぷら蕎麦のお誘いでしょう。私もご一緒したいわ。ダメかしら?」
桜花姫はそういいつつもまだなんだか眠くて怠そう。
「龍之介さんと太郎さんの神通力でもこの変なお天気は苦労していらっしゃるのね。だから私ぼうっとお空を眺めてばかり。お二人や姉様がご苦労してらっしゃるのに、こんな風でごめんなさいね。」
桜花姫はとても悲しそうだった。龍之介は
「もちろんご招待しますよ。姫はお疲れみたいだから負ぶって下まで行きましょう。それならこれ以上疲れたりはしますまい。」
と言うと籠をお腹側に回し姫を背負子に座らせ負ぶって山を降りた。梅花姫は妹と話し笑い合いながら歩いて洞穴までついて来た。
太郎は姫が来るならばと洞穴の中を掃除して、温かなお茶やちょいとつまむお菓子やらを用意して待っていた。
姫たちが到着すると足湯を沸かし、椅子に座らせ足を清め、暖かな膝掛けを渡してくつろぐようにうながした。
最近作った座敷には掘りごたつや背もたれ椅子を置いて誰が来てものんびりできるように工夫したのだ。太郎は大工は得意だが料理はからっきしで龍之介はその反対だった。
姫たちに温かいお茶とかりんとう饅頭を器に盛って出すと、龍之介が料理をしている間に姫たちと話し始めた。
「この頃の天気をどう思いなさる。わしら龍神ではもう時々抑えが効かん。山神は何と仰っておられる?」
山神とは姫たちの父上でこの辺りの守り神たちの大将のような神様だ。
「父さまも困っておいでですよ。もうこの辺りの神だけではどうにもならないと頭を痛めておいでです。」
そうこうしているうちに美味しそうに熱々の天ぷらが皿に盛られて出て来て箸が並べられた。そして熱々のツユにネギとワサビだけのそばが運ばれて来た。四人は好きな天ぷらを載せて黙々と蕎麦をすすった。そして食べ終わり一休みすると、またはなしはじめた。
「父さまがおっしゃるにはまだ続くらしいの。まるで何か自然ではない力が働いているらしいの。桜花姫は最近体力がなかなか回復して来ないし、私もこの時期が来たのに花の準備をいつしたらいいのか解らなくなってしまうわ。」
梅花姫は桜花姫の手前気丈にしてはいるがやはりつかれはかくせていない。
「太郎さん、もしよければもう少しだけ囲炉裏に炭を足していただけないかしら。この洞穴は本当に温かいんだけど、私も桜花も背筋が寒くて。お手間をかけてごめんなさいね。」
四人で話をしていると入り口の方で大きなクシャミの音がして雪の神が現れた。
「龍之介さん、熱々の蕎麦を作ってくれへんか。モミジ二枚やったよなぁ。このところの寒さで風邪がうまいこと治まってくれへんのや。」
そういいながらふと座敷を見て、
「これはこれは、お姫さんがた風邪にはようよう気ぃつけなあきませんで。わしが風邪引くやなんて恥ずかしい話やがこないに寒いと誰でも具合も悪なるっちゅうもんですわ。」
そう言うと座敷のそばの囲炉裏の辺りに腰掛けてため息をついた。
「そう言えば、雪割草のじい様がこのくらいかもう少し前にあの杖振らはるとすこぉし水が温んでくるはずなんやが。じい様、まだ寝てしもてんのかなあ。」
雪の神さんは熱々の蕎麦にネギと生姜のおろしたのを入れてもらい麺をすすり始めた。
その時、ふわりと洞穴の中が暖かな風で満たされ、振り向くと春風の神が立っていた。
「龍之介さん。僕にも天ぷら蕎麦いただけますか。それとご相談があってうかがったんです。皆さんにも聞いていただかないといけない。僕の大失態です。」
春風の神は大分疲れて落ち込んでみえた。龍之介は天ぷらを揚げて、少しだけ残っていたアマゴの干物も素揚げして蕎麦と一緒に出してやった。しばらくの間春風の神さんは黙々と蕎麦をすすり、時折ため息をつき、ただただ悲しげにフキノトウをつつきまわした。そして、重い口を開いた。
「あたらしい年が始まり我ら兄弟で集まり酒を飲んでいました。なぁ。雪の兄さん。そこに雪割草のじい様が「珍しい物を持ってきました。」と、キノコとネギのほう葉味噌を携えて新年の挨拶にやってきたんです。雪の兄さんは今が忙しいさかりやからと、ほう葉味噌を一口舐めると悔しがりながら帰って行ったんやけど、その後夕立ちの兄さんと秋空の兄さんと四人でほう葉味噌で散々飲み明かしてしもおて、朝になって目が覚めると兄さんたちも雪割草のじい様もまだぐっすりやったし、音を立てんように顔を洗おうと水場に行きかけた時に異変に気づいたんです。僕の春一番が入っている袋と、雪割草のじい様の雪を割り芽を出す杖が上着掛けから無おなってしもてて。雪の兄さんが帰った時には絶対に上着掛けに掛かっていました。あの杖がないと雪は割れへんし、春一番が吹かんと春はやってこれません。龍之介さんどうかお知恵をお貸しください。」
春風の神は涙を堪えて頭をすりつけるように頼み込んだ。
「うむ。そのような大切なものがなくなっては季節がすすまなくなってしまうなぁ。探しに行きたいのは山々だが、ここを空けるとなると大事だ。少し考えさせてはくれまいか。」
龍之介も困り果ててタバコに火をつけるのも忘れてくわえたまま考えにふけっていた。すると入口から元気な声で挨拶が聞こえてきた。
「龍之介さん、太郎さん、また遊びにきたよー。こんにちはー、たくみとこうきでーす。」
二人は秋の初めに流し素麺が縁で仲良くなった人間の子供達だ。元気で好奇心が強く、約束したことはきちんと守るいい子達だ。
龍之介はたくみとこうきにこの話を聞かせることにした。
「ねぇ、龍之介さん、それって泥棒やんか。そんな大事なもん盗んで、盗んだ奴はどんな事したかってんろう。僕絶対許せへんわ。神様の大事なもんやのに。」
たくみはよっぽど腹が立ったのか立ち上がって地団駄まで踏んでいる。その横でこうきが
「龍之介さん。どこ探したらみつかるやろう。きっとそれを隠した奴は春になって欲しく無いんやと思うねん。なんでやろう。なんかすっごい理由があるはずやんね。僕らで探しに行ってもいい?危ない事はしないし、なんかあったら龍之介さんに電話するから。」
と言い龍之介の目をまっすぐみつめた。そこで龍之介は二人で山の中を歩き回るのはたいそう危険で人間の入れないところもたくさんあるからとお供に聖霊を二人つけてくれた。二人の名は椿の彦と猫柳の彦。二人とも春が来ないと元気がどんどんなくなるからその前に探したいのだ。
「椿の彦さんと猫柳の彦さんも神様なの?」
たくみは山路を歩きながら聞いてみた。いつもなら山路は険しくてこんなにスイスイは登れない。なのに今日は飛ぶように登れるのが不思議でならなかったからだ。
「いえいえ、私たちは木々の精霊なんですよ。木々や草花にはそれぞれ精霊がいるのです。そして季節ごとに花を咲かせたり実をつけたりするのをみまわるのです。今年はもう椿も花を咲かせる時期なのですが、花をつけようとすると雪が降り氷雨が降るので花達は嫌がってなかなか咲かせてくれません。困ったものです。」
椿の彦はそう言うと辺りを見回しまた安全な道を進み出した。
こうきは辺りの様子を伺い何かを書いたり地図に印をつけたりしながら慎重に歩いている。たくみはこうきのそんなところが好きだった。こうきはきっと大人になったらすごい学者さんになると思う。だって、怖がりだけどいろんな本を読んでなんでも知っているのだ。僕もそんな風になりたいなぁ。でも僕は冒険の方がいいかなぁ。そんな事を考えながら椿の彦の後をついて行った。
この捜索は何日もかかった。たくみとこうきは学校があり、その後5時を過ぎたら家に帰らなくてはならない。一回に使える時間は3時間がいいところだ。椿の彦と猫柳の彦がいい道を探したり魔法みたいに坂道や崖を登れるようにしてくれても、この辺りの山々はそう簡単に犯人の居どころへは導いてはくれない。たくみもこうきもだんだん諦めが強くなってきた。
その日は日曜だったのでお昼前からお互いの家に行く事にして、龍之介が作ってくれたお弁当を持って捜索をしていた。もう大分深い森に入っていて、ジメジメと薄暗く寒さがました気がする。こうきはまたノートを取り出しこの辺りの木々や雪のしたから覗いている草なんかを書き留めまた先に進み掛けた。すると少し先の方から水の音がかすかにしてきた。
「ねえ、あっちに川があるみたい。いってみいひん?なんか寒さもあっちから流れてくる気がするねん。」
こうきの指差す方へ歩き出すとまもなく粉雪が降り始めた。さっきまでは晴れてたのに雪が降るなんてきっと何かがある、みんなそう思った。
そこには小さな小川が流れていて、少し歩くと崖になり小さな滝ができていた。滝の流れは、時が止まったみたいに見事に凍っていてかすかな陽の光でキラキラ輝いていた。そして崖下のところには何人かの人がいて滝の写真を撮っていたのだ。その様子を崖上の杉の木の上から見ている一人の子供をたくみが見つけた。
「なぁ、お前なにやってんの?そんなとこ登ったら危ないやんか、降りてきいや。落ちたら大変やで。」
そう声をかけると子供はこちらに気づきギョッとした瞬間にバランスを崩し木の枝から落ちてきた。椿の彦は慌ててその子を受け止めると、とっさにキュッと抱きしめた。
「おぬし、精霊だな。なぜここの滝だけが凍っているのか説明してはもらえまいか。」
椿の彦は口調は優しかったが子供が逃げぬように抱きかかえ手足を押さえ込んだ。子供はしばらくジタバタしたがどうにも逃げられないと悟るとあっかんべーをしてだんまりを決め込んだ。四人は途方にくれた。話してくれなければどうする事もできない。仕方なく龍之介の待つ洞穴に連れて帰る事にした。子供は怖い顔をしたりジタバタして見たのだか二人の大人の精霊相手では手も足も出ない上に怖い顔など全く通用しないと諦めたのか、おとなしく抱かれたまま山を降りた。
洞穴では龍之介がたくみとこうきのために温かい甘酒を作っていてくれた。二人は甘酒の湯のみをフーフー吹きながら、椿の彦の捕まえた子供をじっと見ていた。
「お前さんは名は何と言う。あの川はまだ生まれたばかりのようだがいつ頃できたのかな?」
龍之介が優しく尋ねながら彼にも甘酒を出してやった。
「熱いから気をつけて飲むんだぞ。火傷をするよ。」
そう言うと頭を撫でながらこんな風にはなしはじめた。
「お前さんは悪戯心か何かであの杖や袋を盗ったかもしらんが、あの杖がなければ冬は終わらず、あの袋がなければ春は始まらぬ。冬が終わらなければ木々や草花は芽吹くことが出来ず、春が来なければやがて動物達は飢えてしんでしまうじゃろう。そしてやがて木々や草花も枯れ、山も死んでしまうじゃろうな。山が死ねば水は濁りやがて涸れてしまう。そうしたらこの地にはもう何も無い。何もかもが終わってしまうんじゃよ。それでもいいと思うかい?それでも話してはくれんかのう。」
龍之介は優しく語りかけていたがたくみはその話を聞いて恐ろしくて泣きそうになった。こうきの顔を見ると、こうきは口を一文字にしてしきりに何かを考えていた。
と、不意にその子は話し始めた。
「おいらは小沢滝。あの川は三年前の大雨の後できたんだ。すぐに涸れるかと思ったのに涸れなかったからおいらも生まれた。でも杉の爺様以外には誰もいないところで、たまに鹿に出くわしたけどほとんど誰とも喋ったこともなかったんだ。そうしたらこの冬はやけに寒くてあの滝が凍り始めた。あの滝の向こう側には人が通る山道があって、たまに人が迷い込んでたんだけど、ある人が滝の写真を撮ったんだ。そうしたらしばらくすると人が何人かやってきてまた写真を撮った。そしてしまいにはひっきりなしに人がやってくるようになったんだ。滝が綺麗だって褒めてくれた。みんな嬉しそうに笑ってくれたんだ。氷が溶けたらもう誰も来なくなる。また独りぼっち。そんなのいやだ。そう思ってたら杉のじい様があの杖と袋を盗っちまえば冬は終わらないって教えてくれたんだ。でも冬が終わらなかったら杉のじい様も死んでしまうの?あの鹿たちも?そんなの嫌だ!おいら、独りぼっちでもいいよ~。杖も袋も返すから、春にしてよ~。じい様がいなくなったら本当に独りぼっちだよぉ。じい様は今でもなかなか目覚めてくれないんだ。おいら、じい様がいないなんて、嫌だ…。」
小沢滝の坊は涙をいっぱい溜めた目で龍之介を見た。瞬きすると大きな涙が頬をこぼれ落ちた。
「杖と袋はどこにあるんだね?椿の彦に取りに行かせよう。坊はここで蕎麦でも食べなさい。見てごらん。ここに何人居ると思う?坊は独りぼっちなんかじゃないぞ。わしと太郎さんとたくみとこうきが居る。椿の彦と猫柳の彦もいる。まだまだわしの友達が大勢いるんじゃよ。心配入らんよ。わしらはみんな坊の友達じゃ。」
そういいながら坊を抱きしめると龍之介は蕎麦を打ち始めた。本当は涙が出るところを見せたくなかったんだ。
「杖と袋は杉のじい様の木のうろに隠してある。ごめんなさい。こんな大ごとになってるなんて知らなかったんだ。おいら、ただ淋しくて、、、」
坊は泣きながら何度も何度も謝って、たくみもこうきもだんだんかわいそうになってきて三人は泣きながら抱き合っていた。たくみとこうきは泣きながら坊を許してくれるようにみんなに何度もお願いした。
蕎麦が打ち上がり、熱々の天ぷら蕎麦を三人分机に並べてくれると、泣き腫らした顔の三人は仲良く蕎麦をほうばった。そこへ椿の彦が杖と袋を携えて帰ってきた。そして程なく雪割草のじい様と、春風の神もやってきた。猫柳の彦が道みちいきさつを説明していたので二人とも怒ってはいなかった。雪割草のじい様は坊を見ると目尻を下げて抱きしめて、可愛いのぉと頭を撫でた。坊は床に手をつき頭を下げるとごめんなさいと何度も謝った。あんまり謝るものだからみんながしまいには抱きしめてくしゃくしゃにしてしまったぐらいだ。坊は人で言うと幼稚園ぐらい。独りぼっちがさみしいのは当たり前だと誰もが思ったのだ。
「しかし杖を盗めだなんて、ひねくれ者の杉のじい様らしいなぁ。あいつは年がら年中色も変わらず、ただまっすぐ伸びるだけだから気が偏屈になっちまったんですよ。わしらのように季節を問わない精霊は時々ひねくれたことを考えるんです。坊はまだ小さいから悪戯の手先にされただけですよ。全くひどい奴よ。」
雪割草のじい様がそう言うと、坊は
「じい様の事も許してくれる?おいらがあんまり淋しがったからじい様が知恵を絞ってくれたんだ。お願い。じい様を怒らないで下さい。」と懇願した。
龍之介はだんだん春めいてきたある日、杉のじい様を訪ねていった。じい様はしかめ面をして龍之介をむかえた。
「じい様、今回の事は優しさからの事として特に咎めたてはしない事にした。後釜は決まっておるのかね。お前様そろそろお迎えがくるんじゃないのかね?わしらに会いに来なくなってもうずいぶんになる。坊を一人にするのが忍びなくてしたと言うのなら、それが間違ったことであることもわかっておるのじゃろう。坊には、自分で言うんじゃぞ。そして次の者が生まれることも教えておやり。弟ができたみたいで喜ぶじゃろう。たぶんの。」
じい様は少し表情が曇ったけれど何も答えはしなかった。龍之介は黙って山を降りて行った。
梅の花が待ちわびたように一斉に咲き、少し遅い春がそれでも足早に街をつつみはじめた。春一番が吹く頃には辺りはきっと小さな草が芽吹き始めているだろう。
その頃にはたくみもこうきも春休みだ。
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