龍神様のお食事処。 

月の涙白き花弁。

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十四 木の芽時に渦巻くもや。

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木の芽時に渦巻くもや。


これは、とある街にある小さな神社に祀られている龍神様とお友達のお話。ここには龍之介と太郎という神様が住んでいる。二人は仙人や精霊や動物、人間の子供、もちろん神様たちが気軽に遊びに来られるようにお食事処を始めてみた。そんな小さな神社のたくさんのお話。


そろそろこの風花が梅の花びらに変わるのだろうか。
冷たい風が頬を撫で、タバコの煙がやけに目に染みる。そんなことを考えながら見るとはなしに外を見ていた。
淡い生成色の中に浮かび上がる花びらと、水縹色(みはなだいろ)に銀の刺繍の帯を締め濃紺の帯締めには鼈甲(べっこう)の帯留めが一際目を引いていた。
甘い香りを身に纏った姿が、凛と冷たい空気を引き締めて思わず笑みがこぼれた。

「おひさしゅうございます。龍之介さん、太郎さん。名のみとはいえ、春の始まりでございますね。ふきのとうをお持ち致しましたの。お蕎麦作ってくださいますでしょうか。」
ご婦人は竹籠にいっぱいのふきのとうを掲げてみせうふふと笑った。
彼女は蝋梅の精霊で名を透華(とうか)といった。
「おお!透華、久しいのぉ。まずは鶯餅と緑茶があるから座敷に上りなされ。」
龍之介が火鉢のお湯を急須に注ぎ、鶯餅を三つ各々の皿に乗せると湯呑みと一緒に持ってやってきた。
太郎は足湯の桶と手拭いを透華に渡し、座敷に上がるのに手を差し伸べた。
龍之介が料理をしている間に太郎と透華は何やら談笑していた。透華が笑うたび甘い香りが漂って、龍之介もそばを打つ手を止めては二人を見て微笑んだ。
蕎麦が打ちあがり、ふきのとうの天ぷらの下ごしらえをしていると、入口からにぎやかな声が聞こえてきた。
「こんにちはー!龍之介さん、太郎さん、坊と三人でのびるとたんぽぽつんできました!天ぷらそば食べられますか?紅葉の栞持ってきましたー!」
三人は坊が編んだ竹籠にたっぷりののびるとタンポポの柔らかな葉っぱを掲げるようにして走り込んできた。
「うわぁ!良い匂い!この精霊さんの匂いなん?はじめまして、僕はたくみ、こっちがこうきで、そっちが小沢の坊です。精霊さんはなんのお花なん?この匂い嗅いだことあるねんけど。」
たくみがそう聞くと、こうきが
「蝋梅ですか?昨日お父さんが教えてくれたねん。綺麗な半透明みたいなお花やねんで。綺麗な上にいい匂いで、お母さんと三人でしばらくお花の下で深呼吸したねん。」
と笑顔で透華の顔を見た。
「おや、あなた方が最近話題の人の子供たちね。そう。私は蝋梅の精霊。透華と申します。坊って、この春の騒ぎの子ね?小沢滝の精霊さん?お三人とも可愛らしいわ。私もふきのとうを持ってきましたのよ。みんな天ぷらにしていただきましょう。じきに節分草の精霊の笑華(えみか)が参りますよの。そういえば龍之介さんにも言うのを忘れていましたわ。お蕎麦足りますかしら。」
透華が龍之介を見やるとニコリと微笑んで頷いたので、安心したようにこちらに向き直ってまた話を続けた。
「笑華はね、小沢の坊が起こした騒ぎのせいで危うく今年は咲けないかと思ったんですって。それで一度は文句を言ってやるわとご立腹でね。でも、こんなに可愛らしいのならきっと許してくれるわ。事情も聞いていますからね。からかわれるかもしれなくてよ。でも、もしもできるならちゃんと謝ってあげてくださる?彼女、私たちと違って咲ける場所が減ってきているの。だから一度でも咲かなければこの自生地が危うくなるところだったのよ。坊はいい子だから謝れるわよね?」
透華にそんなことを言われ、坊は今更ながら自分のしでかした事の重大さを思い知らされた。そしてさっきまでの笑顔もふっと消えて青い悲しい顔で呟いた。
「ごめんなさい。おいら。おいら、本当に悪いことしたって思ってるんだ。本当なら消されてもおかしくないのに、龍之介さんや太郎さん、たくみやこうきが守ってくれて。本当にごめんなさい。」
そう言った。
「あら、いいのよ。私たちちゃんと咲けたのだから。透華ちゃん子供をいじめちゃダメじゃない。私が笑華。大丈夫よ。私たちがいなくなるなんてないことなのよ。このお山はたくさんの神様や仙人様が守ってくださっているのよ。坊、はじめまして。そしてお二人が人の子供たちね。はじめまして。仲良くしてね。私は何も手土産がなかったから節分草の花束を持って参りましたのよ。太郎さん、なにか生けられる器はありますかしら。」
そう言うと、三人の頭を優しく撫でてくれた。淡い浅紫(あさむらさき)の着物に濃い紫の帯銀色の帯締めと紫水晶の花びら型の帯留め。なんとも可憐で密やかな精霊で、姿の通りに優しく物静かだ。たくみとこうきは、しばらく笑華を見つめた目線を外すこともできなかった。
坊は、それでも大きな目にいっぱいの涙をこぼすまいと口を一文字に結びじっと笑華を見ていた。口を開いたら涙がこぼれて落ちそうで、涙に免じて許しを乞うなんて男らしくないことはしたくなかった。
「透華ちゃん、ご覧なさい。かわいそうに坊が泣きそうよ。私ね、とても淋しい気持ちよくわかるのよ。私たち節分草はね、滅びてしまう一歩手前なの。人は山を切り崩したり、森を開いたりするでしょう?それは、仕方のないことなのだけれど私たち植物は動物のように逃げることもできないから滅びを待つほかないと思っていたのよ。だけど、六助さんが私たちを見つけてくださって、それからこのお山に私たちを導いてくださったの。ただ、咲いている場所は教えてあげられないの。最近お花を盗んでゆく人がいてね。だから分かりにくくて危険なところに咲いているのよ。子供たちで行って怪我をしたら大変だから。いつか、もっとたくさん咲ける場所が見つかったら見にいらして。」
笑華が柔らかな微笑みで三人を包んだ。
「ごめんなさい。。。」
坊はこれが精一杯だった。
笑華はそんな坊をぎゅっと強く抱きしめて、頭を撫でながら耳元でこう言った。
「この事件は木の芽時が起こしただけなのよ。季節が移ろう時には精霊も人も心に迷いやもやが生じるものなの。あなたは木の芽時のもやにまかれただけ。誰のせいでもないのよ。誰も悪くないの。あなたがあの事件を起こしたことで、あなたにはこんなにたくさんのお友達を得られた。私もそのお仲間に入れてくださる?あなたはきっといい精霊になるわ。だって素直に謝れる強く優しい心をちゃんと持っているんだもの。大丈夫。みんなあなたの味方なのよ。」
透華は、ちょっと不貞腐れたように
「なんだか私だけ悪者みたいだわ。」
と、頬を膨らませた。すると今度はたくみとこうきが透華を抱きしめて、
「透華さんは悪くないよ。大好きなお友達のこと守りたかったんやろ?僕らも坊のこと守りたいから気持ちめちゃわかるもん。透華さんも優しいからそんなふうに言うただけやん。僕ら透華さんも笑華さんも龍之介さんや太郎さんも、坊も大好きやで。」
と笑った。本当は涙が出そうだった。もしも坊が消えてしまったら、そう考えるだけで震えてしまう。でも、笑華が消えるのも透華が消えるのもとても怖いし悲しい。みんなが、優しくてよかった。心が、あったかくなるこの山とここにいるたくさんの神様や精霊さんたちに会えて本当によかった。
二人が尚も抱きしめていると横から坊と笑華も加わっておしくらまんじゅうのようになってみんなの顔が笑顔で溢れた。
「ほれほれ、蕎麦ができたよ。いつまでおしくらまんじゅうをしとるんじゃ?そんなに寒ければ火鉢に炭を足そうか?」
そう言い、笑いながらまずは三つの器に蕎麦と天ぷら、ワサビをそれぞれに盛り付けたお盆を持ってきて太郎と透華と笑華の前に置いた。そして、子供たちと自分の分を運ぶと座敷にみんなで座り談笑しながら蕎麦を啜った。
坊も最初は遠慮がちだったが透華が、「ごめんなさいね」とくちびるを動かして謝ってくれたのを見てやっと心の中の固くなった何かが解けた気がして、また涙をこぼしながらそれでも蕎麦を啜った。
「ああ、おいしいや。龍之介さんのお蕎麦、おいら大好きだ。いつもいつも、おいらの心の中の塊を解いてくれて優しく包んでくれるんだ。わさびが鼻にきちゃったのかな、涙が出ちゃう。おいら、泣いてるんじゃないからね。わさびだよ。」
そう言い蕎麦を啜り続けた。
「天ぷらも冷めないうちにおあがり。坊、お前はわしらに託された宝物なんじゃよ。透華や笑華、たくみもこうきも。みんなわしらの宝物じゃ。じゃからの、泣くな。笑っていこうな。木の芽時に揺れぬよう。ながされぬように、の。」
ふきのとうの天ぷらはほろ苦く、のびるの玉根の天ぷらは甘かった。
生きると言うことはこんなふうに苦みも甘みも兼ね備えているのだと、教えてくれているように。


夕暮れが近づき子供たちが帰った後、笑華が透華に、
「あなたも木の芽時のもやにまかれたのね、いつもはあんなこと言わないのに。透華ちゃんがどんなに優しいか私や龍之介さんや太郎さんはちゃんと知っているのだから、そんなもやで不安になったりしないでね。いつもいつも大好きよ。私の大切なお友達なんですもの。」
と諭すように言い、龍之介と太郎にまた参りますと言葉を残し手を繋いで薄墨色の闇にとけていってしまった。


「もうじき暖かい風がこの辺りを包むんでしょうな。坊は初めてたくさんの友に囲まれた春を迎える。坊には学ぶことが多いことでしょうな。わしらは、見守ることしかできませんが、たくみとこうきがいればきっとたくさんの経験ができるでしょう。わしらは、手助けができるようにいつも見ていましょうね。」
酒のあてを卓に運び、徳利から酒をぐい呑みに注ぎながら太郎はしみじみと、まるで自分自身に語りかけるように言葉を選んで紡いでいった。

暗い空に星が瞬き、まだ冷える空気にほんの少しだけ紅を指すように温んだ風が吹いていた。
明日は、雨だろうか。一雨ごとに季節が足をすすめてゆくのだろう。龍之介は薄靄の中に星を見つけながら一気に酒を飲み干した。
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